帰りがけ、行きはパスした天竜寺に寄ってみた。
京都に住んでいた小学生時代、何度も親戚を案内して訪れた寺だ。京都を離れてからも、小学校・中学校時代に遠足で何度か来ている。観光の定番コースだ。
禅宗の大本山らしく、広大な敷地にたくさんの小さな「●●院」が並び、その奥に巨大な建物とメインの庭園がある。
もう夕方近いので、建物には入らず夢想国士が設計した有名な庭を歩く。わらぶき屋根の小さな建物ばかり見てきたせいか、見事な瓦屋根の大型建築が異様に見える。
仏陀はひとりで静かに瞑想して悟りを開いたはずだが、室町時代の禅は大集団で行なう修行になっていた。永平寺のドキュメントを見たことがあるが、掃除や炊事、座禅など、緻密に組み上げられた毎日のスケジュールを見事な統率の下で1秒の無駄もなくこなしていく禅宗の行動を見ていると、なんだかストレスがたまりそうな気がする。曹洞宗の若い僧侶と話したとき、「永平寺の修行はものすごくきつかった」と語っていた。そもそも仏陀はいろんな苦行に挑んでちっとも効果がないので、リラックスして自然の中で瞑想し、悟りを開いたはずなのだが。
まあ、小さな寺で静かに悟りをめざす禅宗の寺もあるだろうし、一度は苦行を経験しないとリラックスも効果がないのかもしれないから、素人があれこれ言うべきことじゃないのだろうが。
様々な隠遁所や無縁仏を訪ねたこの半日もぼくなりの修行だったのだが、「心」の字を表しているというこの庭を見ていると、不思議と心がやすらいでくるのを感じる。
|