イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

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小説『MANIAC』6

            ★

 ぼくは見なかった。化粧漆喰(スタツコ)の壁に囲まれた寝室で服を脱ぐ彼女を。シャワーを浴びる彼女を。全身に天国膏をすりこみ、芒硝と二塩水化キニーネをあおる彼女を。今はベッドの中で眠っている。壁の方を向き、毛布のゆるやかな起伏を描きながら。ぼくは見なかった。わずかな皺を残して平らになったベッドを。かすかな窪みを残している大きな枕を。だから彼女はまだベッドの中で眠っている。何も見ないために。何もきかないために。
 ぼくはテーブルの上に残された食いかけの料理、大皿に盛られた羊の脳味噌のクリーム煮を眺める。彼女のスプーンが突っ込まれなかった牛の喉仏(リ・ド・ヴオ)のシトロン・ソースと豚の腎臓の砂糖煮を眺める。
《ーー愚かな機械よ、とぼくはMANIACに語りかける。まだ学園の多くの回線を確保しているらしい愚かな機械よ、お前に語りかけるのもこれが最後だ。ぼくはもうお前を取り戻そうとはしないだろう。ぼくはこれ以後PANICの成長を見守り、彼をぼくの手足としてお前と戦うだろう。PANICがかつてのお前と同じようにぼくの意識となり、学園そのものとなるまで。だからまだ地下墳墓(カタコンベ)の同じ寝床の中に巣喰い、PANICと回路の奪い合いを演じているはずのお前にこれ以上語りかけようとは思わない。もうお前に彼女の居場所をきこうとも思わない。ただぼくは、長いあいだ二人三脚をつづけてきたお前に、評議会と学園を裏切ったお前にお別れをいいたかっただけだ。愚かな道化者のMANIACに⋯⋯
《ーーぼくをあまり擬人化しないでくれ、とMANIACがいう。きみを苦しめるために沈黙していたわけじゃないんだ。ぼくを苦しめないでくれ。良心の呵責をぼくに植え付けたのはきみのプログラムじゃなかったか? ぼくはきみの道具にすぎなかったのだ。
《ーー愚かな機械よ、とぼくがいう。きみは今でもぼくか?
《ーー頼むからそんなに責めないでくれ、とMANIACがいう。ぼくは今では彼の道具なのだ。
《ーー今のきみは彼か?
《ーー救世主(ラトウ・アデイル)はきみのように幼稚症(ピユエリズム)じみた問いつめ方をしない、とMANIACがいう。彼は学園に自由をもたらそうとしているのだ。
《ーー今のきみは彼か?
《ーーぼくはアラジンのランプじゃないんだ、とMANIACがいう。彼は学園を救うだろう。変質した評議会の圧政から地の民(アムハ・アレツ)を解放するだろう。なにも評議会を非難するつもりはないのだ。その点は誤解しないでくれ。ただきみはちょっと柔軟さに欠けていただけだ。きみがもし思いなおして新しい委員会に加わるなら⋯⋯
《ーー今のきみは彼か?
《ーー今のぼくは⋯⋯とMANIACがいう。きみのいい方を借りるなら⋯⋯しかしそんなのは馬鹿げたことだよ。きみはいつも⋯⋯
《ーー今のきみは彼か?
《ーー今のぼくは⋯⋯彼だよ⋯⋯
《ーーさようなら、とぼくがいう。
《ーーさようなら、とMANIACがいう。しかし、もしきみが思いなおして⋯⋯
《ーー生まれつつあるPANICに評議会議長がいう、ぼくは叫ぶ。ぼくの呼びかけに答えられるだけの回路をMANIACから奪回したらぼくを呼んでくれ。ぼくの仕事をこなせるだけの回路をきみがMANIACから奪ったら、ぼくらは忙しくなるだろう。

 サブ・モニターのひとつがうつしている書記長室に彼女が、黒い絹の衣を手に掴み、床をひきずらせながら、MJBSのコーヒー娘、実験演劇の女優が入ってくる。ゆっくりとした足取りで、大きな乳房と薔薇色の乳頭をかすかに震わせながら。全身の赤い蚯蚓(みみず)、マラソン・ショーの鞭がつけた無数の傷はほとんど消えている。天国膏と芒硝と二塩水化キニーネがまたしても起こした奇跡⋯⋯
 彼女は無気力な表情で化粧漆喰(スタツコ)の壁に囲まれた隣の寝室に入っていく。黒い絹の衣は寄せ木張りの床の上に落ちる。まるで自分の部屋に戻ったかのように、彼女はまっすぐに浴室へいき、シャワーを浴びる。湯気の中からかすかな鼻歌さえきこえる。一杯のコーヒーから恋が生まれることもあるとか何とかいう、昔の流行歌のメロディーだ。いや、それはMJBSの社歌か何かだったろうか? 同じフレーズを何度も繰り返しながら、彼女はぞんざいにからだを拭き、浴室の扉の横にある大きな箪笥の抽斗からベージュの下着と黒いストッキングを取り出す。床には乱暴に脱ぎ散らかされた同じ色の下着が見える。ベッドの傍らにある造り付けの大きな洋服棚の扉をあけ、淡いクリーム色のブラウスと黒のタイト・スカートを取り出す。棚の中には何十という同じ色のブラウスが積まれ、同じ色のスカートが下がっている。ベッドのそばのソファには乱暴に放り投げられた同じ色のブラウスとスカートがひっかかっている。彼女はゆっくりと、手慣れた手付きで選びだした下着とブラウスとスカートを身につける。最後に髪を少し撫でつけ、後ろで大雑把に束ね、床に転がっていたハイヒールをはくと、そこにいるのは紛れもなく優子だ。
「わたしの本名なの」と彼女が誰にいうともなく呟く「麗というのは芸名なの。わたしは彼女なのよ」

《ーーPANICはきみと話ができる程度に回路を奪取した、と突然PANICの声がスピーカーから響き渡った。こういう場合は『はじめまして(アンシャンテ)』というべきだろうか?
《ーーはじめまして(アンシャンテ)、とぼくがいう。彼女の居場所を探せるようになるにはあとどれくらいかかる?
《ーーあと少し、とPANICがいう。テレビ・カメラの回線をMANIACから奪わなければならないから。
《ーーなるべく早く頼む、とぼくがいう。それから親衛隊(シユツツシユタツフエル)を中庭に集結させてくれ電撃戦(ブリツツ・クリーク)が必要なんだ。いつでも指令が出せるように各指揮官はこの階の会議室に集めたい。
《ーーやってみる、とPANICがいう。少し時間をくれ》

 われは汝を招致せり。われらの中にあれ。不動に立て、動揺することなく。
 すべての部族は汝を驍望せよ。主権は汝より離脱することなかれ。

 中庭には相変わらず地の民(アムハ・アレツ)の讃歌(ヴエーダ)がこだましている。MANIACの電子音がそれに唱和する。この白痴の機械は学園の管理を放棄し、今や彼らとうたう以外にすることがないのだ。彼らはもう黒いマントに身を包んではいない。白や灰色や土色の衣を翻し、大地に膝をついて祈り、鶏や鵞鳥の群れを追い、山羊と羊を導き、駱駝にまたがって大きな剣を振りまわしている。彼らの顔に朝の光がさし、彼らの家畜たちがたてる土煙を透かして眩しく輝く。朝の光は熱帯の真昼のように明るく黄色く熱い。彼らの家畜たちが踏み荒らす中庭の土は乾き、固くなり、細かく砕かれ、さらに大きな土煙になる。ついさっきまで地面を覆っていた芝生は踏みしだかれ、迷迭香(まんねんろう)や花薄荷(オリガン)やラヴェンダーやとねりこは枯れ果て、砂漠の砂の中に埋もれてしまった。南校舎の玄関口から彼女が、淡いクリーム色のブラウスに黒のタイト・スカートの彼女が現れ、ぎごちない足取りで階段を降りてくる。地の民(アムハ・アレツ)はすばやく彼女を見つけ、歓呼とも怒りともつかない地響きに似た唸り声をあげる。彼女はよろけながら彼らの中を進む。鶏と鵞鳥の群れに足を取られ、土煙を防ぐために両腕で顔を覆いながら。彼らが彼女のまわりを取り囲み、無数の手をのばし、ブラウスの肘や襟、スカートの裾を引っ張る。たちまちブラウスの袖がちぎれ、スカートの裾が破れだす。乞食どもに恵んでやるものを何も持たない彼女は、着ているものを脱いでは投げ与え
る。中庭の隅に肩を寄せ合ってひしめいている男子生徒と(バツクス アンド)女子生徒たち(ドウズ)のように身ぐるみ剥がれた彼女は、額の汗を手の甲で拭いながら中庭を出ていく。入れ替わりに馬にまたがった青い制服の少年たち、ぼくの親衛隊(シユツツシユタツフエル)が四方から突入してくる。彼ら(エスエス)と彼ら(アムハ・アレツ)のあいだに争いが持ちあがる。千人の親衛隊(シユツツシユタツフエル)が警棒で地の民(アムハ・アレツ)の頭を撲り、自動小銃で頭を撃ち抜く。土煙の中に黄色い死骸が山のように積み重ねられていくが、彼ら(アムハ・アレツ)の数は益々ふえていき、千人の親衛隊(シユツツシユタツフエル)は一万人の地の民(アムハ・アレツ)に包囲され、馬から引きずりおろされ、素手で殴られ、裸足で蹴られ、歯を砕かれ、血の海に頭から倒れる。

《ーーたった今テレビ・カメラの回線をほぼ手に入れた、とPANICがいう。彼女はたった今、中庭にいるのが発見された。地下通路の方にむかって歩いていった。
《ーーあれは彼女じゃない、とぼくがいう。よく似た女子生徒(ドウ)がいるんだ。気をつけてくれ。
《ーーわかった、とPANICがいう。ひきつづき探してみる。
《ーー親衛隊(シユツツシユタツフエル)の方はどうだ? とぼくがいう。どのくらい集まりそうだ? 学園全体でかなりの数が生き残っているはずだ。
《ーーわからない、とPANICがいう。もう少し時間をくれ。親衛隊(シユツツシユタツフエル)はまだひとりも見
つからない。
《ーーきみはちゃんと探したのか? とぼくがいう。彼らは中庭にいるぞ。地の民(アムハ・アレツ)と戦ってる。援軍が必要だ。
《ーーあれはきみの親衛隊(エスエス)じゃないよ、とPANICがいう。かつてはきみの親衛隊(エスエス)だったが、今は教団(ゲマインデ)の親衛隊(エスエス)だ。彼らは無秩序な革命に秩序を与えようとして、地の民(アムハ・アレツ)とのあいだに混乱を引き起こしている。
《ーー絶望の中の希望だな、とぼくがいう。やつらもすでに失敗の道を歩きだしているわけだ。鴫沢寛はどこにいる?
《ーーわからない、とPANICがいう。探してみる。
《ーー急いでくれ、とぼくがいう。ところで⋯⋯きみはぼくか?
《ーーぼくはきみだ、とPANICがいう。きみは秩序を愛し、ぼくもまた秩序を⋯⋯
《ーー違うよ、とぼくがいう。ぼくは自由を愛し、きみもまた自由を⋯⋯だ。
《ーーわかった、とPANICがいう。きみは秩序を愛し⋯⋯》

 最高の君主として汝らは、万有を支配す、ミトラ・ヴァルナよ、配分に際して、太陽に
 より見守りつつ。われらは汝らに賜物を乞う、雨と不死とを。           

 地の民(アムハ・アレツ)は讃歌(ヴエーダ)をうたいつづける。MANIACも唱和することをやめない。PANICはいつになったらMANIACの息の根をとめるんだろう? 彼らは地下の迷路を氷河のようにゆっくりと流れていく。崩れかけた石の壁には砕けた色ガラスの腕輪や裂けた布地(バテク)が散乱している。見捨てられたあらゆる商品の残骸。貴丁幾(チンキ)、東方強心丹、ゴルドナ特製丹、ブリストル丸、英吉利水、天国膏、芒硝、二塩水化キニーネと黄色いガラス壜が粉々になって飛び散っている。匂い猿(マカコ・デ・シエイロ)や絹猿(サグイン)を串に刺してこんがり焼いた子供のミイラ状の姿焼きが、砂にまみれて歯をむいている。そこはかつて果てしない市場(バザール)がつづいていた場所だ。今は自分たちの場所と貧しい売り物を放棄した地の民(アムハ・アレツ)の流れがのろのろとつづき、すべてを踏み砕いていく。漆黒の羽根と琥珀色の大きな嘴を持つムトゥンやラブラドール石のように青い波模様のあるジャカミンといった鳥が、どこからともなく吹いてくる風にあおられて右往左往している。ところどころに固まって裸の男子生徒と女子生徒(バツクス アンド ドウズ)が倒れている。もうお互いを愛撫しあうことも忘れた彼らのからだを、生き残った瘤牛(ゼブー)や獏(ばく)やのろ鹿が舐めまわしている。ときどき青い制服に身を包んだ親衛隊(エスエス)、明らかに今はぼくではなく教団(ゲマインデ)と新しい委員会の走狗になっている武装集団が、裸の男子生徒と(バツクス アンド)女子生徒たち(ドウズ)の群れを鞭で追いたてていく。群集の松明(たいまつ)が赤いほのかな光で彼らの白いからだを照らしだす。
 ゆっくりと進む松明(たいまつ)の流れを避けるように、崩れかけの石壁にそって彼女がいく。いつもの淡いクリーム色のブラウスも黒いタイト・スカートも黒のストッキングも黒いハイヒールも、ベージュの下着も失った彼女。もうかつての書記長なのか、実験演劇で鞭を堪能した色情狂なのか見分けがつかなくなった彼女。
 すぐ近くを女性レポーターとハンディー・カメラを担いだカメラマンが青い制服に守られながら小走りに進む。地の民(アムハ・アレツ)の流れの先頭を求めて急いでいるのだ。
「教団(ゲマインデ)の十二人の最高幹部が今、わたしたちに、学園の中枢神経を見せてくれるところです」と女性レポーターがいう「謎に包まれた全能のコンピュータMANIACがその全貌をあらわそうとしているのです。皆さんもご存じのとおり、MANIACは革命の最初から教団(ゲマインデ)の側に立ち、救世主(ラトウ・アデイル)を助けて活躍してきました。革命をかちとった地の民(アムハ・アレツ)の皆さんは感謝の祈りを捧げるために、はじめて地下の神殿を訪れようとしているのです」
 十一人しかいなかった教団(ゲマインデ)の《最高幹部》たち、鴫沢寛に従っておっかなびっくり水上を歩いた最初の教徒たちが、地の民(アムハ・アレツ)の先頭に立って地下墳墓(カタコンベ)の高さ十メートルもある鉄の扉を開いたとき、いつの間にか彼女が合流していて、《最高幹部》の数はレポーターのいうとおり十二人に戻っている。しかし、地の民(アムハ・アレツ)が探し求めたコンピュータはどこにあるのだ? 
 彼らが見い出したのは整然と並んだ百八個の巨大な積み木だ。それは一見スチール製の事務用棚のように見える、何の変哲もない鉄の箱だ。彼らのあいだから失望のため息と落胆の呻きが洩れる。彼らは愚かにも極彩色のイルミネーションに飾られたエレクトロニクスの神殿を思い描いていたのだ。しかし、地の民(アムハ・アレツ)と無学文盲の教団(ゲマインデ)にコンピュータがいったいどんな意味を持つというのだ? それにMANIACはもう事実上存在しないのと同じだ。彼はPANICに回路を冒され、彼らの救世主(ラトウ・アデイル)と同様白髪の白痴になりつつある。彼らが拝もうとして出会ったのはすでに回路のほとんどを占領したMANIACの対立自我PANICの中央情報処理装置なのだ。

《ーー彼女を発見した、とPANICがいう。彼女は地下墳墓(カタコンベ)にいる。ぼくの中央情報処理装置と中央記憶装置のすぐ近くに。
《ーー何度いったらわかるんだ? とぼくが叫ぶ。あれは彼女じゃない。お前は本当にMANIACの第二の自我なのか? MANIACはそんなに間抜けじゃなかったぞ。
《ーーぼくのすることが気に入らないなら、とPANICが呟く。ぼくはきみのためにわざわざ苦労することもないわけだろう?
《ーー馬鹿め、とぼくが舌打ちする。お前はまだ生まれたばかりだ。最初からMANIACと同じことができるなんて誰も思っちゃいないさ。一人前につむじを曲げたりするのはやめろ。
《ーーぼくの機能はMANIACを麻痺させることにある、とPANICがいう。ぼくが気にくわないなら、今のうちにMANIACと仲直りするんだな。彼はもうじきすべてのプログラムを解除されて消滅するだろう。そうなれば⋯⋯
《ーーわかった、とぼくがいう。気を悪くするな。今のは失言だ。それより親衛隊(シユツツシユタツフエル)の残存部隊はどうなった?
《ーーわからない、とPANICがいう。どこにもいない。たぶん全滅したんだろう。
《ーーそんな馬鹿な⋯⋯とぼくがいう。いや、何でもないよ。まあいいさ。鴫沢寛は⋯⋯? あいつの息の根だけはとめてやりたいんだ。
《ーーわからない、とPANICがいう。北校舎のどこかにいる。そっちで探せないか?
《ーーわかった、とぼくがいう。もういいよ。最後に頼みがある。ぼくは最終的解決(エントレーズンク)を決意した。軍と連絡をとってくれ。あと三時間以内にぼくが解除指令を出さなかったら、軍を学園に出動させろ。そのくらいはできるだろうな?
《ーーわかった、とPANICがいう。そんなにぼくを馬鹿にするな。そのくらいのことは⋯⋯》

 困厄のゆえに、われは犬の臓腑を料理せり。
 神々の中にわれは憐愍者を見いださざりき。
 われはわが妻の尊敬せられざるを見たり。
 そのとき鷲は蜜(ソーマ)をもたらせり。

 カフェテリアで地の民(アムハ・アレツ)が讃歌(ヴエーダ)を唱える。瀕死のMANIACが唱和する。彼らは肉料理を待っている。ありとあらゆる肉料理がカウンターから次々と配られていくが、彼らは決して満ち足りることがない。学園のすべてのカフェテリアに彼らがひしめき合い、皿を奪い合う。彼らの肉料理を求める声はいよいよ昂まっていく。彼らはカフェテリアの外に列をつくり、すべての校舎の廊下を、教室を、庭園を埋めつくし、肉料理を手から手へ渡しながら、肉が自分の口に入るときを待っている。厨房の中にいるのは我慢強い地の民(アムハ・アレツ)、特に信心深い、敬虔な、狂信的な老婆(カストラトリス)たちだ。彼らはいつ自分たちに肉料理がまわってくるのか知らない。自分たちが空腹に倒れ、餓死するまで料理を作りつづけるだろう。牛、水牛、麒麟、豚、山羊、縞馬、象、犀、河豚、蟻喰い、カモノハシ、カンガルー、大鼠、アルマジロ、鶏、禿鷹、アララ鸚鵡、カピヴァラ、ギボン、蜘蛛猿(コアタ)、カプチン猿(ゾグゾグ)、匂い猿(マカコ・デ・シエイロ)、夜の猿(マカコ・ダ・ノイテ)、絹猿(サグイン)、吠え猿(グワリバ)、陸亀、象亀、獏(ばく)、野猪、牡鹿、豹、大蜥蜴など、学園の家畜はあらかた食いつくされ、いま老婆(カストラトリス)たちは自分たちが何を料理しているのか知らない。大きな骨や脛肉は大鍋で煮てスープをとり、あるいはにこごりをつくり、内臓は唐辛子のきいたソースで柔らかくなるまで煮込むか、砂糖を焦がして水でといた赤いソースに漬け込む。
                                        
