高山城 (飛騨)(所在地) 岐阜県高山市空町城址公園 (形状) 平山城 (別称) 天神山城 (築城者) 高山外記高山城は、永正年間(1504) 飛騨国の守護京極氏の家臣,高山外記によって天神山に 築城され事に始まります。 その後、高山氏を滅ぼした三木氏が高山の地を支配していましたが、佐々成政と同盟した為、 当時敵対していた秀吉の命令により、天正13年(1585) 金森長近が飛騨を征圧し、 3万3千石の大名として入府し、城を改修し今の近世城郭高山城を築きました。 その後、金森氏の支配は6代107年間続きましたが、元禄5年(1692)出羽国上ノ山に転封となり 金森氏の支配から、幕府直轄領となりました。 →【地図】 高山陣屋を知ってる人は多いけど、この城山を知ってる人は少ないんだろうな〜 桜が満開です♪ ここ穴場かも^^ ここは、城址公園になっていて茶屋なんかもあって憩いの場になっていました。 お勧め情報としては、15台分くらいですけど、無料駐車場がありますよ^^ 中段屋形跡です。 特別何も無く、さらに登ります==333 本丸の直ぐ下の曲輪で、正面に太鼓櫓の石垣(緑の部分)が見えます さて、本丸に向かいます〜〜^^ 復元してくれたら、凄いんだけどな〜〜 この石垣は、発掘調査を元に復元したものです 今は、何も無いんですけどね^^ こっちの方が石垣が残ってます。 ここを降って行くと、大手門に出ます。 本物の大手門は、右の細い道です^^ 中途半端にお金掛けちゃったんですね〜 これから紹介する4つの移築建築物は、城下町の寺に移築されたものです。 嬉しい事に、これらの移築されたお寺は、並んで建っているんで散策がし易いです(^^) ちなみに、この鐘楼門は城内にあった黄雲閣という建物です これで、高山城の散策は終了です。 高山の史跡としては、高山陣屋の方が有名ですが、ここも負けてはいません! 当時、本丸にあった立派な御殿は今はありませんが、高山陣屋にあるここの模型を見て 想像をしながら散策もいいですね^^ また移築建築物が多いのも嬉しいです♪ 二ノ丸駐車場を目当てに、ついでに散策ってのも良いかもですよ!是非お勧めです^^ |
岐阜県の城
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高山陣屋 (飛騨)(所在地) 岐阜県高山市八軒町 (形状) 陣屋 (別称) ―――― (築城者) 金森重頼/伊奈忠篤元禄5年(1692)、徳川幕府はそれまでこの地を領していた金森氏を、出羽上ノ山に移封し、 飛騨国を江戸幕府の直轄領としました。 そしてこの地には、代官として伊奈忠篤を派遣し、高山城主金森家の下屋敷(向屋敷)改修させ、 代官所としました。 その後、明治に至るまでの177年、25代の代官・郡代が政務を執り行いました。 →【地図】 一般的な鬼瓦に相当するもので、寒冷地という場所がら寒さに強い木製となっています おしょうは、食いしん坊のせいか台所が好きなんで、こんな史跡でも一番気になります〜 ここで沢山の使用人が忙しそうに働いていたんでしょうね^^ ご飯ですよ〜〜! 代官が着座する部屋で、書斎も兼ねていました。 ここで取り調べをしてたんです。 ほぼ拷問ですな>< 痛そうなお道具が〜〜〜 天明年間に造りかえられ、その後何度も手を加えられたそうです。 うちの庭も一緒^^ 今改造中です。 元禄8年(1695)高山城三の丸から移築して来たものです。 この蔵は、米蔵と使用されていたもので400年の歴史を持つ全国でも最古・最大です 面白いですね〜 もちろんちゃんとした理由があるんでしょうけどね^^ さて、高山陣屋紹介も終わりです。 この陣屋は、全国で唯一現存する代官所で、木の感じ、床の軋みなどは復元した建物では 感じられれない非常に歴史的価値のある建物です。 高山城三の丸の遺構でもある御蔵も見応えありますよ^^ 次回は、御蔵のあった高山城を紹介しますね。 |
