花沢館 (蝦夷)(所在地) 北海道檜山郡上ノ国町勝山 (形状) 山城 (別称) 花見岱館 (築城者) 蠣崎季繁花沢館は、嘉吉3年(1443)に蠣崎季繁によって築城された山城で、道南にある12館の一つです。 この頃、渡島半島は津軽の安東氏が、下ノ国、松前、上ノ国の三ヶ所に守護を置き、 支配してたといわれてます。ここはその上ノ国で、花沢館が築かれ蝦夷との境界線を守ってました。 長禄元年(1457)のコシャマインの戦いでは12のうち10の館が落城するなか、 何とか館を固く守りきり、逆に花沢館の客将である武田信広がコシャマインを討ち平定させました。 のちに花沢館主,蠣崎氏の婿養子となり、武田信広は州崎に館を築き移っていきました。 その後花沢館は、勝山城が築城されると廃城となりました。 →【地図】 それが、ここ花沢館です! 何ともメルヘンな名前の天の川向こうに花沢館である山城があります。 この川の手前が蝦夷(アイヌ)領地で、花沢館のある向こう側が和人(渡党)の領地となってました。 ここが花沢館の入り口で、ここから登城します!【図1】 ここまで小さな郭らしき削平地はありましたが、ここが一番広くなっていています!【図2】 ここから正面の坂道を上がって本丸に向かいます! 本丸は細長くなっていて、幅10×横25mくらいの広さになっています。 さすがに周りに高い木があり、見晴らしは望めませんでしたが、 それまでの木々の中の暗さから解放され明るく気持ち良かったです! 初めに書きましたが、この川が蝦夷と和人との境界線ということもあって、 この城の重要性は大きなものでした。 今回は、本州でもよくある感じの山城で、歴史的知名度はあるけど、ここを訪問される方は
少ないだろうと思い、それほど期待はしてなかったんですが、石碑も説明板もあるし、 草木は刈り込まれ整備されてる史跡に、嬉しい誤算でした♪ さすが北海道です(^^)/ |
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2012年08月30日
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