お城とグルメのお尚記

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岐阜県の城

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下洞陣屋 (岐阜)

               下洞陣屋 (美濃)  

(所在地) 岐阜県郡上市和良町下洞 (形状) 陣屋  (別称) 和良陣屋  (築城者) 遠藤常紀 
     下洞陣屋は、千石和良遠藤と称された旗本遠藤家の陣屋で、年貢米取立てや領内の治安維持
     を行なった役所跡である。
     この千石和良遠藤の成立は、正保3年(1646)郡上藩主二代目遠藤慶利の遺言により、
     領地2万7千石の内、長子常友を三代目とし、三男常紀に千石が分地された事に始まります。
     千石を分地された初代常紀は、6ヶ村を領地とし、初め陣屋を乙原村に置いたが、
     後に、ここ下洞にも陣屋が置かれ、代官を地元の役人が回り持ちで勤めました。
     その後、郡上藩主は、井上、金森、青山の各藩主に受け継がれましたが、
     千石和良遠藤は、明治維新まで約220年続きました。             →【地図】

イメージ 1
      【見取り図】

イメージ 2
      国道265号線から分れ、1K位北上すると、石垣が見えて来ます
      ここが、千石和良遠藤氏の陣屋,下洞陣屋になります。
      説明板の辺りが、大手門になります
イメージ 3
      大手門です
      こんな山奥の陣屋だったから、そんな期待もしなかったんですが
      この大手門の石垣を見て期待が一気に↑↑↑(^^)/
イメージ 4
      大手門を入ると、すぐに道が右に曲がり石垣で出来た坂を登ると
      正門になります

イメージ 5
      上から(正門)見ると、こんな感じです。
      なかなかの作りでしょ!

イメージ 6
      正門を入ると、そこは役所跡です
      この陣屋の中心部ですね^^

イメージ 7
      役所跡右側には、脇門があり、その先は米蔵になっています。


イメージ 8
      役所跡左側には、用水地があります
      今は、水一滴もありませんでしたけどね^^
イメージ 9
      役所の後方には、庭園がありました。
      大きな石が、その痕跡を今に残してます
      苔の感じも良いね〜^^
イメージ 10イメージ 11       さらに上段への階段に、その脇を固める石垣^^

      これで、この陣屋の紹介はお終いです。
      大手門の石垣、さらに正門への石垣も素晴らしかったんですが
      何よりも、この陣屋の整備具合が良かったです(^^)/
      ここにどれだけの人が来るかは分かりませんが、説明板や標識がたくさんあって
      そして木もちゃんと伐採されていて、誰もで、気軽に立ち寄れるほど整備されてました。
      この陣屋、想像以上に良いですよ♪

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東殿山城 (岐阜)

               東殿山城 (美濃)  

(所在地) 岐阜県郡上郡八幡町島谷 (形状) 山城  (別称) ―――  (築城者)東常慶 
      東殿山城は、郡上八幡城の前方の高木が茂った山の頂上部が城跡になります
      この城は、天文11年(1542)頃、東家13代常慶によって築城されました。
      城は、断崖と急斜面の天然の要害で、西側には4段に分れて石垣が残ってます。
      東(トウ)氏の郡上統治は古く、承久3年(1221)下総の東の庄から
      千葉氏の支流、東胤行がこの地に移って来てから始まりましたが
      永禄2年(1559)、遠藤盛数が1千余騎で攻めて来て落城、滅亡してしまいます。
                                                         →【地図】

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        この城は、郡上八幡城からの写真 一枚だけです(笑)
        これから、行く気力も体力も無いんで^^
        ご当地グルメも待ってますしね♪

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郡上八幡城 (岐阜)

               郡上八幡城 (美濃)  

(所在地)岐阜県郡上市八幡町柳町  (形状) 平山城  (別称) 積翠城  (築城者) 遠藤盛数
      郡上八幡城は、山内一豊の妻で有名な千代の父、遠藤盛数が永禄2年(1559)に、
      東殿山城の東家を滅し、ここに築城したことに始まります。
      その後、秀吉の時代になると織田信孝に通じていると2万石を没収させられ、
      転封させられるが、慶長5年(1600)関ヶ原合戦が起こると徳川家康に味方して、
      再び、2万7千石で八幡城に帰り咲く事が出来ました。               →【地図】

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      この城は、山上と麓とに分かれていて、戦国時代は山上を本丸(桜の丸,松の丸)としていましたが
      江戸期には、麓を本丸として使っていたのでしょうね

イメージ 2
      長良川の最大の支流、吉田川越しに見えるのが郡上八幡城です
      さて、麓の館に行って見よう==333

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      麓の館跡(江戸期の本丸)は公園になっていて、沢山の桜が咲いてます♪
      ここ、お花見の穴場かも^^
      無料駐車場もあるしね。

イメージ 4
      公園の正面には、山内一豊と千代の銅像があります
      有名な馬買いの場面ですね!
      父、遠藤盛数より有名になっちゃってますね^^

イメージ 5

イメージ 6
      山の上にやって来ました♪
      ピンクの線の通りに進みますね^^   

イメージ 7
      駐車場に車を置くと、目の前に松の丸下の石垣が見えて来ます
      この城は、模擬天守ばかりに目が行きやすいですが、こういう石垣が良いんですよね〜

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      石垣を左に見ながら先に進むと、天守下の数段の帯曲輪の石垣が見えて来ます。

イメージ 9
      石垣を上がると、松の丸の虎口が現れます

イメージ 10
      松の丸に入ると、そこは広い曲輪になっていて、丁度天守裏側になります
      さて、この城の一番の絶景ポイントに行って見ましょう(^^)///

イメージ 11
      お〜〜 カッコいい^^
      パンフに載るだけの事はある絶景です!!
      天守と桜丸の石垣と手前隅櫓の並びが大迫力です!

イメージ 12
      別の角度からの絶景ポイント(^^)/
      桜が良い演出してるね〜

イメージ 13
      って事で、桜ショット♪ ^^

イメージ 14
      桜の丸の虎口です
      さて入りましょう〜〜〜

イメージ 15
      ひゃ〜〜  美しすぎる^^/////
      白い天守が眩し過ぎます♪   まあ模擬天守だけどね。。

イメージ 16
      天守から桜の丸を見降ろします
      模擬櫓に模擬門が。(笑)

イメージ 17
      眼下には、吉田川の流れが見えます
      さっき行った、飛び込み橋もサンプル工房も見えますよ^^

イメージ 18
      この城のもう一つの魅力は、日本最古の木造模擬天守の所です。
      単なる模擬天守だけど、日本最古となると、ちょっと有難いような気がしちゃいます(笑)

イメージ 19イメージ 20                 左)首洗い井戸/慶長の合戦時に首実験に供されたそうです
    右)力石/寛文7年の修築の際、作兵衛なる人夫が城下の河原から、ここまで石を運んで来た石だそうです

    
    さて、これで郡上八幡城散策は終わりです
    この時期は、丁度桜の時期であちこちで桜を見る事が出来て綺麗でした^^
    100名城選定にも最後まで残ったもの落選してしまいましたが
    美しさじゃ負けてなかったですよ♪
    まぁ 岐阜は名城が多いからしょうがないね^^

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