船岡城 (陸前)(所在地) 宮城県柴田郡柴田町大字船岡 (形状) 山城 (別称) 芝田館 (築城者) 四保定朝船岡城は、中世は芝田館・四保館などとも呼ばれ、周囲を沼や堀、川に囲まれ、 峻嶮な地勢と相まって、天然の要塞と言うべき山城です。 この城の創建時期は不明ですが「吾妻鏡」から鎌倉時代初めには芝田次郎なる人物が 居たことは分りますが、はっきりするのは16世紀初め四保定朝が居城としてからです。 その後、柴田、屋代と城主が替わり、元和3年(1617)に「樅の木は残った」の 主人公「原田甲斐宗輔」の父・宗資が転封されます そして寛文11年(1671)に「伊達騒動」が起き宗輔は斬首。子も死罪、改易。 その後、再び柴田氏が城主となり明治を向かえます。 →【地図】 山頂に観音様がいるのが見えるかな? そこが本丸です^^ そこが三の丸で、広い敷地には井戸もありました。 やだ〜〜〜って方にはケ−ブルカ−もありますよ♪ でもお金を払うには勿体ない距離です^^ 原田甲斐が城主になってからは、ここで政務をしていました。 原田甲斐は知っての通り、樅の木の主役にして、ここの城主。 隣の柴田外記は、伊達騒動の時、原田甲斐を斬った人物です 伊達安芸(涌谷城主)←原田甲斐(船岡城主)←柴田外記(米谷城主)って感じですね^^ この柴田の子が原田家に代わって船岡城主とになります これで船岡城の紹介は終わりです
7〜8年前なので資料を見ながら、うる覚えのでの記事なので、間違ってたら許して下さいね(笑) 前回の涌谷城←と「樅の木は残った」繋がりで記事にしてみました。 ここまで来たら、いつか柴田外記の米谷城と伊達兵部宗勝の一関城も行ってみたいと思います。 ちなみに柴田外記の父は長宗我部の家臣で母は元親の娘だそうです。。。高知記事書こうかな^^ ![]() にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ(文字をクリック) |
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