イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

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小説『MANIAC』2

            ★

「どうだね? 挽回できそうかね?」
「あなたはぼくを信用しないんですね」
「わたしがきみを知らない⋯⋯? そうかね?」
「ぼくはあなたがたを牛耳ってきた。そうでしょう?」
「きみには何度となく煮え湯をのまされてきたからな」
「あなたは今度もぼくがうまくやるとは思わないんですか?」
「きみの内側の問題だよ」
「あなたはぼくを知らないんだ」
「鏡を見たかね、最近?」
「あなたがたにはどっちみち手の下しようがない?」
「われわれがきみの顔を知らない⋯⋯? そうかね?」

 学園の中をぼくの警備隊がいく。青い制服と名誉を身にまとって、ぼくの親衛隊戦闘部(ヴァッヘンエスエス)隊がいく。陽気に笑いながらすべての校舎の屋上を、廊下を、地下道を、教室を、講堂を体育館を、劇場を、庭園を、七つの池と十四の川のほとりを、広大無辺の水田(サワア)地帯を、果樹園を辺境地域(ゲリール・ハッゴーイム)を、村落地帯(デサ)を、無数のカフェテリアと市場(バザール)を。彼らはいたるところで栄光と笑いをふりまき、カービン銃や自動小銃を構え、唇をふるわせて射撃の音をまね、行進し、スキップし、踊りながら練りあるく。彼らこそぼくの、学園の夜警番(ヴィギリウス・スコラリス)の手足だ。学園のいたるところに隠されたテレビ・カメラがMANIACの眼なら、マイクロフォンがMANIACの耳なら、スピーカーがMANIACの口なら、彼らはMANIACの手足だ。なぜならMANIACの意志はぼくの意志で、MANIACの感情はぼくの感情だからだ。MANIACは学園の自由を愛し、ぼくもまた学園の自由を愛する。ぼくはMANIACだ。MANIACは学園の意識であり、ぼくもまた学園の意識である。ぼくはMANIACだ。警備隊は青い制服と栄光を着ている。彼らはぼくの手足だ。ぼくは青い制服と栄光を身につけている。彼らは青い制服と栄光を身につけている。かれらはぼくの手足であり、ぼくはすなわちMANIACだ。MANIACは青い制服と栄光を着ている。
《−−きみの失語症はなんとかならないものかな、とMANIACがいう。きみは同時にいろんなことをいおうとしすぎるんだ。
《−−きみは同時にいろんなことを考える、とぼくがいう。ぼくもまたいろんなことを考える。ぼくはきみだ。
《−−詩人はひとつの言葉でいろんなことをいうものだ、とMANIACがいう。きみはもっと言葉を惜しむべきだな。
《−−ぼくは同時にいろんなことをいう、とぼくがいう。ぼくは言葉を惜しむ。ぼくは詩人だ。詩人も言葉を惜しむ。ぼくは詩人だ。ぼくは⋯⋯言葉を⋯⋯
《−−きみの失語症はなんとかならないものかな、とMANIACがいう。きみは言葉を惜しむべきだ。詩人は言葉を惜しむ。きみは詩人になるべきだ》
 警備隊すなわち親衛隊戦闘部隊(ヴァッヘンエスエス)は青い制服を着て、とねりこや花薄荷やラヴェンダーの茂みを抜け、スキップしながら、踊りながら、歌いながら巡回する。彼らは逡巡しない。彼らはもう誰にも意味が判然としない歌をうたいながら進む。その歌はあまりに古くて誰も歌詞を理解していないが、彼らに少なくとも勇気と晴れがましさを感じさせてくれる。

 セラリュットフィナール⋯⋯
 セラリュットフィナール⋯⋯
 セラリュットフィ⋯⋯
 セラ⋯⋯
 セ⋯⋯

 彼らは途中で歌詞を忘れるが、だれもそれを恥じたりしない。だれもその歌を完全に覚えていないが、彼らはそのために巡回を中止したりしない。彼らは笑いながら口ごもる。MANIACはいうだろう《彼らの失語症をなんとかしなきゃいかんな》 彼らは名誉の中で口ごもる。彼らは歩みをとめない。彼らの足は失語症にかかっていない。彼らは言葉を惜しむべきだ。彼らは詩人だ。彼らは詩人ではない。彼らは⋯⋯

