猿岡山城 (紀伊)(所在地) 和歌山県紀の川市粉河 (形状) 平山城 (別称) 粉河城 (築城者) 藤堂高虎猿岡山城は、天正元年(1573)に粉河僧兵が山城を築いた事にはじまります。 その後、同十三年に秀吉の紀州征伐により焼失してしますが、 紀州平定の功により粉河一万石で入城した藤堂高虎により改修されました。 それから朝鮮出兵までの7年間をこの猿岡山城を本拠地としました。 →【地図】 さっそく攻城しま〜す^^ 登ってすぐのこの部分は南曲輪になります。 この城は、ちょうど手を広げたような作りになっていて、 二ノ丸であるこの部分は、手の平にあたります^^ ここが本丸になります。 特別、遺構も無く、ちょっと拍子抜け無気分^^ 和歌山城のある和歌山市方面を望みます! あの山の辺りが和歌山城辺りかな?!^^ さて、これで藤堂高虎の猿岡山城の紹介は終わりです。 この城は一般的には有名では無いけれど、藤堂高虎の城としてちょっとは名が通ってます ただ残念な事に、築城名人の高虎の城として訪問すると平凡な造りに拍子抜けするかもです まぁ、整備され過ぎてるって事もあるかもしれませんけどね^^ この後に、高虎は宇和島城、今治城、津城、伊賀上野城と次々に名城を作って行きます その高虎の若かりし時代の城として訪問出来た事は良かったかなと思います。 |

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