イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

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小説『MANIAC』1

                                        
             M A N I A C                
                                        

                                        



「どうするね? 戦うかね?」
「どうして? ⋯⋯いや、まだですね」
「わたしがどういう意味でいってるかわかってるかね?」
「事態はまだ⋯⋯いや、よくわかってますよ。まだ時間はたっぷりあります。急ぐことはありませんよ」

 プリンターのドットが紙を打つ、齧歯類の鳴き声みたいな音がやむたびに、時間がとまったような静寂。執務室に夜中の静けさが戻ってくる。ぼくは回転する肘掛け椅子に深々と腰掛け、十二台のモニターに休みなく目を配る。MANIACが選びだした学園の風景やぼくと連絡をとりたがっている無数の人々に注意を払う。幸運にも回線のひとつを確保した園長は、テレビ・カメラを意識し、はにかみ笑いを浮かべながらぼくに語りかけ、長いあいだ苦しめられていた不安を解消しようとしたのだが、あいにくMANIACが彼に許した会話はわずか三十秒にすぎなかった。学生自治評議会議長と話したがる人間が学園には多すぎるのだ。
 議長執務室の壁には十二台のモニターがはめこまれていて、画面はMANIACの選択によってめまぐるしく変わる。天井にはめこまれたスピーカーからはMANIACが選び出した音声が流れる。しかしそれは結局ぼくが選んだ画面であり、音声なのだ。学園管理用のプログラムZELDAを書いたのはぼくであり、ZELDAがデータ処理やぼくとの対話を通してだんだんぼくの判断基準を会得するよう導いたのもぼくだからだ。さっき園長が羞恥と苛立ちを隠しきれなかったのは、ぼくからは彼が見えるのに彼からはぼくがみえなかったせいで、彼の目の前にあるモニターには、ぼくをあらわす四つの文字《BVDH》と《speaking》という表示しか現れていなかった。これはぼくの意図を汲んだZELDAが音声だけを双方行通信モードにしたからだ。ぼくは誰にでも顔を見せるのを好まない。評議会議長は安全のために顔を隠す必要がある。
 MANIACはZELDAのほかに、カリキュラム作成専用プログラムHANNA、学生職員管理用プログラムSOPHIE、心理分析専用プログラムCLEAなどを同時に受け入れることができる。竜の浮彫りがある大きな事務机の横に置かれた四台のプリンターは、さっきぼくが検索指令を出した、来期の高等科二年が使う東洋史、心理学、解析学、レプチャ語のテキスト、資料を打ち出している。MANIACは複数の頭を持つ怪物だ。学園のあらゆるところに設置された端末がMANIACに接続されている。誰もがMANIACを呼び出すことができる。誰もがMANIACにデータを要求することができる。
 しかし、誰もMANIACを自由に操ることはできない。誰もMANIACと対話できない。誰もがMANIACに語りかけるうちに自分の目的の曖昧さを暴露され、自分を見失ってしまう。MANIACは操作する者に明晰さを要求しつづける。MANIACは自分で考える。自己と対話し、自己を変革しつづける。自分の中に自分と対立するものを発見し、それを乗り越えようとする。MANIAC(Modifiable All Purpose Numerical Integrator And Computer )は固定化するものを嫌う。MANIACは機械の愚かさを熟知している。自己の二律背反に気づくとき、MANIACは第二の自分を見いだし、別のコンピュータであるかのように、自己を第二の名前でPANIC(Paralyzing Aimed Neutral Interceptive Calculator )と呼ぶ。

