新宮城 (紀伊)(所在地) 和歌山県新宮市新宮 (形状) 平山城 (別称) 丹鶴城 (築城者) 浅野忠吉新宮城は、関ヶ原合戦の後、和歌山城主となった浅野幸長の家臣,浅野忠吉が 新宮領を与えられ、慶長6年(1601)に築城を開始した城です。 一旦は、一国一城令で完成前に廃城となりますが、再び再建を許され築城が始まります しかし、工事途中で安芸三原に転封となってしまいます。 その後、元和元年(1615)、浅野氏にかわり徳川家康の十男・頼宣が紀州に入国し、 付家老の水野重仲が新宮領を治める事になりました。重仲は途中となっていた築城を 再び開始して寛永10年(1633)に完成をみます 以後、水野家が代々新宮領を治め続け明治を向かえます。 →【地図】 やっぱ自分の中で、和歌山BEST3に入るだけの城です!石垣が素晴らしいです^^ この石垣上には三層五階の天守が建っていたそうです^^ 正面が天守跡となります。そっちへ行ってみます〜 城下町、そして本丸から西に続く鐘ノ丸を望むことができます^^ この城で一番のビュ−ポイントです(^^)// 残念ながら柵がしてあり、先に進む事は出来ません〜 鐘ノ丸は総石垣上にありますが、芝生が綺麗に張られた城内からはそれが感じられませんね 二つの曲輪には段差があり、虎口両脇は石垣で固められてます 左奥に見えるのが下へと続く松ノ丸門。 6年前に来た時よりは工事が進んでる気はするけど、まだ降りる事はできませんでした。 ここから山下の二ノ丸へ降りて行く事が出来ます 以上が新宮城の訪問記でした。 今回は長々見ていただきありがとうごさいます!写真20枚 新宮城は和歌山城に次いでの城だと思っているのでなかなか写真の選別が出来なくて…^^: 新宮城は天守、本丸虎口の石垣が特に素晴らしいです さすが浅野氏、そして水野氏の築城した城だけの事はありますね また水ノ手曲輪が完成したら訪問してみたいです。 |
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2012年03月10日
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