恋結びの街〜湯の山温泉♪〜 その昔、戦国の武将が山を越え、昭和の文豪が闊歩する。 関西の奥座敷、北伊勢の仙境、こころ静まる湯治・・・今も昔も湯の山温泉 〜 多くの文豪や歌人、動植物研究家が訪れた湯の山温泉は、都市近郊にありながら豊な自然が残る温泉地であり、関西の奥座敷とも呼ばれています〜♪湯の山温泉公式HP 前回の記事 『大石主税 良金』(おおいし ちから よしかね) 義士四十七士の中の最年少(享年16才) 大石内蔵助良雄、石束りくの長男として1688年に生まれる。 幼名は松之丞、14才で元服し主税良金と名乗る。 身長は五尺七寸(170cmあまり)で、当時としては大柄であった。 討入りの際、吉田忠佐衛門の下、裏門隊の大将を務める。 「あふ時は 語りつくすと 思へども 別れとなれば 残る言の葉」 「極楽の 道は一筋 君と共に 阿弥陀を添えて 四十八人」 赤穂浪士〜四十七士(しじゅうしちし)♪12月15日未明。47人の赤穂浪士は吉良上野介の屋敷へ討ち入り、主税は裏門隊の大将を務めた。激闘の末に浪士たちは吉良上野介を討ち果たして、本懐を果たした。赤穂浪士一行は泉岳寺へ引き上げ浅野内匠頭の墓前に吉良上野介の首級を供え仇討ちを報告した。 幕府は赤穂浪士を4大名家にお預けとし、主税は堀部安兵衛、大高源五らとともに松平隠岐守の屋敷へ預けられた。翌元禄16年(1703年)2月4日、幕府より赤穂浪士へ切腹が命じられ、主税は同家お預けの10人のうち最初に切腹を仰せ付かった。享年16。最年少の同志だった。 歴史のロマンスの足跡の残る、湯の山温泉へぜひ一度お立ちよりくださ〜ぃ!! |
温泉♪
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天然温泉〜♪ 【泉質】 アルカリ性単純弱放射能温泉 【効能】 通風、動脈硬化症、慢性婦人病、冷え性、疲労回復など 元禄十五年(1702)十月。大石内蔵助良雄が主君の仇討ちのため江戸へ下る際武平峠を越えてきたという。そして湯ノ山温泉の某湯宿に家来三人と宿泊し、 「この宿にいぬし甲斐ありうれしくも夢をやぶりて鳴くほととぎす」 と詠み残して去ったという。 『大石内蔵助 良雄』 大石家の先祖は近江国栗太郡大石庄、曽祖父が常陸国笠間城主浅野長重の家老として仕える。 浅野家の赤穂転封の後、備前国池田藩家老娘池田くまを母に良雄生まれる。 (父、大石権内良昭。1659年) 幼少時は山鹿素行、長じては京都堀川伊藤仁斎に学ぶ。 21才で国家老上席、晩婚ながら28才で石束りくを娶る。 讃岐高松の剣豪奥村無我に習い、35才で免許皆伝受ける。 雅号は「可笑」(かしょう) 「あら楽し 思ひは晴るゝ 身は捨つる 浮世の月に かゝる雲なし」 (討入り成功後、泉岳寺にて。享年45才) 歴史のロマンスの足跡の残る、湯の山温泉へぜひ一度お立ちよりくださ〜ぃ!! |
岐阜県揖斐郡池田町の池田温泉〜♪一週間の疲れを癒すには、やっぱり温泉ですよね〜温泉の手前の看板、なかなかイケてます〜♪ 池田温泉はちょいとお隣なのでよく利用させていただいております。 生憎の雨でしたが、池田山に向かってGO〜(^o^)丿 池田温泉HP 新館ができて、お庭も綺麗に〜♪お風呂の中の写真は怒られてしまいますので、温泉の中庭を綺麗だったので撮りました〜♪ お湯はとってもいいですよ〜♪お風呂の様子はカタログで〜!歩行湯がいいですねぇ〜雨が降っていたので歩けませんでした、残念! 【泉質】ナトリウム炭酸水素塩(低張性アルカリ性低温泉) 【効能】神経痛、筋肉痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、等々 ぬるぬるした透明なお湯で、とっても肌によさそうなやわらかいお湯でした〜(~o~) 振動の強さは、調整できます〜! 主人が最近お腹まわりを気にしていて、「このマシーン気になってたんだ〜買おうかなぁ〜?」・・。 って、買ってもちゃんと使ってくれるならいいんですけどね・・・(-_-;) だいたい運動しないで痩せようなんて・・・(笑) お土産はシュークリーム♪池田町のお茶が生地に練りこんである、シュークリームを子供達のお土産に買いました♪ 池田町本郷にある、SUN ROYALEさんの洋菓子です〜! 館内のお食事処『湯の華』さん♪色々なメニューが豊富で、惣菜コーナーもあります。 お昼ご飯は済ませていたので、お惣菜を色々頂いてみました。 焼きナス、ジャガイモ煮、タラの芽のてんぷら、茶碗蒸し少しずつ色んな物食べられて美味しかったです〜(^。^) 下呂まりん♪池田温泉ですが、下呂温泉のグッズが〜(笑) ネーミングに惹かれ、写真を撮って、チラシももらってきました。 試供品があったので、ちょっと肩に塗ってみました〜効いたような・・。 いつも行ってる温泉なのですが、ブログネタを探して違う視点から見るとまた楽しいですね〜♪ |
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