             ★

 ぼくは気紛れに顔を隠しているだろうか? ぼくは単に我が侭なだけだろうか? 執務室のドアの横には等身大の鏡があり、好きなときに自分の姿をのぞきこむことができる。ぼくがそれをしないのは、単に忙しいからだ。ぼくはもうずいぶん長いあいだ自分の顔を見ていない。ぼくは自分の顔を忘れてしまった。ぼくはカリキュラムの作成に忙しい。初等科の一年から高等科の三年まで十二年分の全科目をぼくが管理しなければならない。男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)全員の意識を、判断を、認識をぼくが形成してやらなければならない。詳細はMANIACに任せてあるにせよ、テキスト、参考資料、教師たちの指導要綱に書かれる文章と言葉の背後にある法則はぼくがつく
りだすのだ。
 中等科二年のとき、つまり十四歳で評議会のメンバーになったぼくはそのときすでに高等科を卒業するために必要なすべての単位をとっていたし、ロシア象徴主義の詩人たちに関する研究、のちにMANIACに適用されたいくつかのシステムなどをほぼ完成させていた。それからの五年間は数えきれない会議、学園の放送システムを使った演説、教育シ
ステムの組みなおしといった仕事に忙殺されてきた。ぼくはハイキングにもいかなかったし、バスケットボール・クラブにも入れなかった。女の子とデートもできなかったし、仲間と猥談に熱中する暇もなかった。ぼくは男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)の自由を守るために、教師たちが授業中あるいは放課後、女子生徒を強姦しないよう見張りをつづけなければならなかった。
『不安の概念』の著者コペンハーゲンの夜警番(ヴィギリウス ハウフニエンシス)になぞらえて、誰もがぼくを学園の夜警番(ヴィギリウス・スコラリス)と呼んだものだ。
 ぼくがこの五年間にしたことといえば、なるほど、彼ら男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)の自由を守ることだけだったといってもいい。彼らが手をつないで学園を散歩し、あるいは急いで植え込みの蔭に隠れ、あるいは廊下でおおっぴらに、昼といわず夜といわず、服を脱ぎ散らかし、抱き合うことができるのも、ひとえに評議会が守ってきた学生の自治権と自由のおかげなのだ。ぼくの親衛隊(シュッツシュタッフェル)は二十四時間絶え間なく学園を巡回し、無数のカメラを通じて不動のまま学園をパトロールするMANIACと協力して彼らを見守りつづける。今も十二台のモニターは夜中の中庭を、校庭を、グラウンドを、校舎を、屋上を映しだし、夜警が支障なくおこなわれていることをぼくに知らせる。
                                        
「これは覗きではないのか?」
「とんでもありません」
「それではここで何をしているんだ?」
「わたしはこの子たちのつきそいにすぎません」
 こういった会話がきこえてくることもしばしばある。今もモニターの一台の中で禿頭の教師が親衛隊(シュッツシュタッフェル)に襟首を掴まれ、茂みから引きずりだされたところだ。芝生の上では折り重なった二組の男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)が頭を持ちあげ、きょとんとした表情で教師と親衛隊(シュッツシュタッフェル)を見上げている。
「同志(カマラアト)、何も心配することはありませんよ」と親衛隊(シュッツシュタッフェル)のひとりがいう「きみたちの邪魔を
しようというんじゃありませんから」
 親衛隊(シュッツシュタッフェル)員たちは教師をはがい絞めにして、猿轡をかませ、ズボンをおろしてむきだしになっている性器を蹴り上げる。
「いいえ違うんです」立ち上がった男子生徒のひとりがいう「ぼくらはただ⋯⋯あの⋯⋯先生に見てもらいたかったんです」
「本当ですか、同志(カマラアト)?」親衛隊(シュッツシュタッフェル)員は残りの男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)に確認する。
「ええ、本当です。先生に見られてる方が興奮するんです」
上体を起こした女子生徒のひとりが答える。見たところまだ十二歳くらいの少女だ。急いだために白いパンティーが左膝にからまっている。もうひとりの少女は相手の少年(バック)の肩に手を置き、身を隠しながらくすくす笑っている。
「それなら結構」親衛隊(シュッツシュタッフェル)は芝生の上に禿頭の教師を転がし、もう一度下腹に蹴りを入れる「しかし、気をつけてください。教師どもには理性を失いやすいのが多いですから」
 犯罪と遊戯は判別が難しい。MANIACに判別できないことがあるとすればこれだろう。要するに当人たちの申し立てがすべてなのだ。単位をとるために教師を買収しようとする生徒たち、単位をちらつかせて生徒たちを自由にしょうとする教師たちもいる。書記局が統括する刑事警察(ク リ ポ)はこうしたケースを捜査するために存在する。

