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三遊亭円朝 作 <怪談 牡丹灯籠>
浪人の萩原新三郎は、ふとしたことから旗本飯島平左衛門の娘、お露と知り合う。互いに一目惚れしたふたりは深い仲となり、お露は夜ごと牡丹灯籠を下げて新三郎の元を訪れ、逢瀬を重ねる。しかし、お露の正体は怨霊だった。牡丹灯籠といえば、こんなお話しでしたよね。
子供の頃、夏休みになると必ずテレビでやってた怪談話の中でも、比較的怖くなかった話ですが、落語聴くようになってから、所謂この牡丹灯籠のお話しは、もっと壮大なお話の中の一部分と知るようになりました。
あれですね。
ジプリ映画の「風の谷のナウシカ」は、実はながーいながーいお話しのごく一部分だというのと同じです。
ざっと紹介すると、こんな感じ。
<第一部> 刀屋
刀屋で一人の若侍、飯島平太郎が刀を見ていると、通りかかった酔っ払いに絡まれる。
「これほどまでにお詫びを申しても御勘弁なりませぬか。」
「くどい、見れば立派なお侍、御直参かいずれの御藩中かは知らないが尾羽打ち枯らした浪人と侮り失礼至極、いよいよ勘弁がならなければどうする。」
ひと悶着の末、飯島平太郎はやむを得ずその酔っ払いを斬る。
家督を継いだ平太郎は、名前を飯島平左衛門と改める。
娘が生まれ、露と名付けられる。
月日が流れ美しく成長したお露は浪人、萩原新三郎と出会い、互いに一目惚れするが周囲にはその仲を反対された。
そんなある日、新三郎はお露が命を落とすという夢を見た。
「新三郎さま、これは私の母さまから譲られました大事な香箱でございます。どうか私の形見と思召しお預り下さい。」
<第三部>
飯島平左衛門の家に、孝助という草履取りの若者がいる。
「其方は新参者でも蔭日向なくよく働くといって大分評判がよく、皆の受がよいぞ、年頃は二十一、二と見えるが、人品といい男ぶりといい草履取には惜しいものだな。」
実は、この孝助は平左衛門がかつて斬ったあの酔っ払いの息子であった。
孝助は、父の仇が平左衛門とは知らず、平左衛門に剣術指南を請うのだった。
孝助を不憫に思う平左衛門は、いつかこの孝助に父の仇として討たれてやろうと決心する。
一方、平左衛門の妾お国は隣に住む平左衛門の甥、源次郎と深い仲になり、
源次郎に平左衛門を殺すようけしかける。
「あなたは剣術はお下手だが、よく殿様と一緒に釣にいらしゃいましょう。アノ来月四日はたしか中川へ釣にいらっしゃるお約束がありましょう、その時殿様を船から革の中へ突落して殺しておしまいなさいよ。」
計画を耳にした孝助は、二人を殺してでも主の平左衛門を守ろうと心に誓う。
<第四部> お露 新三郎
新三郎は、お露が死んだことを聞かされる。
悲しみに暮れる新三郎の元に、ある晩なんとお露がやって来た。
お露は生きており、二人の仲を引き裂くために人が嘘を付いたのだと言い、
それからは毎晩、夜になると新三郎の元に通って来るようになった。
「私はあなたより外に夫はないと存じておりますから、たとえこの事がお父さまに知れて手打ちになりましても、あなたの事は思い切れません、お見捨てなさるとききませんよ。」
新三郎の身の回りの世話をしている伴蔵が、ある夜新三郎の部屋を覘くと、
そこには骸骨と楽しそうに語らっている新三郎の姿があった。
やはりお露は死んでいて、新三郎の元に通っているのは死霊だったのだ。
新三郎は、死霊除けのために家の周りにお札を貼り巡らした。
新三郎の心変わりを嘆いたお露は、隣に住む伴蔵にお札を剥がすよう頼み、その礼に百両を渡すことを約束する。
「お札を剥しておやりな、お前考えて御覧、百両あればお前と私は一生困りゃアしないよ。」
「なるほど、こいつは旨え、きっと持って来るよ、こいつは一番やッつけよう。」
大金に目が眩んだ伴蔵とその妻おみねは、新三郎の海音如来を密かに奪い、お札を剥がす。
翌朝、新三郎は息を引き取っており、その周りには骸骨が散らばっていた。 妾お国と源次郎が、いよいよ平左衛門を殺す計画を実行する晩がやって来た。