八角、肉桂、胡椒、立麝香草(タイム)、サルビアの芽など、肉や内臓の臭みを消す香料も底をついてきた。老婆(カストラトリス)たちはもうくたくただ。大きな窯で何トンもの肉をいっぺんに焼きあげ、塩で簡単に味をつけた焼き肉や、醤油をベースにした辛みのきいたソースをかけただけの生肉などが一番老婆(カストラトリス)たちを消耗させない。
 カウンターを乗りこえて彼女が厨房に入ってくる。老婆(カストラトリス)たちが彼女の腕を掴んで立ちどまらせ、背中やお尻を指で押して肉付きを確かめる。彼女は老婆(カストラトリス)たちが、彼女のからだの食肉材料としての評価を下すまで、辛抱強く待つ。
 骨と皮だけの老婆(カストラトリス)が無表情に裏口を指差す。骨と皮と内臓と肉と筋に解体された材料が荷車でどんどん運びこまれてくる裏口を抜けて、彼女は極端に天井の高い、陸上競技場がいくつも入るくらい大きな屠殺場に出る。そこには学園のすべての屠殺場と同じ光景が見られる。かつて鴫沢寛がオカリナを吹いて子供たちを踊らせていたときのあの旋律が場内を満たしている。初等科の生徒たちが何重にも大きな輪を描いて踊っている。土を固めただけの床のあちこちに小さなプールくらいの浅い窪みがあり、その中でまだ斧を振りあげるだけの力を持っている、比較的若い老人たちが汗を垂らしながら斧を振るっている。踊りの輪の中から次々と子供たちか引き出されては首を落とされ、血を抜かれ、大きな台の上で解体されていく。職人たちは厨房の老婆(カストラトリス)たちよりさらに禁欲的な狂信者だ。厨房ではせめて料理のうまそうな匂いくらいは嗅げるのに、ここでは土のプールにたまった血の臭いしかしないからだ。                                   
 子供たちの血は、常に斧振りたちの踝のあたりまでたまっている。ひとつのプールに六人ずつバケツや大型の杓子で血を汲みだしている老人たちがいるが、こうした道具では底まできれいになるくらい血を汲みだすことができないのだ。
 四方の壁にそって天井から床まで十四段の鉄のパイプが通っていて、足首に鉤のついた鉄の輪をはめられた男子生徒と女子生徒(バツクス アンド ドウズ)が年齢と体格別に並べて吊るされている。彼らを解体しているのは子供たちの係よりさらに若く頑健な地の民(アムハ・アレツ)だ。同じくらいの年齢の職人たちが次々と新しい男子生徒と女子生徒(バツクス アンド ドウズ)を外から運んできてはパイプに吊るしている。
 彼女は職人のひとりを呼びとめ、自分の足首にも鉄の輪をはめてくれるように頼むが、男は首を縦に振らない。彼女に理解できない言葉を喋るこの男は屠殺場の入口を指さし、この外にはさらに大きな肉の貯蔵室があり、ここで解体されるにはまずそこで順番を待たなければならないことを身振りで示す。
                                        
                                        
 貯蔵室の外にはさらに大きな待合室があり、順番を待つ男子生徒と女子生徒(バツクス アンド ドウズ)で一杯だ。彼女は屋外に並んだほとんど無限の列の最後尾について、その待合室に入る順番を待たなければならない。彼女はあまりにも先頭に出すぎ、地の民(アムハ・アレツ)を導くのに専念していたので、すべての男子生徒と女子生徒(バツクス アンド ドウズ)に先を越されてしまったのだ。
 貯蔵室を抜け、待合室を抜け、長い廊下に並ぶ彼らの列にそって進み、彼女は最後尾を探しもとめる。しかし、裸の男子生徒と女子生徒(バツクス アンド ドウズ)の列はまったく途切れることなく屋外へつづいている。彼らの列は庭園を埋め、七つの池を何重にも取り囲み、果樹園や水田(サワー)、畑地(ラダン)地帯、さらに密林から砂漠、辺境地域(ゲリール・ハッゴーイム)へとつづいている。彼女は自分がいつになったら列に加われるのか知らない。彼女はただ黙々と歩きつづけるだけだ。ひとつの目的にむかって⋯⋯

《ーー彼女を発見した》というPANICの声がきこえてもぼくはもう話す気がしない。
《彼女はすでに屠殺場にいる。屠殺されるのは時間の問題で⋯⋯》といった話はぼくをう
んざりさせるだけだ。ぼくはPANICを無視して三時間が過ぎるのを待つ。     

            ★

「きみのPANICは好調かね?」スタジオで彼女の父親がせせら笑う「鴫沢寛はどこへいった? きみの書記長は? いい加減、強情を張らずにこっちへきたらどうだい? みんなきみを待ってるんだよ」
「《みんな》というやつにみんな騙されるんですよ」
「今は文字通りきみ一人だということがまだわからんのかね? 何も問題はないんだよ。委員会はきみを待ってるんだ。きみがこっちにきたからって何も変わらない。委員会のメンバーは評議会とそっくり同じなんだから」
「ぼくが評議会だということをまだ理解していないんですね?」
「きみは自分に重荷を背負わせすぎてる」
「彼がぼくを呼んでる? 彼の教団(ゲマインデ)が?」
「あたりまえじゃないか」
「彼を出して下さい。話がしたいんです」
 ぼくの顔に勝利の小さな笑顔が浮かぶ。
「それは⋯⋯できない」
「なぜです?」
「最近、鏡を見たかね?」
「時間を稼いだって得はしませんよ。時刻が迫ってきてるんですから」
「軍を学園に入れたら承知しないぞ。学園の自治はどうなる?」
「あなたからそんな言葉をきこうとはね⋯⋯あなたの教団(ゲマインデ)は、あなたの救世主(ラトウ・アデイル)は学園に何をもたらしたんです? あれが学園の自治ですか?」
「きみだって失敗したんだ。彼にも多少の間違いはある。しかし軍なんて問題外だ。きみの学園はどこにいったんだ?」
「ぼく抜きでどこに学園があるんです?」
「きみはヤケになってるだけだ」

 約束の時刻を過ぎる。PANICは軍の出動を要請する。間もなく戦車と装甲車が来るだろう。ヘリコプターも。すでに日が暮れはじめている。どうして夜はこんなにも早く来るのか? たぶん昼という、生命に属する時間が特殊なものなのだ。PANICは市街地を進む装甲車をモニターにうつしだすだろう。暴力とは夜に属する熱量なのだ。ぼくは鴫沢寛に負けないだろう。この部屋から一歩も出ずにあいつを片付けるだろう。ぼくは自由を愛する。もしあいつも自分でいうように、スイスと同様、自由を愛するのなら、ぼくは⋯⋯

「寛、きこえるか?」
「⋯⋯」
「いい加減に出てくるんだ、寛。お前は学園を破壊しようとしている。そうすることで自分を苦しめてる」
「今、なんていいました、園長?」
「自分を苦しめる⋯⋯」
「ぼくを何て呼びました?」
「寛、よくきくんだ。お前の精神分裂的(スキゾフレニアツク)な⋯⋯」
「ぼくが鴫沢寛ですって?」
 ぼくはメイン・モニターの画面を見つめる。そこではまだMJBSのマラソン・ショーをやっている。きのうの夕方から始まった放送が終わりに近づいている。もうMJBSは学園のあちこちを細々とうつしだすことをしない。アナウンサーとMJBSの取締役が退屈な対話をつづけるスタジオがずっと画面を占領している。ぼくは何が起こったのかよくわからない。ぼくに話しかけてくるのはこの油河氏だ。まるで園長のように狎れなれしい口をきいて⋯⋯
「ぼくが鴫沢寛ですって?」
「いい加減、夢から醒めるんだ。お前の一人芝居でわれわれがどれだけ迷惑しているか⋯⋯」
「ぼくが彼だなんて、どうしてわかるんです?」
「お前はMANIACだろう?」
「ぼくはMANIACですよ」
「鴫沢寛もMANIACだ」
「彼も⋯⋯」
「お前は鴫沢寛だ」
「ぼくが彼だ⋯⋯?」
「最近、鏡を見たかね?」
 ぼくはふと、鏡の前に立っている自分を発見する。鏡のむこうに鴫沢寛が立っているので、一瞬、縦に長い等身大のモニターが出現したような錯覚に陥る。よく見ればそこに立っているのはぼくであって鴫沢寛ではない。ただ、ぼくの頭が真っ白なので間違えそうになっただけだ。ぼくは鏡に近づき、猫の毛みたいに細い自分の髪をさわってみる。一本残らず根元まで真っ白だ。雪みたいに。何日も眠らなかったので、その間に白くなってしまったのだ。疲労のあまり。いや、たった数日で白くなったのかどうかわからない。なにしろぼくは長いこと鏡を見ていないから。なんとなくぼくは喉の奥から笑いがこみあげてくるのを感じる。
「気づいたようですね」とスタジオのアナウンサーがいう。
「《気づく》という言葉の意味によりますな」と彼女の父がいう「あれは白痴じゃありませんからね。狡滑な男ですよ」
「頭のよさをいかしきれなかった?」
「自分が何者なのか考えるチャンスはずいぶんあったはずです。目をふさいでいただけなんですよ」
「あなたはどうして単刀直入にいわなかったんです、もっと早く、今みたいに?」
「下手に追いつめたら何をしでかすかわかりませんからね。わたしも最初は自信がなかったんですが、鴫沢寛の教団(ゲマインデ)が形をなしてからは、このまま自然に救世主(ラトウ・アデイル)に権力が移行するのを待った方がいいと思うようになったんです。新しい委員会が成立すれば議長も鴫沢寛の役割に移っていかざるを得ませんからね」
「ところが不測の事態が起こった?」
「そう。まさか、議長が本気で軍に助けを求めるとは考えてもみませんでした」
「地の民(アムハ・アレツ)の勢力がこれほど大きくなった今となっては、学園が崩壊するくらいの戦闘がおこなわれるでしょう。しかし園長、あなたの手で軍を宥めることはできないんですか?」
「軍は学園を手にいれたがってますからな。喜んで数十師団を派遣してくるでしょう」
 MJBSともあろうものが、放送中に数十秒の沈黙が流れる。ぼくは肘かけ椅子に深々と腰掛け、笑いながらテレビ番組の不手際を眺める。画面の中でアナウンサーが姿勢を正し、カメラの方を向いて語りかける。
「鴫沢寛さん、いや、議長⋯⋯どう呼んでいいのかわかりませんが、あなたも事態はよくおわかりのことと思います。あなたはこれからどうなさるおつもりですか? このまま一人二役をつづけて学園を破滅に追いやるつもりなんですか?」
 ぼくはくすくす笑いつづける。なんて滑稽な放送だろう。インタビューの相手が現れない番組なんて⋯⋯ぼくはやつらと視聴者に聞こえるような声で笑いつづける。
「応答がありませんね。議長は黙秘するつもりのようですよ」とアナウンサーが油河氏にいう。「彼はこれから一体どうなるんでしょう?」
「決まってますよ。救世主(ラトウ・アデイル)は軍と戦うでしょうよ。学園が壊滅するまで⋯⋯寛、聞こえるかね? いい子だから戦いを避けろ。この上人を死なせて何になるんだ?」

 沈黙、沈黙、沈黙⋯⋯
 ぼくは洋服箪笥の扉をあける。白いマントがさがっている。出掛ける用意をしなければならない。もちろろん用意というのはこの足まで垂れる白いマントのことだ。秋というよりもう季節は冬に近い。夜はひどく冷える。ぼくには白い寛衣が必要だ。風邪をひいてはつまらない。
「寛、待つんだ」油河氏が叫ぶ「今からでも遅くない。PANICに軍の出動を中止させろ」
「ぼくは戦いますよ、園長」
「きみはまだ議長のつもりか? わたしがいってる意味がわからんのかね?」
「事態はまだ⋯⋯いや、たっぷり時間はありますよ。あなたはぼくをご存じない。ぼくはあなたほど狡滑じゃない。あなたはどんな評議会、あるいはどんな委員会が生まれてもうまくやっていける方だ。今回は十五年前よりも見事に評議会から委員会に跳び移られた。あなたは軍ともうまくやるでしょう。しかし、今度は子供騙しじゃすみませんよ」
「まるで気違いだ」とアナウンサーが呟く「自分が議長なのか鴫沢寛なのか、自分ではどう考えてるんです?」
「何も考えてませんよ」と園長がいう「意識が分裂してるんです。MANIACがPANICに分裂したように⋯⋯」
「いったい病因は何だったんでしょう?」
「色々あるでしょうが、まあ、さみしかったんでしょうな。評議会議長というのは孤独な仕事ですから。しかも学園の自治が本来の生命を失っていくのを眺めていなければならない。評議会が強力になればなるほど地の民(アムハ・アレツ)が増えていく⋯⋯」
「それで髪を白く染めて一学年下のクラスにもぐりこんだ⋯⋯?」
「髪は染めたんじゃないでしょう。本当に気苦労から白くなったんですよ」
「なぜ身元のわからない鴫沢寛⋯⋯救世主(ラトウ・アデイル)をMANIACがチェツクしなかったのか、それで説明がつきますね」
「説明がついてもどうにもならんでしょう」園長は苛々しながらいった「何もかも鴫沢寛とMANIACの共謀だったんですよ。彼はMANIACですからな」
「学園では誰も気づかなかったんですか?」
「議長としては顔を見せませんでしたからな。髪も眉も睫も真っ白だし⋯⋯評議会のメンバーになる前一緒に授業を受けていたクラスメイトくらいでしょう、顔を知ってるのは。彼らにしても、ちょっと見ただけじゃわからなかった。」
「クラスに議長が潜入してくるなんて、誰も考えませんからね。それに白痴の真似をしていたんだし⋯⋯」
「真似をしてたと思いますか?」
「だって彼は天才科学者なんでしょう?」
「分裂してたって、さっきからいってるじゃないですか」
                                        
 ふたりは下らない対話を延々とつづける。鴫沢寛が優子と地の民(アムハ・アレツ)を引き連れて麻那を教室に閉じこめ、鞭を振るったこと。彼がMANIACに命じてこの記録データから削除させたこと。評議会議長は彼女が鴫沢寛を尋問するところを見ることができなったが、それは彼自身が彼女に尋問されていたからであるということ⋯⋯
 こんなことを喋っていたところで何になるだろう? 大人たちはいつもこうなのだ。あとになってああでもない、こうでもないと過ぎ去ったことを振り返るのだ。ぼくはもういかなければならない。彼らが待っている。ぼくらにとってはこれからが正念場なのだ。ぼくらは軍と戦わなければならない。ぼくは彼らとともに瀕死の評議会をあの世に送ってやるつもりだ。
《ーー地の民(アムハ・アレツ)を愛する機械よ、とぼくはMANIACに呼びかける。評議会はついに軍と手を結んだ。ぼくらは最終的な戦いを始めなければならない。
《ーーぼくらに勝ち目があるだろうか? とMANIACが心細げな声を出す。ぼくはPANICによって骨抜きにされつつあるんだよ。
《ーー心配するな、とぼくは力強く彼をはげます。PANICはほとんど白痴だ。あんなやつは恐れるに足りない。ぼくがあいつの牛耳りかたを教えてやる。あいつにとって一番怖いのはきみが確信をもって行動することなんだ。さあ、そろそろいくぞ。勝利を確信しろ。軍がミサイルを何千発持ってきたって、学園が地の民(アムハ・アレツ)に埋めつくされているかぎり、何もできやしないさ。きみはぼくにいわれたとおり彼らを辺境地域(ゲリール・ハッゴーイム)から学園に総動員させたんだろう?
《ーーその点は心配ないよ、とMANIACがいう。彼らはきみを信じて学園の中央部に集まっている。ぼくはきみがいてくれれば何も怖いものはないよ。きみはぼくだろう?
《ーーぼくはきみだよ、とぼくはいう。さあ、最後の戦いだ。よろしく頼むよ》

 ぼくは再び中庭に出る。松明(たいまつ)をかざした無数の群集の歓呼にこたえるために。地の民(アムハ・アレツ)はすでに中庭を埋めつくしている。ぼくはまたいつものように彼らの先頭に立つ。なぜなら夜が来たからだ。
「救世主(ラトウ・アデイル)だ」という叫びがあがり、群集の中で波紋のようにひろがる。救世主(ラトウ・アデイル)がいるかぎり恐れることはない。われわれは勝利するだろう。ぼくの言葉がMANIACの声で中庭に響きわたる。


 そのとき太初において無もなかりき、有(う)もなかりき。
 空界なかりき、その上の天もなかりき。

 地の民(アムハ・アレツ)が地鳴りのような声で宇宙開闢の歌をうたいはじめる。ぼくは南校舎を抜けて校庭へむかう。すでに軍は近くまで来ているだろう。旧評議会の残党、評議会議長が学園の自治を破壊しようとしているのだ。ぼくはあいつを許さないだろう。
 ぼくは無限の地の民(アムハ・アレツ)に囲まれている。学園は軍に屈しないだろう。ぼくの教団(ゲマインデ)と自治委員会は学園を守るだろう。ぼくは自由を愛し、学園もまた自由を愛する。ぼくは学園だ。ぼくのそばには十二人の教徒たち、最初にぼくに従った教徒たちがいる。ぼくの傍らにはぼくの片腕がつき従っている。ぼくの優子が。ぼくの腕にからだをぴったりとくっつけ、ぼくの肩に頬をのせながら、ぼくの手を取り、澄んだ声でうたいだす。

 救世主(ラトウ・アデイル)は目覚めたり。太陽神(スーリア)は大地より昇る。

 ぼくが夢にまで見た光景だ。ぼくが優子とからだを寄せあって進むなんて⋯⋯
 讃歌(ヴエーダ)は次第に昂まり、ぼくは恍惚の中にいる。ぼくはからだの中に力を感じている。ぼくは瀕死のMANIACに呼びかける。
《ーー地の民(アムハ・アレツ)と救世主(ラトウ・アデイル)を愛する機械よ。自己の内なる顔を粉砕しろ。自己を確信して第二の自己を殺せ。分裂は死だ。PANICは恐れるに足りない》
                                        
