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MJは宇陀食品に入社するまで女のフェラチオでしか射精したことがなかったと語っている。膣の中で射精した女はSUが初めてだったと。少年時代からあまりに女を恐れて過ごしてきたために、彼は手足を拘束されない女の前で勃起することができなかったのだ。厳重に縛り上げ、股間に幾重にも縄を食い込ませた状態で、彼は初めてリラックスすることができた。
「そうなると、相手の口にぶち込むしかないだろう?」
彼の口調はいつもぶっきらぼうだが、この手の男の中には臆病な女が隠れている。SUはMJと出会ったときからそのことに気づいていた。彼女は自分にしか欲情しない女だったが、多くの女がそうであるように、自分と同じ気配を隠している男に心を奪われたのだった。
当時、製品開発室で小麦粉、食用油に次ぐ主力商品の開発を担当していたMJは、毎日のように研究所に足を運んでいた。SUの担当は小麦粉に混入するLSDの合成で、直接MJと仕事をしていたわけではないが、彼女の性欲アンテナは実験室のガラス越しにMJの姿を見ただけで確かな反応を示していた。少女の頃に経験した不気味な胸騒ぎと体内に仕掛けられた時計のかちかち時を刻むリズムが彼女を不安にさせた。多くのマゾヒストと同様、彼女は内発的な性欲を恐れ、抑圧する傾向があった。
SUはそれまで続けていたオットー博士とのプレイを中止してしまった。
「もう終わりよ、オットー」と彼女は命令口調で言い放ったという。30以上も年上の上司に向かってだ。
「マゾヒスト特有の尊大さというのがあるんだ」とオットーは言う。「あるとき突然態度が変わる。性器から粘液を垂らしながら相手の足をほおばっていたかと思うと、急に立ち上がって罵倒する。命令する。性欲電源がオフになったとたんに変わるんだ。もちろん24時間、毎日ずっと奴隷でいることもある。それは微電流が流れていて、完全にオフになっていないからだ。ときにはそれが何年も続くこともある。あるいは一生……。相性の問題かもしれない。それは愛情や結婚とよく似ている。基本的には同じだ」
私はオットーの研究室にいた。古い屋敷の中央にある八角形の塔の最上階に彼は膨大な書籍に埋もれた部屋を持っていた。ドーム型の高い天井には十字型の梁が渡され、そこからいくつも滑車が下がっていた。滑車には何本もロープが下がっていて、腕を後ろに縛られ、大きく脚を開いた若い女が吊られていた。付け根を白い糸でくくられた舌が長く伸び、口元から絶え間なく涎が糸を引いて床に垂れていた。ふたつの大きな乳首と勃起したクリトリスにはピアスがしてあり、その金色の輪も白い糸で強く引っ張られていた。合計四本の糸は長く伸びて、ドアの上の釘に固定されていた。痛みをこらえる「ううううううううううううう」といううめき声が長く長く、粘っこく部屋の中に響いていた。
私は女の真下にいた。食事を運ぶワゴンに乗せられて。すでに両腕と両脚を切断されていたが、まだ眼球はくり貫かれていなかったから彼女の肛門と性器を見上げて勃起していた。
「これはSUなんですか?」と私はオットーにきいた。
「いや、別の研究員だよ」
「彼女もマゾヒストですか?」
「あらゆる研究員がマゾヒストなんだ」そうオットーは断言した。大きな腹を突き出した小男で、縁無し眼鏡をかけ、顔の半分は赤茶色の髭に覆われていた。
「彼女もあなたに命令する?」
「多少はね。まだ新人だから遠慮がちだがね」
「SUは?」
「彼女は新人の頃から尊大だったな。彼女には才能があった」
「一体何の?」
「人を支配する……」
SUはオットーに命じて研究所内での部署を製品開発担当に換えさせた。MJと仕事をするようになった彼女は、あらゆる男性との性的関係を絶ち(オットーの他、宇陀食品の社内に数人、学生時代からの男友達が数人、その他の機会に知り合った本名を知らない男数人と、継続的な関係を持っていた)、病院で密かにエイズ検査などあらゆる性的感染の恐れのある病気の検査をし、陰性であることを確認し(彼女がエイズに感染したのはMJを通じてだ)、MJの所有物となるチャンスをじっと待った。今まで経験したことのない緊張が彼女を苦しめ、仕事で立て続けにミスをした。
当時、MJは後に宇陀食品の主力商品となる電子レンジで加熱するタイプの冷凍食品シリーズの開発にとりかかったばかりで、シリーズの第一弾である《電子レンジでできる揚げたてフライドチキン》の素材選定に苦心していた。食品業界では先発各社が電子レンジで加熱するタイプのフライドチキンをすでに発売していたが、いずれも一度揚げてから冷凍したもので、これを電子レンジで再加熱すると肉がパサつき、固くなるという欠点があった。MJがめざしていたのはあくまで生のチキンに衣をまぶし、電子レンジで《揚げる》タイプの冷凍フライドチキン、一口噛むと熱いチキンの肉汁が口いっぱいに広がるような、本物のフライドチキンだった。そこで考え出されたのは、衣にあらかじめ植物油をしみこませておき、電子レンジで加熱すると、その油の熱によってチキンがほどよい柔らかさに仕上がるという方式だったが、これがなかなか難しかった。
電子レンジは中に入れた素材に電磁波で均等に電子のシャワーを降り注ぎ、加熱するのだが、同じ電子の刺激を受けても、脂肪は他の物質に較べて急激に高温に達する。衣にしみこませた植物油は、わずか90秒で180゜C、120秒で250゜Cに達し、チキンの表面のたんぱく質を過剰に加熱し、5分後には水分を奪って茶色にひからびさせたり、爆発させたりする。それでもチキンの中は生のままなのだ。
MJは研究員に電子レンジで加熱しても急激に温度が上がらない植物油の開発を要請していた。これは分子構造を操作することである程度可能だった。しかし、限度を超えると風味がそこなわれたり、揚がったときの食感が悪くなったりする。限界ぎりぎりのところまで分子構造を変えても、フライドチキンは爆発した。そこで今度は衣に使う小麦粉の分子構造を変えるというアプローチがとられた。SUがこのプロジェクトに加わったのはこの段階だった。
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