計画を知った平左衛門はわざと源次郎のふりをして、待ち伏せしている孝助の前に現れる。
孝助は、源次郎だと思い込んで平左衛門を槍で突いてしまう。
平左衛門は息も絶え絶えに、自分こそがお前の父の仇であるのだと告げる。
「ああああ不束なるこの飯島を主人と思えばこそ、それほどまでに思うてくれる志忝い、なんぼ敵同士とは云いながら現在汝の槍先に命を果すとは輪廻応報、ああ実に殺生は出来んものだなア。」
自分はこれから源次郎を討ちに行くが、手負いの状態では返って源次郎に殺されるであろうこと、
そして自分が死んだら今度は自分の仇として源次郎を討つよう、孝助に命じる。
言葉通りに平左衛門は源次郎を襲い、返り討ちに遭って命を落とした。
屋敷から逃げ出すお国と源次郎。
悲しみの孝助は、主人の仇を討つために旅立った。
<第六話> 栗橋宿 / おみね殺し
百両を手に入れた伴蔵とおみねの夫婦は、伴蔵の故郷栗橋へ引っ越し、そこで百両を元手に荒物屋を開いた。
店が繁昌するに連れて伴蔵は派手に遊ぶようになり、料理屋で働く人妻、お国に貢ぐようになる。
このお国こそが、飯島平左衛門の妾だった女であり、源次郎と一緒に栗橋に逃げていたのだ。
伴蔵の浮気に嫉妬した女房のおみねは、主人だった萩原新三郎に死霊を手引きして死なせたことを世間にばらすと詰め寄る。
伴蔵は、仲直りをするふりをして、翌日おみねを殺してしまう。
「それじゃアお前は私を殺して、お国を女房に持つ気だね。」
「知れた事よ、惚れた女を女房に持つのだ、観念しろ。」
とまあ、こんな感じで話は進んでいきます。
最後まで書こうと思ってたんですが、あまりに大変だということにいまさらながら気付き、とりあえずここまでで打ち止めにすることにしました。
この後、殺されたおみねが化けて出て・・・という怪談話になったりしますが、
基本的にはお露新三郎から始まる怪談話と、孝助の敵討ちの話が交互に進みます。
両方の話に、あまりに都合よく共通の人物がいたり、とにかく全員が何かしら繋がっているのですが、
ご都合主義すぎとは思いつつ、最後まで楽しくのめり込むことができました。
落語でよく聴くことができるのは、刀屋、お露新三郎、栗橋宿のパートくらいですが、
全部通しで聴く機会はないし、You Tubeにさえ無いので、今回この本で通しで読むことが出来て嬉しかったです。
作者、三遊亭円朝はいろんな長い話を作っている人ですが、この本、速記本だということを読んで初めて知りました。
日本に速記技術が持ち込まれた時に、落語とコラボした企画だったらしく、
円朝にも了承を得て二人係で速記本にして、売り出したというものだそうです。
この時代の音源なんてないので、円朝の落語を聴く術はないのですが、これを読むと実際に寄席で聴いているような雰囲気で嬉しいです。
「旨かったなァ、感服だ、実に感服、君の二三の水出し、やらずの最中とは感服、ああどうもそこが悪党、ああ悪党。」
これより伴蔵は志丈と二人連れだって江戸へ参り根津の清水の花壇より海音如来の像を掘り出すところから、悪事露顕の一埒はこの次までお預かりにいたしましょう。
続きものの話だと、続きが気になるところで切って「続きはまた明日。」みたいなのが楽しいですね。
他にも円朝作品の速記本は何冊もあるようなので、少しずつ読んでみようと思います。
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読書
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これ、買ったわけでなくて無料公開版しか読んでいないのですが、町田ワールドがあまりに面白かったので紹介してしまいます。
町田康は、宇治拾遺物語から何篇か訳しているようですが、なんとその中の瘤取り爺さんが無料公開されています。
瘤取り爺さん、有名ですね。
「昔々あるところに、頬に大きな瘤のあるおじいさんがいました。」という感じで始まるあの話です。
町田康版の冒頭。