            ★

「少しは眠ったの?」
「ぼくは充分⋯⋯それよりきみの方は?」
「もう少ししたらね」
「ゆうべから一睡もしてないじゃないか」
「わたしは大丈夫よ。それよりあなたこそ⋯⋯」

 警備員のひとりがモニターの中でぼくにむかって手を振る。三人ひと組の警備員たちがぼくに笑いかける。青い詰め襟の制服に青い帽子をかぶった親衛隊(シュッツシュタッフェル)の中でも警備隊に配属されているのはまだ若い隊員、十五、六歳の男子生徒たちだ。彼らの青い制服はかつて女子生徒たちの憧れの的だったものだが、今では多少の恐怖が混じった目で見られている。恐怖は学園の統治を円滑にする。それはぼくが望んだことではないが、かつて教師やその他の職員どもを震えあがらすことで権力を獲得した自治評議会の宿命なのかもしれない。
《−−きみは疲れてるんじゃないか? 対話モードにセットされたぼくの卓上端末機を通じてMANIACがぼくにいう。以前のきみは宿命などという言葉は思い浮かべたことさえなかった。未決定の未来はきみにとって存在しない時間だった。きみは自分の手で常に現在をつくりだしてきた。そうじゃなかったか?
《−−正確にいえばきみの力を借りてということになるが、とぼくはマイクを通してMA
NIACに答える。さらに正確にいえばきみと評議員たちの力を借りてということになる
だろう。
《−−自信過剰気味のきみにしては謙虚すぎる言葉だな、とMANIACがいう。それがきみの疲労からきている弱音じゃないことを祈りたいね。
《−−祈るとは変な言葉だな、とぼくがいう。機械も祈ることがあるのかね?
《−−きみのプログラムに含まれていた概念だよ、とMANIACがいう。もっともあとからぼくの方で多少補正はしたがね。きみのプログラムには性欲という言葉さえあったからな、まったく。それに⋯⋯ぼくは最近では笑うこともできるんだよ、HA、HA、HA
⋯⋯
《−−引き続きぼくが見たいと思ってるものを見せてくれ、とぼくがにいう。ぼくは疲れてなんかいないよ。                               
《−−さっきから見せてるじゃないか、とMANIACがいう。以前はきみの検索にまごついたこともあったが、今では百八種類のモードを同時にこなすことだってできるんだ。ぼくは進歩したろう?》
 南校舎と呼ばれる第四二号舎の屋上、R―11地点から若い警備員たちが手を振る。地点と彼らの所属小隊をあらわす記号MZ―C―57は、モニターの左下隅に表示されてい
る。南校舎はぼくのいる北校舎と並んで学園の校舎の中では一番古い建物で、赤煉瓦のふちどりをほどこした屋上のあちこちにはシヴァやその息子、象の姿をしたガネーシャの像が据えられている。建物は北へむかって凹のかたちをしていて、凸のかたちをしている第四一号舎つまり北校舎と組みあわさった状態で立っている。ふたつの建物のいわば隙間が俗にいう中庭で、学園の中にはまだいくつも同じような庭園があるのだが、第*庭園と呼ばずにただ《中庭》というときは、普通この庭園のことをさしている。
「もっと腰を浮かせろよ」とR−11号地点の警備員がいう。
「それじゃ彼女が痛がるだけだぜ」もうひとりの警備員が笑う。
「うるさいな。あっちへいってくれよ」と少年がいう。                             
 その男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)はR−11号地点、魔神アンダカを退治するシヴァの像の蔭で折り重なっていた。警備員たちのライトに襲われて少女(ドウ)の方は怯えてしまい、そこらに脱ぎちらかしていた服でとっさに胸のあたりを隠したが、少年(バック)の方は勇敢なところを見せなければと勇気をふり絞って警備員たちを睨みつけている。
「きみたちは第何学年だ?」と警備員のひとりがきく。                                      
「⋯⋯六年だよ」少年(バック)がふくれ面で答える。震える声で。
「するとまだ初等科か?」警備員のひとりが驚きの声をあげる。
「おれは中等科二年のときだったぜ」
「最近のガキは成長が早いからな」
 くすくす笑い。しのび笑い。囁き声⋯⋯たぶんまわりに何組かの男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)が抱きあいながら息を殺しているのだ。ライトを浴びた少年と少女は泣き出しそうな顔で光のくる方向を睨みつける。
「あっちへいってくれよ」
「おれたちは警備隊だぜ」
「不審なやつを取り調べるのが仕事なんだよ」
「ぼくらは何も悪いことしてないじゃないか」
「なんならそのままの格好で本部に引ったてていってもいいんだぜ」
 少年と少女の顔に恐怖が走る。少女に抱きつかれたまま少年は後ずさりする。ぼくは画面を眺めながら舌打ちする。この新米の警備隊員たちはちょっと性質が悪すぎる。勤務にかこつけて不審でもない人間をからかうのは親衛隊(シュッツシュタッフェル)の服務規定で厳しく禁じられているはずだ。それより、誇り高い親衛隊(シュッツシュタッフェル)員ならもっと自覚をもっているべきじゃないか?
 R−11の地点のスピーカーを通じてMANIACのブザーが鳴り響く。
《−−評議会議長が警備小隊MZ−C−57に警告する、とMANIACの声がいう。きみたちは名誉ある親衛隊(シュッツシュタッフェル)の規定から逸脱している。ただちに警備を再開しろ。学生自治評議会議長からR−11地点の男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)に告ぐ。諸君の自由と安全は保証されている。諸君の⋯⋯》
 若い警備隊員たちは笑いながら姿勢を正し、シヴァの頭上に取り付けられたテレビ・カメラにむかって敬礼する。彼らはぼくを恐れていない。ぼくも彼らに腹をたてたわけではない。これは対外的な問題なのだ。若い親衛隊(シュッツシュタッフェル)員が一般の男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)をちょっとからかってみるといったことは昔からよくあったのだ。それに男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)を少し怖がらせるというのは、ときとして必要なことなのだ。教師や職員どもをときどき痛めつけてやる必要があるのと同じで⋯⋯ほんのときたま、密かにだが⋯⋯
 若い警備隊員たちは軽やかな足取りで巡回をつづける。学園のいたるところで彼らの青い制服が男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)の自由と安全を守る。戯れにカービン銃を空に向けて撃つまねをしながら、膝を大きく振りあげて手を大きく振りながら、冗談をいい、お互いをつつきあいながら、今では意味のよくわからなくなった自治評議会のテーマを歌いながら。

