イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

モロッコ紀行1997

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 一昨日から何度も通ったルートをたどってメディナの奥まで歩き、昨日どうしても見つからなかった、フランス語を話す美人がいる衣料品店を発見した。

 何度となく通った大きな木のある三角の広場のすぐ近く、暗い洞窟のような路地が口を開けている奥に、例の日本人女性と結婚した絨毯屋があるのだが、その路地を入ってすぐ右手の狭くて暗い入り口を入るとその衣料品店だった。

 入り口にはちゃんとジュラバ(フード付きの長い民族衣装のコート)やカフタン(これも長い民族衣装)の絵が描かれた看板もあった。昨日も何度となくこれを見かけたのだが、僕の記憶ではもっとにぎやかなスークの中に店があったような気がしてパスしていたのだ。記憶というのはつくづくいい加減だ。

 彼女は中にいた。一昨日はぼくに日本語で「コンニチハ」と言ったのだが、たぶん日本人全員にそう言ってるのだろう。今日は「ハロー」と言った。
「一昨日、ここに来たんだ」
「ああ、そう」
覚えていないようだった。

 お土産に何か小さな布製品はないかときくと、ヒゲのおやじ(一昨日とは別人)がテーブルクロスやランチョンマットを出してきた。彼女も交えてあれこれ雑談しながら値引き交渉。
「フランス人なの?」
「モロッコ人よ。ママがフランス人で、パパがモロッコ人なの」
 
 そうか。フランス娘がモロッコ旅行中に気に入ってフェズに住みつき、この店でアルバイトをしてるのかと想像していたのだが、そうではないらしい。人前に顔をさらして仕事をしているところを見ると、熱心なイスラム教徒ではないらしい。モロッコは20世紀半ばまでフランスの植民地だった。旧宗主国の女性とのあいだに生まれた彼女は特殊な立場にいるのだ。

 ランチョンマットを2枚買う。390DH(5,070円)を180DH(2,340円)まで値切る。写真を撮らせてくれと頼むと、「送ってくれるならいいわ」と言い、慣れた感じでポーズをとった。メモ帳に大きなアルファベットの文字で住所を書いてくれた。番地のない、ごくごく簡単な住所だ。これでほんとに届くのだろうか?

「客はいつも彼女ばっかり撮りたがって、おれを撮ろうとしないんだ」とおやじ。
「彼の撮影料は5DHで、私は20なのよ」と彼女が冗談を言う。
 商品を包むのはおやじで、金を受け取るのは彼女だった。
「君がボスなの?」ときくと、彼女はおどろいた顔をした。

 彼女の父親が経営者で、このおやじは使用人なのかという意味だったのだが、
「アラブ語で『ボス』は、抱擁・キスするという意味なんだ。あはは」とおやじが教えてくれた。
「またどうぞ」
 別れ際に彼女が手を差し出したので軽く握手した。か細い手だった。

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