これも前の話だが、右の頬に大きな瘤のあるお爺さんがいた。その大きさは大型の蜜柑ほどもあって見た目が非常に気色悪く、がために迫害・差別されて就職もできなかったので、人のいない山中で薪を採り、これを売りさばくことによってかろうじて生計を立てていた。
この独特の言い回しとリズム。
そんなおじいさんは、ある日山で鬼の宴会に出くわします。
鬼の形相の描写。
その姿形たるやはっきり言ってムチャクチャであった。まず、皮膚の色がカラフルで、真っ赤な奴がいるかと思ったら、真っ青な奴もおり、どすピンクの奴も全身ゴールドというど派手な奴もいた。
リーダー、って感じの鬼が正面の席に座っていた。そのリーダー鬼から見て右と左に一列ずつ、多数の、あり得ないルックスの鬼が座っていた。
鬼に気付かれると殺されると思うから、木の洞の中で息をひそめるおじいさんをよそに、
宴会は盛り上がります。
そのうち、芸も趣向も出尽くして、同じような踊りが続き、微妙に白い空気が流れ始めた頃、さすがに鬼の上に立つだけのことはある、いち早く、その気配を察したリーダーが言った。
「最高。今日、最高。でも、オレ的にはちょっと違う感じの踊りも見たいかな」 リーダーがそう言うのを聞いたとき、お爺さんのなかでなにかが弾けた。 鬼たちの踊りを見て、居ても立っても居られなくなったおじいさんは、木の洞から出て踊りを披露。
結果、鬼に気に入られるおじいさん。
「長いこと踊り見てきたけど、こんな、いい踊り初めてだよ。次にやるときも絶対、来てよね」 次回来てくれなかったら嫌なので、鬼たちの間でおじいさんの大事なものを取り上げて、来たら返すようにしようという話になる。
「なるほどね。でも、それって極悪じゃね?」
「踊り見たくないんですか」 「見たい。絶対、見たい」 「じゃあ、極悪でもしょうがないじゃないですか」 「だね。じゃあ、ええっと、みんな考えて。なにを預かればいいと思う?」 瘤がおじいさんにとって大事なものだと思い込んだ鬼は、おじいさんの瘤を取ってしまいます。
長年の悩みだった瘤が取れて、喜んで家に帰るおじいさん。
すると、そんなおじいさんを羨ましく思う人がいました。
お爺さんの家の隣に住むお爺さんである。嘘のような偶然なのだけれども、事実は小説よりも奇なり、この隣に住むお爺さんの左の頬にはお爺さんの瘤とまったく同様の瘤があった。
鬼の宴会に行って踊りを披露し、自分も瘤を取ってもらおうと画策する隣のおじいさん。
しかし、踊りが下手過ぎて鬼たちをがっかりさせてしまいます。
「もう、いいよ。見てらんない。なんか、小便臭いし。瘤、返して帰ってもらってよ」
「了解」 やはりお爺さんの踊りに辟易していた、末席にいた鬼が袋からお爺さんの瘤を取り出し、踊るお爺さんめがけて投げた。 案の定、瘤が2つに増えてしまうという結末ですね。
隣のおじいさん、他の昔話に出て来る隣のおじいさんと違って、別に悪いことしてないのに気の毒…。
そんなこんなですが、実はこの古典作品の現代語訳について、町田康による講義みたいなのがあります。You Tubeで見たり聞いたりできたんですが、そちらも興味深かったです。
難しい言葉を使うのでなく、今自分で使っているリアルな言葉を選んで訳すだけで
各段に分かりやすく面白くなると語っています。
この瘤取り爺さんの現代語訳も奇抜に見えて、原典と比べるとけっこう忠実な訳なんですよね。
ただ、選んでいる言葉が違うだけ。
また、古典作品って分かりにくいという偏見があるけれども、自分で現代語に
訳してみると、びっくりするくらい理解できるし楽しいとのこと。
人に見せなくても趣味で訳しても良いと言っているのを聞いて、ちょっと試してみたいと思いました。
宇治拾遺物語の後に、元々は趣味で始めたという義経記の現代語訳版も出しているそうなので、そっちも読んでみたいです。
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10年越しくらいで欲しかった本を手に入れました。
