イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

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密航者たち5

●県道
西へ向かうティエリーの車。
前と同じようにティエリーは運転席、後部座席にアンリとミシェル。
しかし、今度は拳銃をティエリーに向けている。
ミシェル「どうして拳銃を私に向けないの?」
アンリ「おまえじゃ人質にならんとわかったからさ」
ティエリー「頼むから拳銃をしまってくれよ。狙われてるととても疲れるんだ。ちゃんとあんたをイポールまで連れて行くからさ」
アンリ「イポールはやめた」
ティエリー「どうして?」
アンリ「新聞に出ていた以上、もう手が回ってるかもしれん」
ティエリー「じゃあ、どこに行くんだ?」
アンリ「どこか静かに暮らせるところを見つけてくれ。誰にも見られずに、静かに死ねるところを」
ティエリー「そんなの無茶だよ」
ミシェル「ティエリー、ドーヴィルにベランジュ夫人の別荘があるって言ってなかった?」
ティエリー「だめだよ、彼女が使ってるかもしれない」
アンリ「それは問題ない。いたらやっちまえばいいんだ」
ティエリー「あんた、そこについたら僕らも殺す気だろう?」
アンリ(図星なので苦笑い)「そんな……警察にたれ込まないと約束してくれれば帰してやるよ」
ミシェル「人を信用しない主義だって言ってたくせに」
アンリ「今ここで死ぬのと、おとなしくわしをそこへ連れていくのとどっちがいい?」
ミシェル「ティエリー、ベランジュ夫人に電話してみなさいよ。いないかもしれないじゃない」
アンリ、うなずく。
ティエリー、携帯電話をかける。
ティエリー「ベランジュ夫人? ティエリー・ムーランです」
ラウラ(電話の声)「あら、ティエリー、久しぶりね。どうしたの?」
ティエリー「ちょっと事情があって、ドーヴィルの別荘をお借りできないかと思って」
ラウラ「ごめんなさい。ちょうど今日から大事なお客を泊めることになってるのよ」
ティエリー「これからドーヴィルへいらっしゃるんですか?」
ラウラ「今、車の中。向かってる途中なの」
窓から車が一台、抜いていくのが見える。
窓に運転しているラウラの姿。携帯電話を持っている。
ティエリーとラウラ、互いに気づく。
ティエリー(思わず)「ラウラ!」
ラウラ「ティエリー!」
ティエリー「ねえ、ラウラ、僕の好きなときに別荘を使っていいって言ったよね?」
ラウラ「今回は特別なのよ。理由は言えないけど、来たらあなたも後悔するわよ」
ティエリー「こっちも好きで押しかけようとしてるわけじゃないんだ」

●ラウラの車
K(ラウラの手を握り)「電話を切るんだ」
ラウラ、電話を切る。
K「飛ばせ。あの車をまくんだ」
ラウラ、アクセルを思いきり踏む。

●ティエリーの車
ラウラの車が遠ざかっていくのが見える。
アンリ「そのばばあの別荘の場所は知ってるのか?」
ティエリー、首を振る。
アンリ「間抜け! 追いかけるんだ!」

●県道
ラウラ、ティエリーが追ってくるのを見て、角を曲がったりUターンしたりしてみるが、振り切れない。
沿道に車を止め、運転をKと交代する。
ティエリーもすぐ近くに車を止め、ミシェルと交代する。
前よりも激しいカーチェース。
Kはプロドライバーなみのテクニックだが、ミシェルも負けていない。
車が急角度で曲がったりはねたりするたびに、中にいる人々が座席の上で踊り、窓や天井に頭をぶつける。
子供たちは大はしゃぎ。
アンリは思わず拳銃の引き金を引いてしまう。
バン!
ティエリー「助けてくれ! まだ死にたくない!」
ミシェル「あんたなんか死んじゃえばいいのよ!」
急にKが車をスローダウンさせる。
危うく追突しそうになるミシェル。
前方に警官とパトカー。
童謡を歌いだすK。ラウラと子供たちも唱和する。
合唱「スイ・デサンデュ・ダン・モン・ジャルダン
スイ・デサンデュ・ダン・モン・ジャルダン
プル・イ・クイール・デュ・ロマラン
ジャンティ・コクリコ・メダム・ジャンティ・コクリコ・ヌーヴォー」
原詞(J'suis descendu dans mon jardin,
   J'suis descendu dans mon jardin,
   Pour y cueillir du romatin.
   Gentil coquelicot medames,gentil coquelicot nouveau!)
訳(うちの庭に降りたよ、
  うちの庭に降りたよ、
  まんねんこうの花をつむために。
 〈そこへコクリコ売りがやってきて〉
 「いいコクリコだよ、奥さん、つみたてのコクリコ!」)