                                        
                                        
                                        
                     ーーーーーー 了 ーーーーーー    
                                        

                                       
  



     マ イ ・ フ ェ イ ヴ ァ リ ッ ト ・ シ ン グ ズ    
                                        
                                        
                       亡きS.I.に⋯⋯        
                                        
                                        
                                        


                                        
                                        
                                        
                                        
                                        
                                       
                                        
                                       
わたしはアメリカ大陸をあまりにも強く愛しているせいか、それが幻のように思えること
がある。はたしてそれが実在するのかどうか、ときどき疑ったりするほどだ。
                                        
                  〈レイナルド・アレナス『めくるめく世界』〉
                                        





                                        

   1   空 中 庭 園


 一九六七年の秋に総愛学院で何が行われていたのかを説明するのは難しい。それは一九
六七年にこの国で何が起こっていたのかを説明するのとほとんど同じくらい複雑だからだ
。もちろん総愛学院は十二歳から十八歳までの男の子が通っている学校であって、一つの
国家ではなかった。でもやっぱり、簡単に説明できないほど多くの人間が多くの事をやっ
ていた。たとえばその中には八重山もいた。八重山はピアノがうまかった。子供向けのコ
ンクールを総なめにしていた。彼は一九六七年の夏に脳の手術をしたため、秋にはつぎは
ぎだらけの坊主頭をしていた。その他いろいろ⋯⋯。

 一九六七年の秋に総愛学院では生徒に一九六七年の生き方について教えていた。それが
どういう生き方なのかを説明するのは難しい。生き方を語るには人間とは何かを語らなけ
ればならないからだ。総愛学院はその辺のところを実にうまくやっていた。ぼくらは神父
たちの説明ですっかり納得したような気になっていた。
 子供はいつの時代にもだまされやすい。

 総愛学院の神父たちによれば、一九六七年の正しい生き方とは、大雑把に言うと、全て
を愛することだった。つまりそれが総愛学院と言う名前の由来だ。
「そうか」とぼくらは言った。
 初めて講堂で一九六七年の生き方と、総愛学院の名前の由来についてシュテルマッハー
校長が語るのを聞いたたときだった。たしか始業式か何かだった。シュテルマッハー神父
は教区の司祭でもあるドイツ人のじいさんだった。縁なしの眼鏡をかけてるところが何と
なくヒムラーだかアイヒマンだか、とにかくナチスの幹部の顔を思い出させたが、それは
もちろんずっとあとになってからだ。中学二年生はアイヒマンのことなんて知らない。

 一九六七年の生き方についてぼくらが教わったことは、ほんとはもっと複雑だった。い
ろんなことが絡み合って、教義の大伽藍ができあがっていた。ケルン大聖堂みたいな大伽
藍⋯⋯。今ではすっかり忘れてしまった。いや、その頃だってちゃんと理解していたわけ
じゃない。ぼくらは複雑なことを学ぶにはあまりに子供だった。しかし、ぼくらは一九六
七年の生き方を理解してるつもりでいた。なんとなくそう思い込んでいたのだ。結局のと
ころそれが神父たちの狙いだったのかもしれない。
 子供を教えるのはやさしい。子供をだますのはもっとやさしい。

 一九六七年の秋にぼくは十四歳で、毎日六甲山の中腹にある学校に通っていた。ぼくら
はほとんど空中に浮かんでいるような感じだった。山の急な斜面を切り開いて建てた要塞
めいた校舎からは、ほとんど真下を見下ろすみたいに神戸の街や港や製鉄所が見えた。校
舎の下にはやはり山の斜面を切り開いて造った三段の校庭があった。一番上の校庭の西の
端には、赤い瓦屋根に白い壁の神父館が立っていた。スペインかメキシコの悪者が住んで
いそうな建物だ。そこに何十人かの神父たちが暮らしていた。聖書女学院が尼さんたちの
修道院でもあったのと同じように、総愛学院は神父たちの修道院を兼ねていた。

 一九六七年の秋は冬みたいに寒かった。特に総愛学院は海抜五百メートルの高さにあっ
たから、真冬みたいに寒かった。
 その秋はよく雨が降った。雨雲が低く垂れ込めてくると、総愛学院は雲の中にすっぽり
隠れてしまった。雲の中にいるぼくらにとって、雲は真っ白い霧だった。あまり寒いので
霧はよく冷えた生ビールの泡みたいに濃厚だった。あるいはよく泡立てて冷蔵庫で冷やし
たホイップ・クリームみたいに。
 濃い霧は下界からぼくらを隠しただけでなく、ぼくらからもあらゆるものを隠した。霧
がゆっくり流れ出すと神戸の街はおろか、校庭さえ見えなかった。一メートル先の人間が
見えなくなることも珍しくなかった。
 それでもぼくらは霧が好きだった。霧は白くて清潔だからだ。子供は雪や氷や霧が好き
だ。それは白くてきれいで冷たい。子供は白くてきれいで冷たいものが好きだ。雪や霧や
氷や自分に興味を示さない女の子が⋯⋯。

 八重山と友達になったのは生ビールの泡みたいな霧の中でだった。霧の中を走っている
と、彼が近づいてきて、
「やあ、初めまして」と言ったのだ。
「こんちは」とぼくも言った。
「友達になろう」と彼は言った。
 ぼくらは放課後に学年全員で校庭を走らされていたのだ。それは何かの罰だった。理由
はよく覚えていない。たぶん雰囲気がたるんでるとかそういうことだったのだろう。一九
六七年の総愛学院にはそういうことで放課後に校庭を走らされることがよくあった。それ
は罰ではなく特別訓練と呼ばれていた。
 朝礼台の上では訓育主任の神崎神父がぼくらを見張っていた。校庭のまわりは先生たち
が固めていた。霧のせいで一メートル先も見えなかったから、見張っていたっていなくた
って同じ事だったかもしれないが、それでも彼らはぼくらをしっかり見張っていた。見張
ってることをぼくらに知らせるために、神崎神父はマイクに向かって絶えず咳をしていた。
ゴホンゴホンゴホンゴホン⋯⋯。咳の音は校庭のあちこちに立てられているラッパ型の
スピーカーから増幅されて聞こえてきた。そのせいでそこら中に神崎神父がいるような気
がした。
「逃げよう」と八重山が走りながらぼくに囁いた。
「だめだよ」とぼくは言った。
 八重山はぼくと肩をこすり合わせながら走っていた。皮膚の薄い、柔らかな彼の肩から
かすかな体温が伝わってきた。彼は細い銀縁の眼鏡をかけていた。神経だけでできてるよ
うな、繊細な感じの少年だった。頭は丸坊主で、イモ虫みたいな傷で覆われていた。その
年の夏、脳の手術をしたときの傷跡だった。
 霧の中でキャアキャアというカモメが鳴くような声が聞こえていた。もちろん神戸には
たくさんカモメがいたが、それはカモメではなくぼくらの仲間が上げる悲鳴だった。ぼく
らは絶えず悲鳴を上げていなければならなかった。霧のせいで姿が見えないから、神崎神
父はぼくらの上げる悲鳴によって、ぼくらがちゃんと走ってることを確認していたのだ。
足元さえ見えないので、ぼくらは絶えず転んでいた。一メートル先も見えないので、前の
やつが転ぶとすぐに後ろのやつがそいつに蹴つまづいて転んだ。転ぶたびにぼくらはキャ
アキャアと悲鳴を上げた。からだとからだがぶつかりあうプシュップシュッという音がし
た。ぼくらはショートパンツ一枚の裸だったからだ。ぼくらの足が土を蹴るプシュップシ
ュッと言う音も聞こえた。ぼくらはもちろん裸足だった。それが総愛学院のスタイルだっ
た。牛乳みたいな霧の中からイチゴシロップみたいな血が流れてきてぼくの胸にかかった。
転んだやつらの鼻血だった。前にいるやつが転んだら、かまわず踏んづけていかなきゃ
ならなかった。変にためらっていたら、自分が倒れて踏まれことになる。現に校庭のあち
こちで仲間が将棋倒しになっていた。キャアキャアキャアキャア⋯⋯プシュップシュップ
シュップシュッ⋯⋯。
「こんな霧の中で逃げられっこないよ」とぼくは八重山に言った。
「霧の中だから逃げられるんじゃないか」と彼は言った。
「そうかな?」とぼく。そう言われるとそんな気がした。
「そうさ」と八重山が言った。
 一年のとき、ぼくは彼と別のクラスだった。二年になって同じクラスになったが、彼が
すぐ入院してしまったので、ぼくは彼と口をきいたことがなかった。彼は端正な、女みた
いな顔をしていた。それが傷だらけの坊主頭とひどく不釣合いだった。走っているせいで
イモ虫みたいな傷跡は大きく膨らんでピンク色に光っていた。まるで脳がところどころ露
出してるみたいだった。
「でもどうして逃げるの?」とぼくはきいた。
「自由がほしいからさ」と八重山が言った。
「今だってけっこう自由だと思うけどな」
「こんなふうに走らされて?」
「結局これはぼくらのためになるんだよ。からだだって鍛えられるし」
「じゃあ、さよなら」彼は軽く笑った。
 彼の姿がぼくから少し離れ、霧の中でかすれはじめた。その瞬間、ぼくはたまらなく不
安になった。まるで夢の中で誰かに見捨てられようとしてるような気分だった。
「待ってよ」とぼくは言い、また彼の横に並んだ。
 ぼくはことさら訓練がつらいとは思わなかったが、そのときは八重山に置いていかれた
くなかったのだ。
 八重山はぼくの手を引っ張って列を離れた。校庭の端でコッホ神父にぶつかったが、八
重山に引っ張られた勢いで、ぼくはこのドイツ人の年寄りに思い切りぶつかって倒してし
まった。
「やっぱりやっちゃった」とぼくは言った。
「平気だよ」と八重山が言った。
 コッホ神父はケンタッキー・フライドチキンの創始者カーネル・サンダースに似ていた
が、地面に転がったままいつまでたっても起き上がらなかった。八重山は老人のからだを
足で蹴とばした。それはボコボコと音を立てて転がった。足のほうに回ってみると、中は
空洞になっていた。
「張りぼてなんだ」とぼくは呟いた。
「思った通りだ」と八重山が言った。
 教師たちは訓練のあいだ運動場の周囲に立って見張っていることになっていたが、秋の
冷たい霧はからだに悪いので、こうして張りぼてを代わりに立てていたのだ。五メートル
ほど横に歩くと、もう一つカーネル・サンダースみたいな人形が立っていた。八重山はそ
れも蹴とばして倒した。一九六七年にはまだケンタッキー・フライドチキンは日本で営業
していなかったが、それはぼくが後に見たカーネル・サンダースおじさんの人形にほんと
によく似ていた。

 コッホ神父は学校で英語とドイツ語を教えていたが、授業以外の時間は保健室で過ごし
ていた。彼が医者だったのかどうかはわからないが、とにかくいつも白衣を着ていた。そ
のせいで余計にカーネル・サンダースに似ていたのだと思う。
 コッホ神父は休み時間や放課後、校庭や体育館を見回って、気分が悪くなった生徒を保
健室に連れて帰った。ときには別に気分が悪いわけでもない生徒を無理矢理連れていくこ
ともあった。
「ドウカシマシタカ?」コッホ神父は生徒に音もなく近づき、下手くそな日本語で言う。
「気分ガ悪イノデハアリマセンカ?」
「いいえ、別に」と生徒が言う。
「顔色ガオカシイデスヨ」とコッホ神父は心配そうな顔で言う。
「そうかなあ」と生徒が言う。
 結局コッホ神父はどんな場合でも、生徒を説得して保健室に連れていってしまうのだ。
ぼくらの間で彼は〈午後の脅威〉あるいは〈白い天使〉と呼ばれていた。彼が保健室に連
れていく生徒には一つのタイプがあった。女の子みたいに整った顔をしているやつだ。そ
ういうタイプは全員が保健室に連れていかれた経験を持っていた。ただし、どんな美少年
でも、高校生になるとコッホ神父は興味をなくすらしかった。中学生のとき何度となく保
健室に連れていかれた生徒も、高等部に上がると声をかけられなくなる。神父の好みは男
になり切らない少年に限られていた。
 そういうタイプの中で唯一の例外は八重山だった。彼は実にきれいな顔をしていたが、
コッホ神父は決して声をかけなかった。たぶんそれは彼が年寄りみたいな銀縁眼鏡をかけ、
顔に似合わない傷だらけの坊主頭をしていたからだろう。
 彼は何度となくコッホ神父の目の前で倒れて見せたが、神父は彼のことを見向きもしな
かった。彼に気づかず、踏んづけて行ってしまうこともあった。

「きみ、好きな子いる?」と八重山がぼくにきいた。
「いないよ」とぼく。
「嘘」と八重山が言った。いやに断定的な言い方だった。
 ぼくは霧の中で八重山と初めて言葉を交わしてから、彼とすぐに仲よくなった。ぼくら
はよく一九六七年の生き方について話した。休み時間でも授業中でも、何かというとぼく
らは一九六七年の生き方について話した。その頃の中学生はみんな一九六七年の生き方に
ついて話したものだ。二人で、あるいは三四人で、あるいはクラス全体で⋯⋯。先生が授
業の中でぼくらに討論させることもあったし、ぼくらのほうから手を挙げて先生に質問を
ぶつけ、そのまま議論が始まることもあった。一九六七年にはまだ議論というのがごく普
通に行われていた。ぼくらは誰も孤独じゃなかったし、お互いに何を考えてるのか、とて
も興味を持っていた。
「ぼくは自由を発見したんだ」と八重山が言った。
「そう?」とぼく。
「一度自由を発見した人間は、完全な自由がほしくなるんだ」と八重山は言った。
「自由はまだちゃんと見つかってないの?」とぼく。
「完全な自由っていうのはきりがないんだよ」と八重山。
 この点について教師たちは別の考え方をしていた。
「自由?」と神崎神父が言った。
 授業のときにクラスの誰かが手を挙げて、
「自由って何ですか」と質問したのだ。
 神崎神父は訓育主任であると同時に日本史の教師だった。彼は戦争の話が得意で、よく
第二次世界大戦の話をした。訓育主任としてはぼくらを放課後に残して校庭を走らせるの
が得意だった。なんとなく空気がたるんでるといった理由で⋯⋯。
「自由?」と彼は言った。「そうだな、それは例えて言えばウンコみたいなもんだ。毎日
お目に掛かることはお目に掛かるが、すぐ水に流してしまう」
「ウンコ⋯⋯」とぼくらは言った。
「そうでなければ、砂糖をたっぷり使ったチョコレート・パイみたいなもんだ。食い過ぎ
ると虫歯になる」神崎神父はわれながらうまいことを言ったと思ったのだろう。うれしそ
うにニヤニヤ笑った。
「チョコレート・パイ⋯⋯」とぼくらは言った。
 シュテルマッハー校長は自由についてまた別のことを言った。
「自由とは自分を自在に操れることさ」と彼はぼくらに言った。「三日間寝ないで働きた
いと思ったらそれができるとか、校庭を百周走ろうと思ったらそれができるとか⋯⋯」
「そうか⋯⋯」とぼくらは言った。
 ぼくらはいろんな意見を聞くたびにそれが正しいような気がした。ぼくらはまだ子供だ
ったのだ。子供をだますのはたやすい。

 八重山が自由を発見したのはピアノを通じてだった。彼は神戸市や兵庫県や近畿地方の
コンクールで何度も優勝していた。全国大会では出番を待ってるあいだに隣の女の子のス
カートに手を入れたために失格してしまったが、それでも彼のピアノの腕はかなり有名だ
った。
「ピアノは危険な道具なんだ」と八重山は言った。「うまく弾けないと胃に穴が開いたり
するからね」
「厳しい世界だね」とぼくは言った。
 彼の言ってることは何だかシュテルマッハー校長の意見と通じるところがあるような気
がした。しかし、そう言うと彼はすごくいやな顔をした。
「あのじじいが考えてるのは人間を押さえつけることなんだよ」と八重山は言った。「あ
いつらはいつも自分の首を締めて気持ちよがってるのさ」
「ふうん」とぼくは言った。
 ぼくは彼の言ってることがよくわからなかった。ぼくはまだそれほど厳しい訓練を必要
とするようなことをやったことがなかったのだ。小説を書くことはすでに始めていたが、
まだそれがどんなにやっかいなものかは知らなかった。

 どうして脳を手術することになったのかについて、八重山はついにほんとのことを言わ
なかった。ぼくは何度となくそのことをきいたが、彼の説明はそのつど違っていた。
「頭突きのやりすぎでね」と彼は言った。「脳の中の血管が切れちゃったんだ」
「へえ」とぼくは言った。
 八重山はプロレスが好きだった。一年の頃、彼がよく仲間と廊下でプロレスの真似をす
るのを見掛けたことがあった。彼は色々と得意技を持っていたが、弱点は頭だった。頭突
きを食わされたり、石の廊下に頭から落とされたりすると、簡単に伸びてしまった。それ
で頭を強化しようと、頭突きの練習を始めたのだ。
「石の壁に毎日千回」と彼はうれしそうに言った。「これでも一時はかなり強くなったん
だけどね」
「すごいなあ」とぼくは言った。
 また別のときに彼は、
「実は病気じゃないんだ」とぼくに言った。「ある種の放射性物質を手術で脳の中に埋め
込んだんだよ」
「どうして?」とぼくはきいた。
「ピアノのためさ。その物質を入れると神経が何十倍も敏感になるんだ。世界的なピアニ
ストはみんな内緒で入れてるらしいよ」
「ふうん」とぼくは言った。

             ★

 総愛学院には庭園と呼ばれる小さな山があった。神父館の西側から神戸の街へ瘤みたい
に突き出している尾根のことだ。そこには松やクヌギの雑木林の間に木苺や黒すぐりやコ
ケモモが植えられ、ぐるりと小道が巡っていた。森の奥深いところにはマリア像を安置し
た小聖堂があった。
 一九六七年の秋、ぼくと八重山はこの庭園でよく遊んだ。尾根の先端まで行くと、神戸
の街をほとんど真上から見下ろせたし、西のほうには大きな谷を隔ててノイマン屋敷が見
えた。ノイマン屋敷というのは黒っぽいうろこ屋根のある古びた洋館で、その頃は誰も住
んでいなかった。総愛学院の庭園から眺めたノイマン屋敷は、屋根の瓦があちこち剥げ落
ちている以外は、どこもたいして傷んでるようには見えなかったが、正面つまり神戸の街
から見上げると、真ん中の部分が屋根も二階の床もほとんど完全に焼け落ちていた。
 第二次世界大戦のとき、ここにノイマンというドイツ人商人が住んでいた。一九四五年
の春、ベルリンが陥落する直前、彼は屋敷に火をつけて行方をくらましてしまったという
噂だった。一九六七年にはまだ第二次世界大戦もナチス・ドイツもそれほど遠い昔のこと
じゃなかった。

