
中門に見とれてしばらく動けなかった。
美しさというものの概念を変えてしまうような力があるのだ。
フランスやイタリアやスペインでたくさん美しいものを見てきたが、
そのどれともちがう美の基準がここにある。
それは京都の寺とも、雪舟や長谷川等伯の絵とも違う。
別に自分の人生で初めて出会ったわけではない。
近いところでは今年の夏、興福寺の国宝館で眺めた仏像群にも、
東大寺の南大門にも、これに通じる美のコンセプトはあったのだが、
要は見る側の姿勢の問題なのだろう。
ちょうど奈良の美意識のジャブが効いてきて、
いいタイミングで法隆寺に来たというだけのことかもしれない。
世紀末の退廃とは無縁の、天真爛漫かつ生真面目なポジティブさ。
こうしたポジティブさを見せつけられると、
バブル崩壊やら世界金融危機やらで怯えたり萎縮してしまう現代人の弱さ、もろさ、甘さが、
どれほど馬鹿げたものであるかがわかる。
戦争で焼け野原になった国土から再出発してわずか60年ほど。
高度経済成長も平成大不況も、ほんの束の間のできごとにすぎない。
この扉がないのに通れない門を見ていると、
カーテンのむこうに見え隠れしている西院伽藍に、
何か特別な希望が待っているような気がしてくる。
両わきに立つ金剛力士像は天平時代の作で、
鎌倉時代に再建された東大寺南大門の金剛力士像よりかなり小さいが、
はるかに生命のフレッシュさを感じさせる。
真ん中がふくれたエンタシスの柱とか、雲形の肘木とか、
高校時代に学校で教わったポイントをあれこれ思い出したが、
美術や建築の素人なので、
エンタシスがはるばるギリシャから伝わったとか、
雲形肘木が中国のどこの影響があるといったことには、いまいち興味が湧いてこない。
シチリアのギリシャ遺跡で感じたのは、
そこで祈ったギリシャ人たちのマインドや、神々に演劇を捧げた彼らの本気度だったし、
広大な空には彼らが見た神々の気配があった。
悲しいことに同じ日本人でありながら、
この飛鳥時代の寺を造り、祈った人々のマインドや、彼らが見ていたものは、
それほどはっきり見えてこないのだが、
それはぼくがヨーロッパの方ばかり向いて生きてきたからだろうか?
あるいは日本の歴史の中に、意図的で決定的な断裂があるからだろうか?
たぶんどちらもなのだろう。
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