これぞ知られざるフランス。
グルメとファッションとアートの国ではない、もうひとつのフランスがそこにある。
セリーヌはもちろんフアッションブランドのセリーヌではない。
本名ルイ=フェルディナン・デトゥーシュ(1894-1961)。
貧民街の無料診療所の医師をしながら小説を書き、1932年38歳で初めて出版した自伝的小説「夜の果てへの旅」がベストセラーになり、一躍注目された。
「なしくずしの死」は1936年に出た第2作で、これも自伝的要素が強い。
「夜の果てへの旅」が青春時代の話だとすれば、これは少年時代を描いている。
19世紀から20世紀初頭にかけて、科学と経済がどんどん世の中を変えていく中で取り残され、貧困にあえぐ平凡な民衆を、ビートたけしの数千倍の毒舌で切りまくりながら語られる少年時代。
言葉はどんどん切れ切れになり、心の奥底からの叫びとなってほとばしり、社会の矛盾と人間の醜さをあばきたてながら、どんな前衛文学もとらえられなかった真実を紡ぎ出す。
当時フランスの知識人の多くが左翼になったのに対して、セリーヌは貧困の正体を知り尽くしているがゆえに、彼らと正反対の方向に突き進んだ。
そのあげくナチスの反ユダヤキャンペーンに荷担し、第二次大戦末期、連合軍がパリに迫ったときはドイツ軍の敗走を追うようにドイツへ逃亡する。
その反左翼的、反進歩的思想のために、晩年はフランス文学界から無視され、孤独の内に死んだ。
しかし、左翼や進歩的思想が行き詰まり、社会主義政権が次々崩壊した後の現在から見れば、セリーヌの中にこそ、普遍的な真実がある。
セリーヌはその後再評価が進み、日本でも全集が出版されている。
戦後の作品、ドイツに逃げたときの体験をもとに書かれた「城から城」などは、「夜の果てへの旅」「なしくずしの死」の世界をさらに押し広げ、人間と社会、国家を自在に描き出した傑作だ。
村上龍はかなり前からセリーヌを評価する発言をしているが、彼なども近未来の動乱を古くさい物語手法で書かずに、セリーヌみたいに書けば、もっとすごい作品を生み出すことができるのにという気がする。
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私もセリーヌの大ファンです♪
2013/9/8(日) 午後 9:50 [ ふじまる ]