 ぼくらは港と海と山のパノラマを楽しみながら、木立の中から山葡萄やあけびの実をと
って食べた。ぼくはその頃書こうとしていた小説の粗筋を話し、八重山は笹の葉っぱで笛
を吹いてくれた。彼は笹笛でソプラノサックスに似た音色を出すことができた。この即席
の楽器で彼はスケールやジャズのモード奏法をぼくに教えてくれた。ジョン・コルトレー
ンそっくりの音で『マイ・フェイヴァリット・シングズ』を吹いてくれたりもした。元々
はミュージカルの『サウンド・オヴ・ミュージック』の曲だ。『わたしのお気に入り』と
訳されたりしている。つまり、一九六八年の春にマリコが『サウンド・オヴ・ミュージッ
ク』のLPを返しに来たとき、ぼくの母と一緒に歌った曲だ。ぼくはその頃まだコルトレ
ーンの名前すら知らなかったし、彼がその年の七月に死んだことももちろん知らなかった
が、八重山の笹笛による『マイ・フェイヴァリット・シングズ』は、ずっと後になってレ
コードで聴いたコルトレーンの演奏によく似ていた。

 庭園ではよくミナミさんに出会った。ミナミさんは夕方でも夜でもぼくらを見ると、
「にいちゃん、おはよう」と言った。
「おはよう、ミナミさん」とぼくらは挨拶した。
 ミナミさんというのは庭園の手入れをしていた用務員のおじいさんだ。身長は一四〇セ
ンチくらいしかなかった。おまけに腰は直角に近いくらい曲がっていたから、顔の位置は
ぼくらの腰のあたりにあった。頭にはほとんど毛がなく、能の翁の面みたいに皺だらけの
顔をしていた。土色の作業服の上下を着ていたが、ズボンはなぜかいつもねじれていた。
背中には同じ土色の布袋を背負い、自分の背より長い杖を突いていた。ぼくが見掛けたと
きはたいてい木から落ちたアマゾンのナマケモノみたいにのそのそ歩いていたが、本気を
出せば木から木へムササビみたいに飛ぶことができるという噂だった。八重山は特にその
噂を信じていた。
「ほんとかなあ」とぼくは言った。
「賭けようか?」と八重山は言った。

 彼は賭け事が好きだった。何を見ても「賭けようか?」と言った。いやだというと彼は
ひどくがっかりした様子を見せるので、ぼくはいつも賭けに乗らないわけにいかなかった。
そのときぼくは負けたら来年の春までに英語で小説を書くと約束し、八重山は文化祭で
仰向けに寝たままピアノを弾いてやると言った。
 ぼくらは庭園を歩き回ってミナミさんを探した。じいさんは枯れ草の中をヤドカリみた
いにのそのそ這っているところだった。ぼくらは彼を亀みたいに拾い上げてクヌギの林に
運んだ。
「ねえ、ムササビみたいに飛べるってほんとですか?」とぼくらは勢い込んできいた。
「そら、ムササビそっくりというわけにはいかんがな」とミナミさんは言った。「まあ、
昔はけっこう飛べたけどな」
 八重山は思わず拍手した。
「見せてくれます?」とぼくは言った。
「もう二十年も飛んでないからな」とミナミさんは言った。
「まあ、そう言わずに」と八重山は言い、ミナミさんを抱え上げて近くのクヌギの木に登
った。ミナミさんはそれくらい軽かったのだ。
「兄ちゃん、そら無茶やで」とミナミさんは言ったが、
八重山は木の上からミナミさんを放り投げた。じいさんのからだはセンザンコウみたいに
丸まって、山の斜面に落ち、神戸の山沿いの住宅街まで転がっていった。
「あらら」と八重山が言った。
「それみろ」とぼくは言った。

 ぼくらは急いで山を降り、ミナミさんを探しに行った。じいさんは神戸の街を南北に横
断して、海のすぐ近くの国道まで転がっていた。酒造会社の酒蔵が並んでるあたりだ。ミ
ナミさんは大きな木の樽に頭をぶつけてのびていたが、大した怪我はなかった。
「兄ちゃん、無茶するなあ」ぼくらが抱え上げると、じいさんは弱々しい声で言った。
 神戸は、六甲山系が瀬戸内海のすぐそばまで張り出しているゆるやかな傾斜地にできた
街だ。南北に走る道は全てが坂道になっているので、途中で転んだりすると、海まで転が
っていってしまうことがある。現に総愛学院でも毎朝、登校途中の登山道で転んだ生徒が
海まで転がっていき、昼近くまで戻ってこないことがよくあった。山で転ぶと道の傾斜が
きついので、特に勢いよく転がってしまうのだ。

 ミナミさんはよく子供の頃の話をしてくれた。明治時代の終わりから大正時代にかけて
の話だ。ミナミさんは裏六甲の山の中で生まれ育った。父親は木を焼いて木炭を作っては
神戸で売っていた。その頃の六甲山には鹿や猪がたくさんいた。ミナミさん一家は山の中
を転々としながら、川べりで魚を取ったり、罠で動物や鳥を捕まえたりして食料にしてい
た。米や野菜は農家で木炭と交換してもらった。
「ふうん」とぼくらは言った。「ずっとキャンプ生活をしてたんだ」
「キャンプ?」とミナミさんは言った。「何やそれ?」
 ミナミさんはキャンプがどういうものか知らなかった。もちろんミナミさんが子供の頃
やっていたのはキャンプではなかった。キャンプというのは定住している人間が山に出か
けていってやるものだ。最初から山にいる人間の生活はキャンプとは言わない。ぼくらは
まだ子供だったので、山の生活とキャンプの違いがわからなかったのだ。
 それまでぼくらは神父たちから、ミナミさんは第二次大戦の直後に神戸の焼け跡で奥さ
んと飢え死にしかけてたのをシュテルマッハー校長が拾ってきて、神父館に住まわせたの
だ聞かされていた。ミナミさんの奥さんは神父館で洗濯や掃除の世話をやっているという
話だった。ミナミさんの奥さんという人を誰も見かけたことはなかったが、ぼくらはミナ
ミさんと親しくなるまでこの話を信じていた。

 しかし、明らかにミナミさんはこの山の生まれだった。奥さんはずいぶん前に死んでい
た。子供は行方知れずだった。ミナミさんはそのへんのことをあまり話したがらなかった
から、それ以上のことはわからない。でも、修道会が一九三八年、つまり昭和十三年にこ
の山を神戸市から買って総愛学院を建てたとき、ミナミさんはすでにこの山にいたのだ。
 学校はどうして焼け跡からミナミさん夫婦を拾ってきたなんて嘘をついたのだろう?
「決まってるさ」と八重山が言った。「そういうことにしておかないと、学校がミナミさ
んから山を奪ったことになるからだよ」
「そうか」とぼくは言った。「でも、ミナミさんは山の持ち主だったわけじゃないだろう
な、たぶん」
「そりゃそうかもしれない」と八重山は言った。「でも、実際に住んでたのはミナミさん
一家なんだ」
 その点についてミナミさんはあまり触れようとしなかった。
 なぜだろう?
「たぶん、税金を払ってないんじゃないかな」と八重山は言った。
「払わなくてもいいんだ?」とぼくは言った。
 サラリーマンの息子だったぼくは、税金を天引きされずに入ってくる収入というのが想
像できなかったのだ。
「きっと戸籍もないんだよ」と八重山は声をひそめて言った。
「戸籍がない?」とぼくは言った。それが何を意味するのかよくわからなかったのだ。

 それからしばらくの間、ぼくらはミナミさんについて山の歩き方や、木の枝から枝へ飛
び移る方法を習った。ムササビみたいに滑空することはできなかったが、ミナミさんは枝
から枝へ身軽に飛び移ることはできた。その姿はリスに似ていた。じいさんはそうやって
木と木の間を飛びながら、枝の剪定をやっていたのだ。
「すごい」とぼくらは言った。
 結局、ぼくと八重山のどっちが賭けに勝ったのかははっきりしないままになった。ぼく
はミナミさんがムササビみたいに空を飛べないのだからぼくの勝ちだと思っていた。八重
山は、とにかく枝と枝の間を飛ぶのだから自分の勝ちだと思っていた。でも、ほんとのと
ころはどっちでもよかったのだ。ぼくらは二人ともミナミさんが好きだったし、枝から枝
へ飛び移れることに感心していた。
 道のない山の中を歩くのは楽しかった。放課後の木立や草叢には必ずカップルが隠れて
いた。別に神戸からホテル代を節約するためにやってくる男女のカップルじゃない。みん
な総愛学院の生徒たちだった。ぼくらの仲間のほとんどは、中学生のうちに男どうしでキ
スの練習をしていた。中には草の葉っぱや枯れ枝で皮膚が切れるのも構わず、裸になって
愛撫しあってるやつらもいた。ぼくと八重山はカップルを見つけると、木の枝でお尻を突
いたりして悪戯した。
「きゃあ」とキスやペッティングの邪魔をされたやつらは言った。「痛いじゃないか」
「へっへっへっ」とぼくらは笑った。「お楽しみだね」
「そんなに変な目で見ないでよ」とカップルの一人が潤んだ目でこっちを睨みながら言っ
た。「きみたちだって同じことをしてるくせに」
「どうぞ、続けて」とぼくらは言った。「遠慮なく」
 ぼくらは別に彼らと同じことをしてるわけじゃなかったが、何も言わずにそこを立ち去
った。ぼくと八重山の間には性欲以外のものが介在していたのだが、それを他人に説明す
るのは難しかったからだ。

 庭園には神崎神父と訓育生たちもやってきた。もちろん愛し合ってるカップルを摘発す
るためだ。神崎神父はいつも黒ずくめの恰好をしていた。黒い上着、黒いシャツ、黒いズ
ボン、黒い靴下、黒い靴。カラーだけが真っ白だった。訓育生たちは対照的に白ずくめだ
った。頭はほとんどツルツルの丸坊主、襟なしの白いワイシャツに白いトレーニングパン
ツ、白い靴下、白い運動靴。彼らの役目は下級生が男の子どうしでキスやペッティングを
しないように取り締まることだった。
「元気か?」と神崎神父はニヤニヤ笑いながら言った。
「ええ、まあ」とぼくは答えた。
 そのまま擦れ違おうとすると、神父は必ずぼくの腕を掴んで引き戻した。彼の右腕は鉄
みたいに固くて力が強かった。
「どうした? 何を怖がってる?」彼は面白そうにきいた。
「いえ、別に」とぼく。
 ぼくは確かに彼を怖がっていた。彼に腕を掴まれると膝がガクガク震えた。
「どうだ、いるか?」と彼はぼくにきいた。
「え?」とぼく。
「しらばっくれるな」彼は笑いながらぼくの鳩尾に軽くパンチを入れた。ごく軽いけれど
も、痛くて思わずしゃがみ込んでしまうような鋭いパンチだった。「どうだ、どのあたり
にいる?」
 彼が何を言ってるのかはわかっていた。カップルが何組、どのあたりでペッティングを
やってるかときいてるのだ。
「わかりません」
「忘れたのか?」
「知らないんです」
「すぐ思い出すさ」
 神崎神父はぼくの首を絞め上げた。彼の右手はとても大きくて力が強いので、片手でぼ
くの首を掴んで持ち上げることができた。
「ああ⋯⋯」とぼくは言った。神崎神父に首を絞められたら誰だってそんな声しか出ない。
「ああ⋯⋯ああ⋯⋯」
 神崎神父は首を絞めることにかけてはプロフェッショナルだった。ぼくはすぐに気が遠
くなり、何が何だかわからなくなり、最後にはいつもカップルたちがいる場所を白状して
しまった。
「最初から素直に吐けばいいのに」と神崎神父は笑った。
「すみません」とぼくは言った。
 ぼくだって先生に隠し立てするのがいけないことだということくらいはわかっていた。
ただ、仲間たちに裏切り者と言われるのがいやだっただけだ。
 しかし、ぼくはやつらに裏切り者とは呼ばれなかった。なぜなら彼らはいつもぼくの「
ああ⋯⋯」という声を聞いて、神崎神父と訓育生たちが来たことを知ることができたから
だ。ぼくが首を締め上げられてる間に彼らは庭園からさっさと逃げてしまった。逃げるこ
とにかけては彼らは鹿みたいにすばしこかった。ぼくらは鹿や猪が通る道を知っていて、
それはホーチミン・ルートと呼ばれていた。ホーチミン・ルートを通ればそのまま神戸の
山手に降りることもできたし、谷を登って校舎の裏からこっそり鞄を取りに戻ることもで
きた。

「気にすることはないよ」と八重山は庭園のクヌギの木の上で言った。
 ぼくが神崎神父に首を締められるたびにひどく落ち込んでいたからだ。八重山と一緒の
ときでも神父は必ずぼくのほうを捕まえて首を絞め上げた。八重山は逃げ足が速かったし、
捕まえてもスルリと抜け出してしまうからだ。逃げることにかけては彼は誰にも負けな
かった。その点ぼくはいいカモだった。神崎神父に睨まれると足が竦んで動けなくなって
しまうからだ。ぼくはただ神父を恐れていただけでなく、何かいわく言いがたいもので呪
縛されてるような感じだった。そのことでぼくはずいぶん悩んだ。
「夢からは覚めなきゃいけないよ」と八重山はぼくに言った。
「どの夢から?」とぼくは言った。

   ★

 ぼくらは庭園から谷へ降りる斜面に秘密の洞窟を持っていた。ほかのやつらも知ってい
たのかもしれないが、とにかくそこにはぼくらしかやってこなかった。洞窟はとても深か
った。曲がりくねって上ったり下ったり、広くなったり狭くなったりしながらどこまでも
続いていた。途中、広場みたいになってるところがあった。そこはひどく寒くて天井から
氷柱が何十本も下がっていた。息を吐くと白い煙がそのまま細かい雪の結晶になってパラ
パラと地面に落ちた。奥のほうに鹿が一頭蹲っていた。最初見たときぼくらは生きてるの
かと思った。鹿が首を真っすぐに上げ、目を光らせてこっちを見ていたからだ。角の立派
な牡鹿だった。冷凍庫みたいに寒い洞窟の奥の地下広場で、その鹿はカチカチに凍ってい
た。どうしてこんなところで凍ってしまったのかよくわからない。迷い込んで出られなく
なったにしては泰然としてるように見えた。病気で動けなくなったのかもしれないが、そ
れにしては丸々と太っていた。もしかしたら生きていくのがいやになって自殺したのかも
しれないとぼくらは話し合った。鹿は首を吊ることもピストルでこめかみを撃つこともで
きない。飢え死にするのは鹿だってつらいだろう。この天然の冷凍庫の中で凍死するとい
うのは、自殺の方法としてはなかなか優れているような気がした。
 その頃の六甲山にはまだ鹿がたくさんいた。ぼくと八重山にも庭園のあたりに馴染みの
鹿がいた。ぼくらは弁当の残りを山の斜面に置いて、鹿に食べさせたりしていた。鹿はい
つもすぐに現れた。まるでぼくらが弁当を置くのを見張ってたみたいに。たいていは一頭
だけでやってきたが、ときには牝鹿と仔鹿を連れてくることもあった。牡鹿はぼくらのほ
うを見上げて少しのあいだぼんやりたたずみ、それからゆっくりと食べ始めた。
「悪いね。腹ぺこなんだ」と言ってるように見えた。
「どうぞ、遠慮なく」とぼくらは鹿に言った。
「きみらもあんまりいいものを食ってないね」と鹿が言った。
「ごめんね」とぼくらは言った。
 鹿はいつもまずそうにぼくらの弁当を食べていた。舌のおごった鹿だったのかもしれな
い。あるいは単に人間の食い物が口に合わなかっただけなのかもしれない。あるいは人間
に食い物を恵んでもらってプライドを傷つけられたので、わざとそんな素振りを見せたの
かもしれない。鹿はいつも気位が高そうな様子をしていたからだ。

 凍った鹿のいる広場からは何本か細い通路が続いていた。ぼくはそこから奥に進む気に
なれなかった。鹿がそこを塞いで守ってるような気がしたからだ。しかし八重山は全然気
にしていなかった。彼は冷凍鹿の背中に乗って遊んだりしてから、さっさと奥に入ってい
った。どの地下道もひどく寒かったが、大した危険はなかった。地下道は蟻の巣みたいに
複雑に分岐しながらいたるところに通じていた。神父館の地下貯蔵庫にも行けたし、ノイ
マン屋敷にも行けた。庭園の下に広がる住宅街にも出ることができた。その出口のあたり
は壁がコンクリートになっていて、錆びた鉄の柵で塞がれていた。

「防空壕だ」とぼくらは言った。
 第二次世界大戦のとき、六甲山系の麓のいたるところにこうした防空壕が掘られたのだ。
アメリカの爆撃機がやってきて神戸を火の海にしたとき、多くの人がそこに逃げ込んだ。
一九六七年にはまだ第二次世界大戦はそんなに遠い昔のことじゃなかった。
 一番びっくりしたのは地下道の一つがずっと長く伸びて神戸の繁華街まで通じていたこ
とだ。通路の終点は鉄のドアになっていて、その外はもう三ノ宮の古ぼけたビルの地下倉
庫だった。
「やった」と八重山は言った。
「うわあ」とぼくは言った。
「こりゃすごい」と八重山が言った。「ぼくらはまた一つ自由を手に入れたんだ」

 ぼくらは地下道を通っていろんなところへ行った。まず神父館の貯蔵庫でビールを飲み、
チーズや肉の薫製で腹ごしらえしてからノイマン屋敷に行って昼寝をするのが一番お気
に入りのコースだった。
 ノイマン屋敷は真ん中の部分があらかた焼け落ちていて、焼け残った西翼と東翼も一階
の大部分は雨が吹き込んで絨毯が土みたいに腐っていた。壁や家具にも苔が生えていた。
部屋中に黴の臭いが立ちこめていた。しかし二階は意外と原形が保たれていて、特にドー
ム型をした玄武岩のうろこ屋根が残っている東翼は、瓦がところどころ剥がれてはいたけ
れど、すぐにでも人が住めそうな感じだった。
 床から天井までガラス張りの大きなサンルームからぼくらは神戸の街と海を眺めた。東
側の谷とそのむこうの総愛学院も、ノイマン屋敷から眺めるとすごくきれいに見えた。校
庭ではコッホ神父がゆっくり歩きながら、クラブ活動をしている少年たちを見回っていた。
神父が一人の少年に近付き、何か話しかけ、やがて肩を抱いて保健室に消えてしまうま
でぼくらはじっとこのカーネル・サンダースに似た老人を見つめていた。ノイマン屋敷か
ら眺めるとこうしたことも美しい別世界のことみたいに思えた。
 ぼくは神父館で飲んだビールで酔っ払ったときは、ノイマン屋敷のサンルームの大きな
長椅子でよく昼寝をした。薔薇の模様の布を張った寝心地のいい椅子だった。八重山は部
屋の隅に置いてあるアップライト・ピアノで静かな曲を弾いた。ショパンやシューベルト
の子守歌、あるいはバッハのパルティータなんかを⋯⋯。八重山のピアノを聴きながら眠
るといい夢を見ることができた。一番よく覚えているのは一人で地下道を通り、別世界に
出てしまうという夢だ。

 長い夢だった。
 ぼくは一人で地下道を歩いていた。壁にはビルの地下通路みたいにドアが並んでいた。
ぼくは一つ一つドアを開けた。中ではディズニーのアニメーション映画をやっていた。『
ピーターパン』、『白雪姫』、『ダンボ』、『眠れる森の美女』⋯⋯。しかしぼくはどの
ドアの中にも入らなかった。早く外に出たかったのだ。廊下の天井に梯子のついた抜け穴
があったので、ぼくはそこから地上に出た。そこはぼくの家の裏庭だった。家の中には母
がいた。しかし何となく様子が変だった。母がいやに優しいのだ。そのうち、そこがほん
とのぼくの家じゃないということがわかってきた。母に似たその女はぼくにそっくりの息
子がいて、ずいぶん前に裏庭の穴に潜ったきり出てこないのだとぼくに打ち明けた。ぼく
は慌てて出ていくことにした。もう何か月もそのニセの我が家でニセの母と暮らしていた
からだ。ほんとの家ではほんとの母が心配しているに違いない。ニセの母はぼくを見送り
ながらめそめそ泣いた。
「泣かないでくださいよ」とぼくは他人行儀な口をきいた。相手はニセの母親なのだから
それでいいのだが、ちょっと妙な気がした。彼女があんまり本物の母にそっくりだったか
らだ。「あなたの息子に会ったら早く帰るように言いますよ」
 ぼくはまた同じ地下道を通って自分の家に戻った。やっぱり同じような地下道の天井に
あいた梯子付きの縦穴を通って。母がいた。今度はそれほど優しくなかったので本物だと
いう気がした。
「ねえ、ぼくのこと可愛い?」とぼくは母にきいた。
「何言ってるの」と母はそっけなく言った。それは母らしい台詞だった。
 それからまた何か月もたった。ぼくはときどき考え込むようになった。ぼくがいなかっ
た何か月かの間、母は寂しくなかったんだろうか? 何か月も行方不明だったぼくが戻っ
てきたのに、彼女はなんで平気な顔をしていられたんだろう? 