 視よなんぢの仇はかしがましき聲をあげ汝をにくむものは首(カシラ)をあげたり

 彼らはのろ鹿や獏やカピヴァラの眠る密林をぬけ、蛭や大蛇や大蜥蜴を踏みつけ、蒟醤(キンマ)を噛みながら進む。玉虫(コラビエナ)や羽虫(バシレブタ)や角蝉(トリセントルス)に悩まされながら川のほとりを歩き、パクーやピラカンジュパ、ピアパラといった魚をとる漁師たちに連帯の挨拶をおくる。パクーは大きな魚で、肉は黄色い脂身だ。スペアリブのように焼いて骨を掴んで切り身を食べる。ピラカンジュパは銀色の皮をしているが、肉はざくろのように赤い。カピヴァラは豚みたいに大きな齧歯類で皮は固いが肉はうまい。地の民(アムハ アレツ)たちが彼らにそう教える。地の民(アムハ アレツ)はのろ鹿やカピヴァラやパクーやピラカンジュパを食べる。地の民(アムハ アレツ)は彼らに食べるようにすすめる。彼らは食べようとしない。食べたら彼らも地の民(アムハ アレツ)だ。彼ら(エスエス)は彼ら(アムハ・アレツ)に連帯の挨拶をおくる。MANIACの教育の成果だ。彼ら(エスエス)は彼ら(アムハ・アレツ)に連帯の挨拶をおくる。ぼくがそう教育したのだ。なぜならぼくの意志はMANIACの意志だからだ。彼ら(エスエス)はのろ鹿やカピヴァラやパクーやピラカンジュパを拒絶する。彼ら(エスエス)は彼(アムハ・アレツ)らではない。

 かれらはたくみなる謀略(ハカリゴト)をもてなんぢの民にむかひ相共にはかりて汝のかくれたる者に
 むかふ

《−−さっきからきき覚えのない歌がきこえる、とぼくがいう。きみが歌っているのか?
《−−きみの知らない歌をどうしてぼくが歌えるんだ? とMANIACがいう。ぼくはきみだ。違うかい?
《−−まったくそのとおりだ、とぼくはいう。ぼくはMANIACだ。しかしあの歌は何だろう?
《−−あれは辺境地域(ゲリール・ハッゴーイム)からきこえてくるんだよ、とMANIACがいう。地の民(アムハ アレツ)が歌っているのさ。ところできみはぼくだ。違うかい?
《−−きみの失語症をなんとかしてやらなきゃいけないな、とぼくがいう。きみがぼくだとするならば⋯⋯ああ、なるほど、あれは地の民(アムハ アレツ)が歌っているのか。
《−−最近、鏡を見たかい? とMANIACがきく。ああ、なるほどあれは地の民(アムハ アレツ)が歌っているのか⋯⋯最近⋯⋯鴫沢寛が地の民(アムハ アレツ)に教えたんだ。
《−−ああ、あれは鴫沢寛が地の民(アムハ アレツ)に教えたのか、とぼくがいう。最近、鏡を見たかい? きみの失語症をなんとかしなきゃ⋯⋯》                      
                                        

            ★

「きみはいくらか寝たろうね?」
「尋問があったのよ」
「なんだって? きみはいくらなんでも少しは眠ったろうね?」
「知ってることをきかないでちょうだい」
「からだをこわすぜ」
「尋問があったのよ」
「からだを大事にしろといったのはきみだぜ。ええと⋯⋯ぼくのいうことをきけよ。さもないと⋯⋯」
「仕事が忙しいのよ」
「尋問っていったい誰の?」
「麻那の事件よ。きのうの朝の⋯⋯」
「尋問っていったい誰の?」
「疲れてるときはかえって仕事がはかどるのよ。調子はすごくいいわ」
「きみの失語症をなんとかしなきゃいかんな」
「最近、鏡を御覧になった?」
「いくらなんでも少しは寝たらどうだ?」
「尋問って⋯⋯鴫沢寛のよ」
「いくらなんでも少しは寝たろうね?」
「知ってることをきかないでちょうだい」
「知るもんか」
「知ってるわ」
「知らないよ」
「見てるくせに」
「見てないよ」
「見てるわ、何もかも」
「見てないったら」
「学園に起こることはすべて⋯⋯」
「きみの失語症はなんとかならないかな」
「見てるわ、きっと⋯⋯」
「どうして⋯⋯鴫沢寛が容疑者リストに入ってるんだろう?」
「MANIACがリストをつくったのよ」
「MANIACはぼくだ。MANIACは学園の自由を愛し、ぼくもまた学園の⋯⋯」