●県道
パトカーと警官がいる。
警官、ラウラとティエリーの車を制止。
警官「どちらへ?」
K「ちょっとドーヴィルの別荘へ。何かあったんですか?」
警官「パリの空港で爆弾テロがあったんで、警戒してたんですが、ついさっきこの近くで二件も続けて発砲騒ぎがあったという連絡が入りましてね」
K「物騒ですな」
警官、中をのぞき込む。
手を握りあっているKとラウラ。歌い続けている子供たち。
幸せな家族という雰囲気。
警官「後ろの車は?」
K「妻の甥っ子とフィアンセです」
警官「ご老人は?」
K(後ろを見ながら)「妻の父です」
警官「気をつけて」
K「ありがとう」

体脂肪18.8%

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 昨日スポーツクラブで久しぶりに体脂肪率を測ってみた。
 18.8%!
 普通のオッサンとしてはべつにどうってことない数値かもしれないが、
 つい5年前までトライアスロンのレース前など10%を切ったりしていた人間にとって、
 これは危機的な数値だ。

 去年の夏はたしか16.7%だった。

 トレーニング量が5年前に比べて半減しているのだから、増えるのはしかたないが、
 去年と今年ではたいして運動量は変わらないはずだ。
 
 それでも増えているのは食生活に問題があるのだろう。
 具体的に言うと、食生活というより間食だ。
 この冬から毎日チョコレートを食べるようになった。

 春になってトライアスロンシーズンに入ったらやめればいいや、
 あるいは運動量が増えるから自然とやせるだろう、
 などと楽観的に考えていたのだが、
 春になってもチョコレートがやめられない。

 原稿書きに疲れた午後、コーヒーとチョコレートのおやつをとると、
 仕事がぐっとはかどる。
 頭ではわかっていても、スーパーで買い物をしていると、
 いつのまにかチョコレートがかごにはいっていたりする。

 チョコレートをがまんして仕事を続けていると、
 原稿がまったく進まなくなったりする。
 これはあんがい深刻な習慣病なのかもしれない。


 

言葉と物

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 エイズで死んだ(たぶん)フランスの思想家ミシェル・フーコーが1966年に発表した大作。
 アマチュア小説家がこんな小難しいもの読まなくてもと思うのだが、つい四苦八苦しながら読んでしまった。というのも、言葉を使って何かしようとする人間(まあ、広い意味ではどんな人でもそうなんだろうけど)にとって、結構重要な作品なんじゃないかという気がしたからだ。

 具体的には17世紀から19世紀初め頃までのヨーロッパで、言葉の機能がいろんな分野で同じような変化をしていることを論証しているだけなのだが、その背景には現代の我々にも関わるような問題が隠れている。

 おおざっぱに言えば、言葉とそれが指し示すものの関係は時代によって変化するもので、つまりは人間は自分で思いこんでいるよりもうかつな動物で、自分で気づいてない法則みたいなものに縛られているのだよといったことが語られているのだ。

 ぼくはずっとフーコーを漠然と新しいけど保守的な思想家なんじゃないかと思いこんでいたので、若い頃、17〜18世紀ヨーロッパの精神病と精神医療について書いた「狂気の歴史」と、おそろしく難解な「知の考古学」を読んでみたことはあるのだが、それ以来なんとなく敬遠してきた。

 たぶん最初にこの「言葉と物」を読んでいれば、もっとわかりやすかったのかもしれないのだが、それでも若い頃にこれを読んだとして正しく理解できたかどうかはあやしい。
 
 ぼくみたいなミーハーに誤解されやすかった原因はフーコー自身にもある。
 フーコーは「言葉と物」で、進歩的知識人のヒューマニズムを嘲笑っているからだ。

「奇妙なことに、人間は(中略)おそらくは、物の秩序のなかのあるひとつの裂け目、ともかくも、物の秩序が知のなかでとった新しい配置によって描き出された、ひとつの布置以外の何ものでもない。新しい人間主義のすべての幻想も、人間に関する、なかば実証的でなかば哲学的な一般的反省と見なされる「人間学」のあらゆる安易さも、そこから生まれてきている。それにしても人間は最近の発明にかかわるものであり、(中略)知がさらに新しい形態を見いだしさえすれば、早晩消えさるものだと考えることは、何とふかい慰めであり、力づけであろうか」
 (「言葉と物ー人文科学の考古学ー」ミシェル・フーコー 渡辺一民・佐々木明訳 新潮社刊の「序」から)