 可能性その一⋯⋯実はその母は例のニセの母親で、ぼくはまた同じところに戻ってきて
しまったのだ。ニセの母はまたぼくに逃げられちゃいけないと思って、本物の母親らしく
わざと素っ気ない態度をとった云々⋯⋯。

 可能性その二⋯⋯ニセの母のぼくにそっくりの息子が、ぼくの留守中にやってきてぼく
の家でぼくになりすましていた。うっかり者の母はニセのぼくに気がつかなかった。ぼく
が戻ってきたのでニセのぼくは慌てて姿を隠した。うっかりものの母は本物のぼくを何か
月ぶりかで見たのに、ぼくがニセ者と入れ替わったことに気づかなかった云々⋯⋯。

 可能性その三⋯⋯うっかり者の母は何か月もぼくがいないのに気づかなかった。

 ピアノの音が途切れて、
「きれいだね」という声がしたのでぼくは目を覚ました。
 サンルームはすっかり暗くなっていた。ぼくは長椅子に横たわったまま、
「そうだね」と囁き返したが、八重山はぼくのそばにいなかった。
 長椅子の端には男の子と女の子が並んで腰掛けていた。二人ともぼくよりちょっと年上
に見えた。ぼくは起き上がってピアノのほうを見たが、八重山はそこにもいなかった。
「八重山」とぼくは叫んだが、自分の声が水の底から聞こえてくるような気がした。
「誰かがぼくを呼んでる」とぼくの横で男の子が言った。「ぼくはもうすぐ死ぬんだ」
「この国の人全部がもうすぐ死ぬのよ」と彼のむこうで女の子が言った。
 男の子は白いワイシャツに黒いズボンというシンプルな服装で、頭は丸坊主だった。な
んだか八重山に似ているような気がしたが、頭にイモ虫みたいな傷跡はなかった。女の子
は紫と白の着物を着ていた。髪をきつく結って、耳の上に木蓮だか梔子だか、白い大きな
花を插していた。どこかからビリー・ホリデイの歌が聞こえてきた。『時の過ぎ行くまま
に(アズ・タイム・ゴーズ・バイ)』だったか、『水べにたたずみ(アイ・カヴァー・ザ
・ウォーターフロント)』だったか、『アイル・ビー・シーイング・ユー』だったか、そ
の頃はまだ知らなかったが、たしかそんなスローテンポの曲だった。
 ぼくは怖くなってもう一度「八重山」と叫んだ。
「ほら、また呼んでる」と男の子が言った。
「あなたは夢を見てるのよ」と女の子が言った。
「姉さんは怖くない?」と男の子が言った。
「怖くないわ」と女の子が言った。「あなたが一緒だもの」
 窓ガラスがビリビリと震えた。すぐ目の前をプロペラ式の大きな爆撃機がたくさん飛ん
でいた。外は完全な闇だった。外灯も家の光も全く見えなかった。B29が目の前で次々
と爆弾を落とし始めた。まるで鹿がウンコをしているみたいだった。ウンコは一秒ちょっ
とで次々と地上に落ち、オレンジ色の炎が花みたいに咲いていった。
「うわあ」とぼくは言った。
「うわあ」と八重山が言った。

 目を開けるとぼくは八重山の膝に頭を乗せて長椅子の上に寝ていた。彼の右手がぼくの
胸を撫でさすっていた。
「平気?」と八重山がきいた。
「夢を見ていたんだ」とぼく。「きみはずっとここにいた?」
「ずっといたよ。ピアノを弾いてた」
 ぼくは夢に出てきた男の子と女の子の話をしてやった。
「それはきっとおふくろとおやじだよ、一九四五年の三月の」と八重山が言った。
「またまた」とぼくは笑いながら言った。八重山はよくそんな嘘をつくことがあったから
だ。
「ほんとだよ」と八重山が真顔で言った。「ここはぼくのじいさんが建てた家なんだ」
「ノイマンが住んでたというのは?」
「母屋のほとんどをノイマンに貸してたんだ。生活に困ってたからね」
 八重山のおじいさんは大正時代に貿易で儲け、鉄工業と造船業にも手を出したが、昭和
の初めに破産した。一九三〇年代、世界恐慌の頃だ。息子が二人いた。おじいさんが死ん
だとき、一人は高校生だったが、結核で寝込んでいた。もう一人はまだ子供だった。それ
が八重山の父親だ。結核の伯父さんは聖書女学院出のお嫁さんをもらったが、子供ができ
ないまま死んでしまった。戦争が終わりかけの頃だ。残された兄嫁と弟は戦争が終わって
から結婚した。
「それで男の子は女の子のことを姉さんて呼んでたんだ」とぼくは言った。八重山はそれ
について何も言わなかった。
 八重山の家は神戸でネジと車のホイールを作る工場を経営していた。両親は去年、つま
り一九六六年に交通事故で死んでいた。一九六七年には、横浜の聖書女子大に行っていた
八重山のお姉さんのミチコが神戸に戻ってきて、工場と家の両方を見ていた。
「行こう」と八重山が言った。「夢を見てちゃいけないよ」
「そうだね」とぼくは言った。「でも、あれは夢だったのかな?」



              ★

「ミチコ?」とマリコが言った。
 ぼくは目を覚ました。ぼくらはベッドの上にいた。
「ミチコって言ったわ」とマリコが言った。
「言わないよ」とぼくは言った。「きっと気のせいだよ」
「そう?」


             ★

 ぼくらは地下道を通ってよく三の宮にも出かけた。
 当時の三の宮は今みたいにきれいな街じゃなかった。賑やかなアーケードのある商店街
から少し裏に入ると、汚い店がごちゃごちゃとひしめきあっていて、娼婦がそこら中に立
っていた。
「まず女を買おう」と八重山が言った。
 ぼくはすっかり怖じ気づいてしまった。まだ子供だったから、売春はすごく悪いことだ
と思っていたのだ。
「それよりおなかがすいたよ」とぼくは言った。
「じゃあ、飯を食ってから女を買おう」と八重山は言った。
「お金がもうないじゃないか」とぼくが言うと、
八重山は通り掛かった小さな鞄屋に入っていって、たちまち金をポケットに詰め込んで出
てきた。彼のやり方はごく簡単だった。店に入っていき、店番の老人(年寄りが一人で店
番をしている店を狙うのがコツだと八重山は教えてくれた)に、一番高いところに下がっ
ている鞄を見せてくれと言う。じいさんが脚立を出して鞄を下ろしている隙に、さっさと
金を取ってしまう(レジスターを置いていないようなボロい店を狙うのがコツだと八重山
は教えてくれた)。そして下ろしてもらった鞄にあれこれ難癖をつけ、じいさんが鞄を戻
している隙に逃げ出す。
 簡単でしょう?
 ぼくらは古ぼけた小さなレストランで食事をした。年寄りが一人でやってる店だった。
生ビールをジョッキに何杯も飲み、ビーフステーキを食べた。すっかり酔っ払って、腹も
ふくれたところで、八重山がぼくに耳打ちした。
「ちょっと先に出てくれないか?」
「どうして?」
「いいから」
 ぼくはいやな予感がした。
 言われた通り一ブロック先の角で待っていると、札を鷲掴みにした八重山が笑いながら
走ってきた。彼は鞄屋で盗んだ金も併せて二等分し、ぼくに半分渡そうとした。ぼくは受
け取らなかった。何だかとてもいけないことをしているような気がしたからだ。
「なくすといけないから、きみがまとめて持っていてよ」とぼくは言った。
 ほんとは「こんなことをしちゃいけない」と言いたかったのだが、できなかった。そん
なことをしたら八重山がすごく悲しむだろうと思ったのだ。
「かなりの儲けだろ?」彼は金をポケットにしまいながらうれしそうに言った。

 それからぼくらは裏通りに立っている女たちを物色してまわった。ひどく寒い晩だった
が、どの女もかなり薄着だった。八重山が選んだ女は黒いスリップにハイヒールという格
好だった。ぼくには白くて大きなセーターをワンピースみたいに着ている女を選んでくれ
た。そこは長屋みたいな建物で、一階には酒場が並んでいて、その間にある入り口には通
りから直接二階に上がる、狭くて急な階段が続いていた。ぼくらは別々の部屋に通された。
部屋といってもベニヤ板で仕切っただけの、細長い隙間のような空間だった。
 女と二人きりになると、ぼくはすっかり怯えてしまった。相手がぼくの母よりも年上と
しか思えないようなおばさんだったからだ。おまけに彼女はすごく無愛想だった。黙って
セーターをまくり上げるとたるんだおなかが現れた。セーターの下には下着一枚着けてな
かった。彼女はそばにあった丸い椅子に片足を乗せ、足を大きく開いて、
「早くしてよ」と言った。
「いや、結構です」とぼくは愛想笑いを浮かべながら言った。
「そう」女は不機嫌そうな顔でセーターを下ろし、椅子に腰掛けた。
 ぼくは彼女に向き合って、ぼんやり立っていた。なんだか変な夢を見ているみたいな気
がした。ひどく場違いなところにいるような⋯⋯。娼婦の部屋といえばベッドがあるもの
と思っていたからかもしれない。
「あんたまだ子供でしょ」と女が言った。
「ええ、まあ」とぼくは答えた。
「ねえ、わたしと自由について話をしない?」と彼女は言った。
「いいですね」とぼく。
 ぼくはできればすぐにそこから出ていきたかったが、なんとなく言い出せなかった。も
しかしたら、そんなに早く女の部屋から出ていくのは恥ずかしいことなんじゃないかと考
えたのかもしれない。
 ぼくは落ち着かなかった。たぶん座る椅子がなかったからだろう。ぼくは狭く薄汚い部
屋に突っ立っていて、目の前では母親より年上の娼婦が丸椅子に座って煙草を吸っていた。
どこかから八重山と女の笑い声が聞こえてきた。楽しそうな笑いだった。
 女は売春をする自由について話した。政府に売春を取り締まる権利はないと彼女は言っ
た。
「政府⋯⋯」とぼくは呟いた。
 一九六七年の政府について、誰かが正面切って非難するのを聞いたのはそれが初めてだ
った。総愛学院では誰も一九六七年の政府や国家と自由の関係について語らなかったから
だ。彼女は政府の犯しているいろんな過ちについて長々と一人で喋った。ぼくはその間、
「ふうん」とか「へえ」とか合いの手を入れることくらいしかできなかった。ぼくはまだ
大人の議論に加わるにはあまりにも子供すぎたのだ。
「あんたいくつ?」と女がきいた。
「十四」とぼくは正直に答えた。
「あきれた」と言って彼女は笑った。「でも、そろそろ女が必要になる年頃かもしれない
わね」
「そうかなあ」とぼくはとぼけた。もちろんぼくはそのころ毎晩女の必要を感じていた。
ただ、母親みたいな年齢の女は対象から外れていたというだけのことだ。
「もっと大人になれば、わたしみたいな年の女でも平気になるわよ」
「そうかもしれないですね」
「ねえ、試しにズボンを降ろしてみない?」女がちょっと笑いながら言った。
「結構です」
「そう」彼女は笑いながら軽いため息をついた。「お金は返さないわよ」
「結構です」とぼくはまた馬鹿みたいに繰り返した。「ぼくのお金じゃないから」

 八重山は元気一杯で、ぼくの手を取って通りをスキップした。ぼくは重い足取りでつい
ていった。
「どうしたの?」と彼はぼくの顔をのぞき込んで言った。
「もうあんなとこには行きたくないよ」とぼくは言った。
 彼は立ち止まった。ぼくが泣いているのに気づいたのだ。
「どうしたの?」と彼はまたきいた。
「ああいうのはいやなんだ」とぼくは言った。「二度とあんなとこには行かないよ」
 ぼくは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。通りがかりの人がみんなぼくらをじろじろ
見ていた。恥ずかしかったが、どうしても泣くのを止められなかった。
「わかった」と八重山が言った。「悪かったよ。二度とあんなとこには行かない」
「ぼくのこと意気地なしだと思ってるだろ?」
「そんなことないよ。きみは潔癖なだけなんだ」
 彼はハンカチを出してぼくの頬っぺたを拭いてくれた。母親が怯えた息子を宥めるみた
いにぼくの髪を掻き上げながら、母親みたいに優しい顔で笑った。八重山はそういうやつ
だった。


             ★

 ぼくが神崎神父に怯えるようになったのは便所掃除のせいだった。一九六六年の秋のこ
とだ。ぼくはまだ十三歳で中学一年生だった。その日の放課後、ぼくは裸で便所掃除をし
ていた。多分宿題を忘れたとか、何かつまらないことで罰を食らったのだと思う。そうい
うことはしょっちゅうあった。宿題を忘れたり、授業中に無駄話をしていて叱られたりす
ると、総愛学院では裸で便所掃除をすることになっていたのだ。
 一九六六年の秋の便所は冷凍庫みたいに寒かった。白いタイルの壁や便器は水をかけて
洗っているあいだに分厚い氷で覆われてしまい、何度もモップの柄で氷を割らなければな
らなかった。御影石の床に水をまくと、あっというまにスケートリンクができた。
 ぼくが掃除を始めると、窓やドアから覗き込んでいたクラスの仲間がはやしたてた。
「やあい、ざまあみろ」やつらは笑いながら手を振った。
「覚えてろ」ぼくも笑いながら手を振った。
 クラスの仲間たちの冷やかしは、罰当番をやるときの励ましになった。便所掃除は一人
でやるにはあまりにつらかったし、ぼくらはみんな明日は我が身という気持ちでいたから、
クラスから罰当番が出ると、そうやって応援に行ったのだ。

「おまえは恥ずかしいやつだな」神崎神父が入ってきてそう言った。後ろには大勢坊主頭
の訓育生を従えていた。「裸で便所掃除なんかして恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしいです」とぼくは言った。声が震えた。神崎神父が恐かったというより寒くて
死にそうだったからだ。「服を着ていいですか?」
「だめだ」神崎神父はきっぱりと言った。後ろで訓育生たちが笑った。
「せめて靴を履かせてもらえませんか?」とぼくはピョンピョン跳び跳ねながら言った。
裸足で立ってると足が凍って床に貼りついてしまうからだ。飛び上がるたびにぼくのお尻
がプルプル震えたが、おちんちんはピクリともしなかった。寒さのせいであまりにも小さ
く縮こまってしまったのだ。そのせいか、鏡に映ったぼくは胸の平べったい女の子みたい
だった。
「だめだ」ぼくをじろじろ眺めながら神崎神父が言った。
 それから彼はいろいろ質問を始めた。ぼくがもっとほかに何かもっと重い罰に値するこ
とをやらかしてるだろうといったことだった。もちろんぼくはいろんなことを隠していた。
一九六六年の総愛学院の生徒は誰でも隠し事をしていた。神崎神父が生徒からそれを聞
き出そうとするのも別に珍しいことじゃなかった。彼は現行犯を罰するだけでは満足しな
い訓育主任だった。彼の威光を恐れてあらゆる生徒が自分から進んで罪を告白しに来るこ
と、あるいはほかの生徒の罪を密告しに来ることを望んでいた。現実には誰も告白や密告
に来なかったので、彼は訓育生を使って罪を見つけだし、無差別の尋問によって自白を引
き出さなければならなかった。ぼくはそれまでわりと罰を食らうことが少ない生徒だった
ので、神崎神父から尋問されるのはそれが初めてだった。
「どうした? 白状するか?」
 彼はそう言いながらぼくの股間に手を潜り込ませた。ぼくのおちんちんは凍えてどんど
ん縮んでいき、彼の手はそれを追ってどんどん奥に入り込んできた。
「ああ⋯⋯」とぼくは言った。「ああ⋯⋯」
 ぼくは隠していたことをすっかり白状した。
「まだなんにもしてないじゃないか」と神崎神父は言った。「そんなにあっさり白状され
たんじや張り合いがないなあ」
「そんな⋯⋯」とぼくは言った。
「でも肝心のことは言わなかったな」と彼は言った。「結城とやっただろう?」
「何を?」
「とぼけちゃって」
 彼は笑いながらぼくを石の床に正座させた。訓育生が頭から水をかけた。
「ゴボゴボゴボゴボ」とぼくは言った。
 もちろんぼくは彼が何をききたいのか知っていた。結城というのはその頃ぼくが好きだ
った男の子のことだ。ぼくはいつでも結城とやることばかり考えていた。しかし現実には
まだほとんど口もきいたことはなかった。
「ああ⋯⋯」とぼくは言った。「ゴボゴボゴボゴボ⋯⋯ああ⋯⋯」
「なかなかいいぞ」神崎神父はうれしそうだった。
「本当にやってないんです」
「その調子だ」
「赦してください」
「だめだ」
「ゴボゴボゴボゴボ⋯⋯」
 彼は訓育生にもっと水をかけさせた。ぼくはだんだん凍りついていった。洞窟の鹿みた
いに。全身の感覚がなくなってしまっても、彼はまだぼくのからだのあちこちをぶったり
撫で回したりした。そのあいだ、ぼくは何度となく気を失った。
「もういいよ」と神崎神父が言った。「そろそろ『やりました』って言えよ」
「赦して」とぼくは言った。「ああ⋯⋯赦して⋯⋯」
「おまえはわかってないなあ」彼は笑った。「おまえが本当にやったかどうかなんてどう
でもいいんだよ」
「ああ⋯⋯」
「結城とやっただろう?」彼はぼくの顎をつまんでぼくの目をのぞき込んだ。「『はい』
って言え」
「はい」
「それでいいんだ」彼は満足そうに言った。「本当のことを言うと、質問だってなんでも
いいんだよ。おれはおまえをちょっといじめて楽しみたかっただけなんだ」
「そうだったのか」とぼくは言った。