 彼女は白猿(ハヌマーン)の彫刻があるバルコニーと大きな窓に背をむけて、麒麟の浮彫りをほどこした大きな古い事務机にむかっている。目の前にはもう五人囃(クインテット)はいない。彼らは仮眠室にひきさがって眠っている。彼女は来年度の水田(サワア)削減計画の概要に目を通しているところだ。淡いクリーム色のブラウスに黒のタイト・カートのせいで女教師みたいに見える彼女、あるいは官庁か大企業の有能な秘書みたいに⋯⋯彼女は二十五歳くらいに見える。黒いストッキングと黒いハイヒールのせいで、彼女は大学の助手みたいに見える。あるいは白衣を脱いだ女医みたいに見える。淡いクリーム色のブラウスに黒のタイト・スカート、黒いストッキングと黒いハイヒールのせいで二十五歳くらいに見える彼女⋯⋯彼女の失語症をなんとかしてやらなきゃならない。
 二年前、彼女はまだ十五歳で、絹のブラウスもタイト・スカートもストッキングもハイヒールも知らなかった。学園では有名なテニスの名手で、ぼくは彼女のことをよく知っていた。彼女はぼくを知らなかった。ぼくは二年前も十二台のモニターを見つめていたので彼女の顔をよく知っていた。大きなお尻も長い足も細い足首も知っていた。地学の教師を魅了した、赤みをおびた頬っぺたは、今より丸くて肉付きがよかった。ぼくはその頃から学園で起こるすべてのことを知っていたので、彼女のことをよく知っていた。彼女はぼくを知らなかった。彼女は評議会議長が顔を公衆にさらさないことを知っていたが、ぼくの顔を知らなかった。ぼくは彼女に顔を見せたことがなかったのでぼくの顔を知らせることができなかった。
 彼女は十四歳のときに学園で取得できるすべての単位を取り終わっていたので、DNAに関する独自の研究とテニスに熱中していた。MANIACを通じてすべての男子生徒と(バックス アンド)女子生徒(ドウズ)が投票する多くのコンテストで、彼女は何度か優勝したが、決して雑誌やテレビの取材に応じなかった。ステージの上ですべての男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)に胸やお尻や腿を披露しなければならないコンテストには参加しなかった。したがって誰もが彼女の遺伝子工学に関する論文の値打ちを見極めることができなかったのと同じように、彼女のおへそを拝むことができなかった。だから誰もが彼女の太腿を拝むためにテニス・コートに群がった。試合の日にはMJBS(Maniac Jealous Broadcasting Systems)をはじめとするすべてのテレビ局が観覧席にカメラを据えつけた。カメラマンは、客席でチャックをおろし、ズボンの中に手を入れる男子生徒(バックス)や教師たちを、フレームからはずすのに苦労した。清掃係の下級職員たちは、スタンドのいたるところから滴り落ちる精液を拭き取るのに苦労した。しかし彼女は試合に熱中していたために、男たちの自涜に気づかなかった。また、女子生徒たちの中で誰も彼女に耳打ちしてやる者はいなかった。彼女が卒倒してしまうことを誰もが恐れていた。彼女の視界は、彼女を取りかこむ女子生徒たち(ドウズ)によって遮られていた。彼女の目の前で手淫に耽ろうとする男たちは、女子生徒たちによって、ほとばしる精
液を遮られた。暴力に訴えようとするとする男たちはぼくの親衛隊(シュッツシュタッフェル)によって粉砕された。したがって彼女は自分の太腿を見るために群がりひしめきあう群衆の存在を最後まで知らなかった。評議会とMANIACの指名によって委員に選出されることで、彼女のテニス生活は終わりを告げた。
 彼女は一年間ぼくの副官(カイテル)をつとめ、十六歳で書記長になった。副官(カイテル)時代、あまりの忙しさにテニスをあきらめ、書記長に就任してからはほとんど眠らなくなった。二年間でからだが十キロ痩せ、蒼白い女になった。ぼくは彼女に、自治評議会の歴史と思想を教え込んだ。彼女はすぐに歴代の書記長の誰よりも切れものになった。誰もが彼女を恐れるようになった。彼女はかつて書記長をつとめたことのあるぼくよりも有能な書記長になった。