以前、名古屋紹介本で見かけてずっと気になっていた、「猿猴庵の本」です。 猿猴庵とは… 高力猿猴庵、本名高力種信(1756〜1831)。 尾張藩士であると同時に絵師でもあり、その好奇心旺盛な性格から、あちこちで催されるイベントに顔を出し、その様子を絵に描いて発表していたそうです。 日記も含めるとかなりの作品数になるらしく、現在順次発行されています。 ここで見つけました。
ここの売店にありました。
どんな編み目だったか等の細かい説明もあって、興味深いです。 本の後ろに全文の解説があって分かりやすい。 今はまだ籠細工読んでるので、これが終わったら楽しみにしてた駱駝を読みます。 駱駝が日本に連れてこられて見世物になってたのは、落語の「らくだ」の枕の部分でよく聞いていたので、読むのが楽しみ。 チラ見だけでも楽しい絵がいっぱい。 駱駝のタバコ入れもかわいい。 大根をむさぼり喰う姿が微笑ましいです。 買うとき急いでいたので、取り急ぎこの2冊だけ買いましたが、今度帰った時に他のも読みたい。 |
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江戸の町(上) 巨大都市の誕生 著者: 内藤昌 / イラストレーション: 穂積和夫
江戸の都市計画は、外国でもあまり例をみない、特異なものでした。
自然の地形をたくみに生かしながら、同時に数度にわたって大胆な土木工事を展開し、現在の東京の基礎となった江戸の町を形づくっていったのです。
上巻では、初期の城下町建設にはじまり、開幕によって江戸が天下一の都市へと成長していくありさま、そして、明暦の大火によって、江戸城の大天守もろとも町が焼失してしまうまでの、約70年間を描きます。
それはまた、人間の技術力を信じきって、あくことなく都市を、建物を築き続けた江戸の町の人びとが、自然から強烈なしっぺ返しをうけるにいたるドラマでもあります。
江戸の町が洪水に悩まされる湿地帯だった時代から遡って紹介されています。
見開き2ページでひとつのテーマという形を取っているので、絵も大きく見やすいし、文章も簡潔でとても分かりやすいです。
まずは室町時代に太田道灌が始めて江戸城を築き、その後さびれて、徳川家康が江戸入りするまでのところも順を追って解説されています。
道や堀を作るときの土木工事の様子なんかのイラストもあって、なかなかそういうのを絵を見ることがないので新鮮です。
個人的にはこれに衝撃を受けました。
城の石垣用の石の採石風景。
これってすごい命がけですよね・・・。
高所恐怖症の私は、支えている杭をどこまで信用して良いのか、不安になります。
引っ張り上げる方も引っ張り上げる方で、また色々危険そう。
木材の運搬方法も「こんなだったのか!」とけっこう衝撃。
こういう裏方ってなかなかクローズアップされないし、まして絵でなかなか見られないので興味深いです。
上流にある程度まとまった数を運ぶと、そこで筏に組んで、川を下って海へ出て、
そして船で引いて江戸まど運んだそうです。
一年がかりで運んだそうで、ほんと気が遠くなりますね。
また、後半は江戸城についてたくさん紹介されています。
在りし日の天守の大きさにまず驚きます。
それまで日本一の高さを誇っていた東大寺大仏殿の高さを越すのが当時の目標だったらしく、参考として大仏殿が影絵状態で表示されています。
一番左が江戸城天守で、そのすぐ右が名古屋城天守。
いつも巨大だと思って見上げていた名古屋城よりもふた周りくらい大きいのに驚きです。
高台に建てられていたので、城下から見るとさらに巨大に見えただろうと思われます。
江戸城内部の様子が空撮のように図解されていて、これもすごく分かりやすい。
あの松の廊下はここかー!とか発見がたくさんあって、次に江戸城内の描写が出てくる小説があったら、この図を見ながら読みたい。
他にも、江戸城を中心に「の」の字型に堀を発展させて、町をさらに広げられる工夫なんかも分かりやすくイラスト付で解説されていて、興味深いことがいっぱいの一冊でした。
「上」巻というからには、もちろん下巻もあります。
これから下巻を読むので、終わったらまたここで紹介しようと思います。