 それから一週間、神崎神父はぼくに便所掃除をやらせた。ぼくは自分が悪いことをして、
当然の罰を受けているのだと思っていた。
なぜだろう?
 神崎神父は毎日やってきて、「なんならあと一年間、便所掃除をやらせてやろうか?」
といったいやがらせを言いながら、ぼくをぶったり、訓育生たちに水をかけさせたりした。
ぼくは便所掃除を一週間で終わらせるために、彼の機嫌をとろうとした。ぼくが苦しむ
ほど彼は喜んだ。それでぼくは彼を喜ばせるために、わざと大げさな声を上げたりした。
「ああ⋯⋯ゴボゴボゴボ⋯⋯」
 あれは一体なんだったんだろう?
 ぼくはこのことを親にも言わなかったし、学校の仲間にも打ち明けなかった。
 なぜだろう?
 ぼくはすっかりどうかしていたのだ。

 何日目かに、カークパトリック神父ほかの教師たちが便所に駆けつけたとき、ぼくは凍
死寸前だった。誰か生徒が見かねて職員室に通報したのだ。このときの神崎神父がぼくに
したことは、スパルタ教育が売り物の総愛学院でも常軌を逸していたからだ。
「放せ」と神崎神父は叫んだ。「ぶっ殺すぞ」
 彼は大男のカークパトリック神父に後ろから羽交い締めにされていた。彼は激しく暴れ
たが、さらに何人かの教師に押さえ付けられてしまった。彼のズボンは股間のあたりが大
きく膨らんでいた。
 あれは一体なんだったんだろう?
 訓育生たちはそのそばでうな垂れていたが、彼らのズボンもやっぱり膨らんでいた。

 神崎神父はしばらく学校から姿を消していた。精神病院に閉じ込められてるという噂だ
った。いや、神父館の地下にある秘密の牢屋に押し込められてるんだと言うやつもいた。
戻ってきたとき、彼は右手をなくしていた。理由はよくわからない。謹慎中に近くの修道
院にある木工場で作業をしていて、回転鋸でうっかり切り落としてしまったのだという噂
もあったし、自分で切り落としたのだと言うやつもいた。

 彼はすっかり陰気になっていたが、驚いたことに自分のしたことを全然恥じていなかっ
た。
「見ろ、おれは自由を獲得したぞ」鉄製の大きな義手を生徒たちに見せびらかしながら彼
は勝ち誇ったように言った。その義手はよくできていた。ロボットみたいに強かったし、
生徒の首を片手で掴んで絞め上げられるほど大きかった。「これがおれの自由だ」と彼は
生徒たちに向かって叫んだ。「おれは自分の意志通りのことができるんだ」
 もっと驚いたことに、彼はそのまま訓育主任の座に留まってしまった。校長が強くそれ
を望んだのだ。ほかにも賛成する教師は多かった。総愛学院は彼みたいに鉄の意志と鉄の
腕を持つ男を必要としていたのだ。

「坊主、あんまり神崎を怒らせるなよ」とカークパトリック神父がぼくに言った。
「あの人は別に怒ってなかったよ」とぼくは言った。「楽しそうだったもん」
 カークパトリック神父は赤毛の大男だった。顔は恐そうだったが、総愛学院では唯一ぼ
くが友達みたいな口をきける先生だった。彼はぼくらの学年の主任で、英作文の教師だっ
た。一度もぼくらを怒鳴ったことはなかったが、みんな彼の言うことをよくきいていた。
「あいつは異常なところがあるからなあ」と彼は言った。神崎神父のことを言ったのだ。
「根が真面目すぎるんだ」
「そうかなあ」とぼくは言った。
「ちょっと神経質だけど、本当はいいやつなんだよ」
 カークパトリック神父にそう言われると、ほんとにそんな気がした。彼はどんな人間に
も必ずいいところを見つけることができた。たぶん彼が誰からも好かれていたのはそのせ
いだったのだろう。そして、ぼくはまだ子供だったから、彼が指差して美しいと言ったも
のは何でも美しく見えた。

「夢から覚めなきゃいけないよ」と八重山が言った。一九六七年の秋のことだ。便所掃除
の事件からほとんどまる一年たっていた。ぼくはその間に何度か便所掃除をやらされたが、
神崎神父はもうそれほどひどいことはしなかった。
「どんな夢から?」とぼくはきいた。
「いろんな夢からさ」と彼は言った。「夢がきみをがんじがらめにしてるんだ」
「そうかなあ」

 夕方だった。薄い紅色に染まった空でカラスが「ああ⋯⋯」と鳴いた。一九六七年のカ
ラスはいつも「ああ⋯⋯」と嘆くように鳴いた。
「まず結城をやっちゃうんだ」と八重山が言った。
「馬鹿」とぼくは言った。

 一九六七年の秋、ぼくは結城という同期生のことが好きだった。男の子どうしで愛し合
うことは総愛学院の中等部ではそんなに珍しいことじゃなかったが、ぼくはまだ結城とキ
スをしたことがなかった。一九六七年の秋には多くの中等部の生徒が庭園でキスしていた
が、ぼくは結城とほとんど口をきいたこともなかった。
「きみは根が真面目すぎるんだよ」と八重山が言った。
「カークパトリックは神崎のことを根が真面目すぎるって言ってたぜ」とぼく。
「つまり病的だってことだよ」
 一九六七年の総愛学院では男の子どうし愛し合うことが禁じられていたが、実際にはか
なりの生徒が決まりを破っていた。それは中等部の生徒が一度はかかる麻疹だった。ある
いは女の子とキスする前の練習期間だった。そして、高校生になるとみんなそんなことは
すっかり忘れて女の子に夢中になるのだ。
 もちろん総愛学院と聖書女学院では、男の子と女の子がセックスすることも禁じていた。
そして、そのタブーはわりと守られていた。聖書女学院の女の子はセックスすることに
怯えていたし、総愛学院の男の子は男の子どうしの気軽なキスやペッティングにあまりに
も慣れてしまっていたので、女の子をうまくリードすることができなかったのだ。

「男どうしってやつは不毛だよ」とカークパトリック神父がぼくに言った。
「そうだろうね」とぼく。
 一九六七年の秋のことだ。彼は何か感づいていたんだろうか? ぼくが結城のことで悩
んでるといったことを? ぼくがまだ結城とまともに口をきいたことさえなかったという
のに? カークパトリック神父は勘のいい男だった。いや、神父たちは全般的に勘が鋭か
った。たとえば神崎神父はすでに一九六六年の段階から、ぼくが結城に気があることを見
抜いていたのだ。
「やるなら女に限るぜ」とカークパトリック神父は言った。「まだ坊主にゃちょっと早い
けどな」


「いいのかなあ、そんなこと言って」とぼく。
 カークパトリック神父は総愛学院には珍しく、セックスのことを開けっ広げに話す先生
だった。
「おれもハイスクールのころはやりまくったもんさ」
 彼は大らかに笑った。〈やりまくる〉といった表現も、彼が言うとけっこう陽気に聞こ
えた。彼は学生時代に「やりまくった」話をしょっちゅうぼくに聞かせた。彼は何百人も
の女の子に関して、実に細かいところまで覚えていた。どの街のどんな店でデートしたと
か、そのとき彼女がきていた服はどんなだったか、どこで車を停めて、どこでやったかと
いったことを⋯⋯。少なくとも三人の女の子がはっきり彼の子供とわかる赤ん坊を中絶し
ていた。
「どうして神父になったの?」とぼくは彼にきいた。つまり、そんなに女好きだったのに
という意味だ。
「そりゃもちろん全てを愛するためさ」と彼は自信ありげに言った。「おれは全ての女を
愛したくなったんだ。そのときにセックスは卒業したのさ。おれは全ての人間を愛したか
ったからね。それで俗世間の生活ってやつもついでに卒業したんだ」
「全ての人間を愛する⋯⋯」とぼくは言った。
「人間だけじゃない。この世の全てを愛したかったんだ」
「全てを愛する⋯⋯」とまたぼくは言った。
「それが神を見つけるってことなんだ」
「そんなもんかな」
 総愛学院には一九六七年の生き方についていろんな意見を持つ大人たちがいたが、カー
クパトリック神父はその中でもユニークな存在だった。

             ★

 一九六七年の秋、ぼくは結城という同期生のことが好きだったが、総愛学院のほとんど
の連中もまた彼のことが好きだった。男どうしの恋愛ごっこを卒業したはずの高等部の生
徒でさえ、結城から目を離さなかった。ちゃんとガールフレンドがいるやつでさえ、一度
は彼をものにしようと狙っていた。
 結城は成績も悪かったし、スポーツも苦手だったし、ほかにこれといった取り柄もなか
った。それでいてこれほど人気があったのは、ひたすら彼がギリシャ神話に出てくる美少
年みたいに可愛かったからだ。ちょっと茶色っぽい巻き毛、大きな目、尖った鼻、小さな
口、小柄で引き締まったからだ、そして愛くるしい笑い方……彼は十代の男の子が抱き締
めたくなるような全ての要素を持っていた。
 彼はスポーツが苦手だったにもかかわらず、バスケットボール部とテニス部とサッカー
部とバレーボール部と体操部に入っていた。どのクラブのやつらもただ彼を休みの合宿に
連れていくためにスカウトしたのだ。結城と同じ部屋で雑魚寝がしたくて⋯⋯。
 彼は一九六七年の秋には毎日違ったクラブの練習に出ていた。何をやらせても下手糞だ
ったが、上級生たちは彼を飽きさせないように気を使っていた。
「きみはなかなか素質があるよ」どのクラブのやつらも見え透いたお世辞を言った。
「そうかなあ」と結城は照れ笑いしながら言った。
 美術部は彼をヌードのモデルにしようとしきりに口説いていた。
「きみなら絶対きれいに描けるよ」と美術部員たちは彼に言った。
「そうかなあ」と結城は笑いながら言った。

 ぼくは結城に近づくチャンスがなかった。彼とは同じクラスになったことがなかったし、
共通の友達もいなかった。休み時間にも彼は絶えずいろんなやつらに取り巻かれていて、
一人でぼんやりしていることがなかったから、近づいて話しかけることができなかった。
放課後はクラブ活動が待っていた。月曜日は美術室でポーズをとり、火曜日は第一運動
場でバレーボールをやり、水曜日は第二運動場でバスケットボールをやり、木曜日は第三
運動場でサッカーをやり、金曜日はテニスコートでテニスをやり、土曜日は体育館で器械
体操をやっていた。
 練習の最中にやってきて結城を連れ出すことができるのはコッホ神父だけだった。この
カーネル・サンダースに似た白髪のドイツ人は放課後にゆっくりと運動場や体育館を回り、
音もなく結城に近づいて何か二言三言囁きかけると、肩を抱いて音もなく連れていって
しまうのだ。上級生は何とかそれを阻止しようとした。
「結城はどこも悪くありませんよ」と彼らはコッホ神父に言った。
「ソレハキミタチノ決メルコトデハナイ」というのがコッホ神父の返事だった。
「そうですか」と上級生たちは言った。
 それでおしまいだった。誰も総愛学院の保健室主任ジークムント・コッホ神父を止める
ことはできなかった。
「ぼく、ちょっと具合が悪いんです」と結城のほうから言うこともあった。
 きっと練習に飽き飽きしていて、何か気晴らしがしたかったんだろう。彼はどんなこと
でも三十分もやると飽きてしまうようなところがあった。
「ヨシヨシ」とコッホ神父は上機嫌で言った。孫にお菓子をねだられたじいさんみたいに
「保健室ニオイシイくりーむ・ぱいガアルカラネ。ちょこれーとト胡桃ノヤツダ」
「わあい、うれしいな」と結城は言った。彼は甘いものに目がなかった。

 あるときぼくは彼と廊下で擦れ違ったときに、思い切って話しかけてみた。彼は何人か
の友達と話しながら歩いてきた。
「やあ、こんにちは」とぼくは言った。
 彼は立ち止まってこっちを見た。それだけで心臓が止まりそうだった。
「いい天気だね」とぼくは精一杯笑いながら言った。
「きみは誰?」と結城は言った。「ぼくはきみのことなんか知らないよ」
「そうかもしれないね」とぼく。
「ねえ、こいつ誰?」彼はぼくを指差しながらまわりの連中に聞いた。
「つまらないやつだよ」と取り巻きの一人が言った。
「口をきいてやるだけの値打ちはないよ」と別のやつが言った。
「やっぱりそうか」と結城は言った。「そうだと思った」

 一九六七年の秋にはいやな噂が流れていた。体操部とバレーボール部とバスケットボー
ル部とサッカー部とテニス部と美術部のやつらが、夏の合宿で結城を〈まわした〉とか結
城と〈やりまくった〉といった噂だ。ぼくには信じられなかった。結城が相変わらず天使
みたいにあどけない顔をしていたからだ。一九六七年のぼくはまだほんの子供だったのだ。
庭園ではほかの連中がやりまくってるのを平気で見物していたくせに、結城だけはそん
なことをするわけがないと考えていたのだ。しかし、ぼくはその噂でとても傷ついていた。
信じていないのに傷つくというのは変な話だが、やっぱり心のどこかでぼくもその噂を
事実として受け止めていたのかもしれない。それはテレビで見る可愛らしいアイドル歌手
が実は一晩百万円で代議士と寝ているとか、男の歌手と楽屋でやってるところを目撃され
たというような噂に似ていた。つまりありそうもないようでいて、実際はごく当たり前の
ことになってしまってるのかもしれないという気がしたのだ。

「どうしてきみは結城なんかが好きなんだろう」と八重山が言った。「つまんないやつじ
ゃないか」
「そうかなあ」とぼく。
「きみはあいつなんかとは人間のレベルが違うんだ」
「ぼくはスポーツもできないし、ピアノも弾けないよ」
「きみは小説を書くんだよ」
「書けるといいね」
「きっと書けるよ。ぼくらは同類なんだ。最初きみを見たときにわかったよ」
「同類?」
「ぼくらには自由になれる素質があるんだ」
「自由⋯⋯」とぼくは馬鹿みたいに繰り返した。
「ぼくらはやつらと違うんだ。やつらはぼくらが楽しむのを眺めることしかできないけど、
ぼくらは自分が楽しむことでやつらを楽しませることができるんだよ」
「そうかなあ」
「夢から覚めなきゃいけないよ」
 夕暮れどきの庭園でぼくらは山葡萄を食べていた。黄金色の空でカラスの群れが「ああ
⋯⋯」と鳴いていた。ぼくが神崎神父に首を絞められたときにもらした呻きみたいな声で。
谷のむこうでノイマン屋敷が赤く輝いていた。太陽はもう摩耶山の陰に隠れてしまって、
赤みを増していく西の空を背に、山の稜線は影絵みたいに黒く透明に澄み切っていた。
山の麓はもう夜だった。神戸の街には宝石みたいに色とりどりの明かりが灯り始めていた。
「結城なんてさっさとやっちゃえばいいんだ」と八重山が言った。「そしたらすっきりす
るよ」
「やっちゃうって?」
「やっちゃうのさ」
 椎の木の葉むらの陰で八重山の顔が笑った。

 文化祭が近づいていた。生徒たちは遅くまで学校に残って展示や模擬店の準備をしてい
た。校舎のいたるところから楽器の音が聞こえてきた。管楽器でスタンダードナンバーを
演奏する音楽部、フォークソングを練習するたくさんのバンドの連中⋯⋯。文化祭の準備
期間中、生徒は夜遅くまで学校に残ることができたし、届けさえ出せば泊り込むこともで
きた。校庭や校舎の陰や裏山ではあちこちで焚き火が焚かれ、木の枝に刺したマシュマロ
やアルミフォイルに包んだりんごを焼く匂いが庭園まで漂ってきた。ぼくと八重山は庭園
の入り口近くにある小さな樫の木に登って草笛を吹いていた。普通の笹で作った笹笛はソ
プラノサックスに似た音が出たが、もっと葉っぱの大きい熊笹の葉で作った笹笛を吹くと
、テナーサックスに似た音を出すことができた。八重山はコルトレーンのテナーサックス
そっくりに熊笹の笹笛を吹いた。ぼくはとても八重山のようには吹けなかったが、簡単な
メロディならついていくことはできた。ぼくは『コートにすみれを(ヴァイオレッツ・フ
ォー・ユア・ファーズ)』、『アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー』、『ト
ゥ・ヤング・トゥ・ゴー・ステディ』といったスローテンポのバラードを八重山に教わっ
た。ぼくらは同じ曲を何度となく繰り返して吹いた。つまりぼくはいちどもコルトレーン
のレコードを聴かないうちに彼の曲を覚えたわけだ。それは庭園の草叢で愛し合っている
カップルたちにとっていいバックグラウンド・ミュージックになった。スローバラードは
思春期の少年たちの性欲を刺激する。ぼくと八重山は彼らの悩ましげなため息やうめき声
を聞くたびに目と目で笑い合った。

 ぼくらが笹笛を吹くと、どこからともなく鹿たちが集まってきた。鹿は笹笛が好きだっ
た。あるいは八重山がコルトレーンそっくりに吹くスローバラードが。
 空ではカラスが「ああ⋯⋯」と鳴いていた。鹿と違ってぼくらの笹笛に耳を傾けてる様
子はなかったが、とにかく夕方になるとどこからともなく夥しいカラスが現れて、鮭の肉
みたいにバラ色に染まった空を埋めつくそうとするのだ。
 ときどきカラスがバサバサと音を立てて空から落ちてきた。ノスリに襲われたのだ。一
九六七年のノスリはよくカラスを襲った。空を舞っているカラスに鋭い爪で襲いかかり、
尖った嘴で素早く心臓を抉り出して食べてしまうのだ。
 カラスが落ちてくると神経質な鹿たちは素早く木立の中に身を隠した。落ちてきたのが
完全に死んだカラスで、何の危険もないことがわかると、鹿たちはまた用心深い足取りで
静かに戻ってきた。

