お城とグルメのお尚記

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鳥取県の城

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鳥取県リスト

                 鳥取県

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    ?H2> 現在 10城 (城名をクリックして下さい)    【鳥取市】  鳥取城    雁金城   丸山城    鹿野城

   【東伯郡】  羽衣石城  由良台場

   【米子市】  淀江台場  米子城

   【境港市】  境台場

   【日野郡】  江美城

江美城 (鳥取)

               江美城

(所在地)鳥取県日野郡江府町   (形状)平山城    (別称)―――    (築城者)蜂塚安房 
  この城は大山火砕流台地上に、1469〜86年(文明年間)に蜂塚安房守によって築城されました
  それから四代・右衛門尉の代までこの地を治めましたが、1564年(永禄7年)、毛利によって
  せめられ、落城し滅亡しました。
  その後、毛利によって近世城郭へ改造されました

  この城は、関東の人間にはあまり知られていないが、発掘調査で金箔瓦を載せた天守を持つ、
  規模の大きな城であることが、分かっています。
  初めここに、模擬天守があることから、予定にねじ込んだんですが,行って見ると、
  深い掘、石垣を使った天守跡など見るべき遺構が沢山あり、良い城めぐりが出来ました。
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     本丸への虎口です。 土橋の両端は深い掘りになって、
     ここを見るだけでも、堅固な城である事が分かります。

イメージ 2イメージ 3  左右の掘りです。 北側の掘は、北側へ山下へ伸びていて、観音様が建っていました!?
 南側は掘と言うより、崖になっていています。

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     本丸です。正面に見えるのが天守跡です♪

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     天守の石垣郡です。石垣はけっこう崩れていましたが、
     その量の多さから、しっかりとした天守台が築かれていた事が分かります

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     本丸から西側にある、西の丸です
     間には掘りがあり、ここを通って模擬天守のある八幡丸へ向かいます〜〜

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     八幡丸にある模擬天守です
     典型的な模擬天守です。中には入れませんでした
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     ここ江美城はしっかり整備されていて、遺構など分かり易く、おすすめです
     出来れば模擬天守がいつでも、開いていて資料の展示などしていたら、
     言う事なしです!
     車を止めた公園のトイレなんかも暖かいお湯が出てきて、良い町でした。

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米子城 (鳥取)

                米子城

(所在地)鳥取県米子市久米町   (形状)平山城    (別称)久米城   (築城者)吉川広家
     米子城の前身の城は、応仁の乱のころ、山名氏によって築城されました。
     その場所は、今の米子城に隣接する飯山でした。
     その後、尼子、毛利と支配が変わり、1591年(天正19年)吉川広家が、12万石で入城し
     近世城郭として、新たに湊山に築城しました。小天守はこの時期に作られました
     その後中村一忠が入城すると、大天守など殆どの建物が作られました。
     その後、壊される事なく、版籍奉還をむかえました。

     この城の特長として、天守が2つある事と3つの山から作られてる事です。
     もう一つは一国一城にも関わらず、壊される事なく、城として機能していた事です。
     このW天守を見たいが為に、ここに来ました。
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      麓にある枡形門です。
      いきなり大きな石垣の門が出てきて気分が乗ってきました!
      ここは、総石垣の枡形門で近世城郭にふさわしい門でした。
イメージ 2イメージ 3   左)小原家長屋門です                        右)内善丸です
枡形門を登り、少し進むと、長屋門が現われます。この門は米子城主荒尾氏の家臣であった小原家の門を   昭和28年にこの地に、移築されました。
この門を過ぎ、山を登り始めると、5分位で内善丸に出ます。この曲輪は細長く、広いです
丸山という山に築かれてます。

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     本丸石垣と大天守です。 石垣の段々が素晴らしいです♪

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     大天守の石垣を右に移動して撮りました。

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     今度は左に移動して、本丸石垣に小天守を撮りました
     この2つ天守ある本丸東側の石垣が米子城の見せ場だと思います〜〜
     も〜〜石垣の重なりが、すごくカッコいいです♪♪♪

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     本丸南側に回わると、右に小天守、正面に本丸への道が見えてきます
     ここの石垣も見ごたえがありました。

イメージ 8イメージ 9   本丸への虎口です。下からと、上から撮ったものです

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       大天守を小天守側から撮ったものです。
      大天守は、四重五階で、小天守は三重四階でした

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       大天守を西側から撮りました。

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      大天守上です。礎石が均等に並んでます。
      天守の先には、城下町が見えます。 かなり眺めがいいです♪
      ここに天守が復元されたら、きっと山陰一の城に躍り出ると思いますよ〜〜

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      西側の遠望です
      中海が見えます。広くて海みたいです〜〜

