イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

小説「PELOTA」

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第4章爆発する鶏2

  半円のすり鉢状の客席の底に半円形のステージがあり、競売人がそのわきに立って競りを進行する。その奥に象が何頭か入りそうな高さ5メートルほどの大きな鉄製の檻があり、両手首、両足首を三十センチほどの鎖でつないだ拘束具をつけた全裸の奴隷たちが数人(多いときでも十人を越えることはない)、手首の鎖によってむき出しのコンクリートの壁につけられた金属の輪に固定されている。奴隷たちの首には競り番号と持ち主によってつけられた仮名を記した札が掛かっている。タキシードを着た競売人がマイクを持ち、番号順に奴隷を呼ぶと、刑務所の看守のようなグレーの作業服姿の男がもっともらしく大きな鍵で檻の扉を開けて中に入り、壁の鉄の輪から奴隷の鎖を外してステージに追い立てる。ステージには奴隷の所有者が待っていて、競売人の質問に答えながら、奴隷に施した調教の種類や奴隷の性格、特徴などを買い付け人にアピールしていく。長所を明らかにするために、調教のさわりを披露する持ち主も多い。奴隷の苦痛にゆがむ顔や羞恥の表情、思わず漏らす声などから奴隷としての魅力がわかるからだ。
 さらに競売人の「自由にお試しください」の声と共に買い付け人たちはステージに上がり、自分で奴隷の乳首をひねり上げたり、肛門や性器に指を入れて、奴隷の反応を見ることができる。最後に席に戻った買い付け人たちの中から希望者による競りが始まる。奴隷市場の競りは価格がすべてではない。もちろん飼い主の都合にもよるのだが、買い付け希望者がどのような人間で、どんな飼い方をするつもりであるのかをひとりずつ語ってもらい、それによって奴隷に一番ふさわしい新しい飼い主を決めることになる。完全に家畜として金と引き替えに売られ、代金が百パーセント持ち主のものになるケースはむしろ希だ。
 競売やそこでやりとりされる金は演出の一種であり、持ち主が信頼し、共感する相手が選ばれることが多いし、中には奴隷がステージの上で飼い主に耳打ちして新しい主人を決めることもある。

 MJがSUを市場で売りに出すというアイデアを初めて口に出したのは、食肉中央卸売市場の巨大な冷凍庫の中だった。羽根をむしられた無数の冷凍鶏が大きな篭に入れられ、高さ20メートルほどの棚に積み上げられている零下40度の部屋で、ビジネススーツ姿の彼らは寒さの痛みに震え、カタカタと音をさせて足踏みをしながら、蒸気機関車のような白い煙と共に言葉を吐き出した。
「君を奴隷市場で売りに出そうと思うんだ」とMJが言った。
「ああ、それはいい考えかもしれないわね」とSUが言った。
 それはマゾヒストの従順さから出た言葉ではなかった。彼女はすでにMJの傷つきやすさを理解していたし、彼自身がマゾヒストであり、彼女を支配するにも他人の介在を必要とするタイプのサディストであることを察していた。(「異常性欲社は体内から溢れ出てくる性的エネルギーを持たないため、言葉ないしは理論の矛盾に頼るしかないのだ」とオットー博士はまるで自分が健常者であるかのような口調で私に語ったことがある。)MJには自らSUを拷問する動機が欠落しているが、第三者が加える拷問にSUが反応を示せば、そのことによって彼女を責める動機を得ることができる。(「あんな男の責めによがりやがって、このいやらしい雌豚め!」「ああ、おゆるしくださいご主人様!」)そして、実際に市場で売られる以前に、彼女がそれを承諾したことで、もしかしたら彼の中に動機が生まれるかもしれないと、SUは考えたのだ。(「おまえはどんな相手に責められても興奮するんだな!」「ああ、そんなことありませんわ、ご主人様」)そんな芝居がかったセリフが堂々と吐けたらどんなに幸せだろうとSUはそのとき思ったし、MJもそう考えていることを感じていた。

