msadmin 日記帳 ~主に事件と海外ネタと独白~

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Paul Kenneth Bernardo
ポール・ケニス・バーナード(http://farm4.staticflickr.com/3213/2758915463_e0e932c494.jpg)

1964年8月27日
オンタリオのトロントで
ケニスとマリリン・バーナードの3人の子供の末っ子として生まれた

母親のマリリンはトロントの弁護士夫妻の幼女として育ち
父親のケニスはイタリア移民の子で大理石やタイル事業の会社を経営している

二人とも比較的上流育ちだった

1960年に両親は結婚しトロントのスカーバロー地域のミドルクラスの地区に住んでいる

この父親は
母親や子供たちを虐待していた

そのことが理由で
母親は昔の恋人と浮気をしてポールを妊娠した

だが父親は不義の子であるポールを認知し自分の子としていることが出生証明書で判る


子供時代のポールは特に悪い子ではなく
その代わり至福なものもなかった

父親はワーカーホリック
つまり家庭を顧みない人間だった

母親も自分のことにしか興味のない人で
子供たちのことは放置していたよーだ


長じたポール・バーナードはボーイスカウト活動に熱中している

自分より年少の子供たちのためにカウンセラーとして一夏働きづめだったことすらあった

彼は「将来は大物になる」と周りに期待されるよーになり
また
自分もそれを希望した

そしてそれを現実のものにするため
勉学に打ち込んでいる


バーナードが16才の時のある日
母親と激しい口論をする出来事があった

そのやり取りの中
逆上した母親が彼に
彼が実は「私生児」だったという破壊的な事実を口走ってしまふ

母親が父以外の男に足を開いた事実を知り
今まで塗り固められて来た嘘を知ったバーナードは愕然とした

こののちバーナードは
母親を公然と売春婦呼ばはりするよーになるが
それも止むを得ないのではないかと思ふ

一方
バーナードの父親も少女に対する性的いたずらで逮捕され法廷に立っている

バーナードの混乱は性的衝動と混ざり合い
彼自身も覗きをするよーになる

だが
彼はすぐに覗きは卒業できたよーだ

ともかく
母親の不義や父親の性的倒錯にガッカリンコンのヤング・ブラッドは両親嫌いになっていった


バーナードはサー・ウィルフォード・ローリエ工業大学(http://www.tdsb.on.ca/schools/index.asp?schno=4166)を卒業後
アムウェイで働いている

そののちトロントのスカバラー大学に入っているが
この頃からバーナードは異性とのアナルセックスと支配的な立場にファンタジーを覚へるよーになったよーだ

彼が当時ナンパした女性が証言するよーに
彼は欲求を満たすために単純かつ従順な女性を捜していた

この頃の彼は自分の気分をコントロールすることがまだできずにいて
ソーシャルでも女性を見下した言葉を吐き
ベッドでも性交中に急に相手の女性を罵倒している


在学中
バーナードと幼なじみヴァン・スミニーはトラックの荷台泥棒を働いている

このことによって少し金回りがよくなった彼だったが
彼の贅沢癖を満足させるに至ることはなく
逆にストレスを深めて行ったよーだ


1987年
バーナードは大学を卒業してプライス・ウォーターハウス会計会社で下級会計士の職を得た

そして1987年10月
バーナードは彼の夢の女性に出会ふ

若くて美しいブロンドの彼女の名前はカーラと言った



Karla Leanne Homolka
カーラ・レニー・ホモカ(http://toptens.in/wp-content/uploads/2011/04/Karla-Homolka-3.jpg)