 実存主義哲学者にして左翼だったジャン=ポール・サルトルはこの本を「ブルジョワジーがマルクスにたいしてつくりあげた最後の障害物」と批判した。

 しかし、ジョージ・ブッシュをはじめとして誰もがヒューマニズムに賛成しているはずの世の中で、相変わらず戦争による殺戮がなくならないのを見ていると、もしかしてフーコーのヒューマニズム批判にも一理あるんじゃないかという気がしてくる。

 少なくとも、人間が言葉で考え、話し、動く生き物である以上、もっと自分たちの考えの見えないからくりについて考えなければならないんじゃないかと思うのだ。

 ぼくより知的な人の中には、「そんなことずっと昔からわかってるんだよ。フーコーだけじゃなく、アルチューセルやラカンやドゥルーズやデリダもいろんなことを言ったけど、結局何も変わらなかったじゃないか。それが問題なんじゃないか」という人もいるだろう。

 そういう高感度人間はどうぞ先へお進みください。
 ただし、今度はお勉強するだけじゃなく、自分の頭で考えてね。

 ぼくはこの10年間、複数の価値基準をいったりきたりしながら進んでいく小説を書こうとしている。
 「文学」にしろ「エンターテインメント小説」にしろ、あるカプセルの中から外の世界をのぞくという仕組みでなりたっているものがほとんどなのだが、それがだんだん息苦しくなってきたからだ。

 現実の世界が複数の民族、国家、地方、企業、年代、性別によって、複数の価値基準で成り立っているように、ささやかでもいくつかの視点、価値基準を行き来する小説があれば、それはなかなか気持ちのいい読み物になるはずだ。
 残念ながら、そういう小説はまだ「実験的」な「文学」という特殊な分野にしか存在しない。

 そういうものを書いていると、フーコーを改めて読むことがとても新鮮に思えたりする。

 中村獅童に煮魚をごちそうする夢を見た。
 房総のどこか港町付近に合宿に来ている。トレーニングは終わったらしく、荷物を車に積み込んで、食事に出かける。
 中村獅童がぼくらのトライアスロン・チームとどんな関係があるのかはわからないが、ごく自然にくっついてきて、一緒に飯を食ったりしている。

 居酒屋のようなところで飯を食っていると、奥にいた若者たちが中村獅童に気づいてすり寄ってくる。からだを密着させてくるのだが、中村獅童はいやな顔をせずに笑っている。ぼくらの仲間が席を立って若者に注意すると、若者はへらへら笑ってあやまる。

 一足先に店を出て、新しく買った一眼レフデジカメで付近の写真を撮ろうとするのだが、狭い路地に人がいっぱいで撮れない。いつのまにか女子トイレで順番を待つ女の子たちの列に並んでしまっていた。女の子たちはぼくにからだを密着させて並んでいる。カメラを持っているので変に思われやしないかと気が気じゃない。しかし、女の子たちは案外平気で、ぼくに話しかけてきたりする。

 気がつくとそばに中村獅童がいて、女の子たちがぼくに親切なのは彼のおかげだとわかる。

 今度こそ写真を撮ろうとうろついているうちに、海を見下ろす民家の庭に出た。
 大きなテーブルが置いてあり、ぼくはいつのまにか魚を煮て皿に盛り、食べ始める。
 魚はカレイらしい。
 気がつくと中村獅童がごはんと箸を持って向かいに座っている。
 「なんでごはんを持ってるんだ?」ときくと、
 「いつも持ってるんすよ」とのことなので、食い残しの煮魚をすすめる。
 魚はたいしてうまくないし、皿も丸い洋皿で、なおさらまずそうに見えるのだが、中村獅童はけっこううまそうに食べた。

訪問者カウント復活

 死んでいた訪問者カウントが復活した。
 Yahoo!のカスタマーサービスからはその後なんの連絡もないが、前回のメールのやりとりでトラブルの内容を了解し、手を打ってくれたのだろう。

 しかし昨日より前のデータは残っていないようで、今訪問者は「全体」が31、「今日」10。つい今し方ファンが1人増えた。

 ひとりよがりなコンテンツとはいえ、やはり訪問者やファンやコメントはモチベーションとして重要だ。

 さっきから見ていると、小説「ファミリー・キャンプ」を更新しても訪問者は1増えただけなのに、シナリオ「密航者たち」を更新したとたんに9増えた。これで作品の人気度がわかる。

 やはり長ったらしい小説よりシナリオの方が読みやすいのか。
 それともこれが堤幸彦の注文でラルクアンシエルのために書かれ、ハイドとかサクラとか、ラルクのファンにはわかる名前が出てくるからか。
 食い付きって大切ですね。

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