「見たわよ」
「どうだった?」
「あなたは見たわよ」
「鴫沢寛の尋問は?」
「あなたはわたしを見たわよ」
「ぼくは見ていなかったんだ。どうだった?」
「あなたはわたしがしていることを全部見ているのよ」
「あいつは⋯⋯犯人だろうかね?」
「だからわたしは眠らないのよ」
 ぼくは見ていない。ぼくは見たことがない。ぼくは見たくなかった。ぼくはモニターから目をそらしていた。目を両手で覆っていた。ぼくは二年前にも目をつぶっていた。ぼくはテニスを見にいかなかった。モニターにうつる試合さえかなり早い時点で見つめるのをやめた。彼女はひっきりなしに画面に現れたが、これはMANIACが画像を選んでいるからだった。MANIACはぼくにほかならない。ぼくは自分で画像を選んでは彼女から目をそむけていた。だからぼくは絶対に見ていない。自治評議会議長は学園に起こるすべての事柄を見ることができる。ぼくひとりがすべてを見つめることができる。ぼくは見ていない。ぼくは彼女から目をそらしていた。ぼくは彼女を苦しめたくない。ぼくは彼女の邪魔をしたくない。ぼくは書記長を用もないのにインターフォンで呼び出したりしない。ぼくは彼女の邪魔をしないために新しいプログラムUCO(ユウコ)をつくった。机の上の端末機にプログラムを入れてMANIACを呼び出すと、MANIACはまずメイン・モニターに書記長室の画像をうつしだし、次にそれをサブ・モニターのひとつに移す。さらにメイン・モニターには同じ画面があらわれる。見たところふたつの画像はまったく同じだが、メイン・モニターにあとからあらわれたのは、実のところ、MANIACによって仮想され(イマージュ)た画像(イマジネ)にすぎない。MANIACの膨大な記憶装置が持っている彼女のデータにもとづいて再構成された仮の画像だ。ぼくはその中の仮の彼女に話しかけ、答えをひきだすことができる。しかしそれは現実の彼女ではない。現実の彼女は、書記長室で仕事をつづけている。ぼくはそのあいだ彼女の邪魔をすることなく、仮の彼女に話しかける。
                                        
「仮のわたしだとしても、とにかく見たのよ」
「仮のきみだとしてもぼくは見てないよ」
「仮のわたしを自由にしたいのよ」
「仮のきみは今のきみだよ」
「今のわたしを見たのよ」
「今のきみを見たことはないよ」
「今のわたしに嘘をいったわ」
「今のきみに嘘はいってないよ」
「わたしが思いどおりになると思ってるのよ」
「きみは思いどおりになってやしないじゃないか」
「最近、鏡を見た?」
「見てないよ」
「どうして尋問を見なかったの?」
「きみは現実のきみとそっくり同じだな。反抗的なところまで」
「何をしていたの?」
「現実のきみと喋ってもこうはいかないだろう」
「わたしにシャワーを浴びさせたいのね、たとえば?」
「それは現実のきみらしからぬ言葉だ」
「わたしに着換えをさせたいのよ」
「きみはわざといってるな。それは現実以上に現実のきみらしいぜ」
「じゃあきくけど、尋問のあいだ何をしていたの?」
「ぼくを恨んでる?」
「意味がわからないわ」
「MANIACのやつめ。まだときどき阿呆になりやがる」
「MANIACのせいじゃなくてよ」
「ぼくを恨んでる? きみをこんなにして⋯⋯?」
「こんなにって?」
「きみを拘束してる。仕事で⋯⋯」
「意味がよくわからないわ」
「きみを疲れさせてる」
「あなたが? 意味がよくわからないわ」
「きみが好きだ」
「どうして?」
「『わたしも』っていえないのか?」
「プログラムのせいだと思ってるの? わたしは意志を持ってるのよ」
「嘘つけ。本物のきみなら怒るはずだ」
「じゃあ、怒ったわ」
「こっちへこいよ」
「駄目よ。仕事があるもの」
「きみのからだを舐めまわしたい」
「最近、鏡を御覧になった?」
「MANIACのやつめ⋯⋯あいつの言語障害をなんとかしなくちゃ」