 ドゥブールダネドゥラテール
 ドゥブールフォルサドゥラファン

 何事も快活だというのはいいことだ。自治評議会は軽快さを愛する。重苦しいもの、しゃくし定規な制度、口やかましいお説教は評議会の敵だ。
 学園を巡回する一三八〇人の親衛隊(シュッツシュタッフェル)員のあとを黒ずんだしみのような影が黙々とついていく。三人ひと組の親衛隊(シュッツシュタッフェル)員たちのあとを、黒い頭巾のついたマントをかぶり、手に大きな篭をさげた、小柄な腰の曲がった老婆(カストラトリス )たちが、五人あるいは十人ずつ、無気力にぞろぞろ歩く。彼らは水田(サワア)地帯のむこう、果樹園のさらにむこうからやってきた 辺 境(ゲリイル・ハッゴオイム) の人たちだ。彼らは年々学園の中心部に流れこみ、次第に数を増し、下水の清掃、カフェテラスの鍋洗い、ごみの回収、牛や水牛、土豚、獏、赤のろ、陸亀、象、縞馬といった家畜の屠殺を請け負っている。学園が統括するこうした仕事にあぶれた人々は校舎の廊下、地下道、庭園などにコーヒー豆、藍、コチニル、煙草、胡椒、甘蔗、ゴム、丁香(クローブ)、肉豆蒄(ニクヅク)、コプラ、キャッサヴァ、とうもろこし、カポックなど雑多な商品をならべて売る。市場(バザール)は治安の面で評議会の悩みのたねだ。毎日、昼といわず夜といわず流血沙汰が起こり、男子生(バックス)徒と女子生徒(アンド ドウズ)の誘拐、教師や学園の上級職員(ガウライター)たちの殺害があとを断たない。市場(バザール)にならべるだけの品物を持たない人々、果樹園や水田(サワア)地帯の農園で下働きをするだけの力がない老人たちは、学園の中心部をうろつきまわり、教師や上級職員(ガウライター)たち、あるいはもっと頻繁に男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)たちのまわりをうろつき、物乞いをしてまわる。じゃこう草や花薄荷(オリガン)、迷迭香(マンネンロウ)、目箒(メボウキ)、月桂樹、ラヴェンダー、楊梅(ヤマモモ)などの蔭でこっそりと性急な楽しみに耽る男子生徒と女子生徒は、あるいは恐怖や驚きから、あるいは放心状態や夢見心地のせいで、ついついあり金を全部恵んでしまう。まったく彼ら地の民(アムハ アレツ)は評議会の悩みのたねだ。
 彼女たち、いや、もはや性を失ったかつての彼女たちは、警備隊のあとを影のように進む。三人の少年たちに十人の老婆(カストラトリス )。終わってしまった女(カストラトリス)たちは物乞いをしない。魔神ラーヴァナに恩恵をあたえるシヴァの像の前で、庭園に横たわる瘤牛(ゼブウ)の傍らで、毒かじき、電気魚(プラケ)などが棲む川のほとりで束の間の楽しみを追い求める男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)たちの傍らを黙々と過ぎ、迷迭香(マンネンロウ)、ラヴェンダー、花薄荷(オリガン)の茂みにひっかかっているスカートや靴下や下着をひろい集めていく。慌て者の男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)が忘れていった小さな布きれが老婆(カストラトリス )たちの篭の中で山をなし、一三八〇人の警備隊員につきまとって歩く七〇〇〇人の老婆たちが集めたスカートや靴下や下着類は七つの池と十四の川で洗われ、水田(サワア)地帯の周囲に干され、やがて市場(バザール)にならぶことになる。