1970年5月4日
オンタリオのトロントの村.ポートクレジットで生まれた

彼女の生まれた家庭はいわゆる労働者階級の家庭だった

裕福ではない家庭だったが特段不遇なこともなく
家庭円満
彼女の両親と2人の姉妹ともども愛の溢れる家庭だったよーだ


成長期に入るとカーラは美人だったこともあり
学校でかなりの人気者だったらしい

ティーンエイジャーだった頃の彼女の友人たちに聞いてみても
彼女の人生がこの後狂っていく兆候や瑕瑾のかけらもその頃には見られなかった


カーラが17才の時
好きだった男の子がカンザスに引っ越していった

両親が止めるのも聞かず
彼女はカンザスに彼を訪ね
そこで処女を失った


1987年10月
ホモカは当時ペットショップで働いていたが
トロントでの獣医の大会に招待され
友人のデビー・パーディに出席している

ホテルのレストラウンジをデビーとうろついている時
彼女らは二人の青年に声をかけられた

ポール・バーナードとヴァン・スミニーだった

記録では
デビーが彼らを「一緒にテレビを」と誘ったらしい

だが
部屋に入った後はホモカが積極的だった

間近でスミニーとパーディがショックを受けて観察するその目の前で
バーナードとホモカはケダモノのよーに激しく交わった

スミニーの証言によれば
ホモカの漏らした愛液が彼の口の中に飛び込んだとのことだ



それまで抱いたどの女とも違い
バーナードにとってホモカは
彼のサディスティックなセックスにエネルギーを与えたらしい

そして
彼が彼女の人生のあらゆる面をコントロールし始めた時
2人の関係はパーフェクト・ストームを完成させた

だが彼はその時
他の女とも寝ていた

もちろん彼女に気づかれないよーに配慮はしていたよーだ

のちに公開されたホモカからバーナードに当てたラブレターを読むと
ホモカがバーナードとの結婚を確信していたことは間違いないと思はれる

とにかく
彼女は彼をとても愛していた

彼女が彼の愛を得るためならなんでもしたであらうことは客観的にも疑いない

彼女にとって彼の要求は常に正当なものだった

実際
彼が彼女に対して行った要求
それがどんなに卑劣で法外なものであっても彼女は合意した

俺の所見では
彼女は彼のセックスから与えられる快感の中毒になっていたと思はれる

彼にとっても
彼女は彼が知っていた他のどんな女の子とも違い
彼のサディスティックな性癖を受け入れる稀有の存在だったことだらう

そしてそのことが
「スカーバローのレイプ魔」として彼の行為を増長させることになった


バーナードはスカーバローの内外で複数の性的暴行を犯している

手口は比較的単純なものだった

犠牲者がバスから降りた時
こっそり後ろから忍び寄った「スカーバローのレイプ魔」が犠牲者を地面に引き倒し
アナルセックスとフェラチオを犠牲者に強いて肛門か口腔に射精する
<この順番イヤやなぁ>

そして満足すると犠牲者を逃がす


1987年5月4日
21才の女性をレイプ

スカーバローの彼女の家の隣の彼女の両親の家の前にて

30分以上レイプ


1987年5月14日
19才の女性を彼女の両親の家の裏庭でレイプした

この事件では射精を完了するまで1時間にわたって陵辱


1987年7月27日
レイプ未遂

若い女性を殴ったが彼女が殴り返して来たので断念


1987年12月16日
俺の誕生日の8日後
15才の少女をレイプ

<彼女はおれより3つ年下かぁ>

このレイプは約1時間続いている


この翌日
トロント警察サービスは夜に一人で出歩くスカーバロー周辺の女性に警告を発し
主にバスでの警戒を強化した


1987年12月23日
17才の少女をナイフで脅してレイプした

この辺りから『スカーバローレイプ魔』とゆー名が知られるよーになる


1988年4月18日
17才の少女をレイプ

5回目のレイプは45分続いた


1988年5月25日
バス待合所を主張していた制服警官が
バーナードが木の下で隠れていることに気づいて追跡する

だが彼は逃げきった


1988年5月30日
スカーバローから約40キロメートルの南西のクラークスンにて18才の女性をレイプ

このレイプは30分続いた


1988年10月4日
スカーバローにてレイプ未遂

狙われた犠牲者は彼を撃退したが
彼が用意していたナイフにより腿と腰部に2つの刺し傷を負はされ12針縫ふこととなった


1988年11月16日
18才の女性を彼女の両親の家の裏庭でレイプした


1988年11月17日
メトロ警察は「スカーバローのレイプ魔」を捕らえるために専用の特別タスクフォースを結成した


1988年12月27日
レイプ未遂

彼は警戒していた近隣に阻まれ
あまつさへ追撃されている


1989年6月20日
レイプ未遂

犠牲者の悲鳴で駆けつけた近隣に阻まれ
またも追撃されている

その時彼は顔を引っかかれており
これがのちのちDNA鑑定にかけられることになる


1989年8月15日
22才の女性をレイプ

この事件では
彼は前日に犠牲者となった女性をつけて彼女のアパートをつきとめ
当日彼女が家に帰って来るのを待っている

この日のレイプは激しく
2時間以上続いている

前回2回失敗していることから
彼にとっては半年以上ぶりのレイプ射精とゆーことになる


1989年11月21日
バス待合所で会った15才の少女をレイプした

このレイプは45分続いた


1989年12月22日
地下駐車場の吹き抜け階段で19才の女性をレイプした

これは30分続いている


1990年5月26日
19才の女性を1時間にわたってレイプした

この事件で警察によりモンタージュが作成され
2日後にトロントや地域の新聞に似顔写真が公開された


1990年7月
バーナードは2人の刑事によって職質されている


さて

その頃
ホモカとのバーナードの関係は徐々に新鮮さが失われ
彼は他所に目移りするよーになっていた

その頃の彼はホモカの両親にも受け入れられ
時にお泊りもするよーになっていた

そして彼は
彼女の15才の妹タミー・リンとセックスする考えに取り憑かれていた

実は
彼は
ホモカと出会った時に彼女が処女でなかったとゆー事実にイラッとしていた

彼の言い分では
@彼女が処女でなかった以上
 彼女の妹の処女を自分に与えることは彼女の義務だ

@ただし
 レイプで行うことは避けたいので彼女がタミー・リンを説得するか
 さもなければレイプに協力せよ

彼女は彼の言い分に同意した

そして
サディスティックなファンタジーを反芻するためにこのイベントをすべてビデオ録画すると2人は決めた

彼女は家畜クリニックで働いたので鎮静剤についての根本の知識も入手ルートも持ち合わせていた

ハルシオンとハタロンを使うことに決めたのは彼女だった


1990年12月23日
バーナードとホモカは計画を実行に移す



続くhttp://blogs.yahoo.co.jp/show_p_dion_ne_jp/8124245.html


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