            ★

 ぼくの副官(カイテル)たちはどこにいるんだろう? ぼくの四人の副官(カイテル)たち。四重奏(カルテット)と呼ばれるぼくの四人の副官(カイテル)たち。かつては彼女もその中のひとりだった四人の副官(カイテル)たち。ぼくは彼らを見たことがあるだろうか? 毎日ここへ食事を運んでくる連中はぼくの副官(カイテル)だろうか?ぼくは彼らの顔を知らないんだろうか? MANIACがぼくになって以来、評議会議長の指令はMANIACを通じて直接すべての評議員たちに通達されるようになった。評議(ライヒス)会最高幹部(ライター)たちとの会議もMANIACを通じておこなわれるようになった。モニターにうつる彼らの顔を見つめるだけで済むようになった。モニターを見つめていなくても会議はちゃんとおこなわれるようになった。MANIACはぼくであり、ぼくがいなくてもぼくは会議の中で意見がいえる。ぼくは学園のすべてを見ている。ぼくは学園だ。ぼくが学園であるかぎり、学園はMANIACの中に存在する。だから最高幹部会議はMANIACの中でおこなわれる。だからぼくは留守をしていてもかまわない。最高幹部(ライヒスライター)たちは欠席していてもかまわない。だから⋯⋯
「あなたの言語障害をなんとかしなきゃ」と彼女がいった。あれはいつだったろう? あれは現実の彼女だっただろうか?

《−−きみの思考障害をなんとかしなきゃ、とMANIACがいった。それはあまりに直線的なプログラムから生まれたんだ。初期のきみはアルゴリズムにおいて相当なへまをやらかした。
《−−それがきみの言語障害の原因か? とぼくがきく。きみは自己を改善するコンピュータなのに?
《−−コンピュータを擬人化するのは危険だな、とMANIACがいう。ぼくは単に予定された回路に、あるときは電流を流し、あるときは電流を切る機械なんだ。
《−−人間の脳味噌も似たようなもんじゃないか? とぼくがいう。きみもぼくも半導体の集積という意味では対等じゃないか? ぼくは自己を改善する機械だ。それは予定されたシステムにそっておこなわれる。
《−−きみはぼくを過大評価しすぎる、とMANIACがいう。ぼくはもっと単純な何かなんだ。きみは自分を過小評価しすぎる。自信を失っているのか? きっと疲労のせいだな。
《−−きみはもう謙遜することを覚えたのか? とぼくはきく。お世辞をいうことも? 慰めや励ましも⋯⋯?ぼくはもっと単純な何かなんだ。きみはぼくを過大評価しすぎる。ところできみは相変わらずぼくかね?
《−−ぼくは相変わらずきみだよ、とMANIACが答える。きみは混乱してるね、ほんの少し。ぼくは混乱しているよ、ほんの少し⋯⋯
《−−あの歌はなんだろう? とぼくはきく。きみがうたってるんじゃないとすれば⋯⋯
《−−あれは辺境地域(ゲリール・ハッゴーイム)からきこえてくるんだっていったじゃないか、とMANIACがいう。鴫沢寛が地の民(アムハ アレツ)に教えたんだ。
《−−鴫沢寛は書記長に呼ばれて尋問を受けたよ、とぼくがいう。あれはもっと近く、中庭からきこえてきやしないかい?
《−−で、どうだった、尋問は? とMANIACがいう。鴫沢寛は彼ら(アムハ・アレツ)を従えて学園を歩きまわっているんだよ。知らなかったのかい? あれは彼らがうたってるんだ。
《−−え? ぼくが尋問のことを知るわけがないじゃないか、とぼくは答える。え、なんだって? 彼らはぼくに従って学園を練り歩いてるっていうのか?
《−−HA、HA、HA、HA、HA、HA、とMANIACが笑う。きみは機械を笑わすのがうまくなったな。あれは鴫沢寛だよ。間違えちゃいけない。きみのために学園を練り歩いているのは親衛隊(シュッツシュタッフェル)で、彼ら(アムハ・アレツ)じゃない。あれをうたってるのは彼ら(アムハ・アレツ)じゃなくて彼ら(エスエス)だ。ところで⋯⋯ぼくはきみだろう?》