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著者: 中村元 <原始仏典>
人に害を及ぼすような、あるいは生きものにむごたらしいことをするような、そういう因習にとらわれないで、ただ昔から人が行っているからというだけの理由で無批判に妄信して追随するのではなく、そういものを超えて、人間としての正しい生き方、実践というものを明らかにした、━━━というのが釈尊の立場でした。
読むのに少し時間がかかりましたが、思ってたよりも分かりやすい本でした。
本書では、仏教の始祖であるブッダを、後の世に神格化された存在ではなく、
歴史的人物として、とことん紹介しています。
また、紹介されている書物もブッダ自身がだれかに説いたことがらを、極初期段階に弟子たちがまとめたものを中心にしているので、後の世にいろいろ複雑化された余分なものとか、呪術的なものは一切ありません。
ご利益とか功徳とか、関係ありません。
色々宗派が分かれていて、一体なにがなんだかって感じの仏教ですが、始まりはたった一人の「善」を求める人間の善くあろうとする為にはどうすれば良いかという教えだったのです。
相手に対して非常に思いやりをもち、因習にとらわれているなら、その因習にとらわれている人の気持ちをいちおう同情の眼をもって見るわけです。けれども、そこにとどまってなずんでいてはいけない、それを超えたさらに高い境地へ導いていく。これが釈尊の態度で、その後の仏教に見られると思うのです。
仏教が生まれる頃、様々な思想が入り乱れて、それと共に世も入り乱れていたそうですが、そんな中「人に対して思いやりを持ちましょう。」と非常にシンプルな教えを説いています。
実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこと息む。これは永遠の真理である。
これ、今の世の中というか自分の生活にもそのまんま当て嵌められるんですよね。
本当に、これが正しいことだと思うのですが、煩悩にまみれた私にはなかなか。
そして仏教と言えば諸行無常。
自分の死に際に、悲しむ愛弟子に向かってブッダが発したと言われることば。
「やめよ、アーナンダよ。悲しむなかれ。アーナンダよ。わたしはかつてこのように説いたではないか、━━すべての愛するもの・好むものからも別れ、離れ、異なるに至るということを。」
人でも物でも、永遠に続くものはないのだから、それに固執してはいけない。
これも難しいです・・・。
子も救うことができない。父も親戚もまた救うことができない。死に捉われた者を、親族も救い得る能力がない。
分かっちゃいるけど割り切れない。
でも、こうやって言ってもらえると、少し気がラクになる気がします。
「われらは、この世において死ぬはずのものである」と覚悟をしよう。━━このことわりを他の人々は知っていない。しかし、人々がこのことわりを知れば、争いはしずまる。
割り切れないにしても、そういうものなんだと思えば思えないこともなさそうです。
また、些細な他人の一言や態度だったり、ちょっと嫌な状況になったらモロに影響を受ける私としては、これを是非とも実践したい。
ああ自分にはいま苦しみが起きているな、こう思う。その苦しみにまき込まれて、自分が苦しむのではなく、ああ苦しみが起きているなと思って、ちょっと心を一歩退けて、高いところから反省する。すると苦しみは苦しみとしてそのままうけとられるわけです。
私はまさに「まき込まれて」右往左往してしまうので、自分の置かれた状況をちょっと第三者的に見られるようになりたいです。
所詮、苦悩のない人生はないのですし、その苦悩に直面して、それを超えて喜びをもって生きていく道がここに示されている。それこそが釈尊の最も説きたかったことなのだろうと思います。
ほんとこれ。
所詮悩みは尽きないんですよね。
仏教の始まりっていうのは、宗教というよりも色々と人生におけるヒントをくれる哲学なんだなあ、とつくづく思いました。
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