msadmin 日記帳 ~主に事件と海外ネタと独白~

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Marc Dutroux
マルク・デュトルー

1956年11月6日
イクセルにおいてビクターとジャニーヌのデュトル夫妻の長男として生まれる(5人兄弟)

両親ともに教師であり
のちの記録によれば体罰が多かったらしい

彼の両親は1971年に離婚し
そのおり彼は母親の許に留まるがじきに家出し浮浪者となる

その時期
同性愛者向けの売春夫をしていたよーだ

日本で言ふ陰間だよね

19才で結婚し
20代前半で2人の子持ちとなるが1983年に離婚した

そもそもこの結婚は殴って犯すレイプから始まったもので奥方にすれば本道に立ち戻ったものだし
彼は彼で離婚の時
ミシェル・マルタンとゆー女性と不倫関係にあった

この離婚はある意味において円満離婚だ

マルタンは彼と共に犯罪を行ってともに裁判を受けている

彼らは二人とも服役していた1989年に結婚し
出所後に子供も3人もうけるが
やはり二人とも服役していた2003年に離婚している


デュトルーは電気技術者の資格を持っていたが
前持ちに仕事がないのはどこの国も同じで
結局は犯罪に手を染め
シリアルキラーにはお決まりの自動車泥棒→強盗と歴史を重ね
薬物取引に手を染める頃にはいっぱしの中物犯罪者となり
家も7件手に入れている

その7件が薬物取引のみならず
少女監禁/レイプに利用されることになるのら



デュトルーは1989年頃から性犯罪者の歴史も持ち始める

当時
エノーでは性犯罪者撲滅運動に官民挙げて取り組んでおり
うまい具合とゆーか彼も引っかかった

1986年2月
彼とのちに妻となるマルタンは5人の女性を誘拐し
レイプしたとして逮捕された

この件で1989年に彼は13年
彼女は5年の刑に処せられるが
1992年に仮釈放で出獄している

彼は当時の犯罪において大人の女性をレイプしている

以前の細君についてもそのとーりだ

この時点ではまだファンタジーの発芽はなかったのかも知れないが
のちの1996年に彼を診た精神科学者もまた
彼は従来の小児性愛者とはタイプが違ふと報告している

さしあたって
それほど先に行かない彼の仮釈放後
彼は警察や裁判所に
受刑中にPDSTに陥って精神障害者になったと訴え
それが通ったことにより医療年金を受け取るよーになる

この医療年金も
彼が少女たちを監禁したスペースの原資となっている

この時
彼の母親は彼を釈放した仮釈放委員会に手紙を出しているが
のちに後悔されたそれには
息子が自宅に少女たちを監禁する可能性があることを示唆した一文がある

先ほども書いたが彼は7件の家を持っていた

その中で
エノーのシャルルロアのマルシネルに建てた家で最も多くの時を過ごしているが
それは
その地下にプレイルームを作ったからだ

映画でおなじみ
ドアを大きな本棚で偽装して階段につながるその先に
長さ2.15メートル(7フィート)/幅1メートル未満(3フィート)/高さ1.64メートル(5フィート)の地下牢があった


以下はデュトルーたちの犯した罪を書く

一部は裁判における起訴側の主張を取り入れた形となっているが
おおむねこんなもんだらう

1995年6月24日
彼はジュリー・ルジューヌとメリッサ・ラッソの両8才を誘拐し
幼い女の子である彼女らを何度も何度もレイプし
その光景をデビオに収めた


1995年8月22日
デュトルーと彼のヤク中の仲間.マイケル・ルリエーヴルは
オーステンデでキャンプ旅行に来ていたアン・マーシャル17才とエイファ・ラムレックス19才を誘拐した

ちなみにルリエーヴルはこの後
いつもヤクを餌に手伝はされている

この誘拐
すでに地下牢は使用中だったため
マーシャルとラムレックスは夫婦のベッドにつながれることになるが
起訴側の主張によれば
月を経ずして彼女らは薬を大量に投与されて
ユメットにある彼の持ち家の一つの庭に生きながら埋められ殺された