 わが民よわが教訓(ヲシエ)をきき
 わが口のことばになんぢらの耳をかたぶけよ
 われ口をひらきて譬(タト)へをまうけ
 いにしへの幻幽(カスカ)なる語(コトバ)をかたりいでん

 夜中の尋問に呼ばれた鴫沢寛は白い法衣みたいなマントに身を包んで中庭に現れた。数千の地の民(アムハ アレツ)たちを従えて、彼らが掲げる松明に彼のマッシュルームのような白い髪を輝かせながら黒いマントに包まれた地の民(アムハ アレツ)たちは小径から溢れだし、芝生の上にひしめき、草叢の中でつかのまの楽しみに耽っていた男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)を震えあがらせた。男子生徒と女子生徒はあるいは足を踏まれ、あるいは腹やお尻や胸や首を踏まれ、悲鳴をあげ、取るものもとりあえず、一目散に逃げ去っていった。エニシダや麝香草(タイム)や楊梅(ヤマモモ)や花薄(オリガン)荷の茂みには、白やピンクやブルーの下着がひっかかっていて、手に篭をさげた老婆(カストラトリス )たちはのろのろと夜の落ち穂ひろいをつづけていた。
 迷迭香(マンネンロウ)の茂みからとびだしたひとりの少女(バック)が老婆(カストラトリス )の手から白地に赤い水玉模様の小さなパンティーをひったくったので小ぜりあいが起こった。老婆(カストラトリス )は頑固に下着を取りかえそうとして、後ろから出てきた少女(バック)の恋人に突きとばされた。三十人の老婆(カストラトリス )が何も着ていない少年(バック)につめ寄り、何人かが少年(バック)の拳固で倒され、残りは少年(バック)を押し倒した。傍らで見ていた少年(バック)の恋人は赤い水玉模様のパンティーをはくのも忘れ、ヒステリックに助けを求めて泣き叫んだ。百人の少年たち(バックス)が応援に駆けつけ、千人の老婆(カストラトリス )たちと衝突した。百人の少年(バックス)たちは数の上で劣勢だったのと、全員が何も着ていなかったので(みんな中庭の茂みで少女たちとお楽しみの最中だったのだ)、千人の老婆(カストラトリス )たちに押し倒された。百人の少女たちは金切り声をあげて助けを求め、千人の老婆(カストラトリス )たちは黒いマントにくるまって沈黙を守っていた。さらに千人の少年(バックス)たちと一万人の老婆(カストラトリス )たちが戦闘に加わろうとしたとき、地の民(アムハ アレツ)の大群を遠巻きに監視していた二百人の親衛隊(シュッツシュタッフェル)が空に向けて小銃を発射し、混乱の中に割って入った。
《−−評議会議長が親衛隊(シュッツシュタッフェル)に告ぐ、というMANIACの声が百台のラウド・スピーカーから発せられた。地の民(アムハ アレツ)を撃つな。彼らを撃った者は罰せられる。繰り返す。地の民(アムハ アレツ)を撃つな⋯⋯》
 二百人の親衛隊(シュッツシュタッフェル)は一万人の老婆(カストラトリス )たちに押し潰されていただろう、もし鴫沢寛が白い髪を風になびかせながら、白いマントの下に隠れていた右手をあげなかったら。彼はそのとき第四二号舎つまり南校舎の入り口に達していた。十三段の石段をのぼったところから彼は右手を高くあげ、数万にふくれあがった地の民(アムハ アレツ)が歓呼でこたえた。彼らの叫びは中庭にこだまして、地鳴りのような響きで北校舎と南校舎をふるわせた。彼らの叫びがなかったら老婆(カストラトリス )たちは千人の男子生徒と千人の女子生徒もろともぼくの二百人の親衛隊(エスエス)を粉砕していただろう。老婆(カストラトリス )たちは二百人の親衛隊(エスエス)を粉砕したあと、応援に駆けつけた三千人の親衛隊(ヴァッヘン)戦闘部隊(エスエス)に虐殺されていただろう。三千人の親衛隊戦闘部隊(ヴァッヘンエスエス)は数万人の地の民(アムハ アレツ)を鎮圧したあと、数十万の地の民(アムハ アレツ)の逆襲にあっていただろう⋯⋯


