イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

ドク書日記

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村上春樹の新作「1Q84」が出たというニュースを見て、
本棚から前作「アフターダーク」を出してきて読んだ。

2004年9月に出たとき買ったのだが、
日々の雑事に追われているうちに、読まないまま時が経ってしまった。

本棚にはほかにもそういう本がけっこうある。

不況でお金もないことだし、
これからは買ったままホコリをかぶっている本を読んでいこうかなと思っている。

先日、目黒区立八雲中央図書館で村上春樹の棚をのぞいたら、
「1Q84」には予約が殺到しているのに、
「アフターダーク」はちゃんと棚に残っていた。

5年も読まずに放っておくなら、図書館で借りてタダで読めたのだ。
もったいない。

ぼくは80年代の初め頃から(「羊をめぐる冒険」から)、
村上春樹の長編をほぼリアルタイムで読んできたので、
まあまあ村上春樹ファンだと言えると思うのだが、
6年前に引っ越しして、本の三分の二を処分したとき、
彼の本はすべて処分してしまったから、
それほどたいしたファンではない、
あるいはファンではなくなってしまったと言うべきなのかもしれない。

今、本棚を見ると、ブローティガンやカート・ヴォネガットは残してあるから、
村上春樹が(特に若い頃に)影響を受けたらしい作家は、
今でもまた読みたいと思っている(少なくとも6年前の引っ越しの時点ではまた読みたいと思っていた)わけだ。

ぼくが村上春樹作品を好むのは、
ブローティガンやヴォネガットに通じるものが好きだからなのかもしれない。

村上春樹がデビューしてしばらく、
文壇のじいさんたちの中に彼をものすごく嫌う連中がいたのは、
たぶんそのアメリカ臭さに屈辱を感じたからだ。

じいさんたちの中には、あれこれ小難しい理屈をつけるやつもいたが、
批判された村上春樹の自己愛的、引きこもり的な世界観は、
明治時代から日本の文学に共通しているものであって、
その意味では村上春樹はまちがいなく日本近代文学の潮流の中にいる。

批判じじいの中で最も影響力のあった柄谷行人は、
その後、日本文学は明治時代からぜんぶだめだったんだ!と毒づいて、
評論をやめてしまった。

批判ばかりして自分では何も創造できない評論家という人種なんて、
所詮そんなものだ。

ただ、ぼくの村上春樹好きも、
村上春樹嫌いのじいさんたちのちょうど裏返しであって、
村上春樹作品を通じてブローティガンやヴォネガットの小気味よさを鑑賞していただけなのかもしれない。

初期の村上春樹ファンにはそういう人が多かったような気もする。

80年代半ばに「ノルウェイの森」がベストセラーになったとき、
ぼくのまわりの村上春樹ファンは一様に拒絶反応を示したが、
それは彼らが好きなブローティガン、ヴォネガット色が消えて、
なんだか保守的な作風になっていたからだった。

当時は「ノルウェイの森」を夏目漱石の「三四郎」と比較する人もいたが、
たしかにこの小説は、それまでの不思議世界みたいなものが出てこない、
60年代末から70年代初頭の、村上春樹の学生時代をそのまま描いたドラマだった。

しかし、ぼくは「ノルウェイの森」をおもしろいと思ったし、
ブローティガンやカート・ヴォネガット的要素を取り除いた村上春樹らしさが、
初めていいかたちで表現されていると感じた。

手法的に保守的な感じがするのは、
たぶんこの頃、村上春樹がジョン・アーヴィングの「ホテル・ニューハンプシャー」や「サイダーハウス・ルールズ」に傾倒していたからだろう。

アメリカは当時、巨額の財政赤字、貿易赤字、不動産バブルの破綻、
中東のイスラム原理主義とイランのホメイニ革命、第二次石油ショックなどで、
深刻な社会的危機を迎えていて、
文学も時代の変化の最先端と向き合う革新的なものが勢いを失い、
保守的なもの、古典回帰的なものが出てきていた。

アメリカ文学フリークの村上春樹も、
そうした動きを感じ取っていたのかもしれない。

前作の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」で、
内面の奥深くから世界を見るという、革新的な部類に属する手法の限界までチャレンジしたので、
その反動もあったのかもしれない。
「世界の終わり〜」が息の詰まるような世界を描いていたのに対して、
「ノルウェイの森」にはほのぼのとしたやさしさが感じられた。

それまでの村上春樹ファンには、それが我慢できなかったのかもしれないが、
多くの人がこの作品から村上春樹を読み出した。
発行部数もそれまでの作品の数十万部から数百万部へと飛躍的に伸びた。

ただ、村上春樹自身は「ノルウェイの森」路線で満足していたわけではないようだ。

その保守性とバランスをとるかのように、
「ダンス、ダンス、ダンス」という、
「羊をめぐる冒険」路線の作品をすぐに発表している。

さらにその後は、主人公/語り手の「ぼく」が、
自分の内的世界を投影した不思議世界を胎内めぐりするような作風から、
他人や外的な世界が登場する作風への転換/脱皮が模索されている。

文壇じじいたちの批判を村上春樹自身も理解していたのだろう。
じじいたちに言われる前からわかっていたのかもしれない。

自分らしさに満足せず、新しい領域への挑戦を続けてきたからこそ、
国際的な評価を受ける作家へと成長できたのかもしれない。

海外の評価を見ると(肯定的な評価をしているものだけなのかもしれないが)、
「アメリカ文学のパクリ」ではなく、
そこに新しいものを付加していると捉えられているようだ。

日本人であるぼくから見ると、
「アメリカ文学のパクリ」が目につく作品も、
海外の人たちには、それ以外の部分が見えるのかもしれない。

で、肝心の「アフターダーク」だが、
これは帯には「長編」とうたわれているものの、
内容的には視点や語りの実験のために書かれた中短編的な作品だ。

たぶん「ねじまき鳥クロニクル」や「海辺のカフカ」に続く、
長編の新作は「1Q84」ということになるのだろう。

発売と同時に100万部を突破といった売れ方は、
なんだか不健康な感じもするが、
世界的な金融システムの破綻、100年に一度の大不況の中で、
不安を感じている人たちがそれだけ多く、
生きるヒントややすらぎ、救いを求める人たちの期待が、
この小説に吸い寄せられているということなのかもしれない。

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