イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

小説「PELOTA」

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第2章核地球公園3

 SUは当時、エドガー・ハウザーが日曜大工で作った箱の中で暮らしていた。もう少し正確に言えば木製ベッドの中で。そのクイーンサイズのベッドは、マットレスの下が高さ50センチの薄い箱になっていて、錠前付きの横板をはずして出入りできるようになっている。板をはめれば中は真っ暗だ。トライアスロンのトレーニングと、エドガーの気まぐれな拷問のときを除いて彼女はずっとその高さ50センチ、長さ2メートル、幅2メートルの箱の中で暮らしていた。排泄は洗面器にした。(どうやってやるのか不思議かもしれないけど、慣れるとなんとかできるのよ。腹這いになって腰を浮かして、ふくらはぎで洗面器の位置を調節してね)食事は一日三回ウィノナが箱の中に入れた。平皿に盛った柔らかいケーキのようなものとスープ皿に入れたミルクといったメニューが多かった。それとビタミン剤。
 朝起きると、ウィノナがおしっことうんこが入った洗面器を取り出し、中身を始末して戻す。それから朝食。洗面器は一日一度しか洗わないので、箱の中は常に悪臭が充満している。(あの臭いの中で食事をするのが一番つらかったわ)朝食の後、スイム5キロ、ラン15キロの練習をこなし、箱に戻って昼食。それから地下室で1時間の拷問と強姦、それから100キロのバイクライド。箱の中での夕食、就寝……というのが一日のスケジュールだった。
 エドガーはSUの心を掴むために、彼女の嫉妬を掻き立てる作戦に出た。毎晩ベッドでウィノナに声を上げさせたのだ。ときには愛撫することもあったが、たいていは鞭や平手打ちが多かった。エドガーとウィノナはコロラド州ボウルダーのハイスクールの同級生で、ふたりとも16歳まで一度もデートの経験がなく、エドガーは初めてのデートで彼女を山の中に連れ出し、両手首を木の枝に縛り付けてセックスした。幼い頃に両親が離婚し、母親の再婚相手に強姦されて育った彼は、完全に自由を奪った女でなければセックスできないと感じていたし、少女時代にメキシコのチアパス州の高地で育ち、家族の口減らしのためにアメリカ人の考古学者の養女になったウィノナは(元々の名前はアナ・マルガリータだった)、故郷の村でカシーケの息子たちに幼い頃から強姦されてきたために、乱暴な男に抵抗することを知らなかった。(もちろん養父も私をよく奥さんの前で縛り上げて叩いたわ)エドガーは目の覚めるような美人と結婚して毎晩拷問することを夢見ていたが、さしあたってそんな相手もいないので、ハイスクールを卒業すると同時にとりあえずウィノナと結婚した。夫婦の収入源は高校生のときからウィノナがやっていた山火事監視員のアルバイトだけだった。勉強が嫌いだったエドガーは美容器具のセールスマンや牧場の牛の世話などをやってみたが、どれも長続きしなかった。セールスマンは訪問先の主婦に暴行を働いたために一週間で首になったし(相手が会社の上司に苦情の電話をかけてきただけで、警察に訴えようとしなかったために、経歴に傷がつかずにすんだ)、牧場では子牛を虐待したために(あんな口も利けない畜生の世話をするなんてうんざりだ!)半日もたたないうちに叩き出された。
 彼はもともと毎日決められた時間に決められたことをやるのが苦手だった。(勉強も、結婚生活もうんざりだ! おれはこんなことをして一生無駄にするような男じゃないんだ!)いつも自分に自信が持てないでいたが、同時に自分の中に何かすごい才能が潜んでいて、それがある日突然花開き、名声と金をもたらし、世間をあっと言わせるところを空想するのが好きだった。
 そんな彼が自分の才能を発見したのは、ウィノナが働きに出ている日中、退屈しのぎに始めた散歩の最中だった。女を吊して鞭打つところや(ウィノナではない女、美人の白人女、ボウルダー大学に通っているインテリで、水泳やマラソンが趣味の、いい体をした女!)、縛り上げられた女が彼を涙目で見上げながら「お願いだから助けて」と哀願したり、「あなたを本気で愛しているの」と告白するところを空想しながら、山道を何時間も歩いていると、いつのまにか家から30マイルも離れた場所に来ていることに気づく。そんなことが何度となく続いた。(走らずにそんな距離を移動するなんてできやしない。おれは気づかないうちに走っていたんだ。しかも息をまったく切らさないで!)
 彼は試しにおんぼろのピックアップでドライブウェーを走って26マイル(約42Km、つまりフルマラソンの距離)の距離を計測し、同じ道を自分の脚で走ってみた。ジーパンにスウェットシャツというスタイルで楽に走ったにも関わらず、2時間57分というタイムだった。
 うれしくなったエドガーは毎日5〜6時間走るようになり、一ヶ月後に開かれたハーフマラソン大会で優勝した。その翌年、サンディエゴで開かれたトライアスロンのレースでは、最初のスイムで溺れかけたために(小学生のとき以来泳いでいなかった)、途中リタイア記録なしという屈辱を味わったが、それから水泳の猛特訓を始め、翌年のハワイ・アイアンマンでは3位に入賞した(ゴール目前で道端にいたバカがビールを差し出すものだから、2本も一気に飲み干したらぶっ倒れちまって、フィニッシュラインまで這っていく間に2人に抜かれたんだ)。
 ハワイ・アイアンマンが毎年参加人数を増やし、アメリカの各地でレースが行われるようになると、プロ・トライアスリートなるものが出現した。エドガーは早速プロになった。しかし、たいした収入は入ってこなかった。全米のスイマーやランナー、サイクリストたちからプロトライアスリートが続々誕生していた頃だ。スポーツドリンクやランニングシューズのメーカーからほんの少しでも金をもらい、ウェアにロゴをつけてレースに出れば、誰でもプロフェッショナルになれた。しかし、賞金とレース参加料とスポンサー料で食っていけるのはほんの一握りだった。80年代のレースの優勝はディヴ・スコット、スコット・ティンリー、スコット・モリーナ、マーク・アレンの四人に独占されていた。
 生活に困ったエドガーは海外、特に日本に新天地を求めた。日本でも各地でレースが開催されるようになっていた。莫大な貿易黒字で円が高騰していた頃だったから、円ベースの収入は非常に魅力的だった。そして何よりよかったのは、エドガーに勝てるようなアスリートがいないことだった。彼はあちこちの大会でぶっちぎりで優勝し、日本の電話会社やスポーツウェア・メーカー、食品メーカーから高額のスポンサー料を手に入れた。食品メーカーとは宇陀食品のことだ。

