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村上水軍博物館で一番の発見は、このしまなみ海道を構成する島々が城だらけだということだ。
まあ、瀬戸内海の交易路をおさえて、通過する船からカネやモノを巻き上げようというのだから、ただ関所を設けるだけではだめなわけで、武力を行使できる軍事拠点が島ごとに必要だったのだろう。
戦国時代には、この海域の制海権をめぐって、台頭してきた大内などの戦国大名と戦っているから、城は重要な役割を果たしたにちがいない。
戦国末期、織田信長が大坂の石山本願寺を包囲して兵糧攻めを続けたとき、村上水軍は反織田連合の毛利氏に協力して、織田軍との海戦に勝ち、石山本願寺に兵糧を供給することに成功している。
このころまで毛利氏に対しては独立を維持していたようで、豊臣政権の時代になると、地域の所領を安堵されて大名になる村上氏も出た。
江戸時代になると、広島側の村上氏は毛利家の家臣になるのだが、その海運インフラとノウハウで、独自の地位を保ち続けたようだ。
ぼくはこれまでの人生で何人か、広島出身の村上という人に出会ったが、そのうち2人はものすごい資産家の息子/娘で、どちらも水軍の村上氏の子孫だということを、さりげなく誇りにしていた。
今回は大山祇神社探訪が主目的だったが、次回は島々に点在する城の遺跡を訪ねるサイクリングをしてみたいものだ。
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すみません。
博物館関係者の方、
しまなみ海道の島々にどれだけ城が多いか、城がどんなだったかを紹介したいので、ちょっとだけ、博物館の展示を写真で紹介させてください。
クレームがあればすぐ削除しますが、できれば大目に見ていただけるとありがたいです。
……と書いてみても、読んでもらえないか……。
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