お城とグルメのお尚記

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島根県の城

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広瀬陣屋 (島根)

                 広瀬陣屋

(所在地)島根県安来市広瀬町    (形状)陣屋    (別称) ―――   (築城者)松平近栄 
   松江城主松平直政の二男・松平近栄が1684年(貞亨元年)に、3万石でこの地に移り
   陣屋を築きました。
   松平氏は以後10代に渡り広瀬の地を統治し、明治維新を向かえました。
   広瀬陣屋は正面を南向きにし、掘りを深くしていた規模の大きい陣屋でしたが、
   今は土塁と少しの石垣があるのみです。

イメージ 1
     広瀬陣屋は、広瀬小学校のグランドの西側にある福祉センター一帯が陣屋跡になります。
     その福祉センタ−の前に石碑があります

イメージ 2
     石碑のすぐ隣にある土塁と石垣です
     今はこれだけが、この陣屋の唯一の遺構です

イメージ 3
     
     広瀬陣屋は、月山富田城の前の川を渡ってすぐの所にあるので、もし時間があれば行って
     見てもいいかと思います。 少ないですが石垣と土塁があります。
                                               城めぐりでした

新宮党館 (島根)

                新宮党館

(所在地)島根県安来市広瀬町    (形状)居館    (別称)大夫成    (築城者)尼子国久 
  この館は、尼子経久の次男である尼子国久によって、月山富田城の北麓の新宮谷に築館され、
  地名をとり、新宮党と称していました。
  この新宮党は、尼子軍団の中でも精鋭で数々の合戦で多くの戦功を挙げました
  その事で国久と息子の誠久は横柄に振る舞い、尼子晴久や他の重臣たちとの間に確執が生じ、
  1554年(天文23年)尼子晴久に攻められ、新宮党は、ほぼ壊滅状態。
  この身内争いが、大名尼子氏の滅亡に拍車がかかりました。
  この新宮党討伐で誠久の4男助四郎は生き残り、後に尼子勝久と名乗り、山中鹿之助とともに
  歴史の表舞台に出てくる事になります。
イメージ 1
     前方に見える鳥居の上辺りが新宮党館跡です
     写真の右下には、新宮党之霊社の石碑が建っていました。

イメージ 2
     館跡です。 遺構はなく、説明板のみが有りました。
     発掘調査では遺構は見つかったらしいんですが、埋められたみたいです〜〜  残念です!!

イメージ 3
      尼子国久・誠久・敬久父子の墓


     新宮党館跡には、見るべき遺構などは無く、お墓が有るのみですが、
     ここに館があったと感じられただけでも来てよかったです。

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月山富田城 (島根)

               月山富田城

 (所在地)能義郡広瀬町富田   (形状)山城    (別称)月山城   (登城)2008,10 
 月山富田城は、難攻不落の要塞城といわれ、毛利と度々攻防戦が行われました。
 その難攻不落の城をもってしても毛利の前に破れ、毛利のものとなり、その後 堀尾氏が城主となるが
 1611年(慶長16年)その堀尾忠晴が松江城に移り廃城となりました。
  この城の知名度は高く、『尼子経久』『山中鹿之助』を読んだ自分は、どうしてもこの城を
  訪問して、その歴史を感じてみたいと思いやって来ました。
  
イメージ 1
      山中鹿之助の像です
      ここは道の駅のすぐ横のお子守口から入った先にある、太鼓壇という広い曲輪です。
      ここに入ると目の前に鹿之助像が!!   
      名セリフ『願わくば、我に七難八苦を与えたまえ』と月に祈ってる像です♪
  
イメージ 2イメージ 3 左)千畳敷                              右)奥書院
  千畳敷は太鼓壇の北にあり、木が沢山植わってました。
  奥書院は逆に南にあり、縦長の郭で戦没者の慰霊碑がありました。
イメージ 4
     奥書院を進むと花の壇という郭に出ます
     前の山が月山で、頂上に本丸があります
     高い山だな〜〜(><)        でも上に登るのに15分ちょっとで登れるみたいです
イメージ 5イメージ 6    左)復元された建物です                   右)花の壇からの虎口で、石垣が使われてました
イメージ 7
   大手門です〜  この写真は門の左側から撮りました。
      ここにはびっくりしました!! 大きい!  写真に入りきらない〜
      山城で、こんなに大きい門は初めて見ました! さすが難攻不落♪