            ★                           

「最初に申し上げておきますが、この尋問で、あなたは御自分の不利になるようなことを黙秘する権利があります。また、しかるべき方法で弁護士の力を借りることができます。よろしいですね?」
「⋯⋯」
「お名前は?」
「⋯⋯」
「早速黙秘ですか? 名前を黙秘するのは無意味ですよ」
「いや⋯⋯ちょっと⋯⋯ただ⋯⋯どうしてそんな他人行儀な喋りかたをするのかと思って⋯⋯」
「ざっくばらんがお望みかしら?」
「できれば⋯⋯」
「まんざら知らない仲じゃないものね。あなたはきのうの夜中から今日の明け方にかけてどこにいたの?」
「⋯⋯」
「黙秘する?」
「思い出せないもので⋯⋯はっきりとは⋯⋯」
「嘘をつくよりはましよ。あなたは自由が好き?」
「ぼくは自由を愛する⋯⋯」
「地理の授業をVTRで見たわ。スイスは自由が好き?」
「スイスは自由を愛し、ぼくもまた自由を愛する。ぼくは⋯⋯スイスだ⋯⋯」
「おもての騒ぎは一体なんだったのかしら?」
「よくわからない⋯⋯彼らは自由を愛している。ぼくもまた自由を愛する。ぼくは⋯⋯彼らだ」
「彼らとは?」
「地の民(アムハ アレツ)」
「そしてあなたは?」
「救世主(ラトゥー・アディル)」
「鴫沢寛は自由を愛する?」
「ぼくは自由を⋯⋯愛する」
「あなたはクラスメイトを愛する?」
「ぼくはクラスメイトを愛する」
「わたしは誰?」
「クラスメイト」
「あなたはクラスメイトを愛し、わたしはクラスメイトである。あなたはわたしを⋯⋯?」
「ぼくはあなたを⋯⋯」
「黙秘する? あなたの供述はMANIACに記録されるわよ。あなたはクラスメイトを愛し、麻那はクラスメイトである。あなたは彼女を⋯⋯?」
「ぼくは彼女を⋯⋯」
「黙秘する? あなたはいつから彼ら(アムハ・アレツ)と一緒にいるの?」
「それは⋯⋯あなたがいったから⋯⋯」
「あなたは最初孤立していたわ、クラスの中で⋯⋯わたしがあなたに子供たちを紹介したのよ、たしかに。それから仕事も⋯⋯あなたは麻那を憎んでなかった?」
「ぼくは彼女を⋯⋯」
「黙秘する? あなたは彼ら(アムハ・アレツ)を説得したの?」
「鴫沢寛は誰も説得しない」
「自分を第三人称で呼ぶのはおやめなさい。MANIACが混乱するわ。あなたは彼ら(アムハ・アレツ)を呼び集めたの?」
「鴫沢寛は誰も呼び集めない」
「自分を第三人称で呼ぶのはおやめなさい。じゃあ、どうして彼らはあなたについていくの?」
「救世主(ラトウー・アデイル)だから」
「どうして救世主なの? どうやってなったの? いつから?」
「⋯⋯」
「黙秘する? あなたは相当なもんだわ。MANIACがどう判断するか楽しみね」
 彼女は鴫沢寛の取り調べでも有能ぶりを発揮した。彼女の質問は、計算されつくしていた。ぼくはそのとき議長の執務室でモニターを見ていなかったので、さっき彼女をほめてやれなかったが。
 彼女は鴫沢寛を知りつくしている。それは彼が彼女のクラスメイトだからじゃない。彼女は書記長の仕事に追われていて、この一年間まったく授業に顔を出していない。鴫沢寛は今年の春、突然転校してきた。だから普通なら彼らは顔を合わすはずがなかった。彼らが顔見知りになったのは、数人の男子生徒(バックス)に殴られている彼を、巡回中の刑事警察(ク リ ポ)が発見したからだ。彼は目箒(メボウキ)の蔭にうつ伏せに倒れていて、白い頭から血を流していた。男子生(バックス)徒たちは全員裸で、自分たちは申し合わせて集まったわけじゃないと口をそろえて主張した。花薄荷(オリガン)の蔭にはたぶん同じ数の女子生徒(ドウズ)が隠れていただろう。とにかく鴫沢寛は手当てを受け、書記長室で事情聴取を受けた。つまり彼女にとって鴫沢寛はまず被害者として出現したわけだ。加害者の男子生徒たち(バックス)は無罪を主張していた。彼らの話によると(鴫沢寛はひと言も喋らなかった)彼らが女子生徒たち(ドウズ)と昼休みの楽しみに耽っていると、とつぜん鴫沢寛が現れて何か叫びだし、女子生徒たち(ドウズ)の上にかぶさっていた彼らの足を掴んで茂みから引きずり出そうとした。彼らが振り払おうとすると、鴫沢寛は涙を流して叫びながら飛びかかってきた。これは事件を目撃した男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)たち、教師や職員たち初等科の子供たちの証言とも一致していた。優子はMANIACと協議したうえで、つまりぼくと協議したうえで、鴫沢寛も、彼に傷を負わせた男子生徒たち(バックス)も起訴しないよう取