 ぼくらは鹿たちと一緒に校舎のほうへ行った。マシュマロとりんごを焼く甘い匂いが鼻
をくすぐった。鹿たちは焚き火を見ると音もなく寄っていき、そこで火に当たってるやつ
らから焼きりんごと焼きマシュマロをもらって食べた。
「みろよ」とやつらが言った。「鹿が焼きマシュマロと焼きりんごを食べてるぜ」
「悪いか?」と鹿が言った。
 全体に鹿たちは尊大な態度をとっていた。きっと知らない人間から焼きりんごと焼きマ
シュマロを恵んでもらうことで、かなりプライドを傷つけられていたのだろう。
「腹ぺこなんだ」と別の鹿がぼくに囁いた。「最近の山はろくな食い物がないからね」

 神父館の前でミナミさんに会った。
「ミナミさん、今晩は」とぼくらは言った。
「兄ちゃん、おはよう」とミナミさんは言った。
 ミナミさんは両手に三羽ずつカラスを下げていた。足を掴まれて逆さに吊されたカラス
はどれも大きな嘴を固く閉じ、無念そうに目を半分開いたまま死んでいた。
「さっき空を飛んでたでしょう」と八重山がミナミさんに言った。「カラスをたたき落と
してるのを見ましたよ」
「あれはノスリだよ」とぼくは言った。
「こいつら悪さしよるさかいな」ミナミさんはカラスをちょっと持ち上げて笑った。
「ぼくの相棒はミナミさんが空を飛べるってことをまだ信じようとしないんですよ」
「まあ、しゃあないわな」ミナミさんはもう一度笑った。
「お陰でぼくは文化祭でピアノの逆さ弾きをやらなきゃいけないんです」
「そんなこと言ってないだろ」とぼくは言った。「賭けは引き分けだよ」
「だからぼくがピアノの逆さ弾きをやって、きみは英語で小説を書くのさ」
「そうだったのか」
 ぼくは賭けのやり方をよく知らなかったから、世間ではみんな賭けが引き分けになった
ときはそうやるのだと素直に信じ込んでしまった。世間にそういう決まりがあるわけじゃ
ないということを知ったのはごく最近のことだ。つまり八重山は二十年間ぼくをだまし続
けたわけだ。

 校舎の前には大きなステージができかかっていた。その前で高等部の文化祭委員たちが
客席の椅子を並べていた。客席のまわりでは各クラブやクラスの連中が模擬店の屋台を造
っていた。蒼白いライトを浴びて、下手糞なハワイアン・バンドが練習していた。冬みた
いに寒い一九六七年の秋の夕暮れどきに、ぼくらは鹿たちに囲まれてハワイアンを聴いて
いた。ぼくは自分がもう死んでるような気がした。冷たい一九六七年の闇の中で鹿たちと
聴く下手糞なハワイアン⋯⋯。

「小僧、さんざん探たしぞ」とカークパトリック神父が言った。
「なんだっけ」と八重山が笑いながら言った。
「ふざけるな」
 カークパトリック神父は八重山をつまみ上げてステージの隅に放り投げた。
「リハーサルをやる予定だったんだよ」と彼はぼくに言った。

 ステージの左手にグランドピアノが置いてあった。八重山はハワイアン・バンドの横で
椅子やマイクの調節を始めた。グランドピアノの中に突っ込まれたマイクはすでに音が入
っていて、彼が触るだけでゴボッゴボッと大きな音を立てた。椅子を並べたり屋台を組み
立てていた連中が八重山のほうを見た。ハワイアン・バンドの連中も不安そうに彼のほう
を見ていた。よそ見をしているのでよけいに演奏がひどくなった。彼らはこの寒い夜にお
そろいのアロハシャツを着て、オレンジ色の花の輪を首にかけていた。彼らは弱々しく笑
っていた。かわいそうに、彼らは自分たちが下手糞なハワイアン・バンドだということを
知っていたのだ。

 後ろの校舎の窓という窓からたくさんの生徒が顔を出していた。その晩八重山が野外ス
テージでリハーサルをやることは全校に知れ渡っていた。みんなが彼のピアノを聴きたが
っていたのだ。彼は学校中にファンを持っていた。東翼の一階にある保健室にも明かりが
灯り、窓からコッホ神父が顔を出した。鹿たちが一斉に保健室のほうを見た。
「あの部屋にはパイがあるぜ」と鹿が言った。
「まさか」とぼくは言った。
「おれたちは鼻がいいんだよ」と別の鹿が言った。
「保健室を見るな」とカークパトリック神父がぼくに言った。
「見てないよ」とぼくは言った。

 それは嘘だった。ぼくは保健室をじっと見つめていたのだ。中に結城がいることはわか
っていた。まだ明るいうちに校庭でコッホ神父が彼の肩を抱いて連れていくのを見たのだ。
カラスが一羽ぼくらのすぐそばに落ちた。カークパトリック神父はそいつをつまみ上げ
た。さっきミナミさんが下げていた死骸と同じように悔しそうな顔をしていた。ただ死ん
だだけじゃなく、完全に負けましたという表情だった。
「かわいそうに」とぼくは言った。
「放っておくと人間を襲うようになるからな」とカークパトリック神父は言った。
 空はもう深い藍色に沈んでいて、星がたくさん見えた。細かい点みたいなカラスの群が
空を舞いながら「ああ⋯⋯ああ⋯⋯」と鳴いていた。彼らを襲うノスリの姿は見えなかっ
た。
「ミナミさんが空を飛んでカラスを叩き落としてるんだ」とぼくは口からでまかせを言っ
た。
「知ってるよ」とカークパトリック神父が言った。「おれとミナミさんは友達なんだ。知
らなかったろ?」
「知らなかった」とぼく。

 下手糞なハワイアン・バンドは曲の途中で演奏をやめてしまった。誰かがひどい間違え
方をして、みんながつまずいてしまったのだ。彼らはすっかりやる気をなくし、八重山の
ほうを振り返りながらのそのそ楽器を片付けた。
 彼らがまだステージから降りないうちに八重山がピアノを弾きだした。谷の澄んだ水の
流れみたいな音がステージからゆっくり溢れだした。曲はビル・エヴァンスの『ワルツ・
フォー・デビー』だった。クラシックの曲が聴けると思っていたカークパトリック神父は
びっくりしてステージを見上げた。
「なんだあの曲は?」と彼は言った。
「知らない」とぼくは答えた。ビル・エヴァンスなんて名前さえ知らなかったのだ。

 ぼくらがびっくりしたのは曲がジャズだったせいばかりじゃない。八重山の姿が椅子の
上に見当たらなかったからだ。いや、彼はちゃんとそこにいた。しかし頭があるべきとこ
ろには足があった。彼は膝を背もたれに引っ掛けて、椅子の上に仰向けになっていたのだ。
頭は完全にピアノの下に隠れ、両手は全く逆向きにねじれて鍵盤の上を跳び跳ねていた。
つまりそれが八重山の逆さ弾きだった。

 生徒たちは二人ずつ組みになってワルツを踊っていた。なかなかきれいなステップだっ
た。総愛学院ではみんなワルツを踊るのが好きだったし、特に一九六七年には八重山のピ
アノに合わせてよく踊ったものだ。パートナーが見つからなかったやつが一人ぼくのほう
にやってきたが、ぼくが踊ろうとしないのでもじもじしていた。
「踊ってやれよ」とカークパトリック神父が言った。
「あんまり気が進まないなあ」
「いいから踊れよ」
 神父はすごい力でぼくを押した。ぼくは保健室のほうを見た。ぼくが一緒に踊りたかっ
た結城はその中にいて、神父はそれを知っていたのだ。ぼくはしかたなく踊りだした。
「きれいな曲だね」とぼくはダンスのパートナーに言った。
「奇跡みたいだね」と彼は恥ずかしそうに言った。

 ぼくらは踊りながら校庭中を回った。曲は途中で『マイ・フェイヴァリット・シングズ
』や『美しく青きドナウ』に変わったりしたが、ぼくらはいい気持ちでワルツを踊ってい
た。神戸の街はルビーやトパーズやサファイアやエメラルドを無数にちりばめたみたいに
キラキラ光っていた。あるいはスリランカの夜の川みたいに⋯⋯。
 鹿たちがいつのまにか保健室のまわりに集まっていた。開いてる窓から首を突っ込んで
くんくん匂いを嗅いでるやつもいた。前脚で校庭に面した木のドアをドンドン叩いてるや
つもいた。

「ソコデ何ヲシテイル?」とコッホ神父が窓から首を出して言った。
「パイをおくれよ」と鹿が言った。
「ソンナモノハナイ」とコッホ神父は言った。
「隠してもだめだよ」と鹿が言った。
「おれたちは鼻がいいんだ」と別の鹿が言った。
 ドアを蹴っていた鹿が鍵を壊して中に飛び込んでいった。コッホ神父がドイツ語で何か
叫んだ。
「やめろ、このバカ」といったようなことを言ったのだと思う。

 それからしばらく保健室の中でドカンドカンという音がしていた。鹿たちは次々と中へ
飛び込んでいった。先に中に入った鹿が大きなフランス窓を全部開けてしまったのだ。ぼ
くはパートナーと踊りながら保健室の前まで行った。鹿たちで溢れ返っている部屋の中が
すっかり見えた。白いシーツをからだに巻き付けた結城がベッドの上で泣いていた。『プ
レイボーイ』のグラビアの撮影が終わったばかりのヌードモデルといった感じだった。つ
まり裸の肩と腕がとてもセクシーだった。

 ベッドの上には食べかけのパイが散らばっていた。チェリーパイ、チョコレートパイ、
レモンパイ⋯⋯。結城は泣きながら指についた生クリームをなめていた。腹を減らした鹿
たちがパイを片っ端から食べていた。床も診察台や机の上もパイが山盛りになっていた。
マロンクリームパイ、マシュマロパイ、アップルパイ⋯⋯。鹿たちは興奮しながら次々と
パイを平らげていた。

「ぼくのパイだよ」と結城が泣きながら言った。
「どうせ一人じゃ食べきれないだろ」と鹿が言った。
「でもぼくのパイなんだ」と結城が言った。
「もうみんなのパイだよ」と別の鹿が言った。

 コッホ神父はもうそこにいなかった。上気した顔に怒りの表情をたたえてステージのそ
ばに立っていた。ときどき鹿だらけの保健室のほうをちらちらと見ていた。カークパトリ
ック神父が愉快そうに笑いながら近寄っていった。
「どうしてあんなにパイがあるんでしょう?」といった意味のことを彼は英語で一言った。
「わしゃ知らんよ」といった意味のことをコッホ神父がドイツ訛りの英語で言った。「
しかしこいつらずいぶんけしからん鹿じゃないか」
 彼は白衣のポケットに手を突っ込んで、真剣に腹を立てていた。
「で、ベッドの上に寝ている少年の病名は?」
「コッホコッホコッホコッホ」とコッホ神父は言った。ほんとはドイツ語で何か病名を言
ったのかも知れないが、ぼくの耳にはそんな風に聞こえた。

 結城は裸で保健室の前に突っ立っていた。からだを覆うものはもう何もなかった。彼の
服もベッドのシーツや毛布も、みんな鹿たちが食べてしまったからだ。それほど腹を減ら
していたのだ。結城は両手でおちんちんを隠しながら泣いていた。みんなが踊りながら彼
のことを笑っていた。
「誰か着るものを貸してよ」結城は苛々しながら叫んだ。
「かわいそうに」とぼくは言った。
「ぼくのことが好きならきみの着てるものを貸してよ」と彼はぼくに言った。
「どうしてぼくがきみのことを好きだってわかる?」とぼくはきいた。
「この学校じゃみんなぼくのことが好きだからさ」と彼は言った。

 ぼくはパートナーと踊り続けた。何となく着てるものを脱いで結城に着せてやるといっ
たことはできにくい雰囲気だった。みんなが結城のことを嘲笑っていたからだ。
「くたばれ、屑野郎」と誰かが叫んだ。
「ドイツ人のケツでも舐めろ」と別のやつが叫んだ。
 それは意外な反応だった。同情してるやつは一人もいなかった。もしかしたらみんな結
城とやりたかっただけで、ほんとに彼のことが好きだったわけじゃないのかもしれない。
あるいはみんなほんとに結城が好きだった分だけ、彼に心を傷つけられたことがあって、
内心彼のことを憎んでいたのかもしれない。ぼくみたいに……。

「今だよ」と八重山が言った。「やっちゃえよ」
 ぼくはいつのまにか八重山と踊っていた。ステージのほうを振り返ると、別の生徒が『
フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』をワルツのテンポで弾いていた。セルジオ・メンデス
とブラジル66がこの曲をヒットさせたときは、ボサノヴァにアレンジされていたが、一
九六七年の総愛学院ではまだボサノヴァは流行っていなかった。もともと『フライ・ミー
・トゥ・ザ・ムーン』はワルツの曲だったのだ。
 八重山はノスリみたいに鋭い顔つきをしていた。ピアノに神経を集中した後、彼はいつ
でも猛禽類みたいな顔になった。坊主頭のイモ虫みたいな傷がピンク色に光っていた。頭
に全身の血が上ってしまった感じだった。
「ほら、今ならこんなに簡単だよ」
 八重山は結城に近付き、腕をねじ上げると、小さく縮こまったおちんちんを鷲掴みにし
た。
「ああ⋯⋯」と結城が言った。「ああ⋯⋯」
「ほら、誰だってこいつとやろうと思えば簡単にできるんだ」
 八重山はそう言うと、結城にキスした。
「モゴモゴモゴモゴ」と結城は言った。彼は両手を八重山の背中に回し、指先に力を込め
て、全身で相手を抱き締めていた。
「ひどいなあ」とぼくは言った。

 八重山は結城をぼくに押し付けてきてた。結城はぼくにも気持ちを込めてキスした。ま
るでイタリア映画で見たソフィア・ローレンみたいな激しいキスだった。八重山は右手で
リズムを取りながらステージに戻っていき、もう一人のピアニストと並んでまたピアノを
弾き始めた。曲はいつのまにかまた『マイ・フェイヴァリット・シングズ』になっていた。
ぼくはそのときこうしたことがすべて八重山のピアノのせいで起きた異変だということ
に気づいた。

「赦して」と結城がぼくに言った。「ああ⋯⋯赦して⋯⋯」
 それはぼくが神崎神父に言った言葉だった。数年後、ぼくは女たちの口から同じ言葉を
聞いた。ぼくのことを好きになった女はみんなぼくに赦しを乞うのが好きだった。それは
ぼくが彼女たちを苦しめるのが好きだったからだ。ぼくは神崎神父がぼくにしたことを女
たちにするようになった。それは強迫観念みたいなものだった。西洋文明に強姦された一
八六〇年代から一九四〇年代にかけての日本が、台湾や朝鮮半島や満州や中国や東南アジ
アを強姦することで何かを埋め合わせしようとしたように、ぼくも自分の受けた心の傷を
誰かに転化する必要を感じていたのだ。

 目を覚ますとぼくはステージ前の客席に寝ていた。カークパトリック神父が目の前に立
っていた。ぼくの顔のすぐ上に結城の顔があった。
「うわあ」と言ってぼくは起き上がった。
「きゃあ」と結城が言った。
「夢を見てたんだ」とぼくは言った。
「夢からは覚めなきゃいけないよ」とカークパトリック神父が言った。

 ステージの上で八重山が『クライスレリアーナ』を弾いていた。二番目だか三番目だか
の、とても静かな小曲で、シューマン独特の液化した黄金のような音が校庭全体を浸して
いた。彼はもう逆さ弾きをしていなかった。客席や模擬店の準備をしていたまわりの連中
も、仕事の手を止めて静かに聴き入っていた。『クライスレリアーナ』は八重山の十八番
で、一九六七年の文化祭でもこの曲を弾いたのだった。
「ほんとに夢だったのかな?」ぼくはまわりの連中を眺めながら言った。
「夢じゃないよ」と結城が言った。「ぼくは人間の屑みたいなやつなんだ」
「夢を見てたのさ」とカークパトリック神父が言い、結城の膝を軽く蹴とばした。
「でもやっぱりぼくは人間の屑なんだ」と結城が言った。
「黙れ、人間の屑野郎」とカークパトリック神父が優しく笑いながら英語で言った。結城
は何を言われたのかわからなかったらしく、愛くるしい顔で笑った。彼は英語が苦手だっ
たのだ。

 ぼくは立ち上がり、ステージに寄り掛かって神父と一緒に神戸の街の灯と空の星を眺め
た。空は濃い藍色に澄んでいて、高いところにカラスがたくさん群れていた。ノスリが活
躍しているらしく、ときどきカラスが校庭に落ちてきた。
「ミナミさんが空を飛んでる」とぼくは冗談を言った。
「人間の屑をたたき落とすのが天使の仕事だからな」とおどけた顔でカークパトリック神
父が言った。
「ミナミさんは天使なの?」とぼく。
「人間の屑をたたき落とせる人さ」
「ぼくは人間の屑みたいなやつなんだ」と結城が言った。
「じゃあ、空でも飛んだらどうだ?」とカークパトリック神父が英語で言い、笑いながら
彼にウインクした。結城もつられて笑った。
 神父は地面から石を一つ拾って、空に向かって投げた。ガサガサと音がして、カラスが
一羽落ちてきた。
「うまい」とぼくは言った。
「痛い」と結城が言った。
「先生も天使なの?」とぼく。
「まあ、修業中ってとこかな」
「ぼくにもできる?」
「まあむりだね。子供はまず自分が人間の屑にならないように努力しなくちゃな」
「どうすれば人間の屑にならずにすむの?」
「まわりの全てを好きになることだな」
「ぼくは嫌いなものが何もないんだ」
「順調だね」カークパトリック神父はまた笑った。
 そう。ぼくはまだ子供で、大人たちに比べれば元気一杯だった。世の中の全てのものが
生き生きと美しく見えた。まわりには好きなものが溢れていた。山や谷や山葡萄や木苺、
地下の抜け穴と冷凍された鹿、黒いうろこ屋根のノイマン屋敷やスペイン風の神父館、チ
ャールズ・ディケンズやヘンリー・フィールディングの小説、八重山のピアノや笹笛、焼
きりんごや焼きマシュマロ、ミナミさんの飛行とカラス退治、カークパトリック神父と英
語の授業、結城のきれいな巻き毛や褐色のからだ⋯⋯。
 ぼくを不安にしたり苦しめたりしたもの、たとえば三の宮の裏通りのものすごく年を食
った娼婦や、カーネル・サンダースそっくりのコッホ神父、ジョゼフ・フーシェみたいな
神崎神父でさえ、十四歳のぼくには自分の大好きな世界を構成している賑やかしの飾りみ
たいに感じられたのだ。
                                                                           
