まず、ゆうべ真っ暗な時刻にうろついた新町通に立ってみる。
ここは近江八幡でも有数の大商人たちが屋敷を構えたところらしい。
びわ湖の方角を眺めると、小高い山がそびえていて、
なんだか山国の盆地にいるような錯覚にとらわれる。
近江八幡が商業都市として栄えたのは、
びわ湖があったからこそだと思うのだが、
湖に直接めんしている場所でなく、
こうした防壁がある場所を選んだというのは何か意味があるのだろうか?
近江八幡の都市としての歴史は、
織田信長の死後、豊臣秀吉の時代になって、
甥の秀頼が交通の要衝であるこの地域をおさめたことに始まる。
戦国時代は終わったとはいえ、
いざとなったら要塞となるような山が近くにあった方が安心だったとか?
今回の旅は織田信長のルーツ探訪なので、
江戸時代の名残を楽しむのは本来の目的ではないのだが、
いざ、いい感じの街並みを見てしまうと、
素通りするのはなかなか難しい。
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