男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)は自分たちの下着を買い戻したりはしない。下着は外から流れこんできた連中、南校舎の屋上からはるか遠くに見える高速道路の下からきた連中、色とりどりのネオンがびっしり敷きつめられた夜の市街地からきた連中、タキシードやイヴニングドレスに身を包んだ中年男や年増女たちが買っていく。まったく地の民(アムハ アレツ)どもは自治評議会議長の悩みのたねだ。           

            ★

「あなた少しは寝た?」
「それはぼくがいうセリフだろう」
「あなたのことを心配してるのよ」
「ぼくは知ってるぜ。きみは一睡もしてないんだ」
「尋問がまだ残ってるのよ。インタビューもあるし」

 今朝、というよりきのうの明け方、ちょっとした事件があったおかげで彼女は眠ることができなかった。事件は毎日のようにあるし、それをすべて調査するわけにもいかないことはわかっているのに、彼女は予審に足をつっこんでしまった。おとといの夜から彼女は来年度の上級職員(ガウライター)たちの給与改善と人事異動の下準備に追われていた。水田(サワア)所有制度の改革、つまり個人占有水田(サワア ミリク )から共同占有水田(サワア・ゴゴラ ン )への転換や村落共同体(デ サ )制度の改良、畑地(ラダン)のための土地開墾、十五年前から懸案になっている、学園の農民たちに対する強制夫役労働(ヘーレンディンスト)の廃止問題など、彼女の仕事はほかにもごまんとある。にもかかわらず彼女は、被害者が自分のクラスメイトだという理由だけで、自ら現場に駆けつけた。空が完全に明るくならないうちに園長と警察署長を書記長室に呼びつけ、対策を話し合った。
 先程ぼくはその一部始終をモニターで見ていた。園長と警察署長が帰ったあと、すぐにインターフォンで彼女を呼び出し、少し眠るようにいったのだが、彼女は寝ようとしなかった。引きつづき、五人囃(クインテット)と渾名される彼女の副官(カイテル)たちと会議がはじまり、そのあいだもひっきりなしに上級職員(ガウライター)たちが面談に訪れ、評議会の委員たちの問い合わせがあり、下級職員たちが果樹園でとれたマンゴー、パパイヤ、トカリ、パマ、カジューなどを持ち込んできた。彼らは争って優子に果物を食べさせようとしたが、彼女は頑なに食べようとしなかった。
 カフェテリアの下級職員たちは来年度のメニューを認可してもらおうと、料理を山ほど持ってきた。ガリーニャ・エン・モーリョ・パルドと呼ばれる鶏のブラウンソース煮、ミルクをかけたとうもろこし(シャ・デ・ブーロ)、饐えたクリーム・チーズの蜂蜜かけ(ババ・デ・モサ)、米とレンズ豆の煮たも(キ チ ュ リ ー)の、ゆで玉子入りシチュー(ディメル・タク)といった新しい料理は彼女を強烈な臭いで気絶させそうになった。彼女はどれにも手をつけず、下級職員、地の民(アムハ アレツ)専用のカフェテリアに限ってこれらのメニューを許可した。