1995年後半
デュトルーは盗まれた高級車との関係で捜査対象となり
1995年12月6日から1996年3月20日まで拘留された

ルジューヌとラッソはこの間に餓死したと思はれる


1996年5月28日
デュトルーと彼の共犯者.ルリエーヴルは通学途中のサビーヌ・ダルデンヌ12才を誘拐し
地下牢で収監した


1996年8月9日夜
デュトルーと彼の共犯者.ルリエーヴルは市民プールから帰宅している途中のレティシア・デレツ14才を誘拐する

しかし
この日は目撃者がおり
車のナンバーから警察はデュトルーに導かれる

1996年8月13日
デュトルーと妻のマルタン
共犯のルリエーヴルは逮捕され
デュトルーの案内で地下に入った警察は8月15日
ダルデンヌとデレツを救出した

ただし
この日まで少女たちはたっぷり枕を並べて犯されていたのだが


1996年8月17日
デュトルーは警察をサール・ラ・ビュイシールにある彼の持ち家の一つに導く

この家から
デュトルーと妻.マルタンの作った商用エッチデビオが発見されたが
庭にはルジューヌとラッソ
それと車泥棒の共犯だったベルナール・ワインスタインの死体が埋めてあった

検死の結果
女の子は餓死
ウェインスタインの方は拷問の末に薬を盛られて生き埋めコースだった

ウェインスタインはデュトルーのいない間
女の子たちの世話をする約束だった

だがその間
彼は車泥棒で
単独で利益をあげ
女の子の世話をしなかった

このことに怒ったデュトルーはウェインスタインを拷問して利益の在り処を吐かせ
処刑した

拷問はすさまじかったらしく
両手の甲の骨と両タマタマが潰されていた


デュトルーの事件にあって
警察はいろいろと失態をやらかしている

警察は1995年12月13日
デュトルーの家を捜索しているが
この時点での捜索が甘かったこと

デュトルーの母親はその後も
警察に対して息子の少女拉致の警告を2回行っていること

そして
デュトルー自身が警察の情報提供者と情報料やまわけを目論み
情報を上げていたにもかかわらず
警察が”なぜか”無視したこと

これらのことが市民を怒らせた

本来
犯罪を起こした犯人に向けられるべき怒りが警察や政府に向けられた


当然と言えば当然だが

結局
そんな摺った揉んだしている内に時は2004年になり
彼の逮捕から7年半が過ぎた3月1日
よーやく裁判が始まり
2004年6月17日
陪審はデュトルー/マルタン/ルリエーヴルに対してすべての訴因で有罪の判決を下した

そして
2004年6月22日
マルタンが30年
ルリエーヴルが25年
デュトルー自身は終身刑の宣告を受けた

彼は現在
ブリュージュ中央刑務所の独房で監禁されている



さて

さきほども書いたが
彼は一般的な小児性愛者の枠にはまるよーに俺には思へない

彼のレイプ犯罪はともかく
自動車泥棒に関してはビジネスとゆーか
マフィアのよーなものだ

売った買ったのカッチャオみたいなカンジではない

彼はビジネスマンテイストを持っている

このよーな
荒事を含んだビジネスマンは
ロリータセックスを夢想しない

あまりにも現実主義すぎるからだ

このタイプは
むしろホモ道かSMに快感を求める

早漏でござ候だったのかなと思はないでもないが
それならデビオなんか撮らない

チャイルドレイプを行ふ者は
大なり小なり身体的なコンプレックスを抱いており
他人にそれを知られたくないばかりに子供を狙ふのだ

幼い子や少女を犯していたのは
むしろセルデビオのためみたいなカンジがする

このタイプを見分けるのはヒジョーに困難だよね

少なくとも性的にはマトモに見えるからだ

警察が彼を幼女レイプ/少女監禁のシリアルキラーだと見抜けなかったのは仕方ないよーに思へる

ただし
彼は犯罪者であり
警察は彼の家を捜索することができたし
実際やっている

この件が甘かった背景に
警察内部の高級官僚が彼に買収されていた可能性があるのではないだらうか

この男のマフィア的ビジネス観であれば
それくらいあり得ることだと思ふが

実はこの事件において
警察内部の高級官僚が売春組織の後ろ盾だったため捜査が甘かったんではないかとゆー噂がある

だが俺はその件については懐疑的だ

ただベルギー市民はその噂を信じたらしく
反警察の一台デモが起きている

ベルギー市民にとって
事件はそれだけ衝撃的だったんだらう

1996年から1998年にかけ
同じデュトルーの姓を持つベルギー人が多く改姓を申し込んでいる

その数
およそベルギー・デュトルーの1/3だったといふ

どれだけベルギーの市民に衝撃を与へたかは推すまでもない


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