萩原諏訪城 (飛騨)(所在地) 岐阜県下呂市萩原町旅館敷 (形状) 平城 (別称) ―――― (築城者) 金森長近諏訪跡は、今から400年ほど前の天正13年(1585)に、当時飛騨を支配していた三木氏を亡ぼして、 飛騨国の領主となった金森長近が、高山に高山城を築き、支城として増島城(古川町)と、 この諏訪城を築城しました。 この城を築く時、既に諏訪神社が祀られていたため、神社を同町の大覚寺の近くに移しますが 徳川時代となり、一国一城令により廃城となり金森氏から幕府直轄地なると、 住民の歎願により、幕府の許しを得て本丸に神社を戻すことが出来ました。 →【地図】 この辺りは、二ノ丸跡になっています。 さて、大手道を先に進みましょ===333 この写真は、大手門付近から左を見た写真で、野面積みの堂々とした石垣が完全な形で残ってて、 気分は↑↑です o(^^o)(o^^)oワクワ 狛犬が見えるでしょ?! そこが虎口になります。 天守に近いの役目を果してたんでしょう♪ ちなみに、この堀は当時、水堀だったそうです この荒々しい感じがいいね〜〜 ここも、水掘りになっていたそうです ここの櫓の石垣も、なかなかの高さがあります。 石垣で固められて堅固な造りになっています。 本丸中央には、諏訪神社が建ってます この城は廃城の後、幕府直轄地時代に神社になった為、城の遺構が壊されること無く、 完全な状態で遺構が残った素晴らしい城郭でした。 石垣も、近くの川から採取したであろう角の取れた丸い石垣が、また良かったです♪ 知名度は、低いかもしれないけど訪れる価値のある城でしたよ^^ ![]() にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ(文字をクリック) |
今井城 (飛騨)(所在地) 岐阜県下呂市萩原町宮田 (形状) 居館 (別称) ―――― (築城者) 今井貞信今井城は、木曾義仲の四天王の一人、今井四郎兼平の末裔、今井対馬守貞信によって、 大永年間(1521〜23)の頃に築城されました。 居館跡は、現在今井八幡神社となっていて、遺構らしきものは確認出来ませんでした。 →【地図】 背後の山も、詰め城としてたんでしょうね。 桜が満開なのが、時期外れの記事だって分っちゃいますね(汗) ただ! 写真の左上の方に、白い木碑が見えます。 何故だか、ちょっと高めの変な位置に隠れる様に碑があります この碑に気が付かない人多いんだろうな〜〜^^ 緩やかに流れる川と、田園風景が心を癒やしてくれます〜〜 |
下呂森城 (飛騨)(所在地) 岐阜県下呂市森 (形状) 山城 (別称) ――――― (築城者) 森和泉守森城は、室町時代中期に森和泉守が築城したそうですが、定かではありません。 城の形態としては、一の曲輪、そしてそれを囲むように腰曲輪があり、 堀を挟んで、二の曲輪がある作りになっていますが、築城途中と思われるこの城からは 発掘調査でも、遺構、遺物が検出されず、いずれも不明となっています。 →【地図】 山上に、櫓見たいのが見えますか? そこが一の曲輪です。 本当は、山麓の縄文公園から20〜30分掛けて登るんでしょうが、 車で行けるル−ト見つけちゃったんで。。 ε=ε=ε=(ノ^∇^)ノ それを斜面を登る道を選ぶと、そこは二の曲輪です♪ けっこう細長い曲輪になっています。 写真じゃ解りずらいですよね。。 黄色い線を書いときました(^^)/ 広〜〜い!! なかなかの規模ですね。 まあ、単なる展望台ですけどね(笑) でも、登りたくなっちゃいますよね〜〜^^ 遺構も歴史も不明瞭な部分の多い下呂森城ですが、整備も良くされていて 散策しやすい城跡ですよ。 まあ、城跡と言うよりハイキングで登ってくる人が殆どみたいですけどね(笑) 温泉街からも歩いて30分くらいで来れると思うんで、 もし、時間と体力がある人は、どうぞ♪ |