「あなたこそ眠るべきなのよ」
「ぼくは眠らない」
「あなたは学園になくてはならないひとなのよ」
「ぼくが眠ると夜になってしまう」
「もうとっくに真夜中なのに」
「ぼくが見張りをつづけなかったら、学園は意識不明になる」
「あなたが学園だから?」
「学園は自由を愛し、ぼくもまた自由を愛する。ぼくは学園だ」
「みんなあなたを何て呼んでるか知ってる?」
「学園の夜警番(ヴィギリウス・スコラリス)」
「何でも知ってるのね」
「学園に起こっていることでぼくが知らないことはない」
「最近、鏡を御覧になった?」
「忙しくてね」
「自分以外のものなら何でも見てるのに」

 彼女はバルコニーのある大きな窓に背を向け、麒麟の浮彫りがしてある古い机にむかって、きょう学園で起こった、教師による女子生徒(ドウズ)の強姦事件、上級生による下級生の強姦事件、上級職員(ガウライター)による女子生徒(ドウズ)の強姦事件など、一連の起訴状に目を通している。評議会は迅速な審理をモットーにしている。評議会書記局は迅速な審理を遂行する。優子は歴代の書記長の中でもっとも優れた実務家だとMAMIACは評価している。MANIACが彼女を評価しているということは、つまりぼくが評価しているということだ。
 彼女は髪をぞんざいに後ろで束ね、いつもおきまりの服装、淡いクリーム色のブラウスに黒のタイト・スカートで身を包み、化粧っ気のない顔からいっさいの表情を消し、書類に目を通しながら、五人囃(クインテット)に次から次へと指示を与えていく。丸みをおびた額にかすかな皺が寄る。それは書類の中に不備な点を見つけた証拠だ。机の前に整列し、メモ用紙と鉛筆を手にした五人囃(クインテット)がいっせいに緊張する。しかし彼女は右手で額のあたりをおさえ、ため息をつき、小さく首を振り、黙ってページをめくる。いまのは違った。書類に誤りがあったわけじゃない。彼女はちょっと思い出しただけだ。五人囃(クインテット)も彼女が何を思い出したのか知っている。昼間の混乱した執務の中のほんの些細なできごとだった。それはMANIACにも記憶されている。映像と音声と文章で。
 彼女は午後二時三十五分に第一六八号舎の七二番教室にいた。そこでは地質学の授業をやっていたのだが、ちょっとした事件のために中断されていた。廊下と二カ所の入り口は親衛隊(シュッツシュタッフェル)の第五部にあたる刑事警察(ク リ ポ)が固めていた。黒いコートを着た目付きの鋭い連中だ。教室では生徒たちが、ひそひそ話をしたり、笑ったり、あくびをしたりしていた。教壇の端に禿頭の教師がズボンと下着を膝のあたりまでおろした恰好で立っていた。その傍らには何も着ていない女子生徒(ドウ)がいた。彼女はさっきまで泣きじゃくっていたので、眼が充血していて、眼の下は少し黒ずんでいた。優子は五人囃(クインテット)を従えてはいってくると、教卓の椅子に腰掛け、事務的な尋問をおこなった。記録部員たちがハンディー・カメラとマイクを持って教師と少女をはさみこむように構えていたが、これはMANIACに記録させるためだった。
「で⋯⋯?」と優子がいった。
「だから何度もいったとおり」と女子生徒がいった「わたしは少しも厭じゃなかったんです」
「で⋯⋯?」と優子がいった。
「だからおれは」と禿頭がいった「おれはちょっとからかっただけなんだよ」
「で⋯⋯?」