 宮古島大会でエドガーは大型冷蔵庫が平良市陸上競技場の貴賓席に置かれているのを見た。ゴール直後でのどが渇いていた彼は、階段を駆け上がって冷蔵庫を開こうとしたが、たちまち役員たちに取り押さえられた。疲れていたために小柄な日本人をはじき飛ばす力が残っていなかったのだ。
 そのとき冷蔵庫の横に座っているバラ色の肌をしたぶよぶよに太った男が眉の動きひとつで役員たちを下がらせた。三角形の大きな顔の下には二重にくびれたあごの肉が迫り出し、首のない肥満した胴体は白い麻のシャツとズボンに包まれていた。
「よかったら箱を開けてみたらどうだい?」とその肉の塊は強い訛りのある英語で言った。
 エドガーが扉を開けてみると、中には冷えたコカコーラやポカリスエットはなく、様々な太さの透明なビニールの管が複雑に交差し、白いプラスチック製のポンプや黄色い筒に血や黄色い液体を送り込んでいた。
「そこには僕の心臓と肺と腎臓と大腸と膀胱が詰まってるんだ。生まれつき病弱でね、次々と自分の臓器が壊死するものだから、冷蔵庫もこんな大きさになってしまった。今ではうんこもおしっこもプラスチックバッグに入って冷蔵庫から出てくるんだ」
 男のシャツとズボンには数カ所に穴があいていて、ビニールパイプが彼の体と冷蔵庫をつないでいた。冷蔵庫の上には大きな太陽電池、後ろには小型の発電器。横には肥満男がはめ込まれた大きな椅子。この肉の塊が宇陀食品5代目会長兼社長宇陀良順だった。会社では彼は自分のことをまるで他人のようにCEO(Chief Executive Officer最高経営責任者)と呼んでいた。役員や社員たちも彼のことをそう呼んでいた。
「今のCEOが即位されたのは……」「今日CEOが行幸され……」といった時代錯誤の用語法が、宇陀食品ではまかり通っている。
「おれは金がいるんだ」とエドガーは言った。
「いやだと言ったら?」とCEOは言った。
「このビニールパイプを引きちぎって、お前を血と糞と小便まみれにしてやる」
「わかった。しょうがないから金をやるよ」
 取引はあっさり成立した。エドガーはそれをまったく本気にしていなかったのだが、約束は守られた。宇陀食品は東京で彼とスポンサー契約を交わし、年1000万のスポンサー料と、核地球公園の近くにある宇陀家所有の空き地の借地権を与えることになった。その場にCEOはいなかったが、秘書室長がすべてを取り仕切っていた。
「日本人はすごいぜ。ボスの一言で万事がきっちり運んでいくんだ」とその日、彼はウィノナに言った。

 ウィノナはSUに嫉妬していた。感情を押し殺すことになれている彼女は黙々と家政婦のように家事をこなし、家畜の世話をするようにSUに食事を与え、排泄物の処理をしていたが、限界が近づいていた。
 エドガーはSUを支配するだけでなく、彼女の心を制服することに夢中になっていた。
 

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こんにちは。良いブログですね。「ぷーすけの広場」にも是非、遊びに来てください。

2008/4/20(日) 午後 1:39 ぷーすけ3号


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