下洞陣屋 (美濃)(所在地) 岐阜県郡上市和良町下洞 (形状) 陣屋 (別称) 和良陣屋 (築城者) 遠藤常紀下洞陣屋は、千石和良遠藤と称された旗本遠藤家の陣屋で、年貢米取立てや領内の治安維持 を行なった役所跡である。 この千石和良遠藤の成立は、正保3年(1646)郡上藩主二代目遠藤慶利の遺言により、 領地2万7千石の内、長子常友を三代目とし、三男常紀に千石が分地された事に始まります。 千石を分地された初代常紀は、6ヶ村を領地とし、初め陣屋を乙原村に置いたが、 後に、ここ下洞にも陣屋が置かれ、代官を地元の役人が回り持ちで勤めました。 その後、郡上藩主は、井上、金森、青山の各藩主に受け継がれましたが、 千石和良遠藤は、明治維新まで約220年続きました。 →【地図】 ここが、千石和良遠藤氏の陣屋,下洞陣屋になります。 説明板の辺りが、大手門になります こんな山奥の陣屋だったから、そんな期待もしなかったんですが この大手門の石垣を見て期待が一気に↑↑↑(^^)/ 正門になります なかなかの作りでしょ! この陣屋の中心部ですね^^ 今は、水一滴もありませんでしたけどね^^ 大きな石が、その痕跡を今に残してます 苔の感じも良いね〜^^ これで、この陣屋の紹介はお終いです。 大手門の石垣、さらに正門への石垣も素晴らしかったんですが 何よりも、この陣屋の整備具合が良かったです(^^)/ ここにどれだけの人が来るかは分かりませんが、説明板や標識がたくさんあって そして木もちゃんと伐採されていて、誰もで、気軽に立ち寄れるほど整備されてました。 この陣屋、想像以上に良いですよ♪ |
岐阜県の城
[ リスト | 詳細 ]
東殿山城 (美濃)(所在地) 岐阜県郡上郡八幡町島谷 (形状) 山城 (別称) ――― (築城者)東常慶東殿山城は、郡上八幡城の前方の高木が茂った山の頂上部が城跡になります この城は、天文11年(1542)頃、東家13代常慶によって築城されました。 城は、断崖と急斜面の天然の要害で、西側には4段に分れて石垣が残ってます。 東(トウ)氏の郡上統治は古く、承久3年(1221)下総の東の庄から 千葉氏の支流、東胤行がこの地に移って来てから始まりましたが 永禄2年(1559)、遠藤盛数が1千余騎で攻めて来て落城、滅亡してしまいます。 →【地図】 これから、行く気力も体力も無いんで^^ ご当地グルメも待ってますしね♪ |
郡上八幡城 (美濃)(所在地)岐阜県郡上市八幡町柳町 (形状) 平山城 (別称) 積翠城 (築城者) 遠藤盛数郡上八幡城は、山内一豊の妻で有名な千代の父、遠藤盛数が永禄2年(1559)に、 東殿山城の東家を滅し、ここに築城したことに始まります。 その後、秀吉の時代になると織田信孝に通じていると2万石を没収させられ、 転封させられるが、慶長5年(1600)関ヶ原合戦が起こると徳川家康に味方して、 再び、2万7千石で八幡城に帰り咲く事が出来ました。 →【地図】 江戸期には、麓を本丸として使っていたのでしょうね さて、麓の館に行って見よう==333 ここ、お花見の穴場かも^^ 無料駐車場もあるしね。 有名な馬買いの場面ですね! 父、遠藤盛数より有名になっちゃってますね^^ ピンクの線の通りに進みますね^^ この城は、模擬天守ばかりに目が行きやすいですが、こういう石垣が良いんですよね〜 さて、この城の一番の絶景ポイントに行って見ましょう(^^)/// パンフに載るだけの事はある絶景です!! 天守と桜丸の石垣と手前隅櫓の並びが大迫力です! 桜が良い演出してるね〜 さて入りましょう〜〜〜 白い天守が眩し過ぎます♪ まあ模擬天守だけどね。。 模擬櫓に模擬門が。(笑) さっき行った、飛び込み橋もサンプル工房も見えますよ^^ 単なる模擬天守だけど、日本最古となると、ちょっと有難いような気がしちゃいます(笑) 右)力石/寛文7年の修築の際、作兵衛なる人夫が城下の河原から、ここまで石を運んで来た石だそうです さて、これで郡上八幡城散策は終わりです この時期は、丁度桜の時期であちこちで桜を見る事が出来て綺麗でした^^ 100名城選定にも最後まで残ったもの落選してしまいましたが 美しさじゃ負けてなかったですよ♪ まぁ 岐阜は名城が多いからしょうがないね^^ |