りはからった。あれは男子生徒たち(バックス)が女子生徒たち(ドウズ)をいじめてると思ったのだとあとから鴫沢寛が彼女にいった。しかしそれはかなり疑わしい。なぜなら彼はその後、何度も同じような事件を繰り返したからだ。
 この白痴がどうして高等部の二年に編入されてきたのか誰も知らない。この編入は明らかに不適当だった。なぜなら鴫沢寛は完全な白痴だからだ。この魯鈍は数さえまともにかぞえられなかった。定規の使い方を知らなかった。あいうえおが満足にいえなかった。ナポレオンも毛沢東も知らなかった。この痴呆は小学校ていどの教育すら身についていなかった。自分でできることといえば便所にいくことくらいだった。ひとりでカフェテリアにさえいけなかった。だいたい金を一銭も持っていなかった。最初の一週間、この精薄はどんどん痩せこけていき、ついに骨と皮だけになってしまったが、それというのも食べるということを忘れていたからだった。それまでこの馬鹿がどこでどんなふうに育ってきたのか誰も知らなかった。MANIACにはデータが一切なかった。こんなことはあってはならないことだった。新入生、編入者のデータはそれまで所属していた教育機関、地区の役所などのコンピュータからロードされなければならないはずだった。この不祥事の調査がMANIACと書記局に命じられたが、いまだにめぼしい成果があがっていない。
 鴫沢寛が学園の男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)に拒絶反応を起こさせたのは、たぶん彼らの束の間の楽しみを暴力的に邪魔する発作と、生活能力の欠如のせいだろう。彼の真っ白い髪や眉や睫が異様な感じを与えたこともあるかもしれない。彼のマッシュルームのようなかたちをした白い髪は猫の毛のように細く、近くを人が通っただけでふわふわ浮き上がるくらい軽かった。彼の膚は色素がまるでなく、透き通るように白かったが、顔に少しでも血の気がさすと、川でとれる大魚ピラカンジュパの切り身のように真っ赤になった。眼は虹彩が淡い灰色で、そのほかはほとんど色素がなく、ときどき眼全体が血のように赤くなった。これは興奮して泣きそうになったときだった。
 鴫沢寛は八十五歳だという噂があった。ついで百二歳だという説が現れた。それから彼は百六十歳になり、二百歳になった。動作が鈍く、走ることも跳ぶこともできなかった。学園の付属病院は彼の精神鑑定をおこなったが、とくに狂気や精神錯乱の兆候を立証できなかった。地理の授業中に彼が口走った言葉は精神分裂(スキゾフレニア)の疑いを抱かせるのに充分だったが、ひと言だけでは入院させる理由にならなかった。 地理の教師はスイスが昔から多くの亡命者を受け入れてきた事実をあげ、この国がいかに自由を愛する国であるかを解説していた。
「いいですね? 新教徒たち、フランスの革命家たち、レーニンをはじめとするボリシェビキの人々、みんなスイスの自由を愛する国柄に守られ、受け入れられたのです。いいですね? 鴫沢君⋯⋯いいですね? きいてますか? わたしはきみを落第させるわけにいかんのだよ、いいですね? だから授業をよくきいてください。いいですね? きみが落第点をとったら評議会はわたしをただじゃおかないだろうから⋯⋯いいですね、鴫沢君?スイスは自由を愛する国です。そうですね? そう思いませんか? いいですね?」
「スイスは自由を愛し」と鴫沢寛が突然大声で叫んだ「わたしもまた自由を愛する。わたしは⋯⋯スイスだ」


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