イメージ 8
     場内から大手門の石垣を撮りました。
       この門の下は急な坂になってるのだから、なかなか突破できないでしょう
       毛利軍が力攻めしなかった理由もわかります〜〜

イメージ 9
     山中御殿の全景
       左の少し下っている所が大手門で、正面(大手門から入ると左側)に見える石垣が
       菅谷口門です

イメージ 10イメージ 11             左)菅谷門                            右)塩谷口門
     両門とも石垣で、頑丈に出来てました

イメージ 12
     山中御殿は上下二段になっていて、写真の上の段に城主の館がありました                      そして、その後ろに山の上へ上がる七曲の登り道があります……………登ります(^^)/

イメージ 13イメージ 14
      三の丸の石垣と三の丸への虎口です。 草で覆われてますがしかりとした石垣が見えます!

イメージ 15
      三の丸です。入るとすぐに鳥居が見えます
       そのまま先へ進み二の丸へ
イメージ 16
      二の丸に入ると建物が……… 中は休憩所でした〜

イメージ 17
      本丸から見た二の丸です
         二の丸側には石垣が要所要所に使われてます。
         本丸と二の丸の掘りも深く、虎口も石垣でしっかり固められてました
         さすが富田城〜☆
イメージ 18
      二の丸から見た本丸です
         二の丸と比べると、石垣も使われてなく、やや簡素?

イメージ 19
      本丸跡には神社が建っています
       この他にも山中鹿之助と書かれた石碑がありました。
イメージ 20
      本丸からの遠望です
       写真の先には宍道湖が見えるはずだけど…………見えない 

       月山冨田城は、「山陰の城は単調だ」と言われてるなか、しっかりとした石垣の使い方
       縄張りがほどこされていて良い城めぐりができました。
       本当に大手門は凄かった〜〜 

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白鹿城 (島根)

                白鹿城

 (所在地)松江市法吉町    (形状)山城     (別称)白髪城    (築城者)松田誠保 
    白鹿城は、宍道湖の北岸に位置し(松江城の北3キロ位)、美保関及び中海の押さえとして、
    
    尼子十旗中の中でも重要な役割を果たしていました。
 
    特に、1563年(永禄6)の白鹿城の戦いは、有名で、山中鹿之助の小説などでは、
 
    この戦いで毛利軍に敗れたのさかいに、尼子滅亡へ進んで行きました。
 
    この史実だけでも、ここは城めぐりをしなければならない城でした。
イメージ 1
      白鹿城の遠景。
      『城めぐりをしなければいけない!』と言いながら、時間の関係上、山に登る事は
      出来ませんでした〜 
      夕日で明るくなっている所が、城山です。

イメージ 2
     ここを進むと多分、登山口に行けると思います
     城跡には、本丸を中心に平な郭がいくつかあるのみで、はっきりとした空堀や土塁
     などは見られず、城の作りは単調だそうです〜
     この事が尼子の滅亡が早まった理由の一つに上げられるそうです。
 
     その単調な城を、自分の目で確かめたかったです〜
                                        城めぐりでした。

松江城 (島根)

     ?H1>                松江城
  (所在地)松江市殿町   (形状)平山城   (別称)千鳥城  (登城)2008,10  
  松江城………24万石の太守である堀尾吉晴の作った近世城郭。
        山陰地方、唯一の現存天守である五層天守を見る為に、山陰旅行を計画しました。
 
イメージ 1
     内堀から二の丸高石垣を南から望む。
     手前の石垣は県庁のある三の丸で、その先の高石垣に見える櫓が、
     左から南櫓、中櫓です。  天守が少し見えてますね☆