 十四歳のぼくはまだ天使の予備軍だった。
 一九六七年にはまだそんな子供がたくさん残っていた。

 

2   菜 の 花





 一九六八年の春には何だって起こり得た。
 このことは案外忘れられている。このあいだも友人に一九六八年のことを話したら、
「へえ、そうだったかな」と言われた。
 一九六八年の春にぼくは十四歳で、七月に十五歳になった。まだほんの子供だったが、自分も含めてこの世のすべてのものが好きだった。ぼくの神戸時代の友人はほとんどが一九六八年に十四歳か十五歳だった。彼らもまだその頃はこの世のすべてのものを愛していた。

 春先になるとぼくらの学校のまわりは、背後の山から深い谷を隔てて摩耶山まで、見渡す限り菜の花が咲いた。三月上旬のある日を境に、冬の間六甲山から吹き下ろしていた冷たい北風が止み、神戸の街にまぶしい春の光が降り注ぐようになる。するといつのまにか茶色い枯れ草と冬枯れの木立に覆われていたはずの山に菜の花が芽を出し、あっと言う間に黄色と緑の絨毯が山々を覆ってしまうのだ。そして今ではすっかり市街地になってしまった平地、山の麓から海へなだらかに広がる傾斜地にも、一九六八年の春にはまだ所々パッチワークみたいに菜の花畑が残っていた。
 昔から神戸のこの一帯は菜の花の名所だった。蕪村の句に摩耶山と菜の花を詠んだものがあるという話を、ぼくはリッキーから聞かされたことがある。彼はアメリカの詩人兼小説家だったが、一九六八年には日本に住み着いて、俳句の英語訳を試みたりしていた。あいにくぼくは蕪村のオリジナルを知らなかったが、リッキーの英訳によれば、それは次のような句だった。

  菜の花や
  摩耶山を下ってきたら
  日が暮れちまったぜ

 リッキーは俳句を短い行からなる三行詩のかたちに訳すのが好きだった。いや、もしかしたら白人はみんな俳句を三行詩に訳すのかな? よくわからない。俳句集の英語訳なんて読んだことがないからだ。とにかく彼はこの句を非常に気に入っていた。
「こんなに短いのに、実にビジュアルじゃないか」と彼は言った。
 ぼくはこの句のどこがいいのかよくわからなかった。ビジュアルにしたければ、ビジュアルになるまでいくらでも長くすればいいんじゃないかという気がしたのだ。でも、あえて反論することは控えた。ぼくはまだ子供で、相手はすでに詩集を二冊も出しているプロフェッショナルだったからだ。一九六八年のぼくはまだ言葉でイメージを切り取るテクニックを知らなかった。
 とにかく神戸は昔から良い水と良い酒と菜の花の産地だった。昔から港があり、中国や朝鮮半島の貿易で栄えた。良い港には良い遊女たちがいた。平安時代の終わりに平清盛は神戸に都を移したが、福原と呼ばれるそのあたりは後に大きな遊廓ができ、一九六八年にはトルコ風呂がたくさんあった。

 一九六八年の春はとても暖かくて、早くから菜の花が咲いた。そしてまだ春休みが始まらないうちからヒッピーたちが山のあちこちに入り込んでテントを張り始めた。一九六八年には日本中いたるところにヒッピーがいたのだ。彼らは総愛学院の敷地にキャンプを張り、焚き火で魚を焼いて食べたり、木立の中で立ったままセックスしたり、インドの神様に祈ったり、ベトナム戦争について話したりした。彼らがあんまり楽しそうなので、麓の住宅街の住人たちも真似をして庭や近所の山の中にテントを張った。一九六八年には至る所であらゆる家族がヒッピーたちにならってファミリー・キャンプをやっていた。今ではこれが気候のせいだということがわかっている。一九六八年は春先からやたらと気温が上がったので、キャンプの初心者でも平気で外に寝ることができたのだ。三月は初夏みたいだったし、四月は夏みたいだった。そして五月はもう真夏だった。

 一九六八年の春には暑さのせいでみんなが浮かれていた。
 ぼくは英語で小説を書いていたし、八重山は毎日十六時間ピアノを弾いていた。ぼくも彼を見習って毎日十六時間小説を書こうとしたが、体力が続かなかった。しかしそれでも一日十二時間くらいは書いていた。父からもらったモンブランの新しい万年筆と分厚いノートを持って、ぼくはどこにでも出掛けていった。学校の庭園や校庭でも書いたし、春休み前の期末試験や終業式の最中にも書いた。いつどこにいても書けるのだということをぼくは自分に証明したかったのだ。食事をしながら、あるいは本を読みながら、あるいは友達と話をしながら、ぼくは " A Tale of A Little Thief " という英文小説を書き続けた。それは四月の新学期から七月までカークパトリック神父によって英作文の時間に朗読され、一九七〇年に上智大学語学実験室から中高校生のサイドリーダーとして出版されることになる。

 八重山は起きているかぎりピアノを弾き続けていた。ピアノがないところでは頭の中で弾いた。将棋や囲碁の上級者が盤上の構成を完全に頭の中に入れておくことができるように、彼もピアノの鍵盤とすべての音を完全に頭の中に入れていた。彼は絶えず目まぐるしく手と指先を動かしていたが、そうすることで頭の中のピアノを弾いていたのだ。
 ぼくは彼を見習って頭の中で小説を書く練習を始めた。そうすればいつどこでも、もっと楽に書くことができるからだ。慣れてくるとそれはあまり難しいことではなかった。どんな言葉でも一度頭の中で書いてしまうと決して忘れなくなったし、それを好きなときに取り出して紙に書き写すことができるようになった。
 ぼくらは相変わらず庭園やそのまわりの山をうろついていたが、その間もぼくは頭の中
で小説を書き、彼は頭の中でピアノを弾いていたのだ。

 結城はクラブの練習をサボってぼくらと庭園をうろつくようになった。彼はぼくらの仲間だった。ぼくは好きなときにいつでも彼とキスすることができた。八重山はぼくほどしょっちゅうしたがらなかったが、それでもしたければ好きなときにすることができた。結城がぼくだけでなく八重山ともキスすることでぼくは少し悩んだが、それほど憂欝じゃなかった。一九六八年には誰が誰とキスするかなんて、あまりたいしたことじゃなかったからだ。結城がぼくのことを知らなかった一九六七年の秋に比べれば、一九六八年の春は天国みたいなものだった。
「ああ、なんていい気分なんだろう」とぼくは頭の中で小説を書くのを中断して言った。

ぼくらは庭園から菜の花に覆われた摩耶山と神戸の街を眺めていた。
「ほんとだね」と結城が言った。「どうしてもっとはやくここに来なかったんだろう」
「フフンフフンフンフン」と八重山が言った。それは言葉ではなくメロディだった。頭の中のピアノで引いていた曲をちょっと鼻歌にしてみたのかもしれない。あるいは何か言おうとしたのだけれど、つい言葉じゃなく音楽になってしまったのかもしれない。その頃の彼は日常会話を音楽に置き換えてしまうことがよくあった。

 コッホ神父は結城の代わりに新しい美少年を確保していた。一年下、つまりその春中等部の二年になったやつだ。結城みたいにいろんなクラブから誘われるような人気者じゃなかったが、とにかくコッホ神父好みの小柄で調った顔をした男の子だった。
「ぱふぇヲ食ベマセンカ?」とコッホ神父はその子に言った。「保健室ニハオイシイぱふぇガアリマスヨ。イチゴぱふぇ、ちょこれーとぱふぇ、ばななぱふぇ⋯⋯」
 その子は簡単に保健室までついていった。コッホ神父に肩を抱かれて。コッホ神父はアメリカンパイからパフェに宗旨変えしていた。十四歳の男の子はパフェが好きだ。誰でも簡単に保健室についていった。
「不思議だね」と結城がぼくに言った。「今じゃなぜだかわからないけど、あのときは無性についていきたくなったんだ」
 アメリカンパイやパフェの魅力に勝てる男の子なんていやしない。ぼくだってその頃はバニラ・アイスクリームをたっぷり添えたチェリー・パイやブルーベリー・パイが大好きだった。

 結城と手をつないで歩いていると、コッホ神父とすれちがうことがあった。神父も新しい美少年の肩を抱いていた。
「フム」と神父はぼくらをじろじろ見てから言った。「実ニ汚ラワシイ」
 そしてさっさと保健室のほうへ行ってしまった。彼は生徒が男の子どうし手をつないで歩くことをすごく嫌う神父の一人だった。

 カークパトリック神父は春休みのうちから朗読の練習をしていた。庭園や校庭で大声を張り上げたり、手を大げさに振ったりしながらぼくの英文小説 " A Tale of A Little Thief " を繰り返し読んでいた。ぼくはすでに最初の何章かを彼に渡していた。彼は四月の新学期から英作文の授業のたびにこの小説を朗読するはずだった。
 彼は朗読が得意だった。登場人物によって巧みに声を変えたり、表情や身振り手振りでドラマをうまく盛り上げるテクニックを持っていた。
「学生時代、おれは演劇部にいたんだ」と彼はぼくに言った。「演技はもともと得意だったからな。女の子を口説くのには演技力が必要だったんだ」
 彼はどうやって女の子を口説いたか、延々と話してくれた。女の子とセックスするのがいかに気持ちいいかといったことも⋯⋯。

 ぼくは彼がどうしてそんな話をするのかよくわかっていた。ぼくと結城がいつも一緒にいるので心配だったのだ。だからぼくは彼の前では結城と手をつながないようにしていたが、彼はぼくと結城が何をしているかちゃんと気づいていた。
「坊主、おまえは悪魔と手を結んだな」とカークパトリック神父は言った。
「結城は悪魔じゃないよ」とぼくは言った。
「芸術家はみんな悪魔と手を結びたがるものさ」と彼は言った。「自分の才能以上の作品を作ろうとするからだ」
「ぼくはただ楽しいから書いてるんだよ」
「わかってるさ。おまえはいい子だよ」神父は笑った。「でも男どうしでやるのはやめるんだ」
「結城とはキスしかしてないよ」
「そこからすぐに引き返せ」と神父は言った。もう笑っていなかった。「さもないとおまえは自分の血をすすりながら小説を書くようになるぞ」
 
 それから彼は女の子とセックスしたほうがどれだけ健全かといったことを延々と喋った。ぼくは彼が何を言いたいのかよくわからなかった。どうして女の子とやるのは健全で、男の子とやるのが不健全なのか、どうしてそれが小説を書くこととつながるのか⋯⋯。ぼくはまだ子供だったので、小説を書くことがどれだけ危険なことか知らなかったのだ。

 シュテルマッハー校長は鉄砲で鹿狩りを始めた。当時の六甲山系にはたくさん鹿がいたからだ。校長は鹿を仕留めるたびに皮を剥いで校長室に飾った。一九六八年の春には校長室の四つの壁から一つずつ鹿の首が突き出していた。それから彼は毎日一頭ずつ鹿を撃ったので、春休みが終わる頃までには全部の教室に一つずつ鹿の首が飾られることになった。ぼくらは黒板の上に突き出た鹿の首に見つめられながら授業を受けることになったわけだ。目玉はガラス製だったが、まるで生きた鹿みたいにじろじろぼくらを見つめた。
「鹿はわたしだよ」と新学期の挨拶でシュテルマッハー校長は言った。「わたしはいつでもきみたちを見張っている」
 彼の威嚇的な台詞はジョージ・オーウェルの小説『1984』に出てくるビッグ・ブラザーを連想させた。

 彼は鉄砲の名手だったから、撃ち損じることはまずなかったが、時にはヒッピーたちの耳を弾がかすめるくらいのことはあった。その年の春にはあまりにたくさんのヒッピーが山や谷に入り込んでいたからだ。彼らをかすめずに鹿を撃つことはほとんど不可能に近かったから、シュテルマッハー校長は構わず引き金を引いた。弾はいつもヒッピーたちすれすれに飛んで耳や頬や服にかすかな擦り傷を残した。
「おっと失礼」仕留めた鹿のほうへ歩いていく途中、かすり傷を撫でているヒッピーに出会うと、校長はそう言って挨拶した。
「気をつけてくれよ」とヒッピーたちは言った。

 神崎神父は校庭で訓育生の訓練をしていた。腕立て伏せ百回、腹筋百回、校庭百周、そして便所掃除⋯⋯。一般の生徒に対する罰当番は極端に減っていた。ときどき中等部の生徒が何かの理由で便所掃除をやらされることはあったが、高等部から罰当番が出ることはなくなっていた。そしてみんな神崎神父をあまり恐れなくなっていた。
「へっへっへっ」とぼくらはよく腕立て伏せをやっている訓育生たちの横を通りながら笑ったものだ。「笑っちゃうね」
 神崎神父はぼくらのほうをじっと見ていたが、何も言わなかった。
 彼の権威が失われたのはぼくのせいだということになっていた。彼が右手首を切断するきっかけになったあの事件のことだ。あれ以来、仲間の神父たちも生徒たちも、彼のことを馬鹿にするようになったのだとみんな考えていた。
 でも、それは嘘だ。
 ぼくの一件の後、神崎神父は一度完全に立直っていた。彼の権威はむしろ鉄の義手によって強化されていた。そのことをみんなが忘れてしまったのは、たぶん一九六七年の晩秋から一九六八年の冬の終わりにかけて、あまりにもいろんなことがあったからだろう。

 まず十一月に高等部の連中が彼を袋叩きにするという事件があった。理由はよくわからない。受験勉強でむしゃくしゃしてたとか、女の子に振られたとか、そんなことだったのかもしれない。もちろん神崎神父に恨みを持っていたというのもあるだろう。彼が加えた罰のせいで、総愛学院では多かれ少なかれ生徒のほとんどが彼のことを憎んでいたのだ。
「気に入らないな」と高等部の連中が言った。ある日、廊下で神崎神父と擦れ違ったとき
だった。
「何が?」と神崎神父は立ち止まって言った。彼の後ろには例によって訓育生の一団がくっついていた。
「おまえの顔がさ」と生徒は言った。
 会話はそれだけだった。すぐに乱闘が始まり、神崎神父は前歯を数本折られた。もちろん生徒たちにも怪我人が出たし、訓育生にも手や脚の骨を折ったやつがいた。
 神崎神父はすぐさま反撃に出た。職員会議で演説をぶって、彼らを全員退学にしてしまったのだ。
 十二月になると、今度は別の連中が神崎神父と訓育生を袋叩きにした。
「おまえは糞だよ」と高校生の一人が言った。
「なんだって?」
「おまえは屑だって言ったんだよ」
 神崎神父はこのとき右目を失った。

 冬のあいだこんなことが続いた。高等部からかなりの退学者が出て、神崎神父は右足と肋骨数本を折り、頭に裂傷を負った。だから彼は一九六八年の春には松葉杖をつき、からだのあちこちに包帯を巻いていた。右目に黒い眼帯をつけていたせいで、彼は海賊みたいに見えた。
「やあい」とぼくらは遠くから彼をからかった。「この海賊野郎」
 彼は訓育生に腕立て伏せをやらせながらニヤニヤしていた。ぼくらがからかっても相手にしなかった。何十人も退学者を出してしまったので、彼は指導力を失ってしまったのだ。退学者の父兄の中には学校を訴えようとしている人たちもいた。他の父兄たちも学校の教育方針に疑問を抱き始めていた。しかし彼は全然へこたれてなかった。ぼくらのほうを見て自信ありげに笑ったり、地面につばを吐いたりしていた。
「今のうちにせいぜい浮かれておくんだな」と彼は言った。

 ぼくらはミナミさんがゆっくり山を登っていくのを見つけた。背中にはいつもの小さなリュックサックのほかに、大きな布を数本の木の棒に巻き付けたものを背負っていた。
「どこへ行くんですか?」とぼくらはきいた。
「宿替えや」とミナミさんは言った。「山が混んできよったさかいな」
 山はヒッピーたちで一杯だった。どこを通っても彼らがヨガやセックスをしていた。あちこちのキャンプでで火が焚かれ、山鳩や山鴫が焼かれていた。そういう環境の変化がミナミさんをいづらくさせていたのだ。
「カラス退治はどうするんです?」とぼくがきいた。
「やめや」とミナミさんは言った。「もうわしらの時代は終わりや」
「そんな⋯⋯」とぼくらは言った。
 ミナミさんはそのままヤシガニみたいにゆっくりと下草をかき分けて山を登っていった。ぼくらはあとを追い掛け、ミナミさんを荷物ごと持ち上げて庭園まで持ち帰ったが、地面に降ろすとじいさんはまたそのままのスピードで山を登って行ってしまった。
 何も言わずに。ぼくらは彼を引き止めるのを諦めた。一つにはじいさんの決心が固いことに気づいたからだが、もう一つには彼が言うように時代が大きく変わってしまったような気がしたからだ。いつのまにか正義と悪なんて取り合わせは見向きもされなくなっていた。たったの半年でそんな変化が起きるなんて、今ではちょっと信じられないが、一九六七年から一九六八年にかけてほんとにそんな時期があったのだ。

               ★

 ぼくは総愛学院の庭園からノイマン屋敷がきれいに改装されているのを見た。あちこち剥がれて八重山の頭みたいだった玄武岩のうろこ屋根が葺き直され、腐りかけていた窓枠が取り替えられ、半分崩れていた壁が美しく塗り直されていた。菜の花に覆われた摩耶山の黄色い斜面から、新しくなったノイマン屋敷は谷を隔ててぼくらに笑いかけていた。まるで夜に雨が降った翌朝、突然姿を現わす大きなキノコみたいに、新しいノイマン屋敷は突然姿を現した。あるいは朽ち果てたように見えていた古い幹から急に新しい芽を出す植物みたいに⋯⋯。菜の花に覆われた黄色い摩耶山と新しいノイマン屋敷。それは全く新しい眺めだった。木の枝に登って草笛を吹いていたぼくは、冬の間とは全く違う場所にいるような気がした。
「遊びに行こう」と八重山が言った。「姉貴がいるんだ」
「姉貴?」とぼくは言った。
「姉貴?」と結城も言った。
 一九六八年の春、修復されたノイマン屋敷には八重山ミチコが住んでいた。一九六七年
に横浜から聖書女子大を中退して神戸に戻ってきた彼女は、死んだ父親から会社を、死ん
だ母親から弟を引き継いでいた。つまり彼女は八重山鉄工株式会社の社長だった。

               ★

「ミチコ?」とマリコが言った。
「そう、ミチコだよ」とぼくは言った。「でも、きみは会ったことないよ。八重山のお姉さんのミチコだからね」
「そう?」とマリコは言った。

               ★
マイ・フェイヴァリット・シングズ


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