 MJが黙ったまま震えているので、SUは自分からその場で着ているものを脱ぎ、四つん這いになって冷凍庫から奴隷市場まで歩いていった。MJは彼女の衣服を拾い集めてあとをついていったが、途中誰にとがめられることもなかった。暗くて広い通路には皮を剥がれ、内蔵を抜かれた牛や豚や羊が、電気式のトラックの荷台に吊されてひっきりなしに通っていたし、奴隷市場に向かう同じようなマゾヒストたちが数人いたので、大して目立たなかったのだ。
「本当かね?」と私は後日MJにきいた。
「本当さ」とMJ。
「悲しくなかったかい?」
「もちろん悲しかったさ」

 その日の夕方売り出された奴隷は男女合わせて5人。MJとSUがエドガー・ハウザーを売却先に選んだのは、彼が妻を同伴していたからだ。妻の理解を得ている男のプレイには節度がある。少なくともSMの世界ではそう言われている。しかし、結果的にそれはとんでもない思い込みだった。彼らはまだエドガーがトライアスリートであることを知らなかったのだ。1983年のことで、日本ではトライアスロンなるスポーツはほとんど知られていなかった。

 平日の市場で取引された奴隷であるため、SUは翌日からいつも通り宇陀食品研究所に出勤してきたが、体中鞭の跡だらけだった。エドガー・ハウザーは空き地に自分で掘ってコンクリートで固めた狭い地下室に彼女を吊るし、一晩中鞭で叩き続けたのだという。おまけに彼女は一睡もしていなかった。
 その晩、MJは彼女を車でエドガーのトレーラーハウスまで送っていった。そこはエドガーのトレーニングの場所である核地球公園の近くにある空き地で、錆びついた年代物のトレーラーハウスが雑草の中に置かれていた。エドガーはちょうどその日のトレーニングを終えたところで(毎日、午前中に3キロから5キロ泳ぎ、10キロから15キロ走り、昼食と昼寝の後、暗くなる直前まで100キロから150キロ自転車に乗る)、ハウザー夫妻は狭いダイニングキッチンで夕食をとっていた。メニューは大量のフライドチキンとサラダだった。
「まずそうだろ?」照れくさそうにエドガーが言った。「ウィノナは料理が下手なんだ。でもフライドチキンはなかなかいけるぜ。唯一の得意料理なんだ。1週間のうち5日はフライドチキンだね。よかったら食べてかないか?」
「ああ、いいね」とMJは言った。「ただ、その前に言っときたいんだが、SUを跡が残るほど鞭で打つのはやめてくれないかな。一晩中寝かさないというのもだめだ。『日常生活に支障をきたすような行為はしない』と契約書に書いてあるはずだ」
「それは悪かった」トライアスリートの誠実さでエドガーは言った。「俺は日本語が読めないんだ。契約違反を犯してしまったのなら謝るよ。ゆうべは彼女が何も言わないから、喜んでるものだとばかり思ってたんだ」
「きついのは嫌いじゃないけど、とりあえずああいうのは困るのよ。私はMJの所有物なんだから」とSU。(「そう口に出したときは乳首とクリトリスが勃起したわ」と彼女は私に語った。
 そんな会話が交わされている間、ウィノナは冷蔵庫から骨付きチキンのぶつ切りを取り出し、塩といくつかのスパイスをまぶし、ミルクにひたしてから小麦粉をまぶし、サラダ油をたっぷりかけ、電子レンジに放り込んだ。ブーーーーーンンンンンン、チン!わずか3分で1ダースのフライドチキンができあがった。
「ちょっと待ってくれ!」とMJは叫んだ。「どうして鶏が爆発しないんだ?」
「さあ……。それはウィノナにきいてくれ」
 ウィノナはふくれた七面鳥のように喉をふくらませて押し黙っていた。
「ウィノナ、この日本人はなぜ鶏が爆発しないか知りたいんだそうだ。教えてやれよ」
「いやよ」ウィノナはほくろだらけの太った顔をふくらませて言った。
「なぜ?」
「電子レンジでフライドチキンが作れるのは、世界中で私だけだからよ」


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