イメージ 2 イメージ 3<南櫓と南口門>
           この門を上がっていくと二の丸にいけます。
           今回は正規のルートで大手門から行きました〜
            イメージ 4イメージ 5
                   左)大手門跡と石垣 右)二の丸下の段        
 さすが松江城の大手門です。門前の馬溜はかなりの広さで、ちょうど行った時は、菊展をしてました。
 なので窮屈な写真になってしまった〜  
 二の丸は、上の段と下の段に別れています。現在下の段には、お土産やがあるぐらいで、
 何もないです。   まっそれがいいのか〜
           イメージ 6イメージ 7
                    脇虎口門跡
     外から内堀越しに門を撮りました。  この橋は家老屋敷と城内を結ぶ大事な橋でした。
     今、この家老屋敷跡に何か資料館みたいのを作ってるみたいです。
     残念〜         
イメージ 8

      二の丸下の段の石垣を東から取った写真です。 天守を入れるのがポイントらしいです☆
      この風景は堀川めぐりの船から見るのがいいらしいです
      もちろん あとで船に乗りました。
イメージ 9
                          大手門の石垣と太鼓櫓
      この大手門は大きくて、長さが14〜5メ−トルあったそうです!
      もちろん鯱を付けた立派なものだったそうです〜
      この石垣を見れば頷けますね
イメージ 10
  二の丸下の段から上の段にあがる階段です。
   凄く立派でな通路階段です.
   大手門と二の丸上の段の石垣と太鼓櫓がすごくかっこいいです♪
イメージ 11イメージ 12    
 階段を登る途中に、石垣の印の説明が書いてありました。こういうのが有るといつもは、素通りの印もしっかり探しちゃうんですよね〜
イメージ 13

階段を登りきって、帯曲輪を右に見ると天守が♪石垣越しに見る天守は、やっぱり素晴らしい〜
イメージ 14イメージ 15
左)太鼓櫓 右)中櫓
 太鼓櫓の中には太鼓があったような〜?!
イメージ 16
     南櫓です。この櫓は中に入れました。
イメージ 17イメージ 18
中は木造で出来ていて、はりが特徴があります
  外を見ると内堀の奥に三の丸があります。今は県庁が建ってます
イメージ 19イメージ 20
塀には旗がなびいていました。  二の門を通り本丸へ==急ぎます
イメージ 21
        本丸一の門と南多聞櫓
       南多聞は今、休憩室になってました。
       この本丸門と多聞は厳密な復元ではないらしい〜
イメージ 22
天守は【現存天守】で載せます  松江現存天守の記事

イメージ 23イメージ 24
左)天守最上階から本丸内を見たところ 右)武具櫓跡です

イメージ 25イメージ 26
左)北の門   右)奥去口門を下から見上げた所です
    本丸から北門を出ると腰曲輪に出ます。その左斜め前方に奥去口門があり、
    その階段を下りると、本丸と北の丸の間の深い堀道にでます
    振り返って石垣を見ると、本丸後面にも関わらず、高い石垣で覆われてます  
    なかなか見ごたえが有りますよ〜
イメージ 27
                 水の手門 
      この城で2〜3番目に大きい門だと思います
      表の門や石垣より、結構裏の方が見ごたえがあってよかったです
イメージ 28イメージ 29
左)北の丸にある護国神社  右)搦め手門
  北の丸は掘り下からちょっと坂道を登ります。 神社には誰一人いませんでした
  
  搦め手門の橋は掘りめぐりの船が通っていました
  もちろん後で船に乗って通りましたよ♪
イメージ 30イメージ 31
  左)塩見縄手と北の丸の間の掘り 右)武家屋敷
   もともとこの北の丸と塩見縄手は繋がっていたけど、築城の時、北側の防御の為、
   山を削り、掘りにしてしまったそうです〜 
   結構掘り幅は広いのにすごいですよ〜 


     以上松江城めぐりでした。  お堀めぐりおすすめ☆☆☆


        

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