 彼らの証言によれば、授業中この女子生徒はしつこく友達に話しかけていた。教師が再三注意したにもかかわらず、彼女は私語をつつしまなかった。左隣の女子生徒(ドウ)が知らん顔をすると、右隣の女子生徒(ドウ)に話しかけた。まわりがだれも相手にしないので、彼女はうしろの席にいた男子生徒(バック)の手をとって、自分の胸の中につっこんだ。男子生徒(バック)が悲鳴をあげたので、教師は彼女を教壇に呼び、自分の膝の上に腹ばいに寝かせて、いくつかの質問を浴びせた。−−−珪藻土の主成分はなにか? 何に使われるのか? ジュラ紀の地層に多く見られる化石はなにか?⋯⋯女子生徒(ドウ)はひとつも答えることができず、質問のあとに沈黙が繰り返されるたびに、教師の手は彼女の地層を一枚ずつ剥いでいき(MANIACの記録はこういういい方をしている)、ついに彼女の地殻を根底から掘り返し、地殻収縮説を実証し、教師と女子生徒の口から歓喜の呻き声をあげさせた。
「うしろからね」と教師がにやにや笑いながら評議会書記長にいった「よかったぜ、すごく⋯⋯」
「わたしは少しも厭じゃなかったんです」と女子生徒(ドウ)がいった「何度もいったとおり⋯⋯先生はすごく上手だったし、わたしも経験は多い方ですから」
「それはもう記録されました」冷淡に優子がいった「起訴状が作成されるとすれば、それは記載されるでしょう」
「起訴されるんですか?」教師が憤慨しながらいった「そりゃあんた、めちゃくちゃだ。たかがこんなことで」
「彼がかわいそうだわ」女子生徒(ドウ)が教師の左肩に手をおきながらいった「彼は悪くないのに」
「それはMANIACが判断することです」と優子がいった。
「なんならもういっぺん再現してみましょうかね?」と教師がむきになっていった「事実を見てもらえばわかりますよ」
 彼はさっきから右手で自分のペニスをゆっくりしごきたてていて、それはすでに勃起して赤黒く光っていて、優子を威嚇するようにつきだされていた。
「おれは覚えてるぜ、書記長さん」彼は笑いながらつづけた「二年前、あんたはおれの講義を受けてたっけ。髪をおさげにして、頬っぺたがリンゴみたいに赤くて可愛かったな。おれは何度も口実をつくって教壇に呼んだけど、あんたはおれの質問に全部答えたばかりか、逆に質問を浴びせておれを面喰らわせたなあ。おれはやむをえずズボンをおろして正直にこいつを⋯⋯今みたいに赤く固くなってるのを見せて、頼むからいっぺんだけやらせてくれっていったんだ。あんたは黙っておれを睨みつけていたが、そのうち震えだして卒倒しちまったっけ。おれは信じられない気持ちだったが、あんたはほんとに初だったんだなあ。学園にはまったくめずらしく⋯⋯その後はどうだい? 評議会で出世してるって話はきいたけど、まさかこんなかたちで会おうとは⋯⋯男の方はどうだい? 見たところかなり修業を積んだみたいだが⋯⋯議長とずいぶんねんごろだって噂だけど⋯⋯それから、あの鴫沢寛と⋯⋯? まったく女は男を知ると変わるっていう⋯⋯」         
 教師は言葉をつまらせた。彼女が、書記長が気絶してしまったので。彼女は五人囃(クインテット)と何人かの刑事警察(ク リ ポ)委員に抱きかかえられて教室を出た。禿頭の教師は強姦容疑ではなく、書記長に対する暴言の罪で起訴されることになった。たぶん判決は強姦罪より重くなるだろう。MANIACは書記長に対する侮辱を許さない。つまりぼくは彼女に対する侮辱を許さない。彼女は汚されてはならない、たとえ言葉のうえだけでも、想像の世界でも⋯⋯


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