イメージ 14イメージ 15      左)内善丸です                          右)出丸です                          内善丸は、丸山。 出丸は、飯山。 この3つの山で米子城が形成されています

イメージ 16イメージ 17       遠見櫓です。北側にあります。

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     本丸西側にある仕切り門です。

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     水の手御門を外から見たとこです。

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     米子城の本丸は、石垣も景色も最高でした♪
     特に西側の石垣は見ごたえ十分!言うことありません〜〜
     自分な中では鳥取一の名城でした。 
                                         城めぐりでした。

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羽衣石城 (鳥取)

                羽衣石城

 (所在地)東伯郡湯梨浜町    (形状)山城     (別称)―――    (築城者)南条貞宗
 この城は1366年(貞治5年)に南条貞宗によって、東郷池の南、羽衣石川上流にある羽衣石山に
 築城しました。この場所は山陰道と東郷池に臨む東伯耆の要衝にあたる重要な地でした。
 この城を歴代の南条氏が、毛利や尼子と激しい攻防戦繰り返しました。
 1579年(天正7年)南条元続が毛利方に背き羽柴秀吉方につくと、毛利方の吉川元長に攻められ
 落城し、城を出ることになるが、その後の毛利と織田の和睦により、羽衣石城に戻ることになる。
 代が替わり、南条元忠の時代になると、関ヶ原の戦いが起こり、西軍として戦い浪人となる
 その後、元忠は大阪の陣で秀頼方になるが、徳川への内通がばれ切腹となり、羽衣石城は廃城となる。

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     山の上に見えるのが、模擬天守です。
     かなり上のほうまで車で登って行けます〜〜

イメージ 2イメージ 3  左)腰曲輪です                                 右)二の丸です                  山を登っていくと駐車場にで、そこから15分位登ると腰曲輪に出ます。そして南側に行くと二の丸にでます 

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      模擬天守です

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      模擬天守から北側腰曲輪を見たとこです
      小屋が建っていて無料望遠鏡がありました

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      小屋のある腰曲輪から本丸の天守をみたとこです
      この写真がよく本などに載ってます〜 
      堂々としてかっこいい〜〜〜〜♪

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      先ほどの小屋にある望遠鏡使うと湖のまでよく見えて良いです〜☆
      いつも城めぐりには双眼鏡を持って行くんですが最近無くしちゃったんでありがたや〜〜

イメージ 8イメージ 9   左)の写真は腰曲輪から本丸への虎口です       右)の写真は、羽衣石です
     羽衣石には天女にまつわる伝説か説明板に書いてありました〜 
     これが、この城の名前の由来か?  
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    羽衣石城(うえし)は、初め名前すら読めなかった城でしたが、行って見ると
    曲輪もしっかり整備されていて、城好きじゃなくても楽しめると思います♪
    城からの眺めで分かるように、東郷湖や海が見え、軍事上でも重要な城だったんだな〜
    ってわかります(あとで月山富山城で買った本を読んでみると、南条氏と羽衣石城が書いてました)
    沢山ではないですけど石垣もあるこの城、おすすめです
                                        城めぐりでした
   

境台場 (鳥取)

                境台場

 (所在地)境港市花町    (形状)台場      (別称)―――     (築城者)池田氏
   境台場は、1863年(文久3年)に、池田氏の命により構築されました。
   広さは約1,45ヘクタールで、土塁の上に十八斤砲2門、五寸経砲5門を設置していました。
   鳥取藩の8つの台場の中でも最大級のものです。
   ここも、淀江台場と同じく農兵隊が組織されて守備に当っていました。
 
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     境台場を北東隅側の外から見た写真です。                                           台場の土塁に沿って道があります。

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      台場を中から北側を望んだ写真です。鳥取藩の台場の中で一番広いというだけあって
      かなり広いです! 前方に土塁と灯台が見えます
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      この灯台は、台場の遺構ではありません〜 
      1895(明治28年)に、山陰地方、初の木造六角洋式灯台として作られました。
      この灯台はそれを復元したものらしいです〜 この日は入れませんでした〜〜

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     灯台のある土塁上から外海と中海を結ぶ運河を見たところです。
     今も昔も交通の要所、海上警備として、大事な役割を果たしてました。
     前の海では釣りをしている人が沢山いました〜〜海魚、湖魚 いろんな魚が釣れるんだろな〜
イメージ 5イメージ 6 左)台場の南側の土塁です                   右)台場の東側の土塁です                 土塁は台場を一周囲んでいます〜 特に東側から北側の土塁は二段に高くなっていました。
  
 
  この境台場は、広過ぎて、由良台場ほどの面白さは無いものの、土塁など全体的に残っていて
  見るべきところは沢山ありました。特に北側の運河と橋の景色は絶景です。
                                                   城めぐりでした。

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