岩崎弥太郎
【岩崎弥太郎】1835〜1885 【銅像所在地】 高知県安芸市・駅近
大河「龍馬伝」で一躍有名になった岩崎弥太郎は、天保5年12月11日に、土佐の井ノ口村にて
(現・高知県安芸)誕生しました。
後に三菱財閥の創始者になる弥太郎も、小さい頃は貧しく、郷士株を売り地下浪人と言われる
家庭で育ちます。
小さい頃から頭脳明敏だった弥太郎は14歳頃、藩主山内豊熈に漢詩を披露し才を認めらるほどでした
その弥太郎が21才の時,江戸に出て安積艮斎の門人となり、これからという時に父が牢獄に入れられ、
土佐に戻り赦免を訴え続けますが、逆に弥太郎自信が投獄されてしまいました。
しかし、そこで得た算術により世界が広がり、その後知り合った吉田東洋や後藤象二郎とも親しくなり
出世街道を進み、坂本龍馬の「亀山社中」の仕事にも携わっていきます
有名な「いろは事件」の解決にも共に奔走しながらも解決させます。
その龍馬も暗殺により亡くなり明治を迎えると、弥太郎は九十九商会を創設させ
才を活かし巨大な利益を得、三菱の創設に至ります。
あまり知られてない話としては、この岩崎家は甲斐武田家を祖先にもちます
家紋の菱形が、その証となっています。
それと、岩手県の小岩井牧場は知っていますよね?
この牧場は岩崎弥太郎を含めて幕末の3人により創設されたんです。
三人の頭文字をとって小・岩・井って付けられたんですよ^^
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