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「夢をみた」 ジョナサン・ボロフスキー著 金沢一志訳 イッシ・プレス刊
ボロフスキーは東欧系(たしかポーランドかどこか)アメリカ人のアーティストだ。
1980年代に東京都美術館を借り切った大規模な個展が開かれた。
現役のアーティストとしては破格の待遇。
作品はノートにひたすら数字を書き連ねたのが
1メートルくらいの高さまで積み重ねられていたり、
エア・ホッケーの台や板でできた人形だったり、
木でできたダチョウの卵みたいなのがそこらに転がっていたり、
とにかく決まったジャンルのない、
自由奔放な表現の氾濫だった。
作品ひとつひとつに通し番号がついていた。
ノートに書き連ねた数字も、それ自体通し番号兼作品らしかった。
偏執狂的なカウントもある種の表現なのだ。
白い壁に手書きの文字と簡単な挿絵で、
様々な夢のことが語られているコーナーがあった。
夢のひとつひとつにも通し番号がついている。
すべて自分の見た夢らしい。
特にすごい夢というのはない。
たとえば「時計に文字を書き入れている夢を見た」というのがあり、
白い円盤に筆で5の文字を書き入れている挿絵が描かれている。
何本もの剣を突き立てられて死んでいる男の挿絵(なぜか男の体にはサンドイッチがのっていて、剣で串刺しにされている)には、
「寝ているあいだにこんなイメージが浮かんだ」とある。
「エリザベス・テーラーとうまいことやってる夢を見た」とか、
「ピカソより背が高いという夢を見た」とか、
「教会でマリファナを吸う夢を見た」とか、
ごく簡単なのも多い。
「赤いルビーをみつける夢を見た」というのもある。
ルビーはボロフスキーにとって重要なモチーフらしく、
この本の表紙になっている。
もちろんボロフスキーの絵だ。
展覧会にも巨大なルビーのオブジェが、特等席みたいな場所に飾ってあった。
だからなんだ?
と言いたくなるような表現ばかりだが、
ロマン主義とか写実主義とか印象はとかキュービズムとかフォービズムとか表現主義とか、
運動でくくれるような、
時代の動き、人間社会の反応が死に絶え、
人間もアーティストも孤立している今、
それでも何かを他人に伝えるとしたら、
こういうのもありなのではないか。
そんなことを考えながら、ぼくはときどきこの「夢をみた」を開く。
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管理人様、初めまして。
ボロフスキー、子供の頃に東京都美術館での個展のカタログが家にあり、よく見ていました。
人の形のオブジェが宙を飛んでいたり、下着に毛皮を羽織った女性が飛行機から空港に降り立ちパイロットがお出迎えしている絵、数字の紙の山など、訳が分からないものばかりで、とても強烈な印象が残っています。
あの時、直に見られたら良かったなあ、と思います。最近どんな活動している分からないのですが、とても懐かしいです。
2014/1/8(水) 午後 0:03 [ tama ]