イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

密航者たち12

●食堂
テーブルの上にティエリーとミシェルの死体。
それを見つめるラウラとK。
アンリがいない。
時計を見るK。
沖に船が来る時間が迫っている。

●沖合い
いつのまにかヨットが海に漂っている。
中で寝ている日本人たちとヨット男。
ハイド、起きあがって外をのぞく。
まわりを見回してびっくり。
はるかかなたにドーヴィルの街。
朝になっているが、雨。
日本人たち、次々起きてくる。
しばし茫然。
それから気持ちよさそうに雨で顔を洗う。

●階段
拳銃を手に二階へ上っていくK。
鼻歌をうたいながら。
鼻歌「大地から立ち上がれ、呪われた者よ、
   飢餓から立ち上がれ、囚人どもよ」

●台所
小さなテーブルにディディエとジャネット。
子供たちのためにミルクを温めるラウラ。
手がふるえている。
ときどき理由もなく後ろを振り向く。
ジャネット「おばちゃん、子供は?」
ラウラ「ひとりいるわ」
ジャネット「どこに?」
ラウラ「アメリカ」
ディディエ「会いたくない?」
ラウラ「会わない方がいいと思うわ」
ディディエ「どうして?」
ラウラ「未来は彼女のものだから」
ジャネット「おばちゃんの未来は?」
ラウラ「あと30分」

●二階
部屋のドアをひとつひとつ開いていくK。
鼻歌「これぞ最後の戦い、
   団結せん、未来のために、
   インターナショナルは人間的な社会をつくる」
最後のゲストルームのドアを開けると、
ベッドに横たわるアンリ。
骨肉腫の痛みにうめいている。
散乱する注射針、モルヒネのアンプル。
右手のすぐそばにルガー。
アンリ「くそ。モルヒネが全然きかん」
K「打ちすぎたんだ」
アンリ「もう少し静かに死ねると思ったんだが」
K「こんなに静かじゃないか」
アンリ「豚どものわめき声がうるさい」
K「眼を閉じて、落ちつくんだ。望み通りの死が近づいてるんだから」
アンリ「あの世で会おう」
K、立ち去ろうとして、ドアの所で立ち止まり、振り向く。
眼を閉じて横たわったままのアンリ。
眠っているのか死んでいるのかわからない。
K、少し考えて、拳銃でアンリを撃つ。
続けて数発。

SMというものに興味を持ったのは高校生の頃だった。
きっかけは覚えていない。
マルキ・ド・サドやザッヘル・マゾッホといった本家の文学を読んだのは大学に入ってからだ。
1970年頃、ちょうどSM雑誌というものが次々発刊されたのは事実だが、それはきっかけというより、SMをのぞくためのメディアだった。

SMに惹かれる人間には内なる動機がある。
たとえば家族関係や学校、仕事などで過度のストレスから神経系を破損したりすることによって生じる心の亀裂。そこから死への衝動が性欲のラインにショートしてつながる。

死への衝動はもともとあるものだし、それは色々姿かたちを変えて人間の、世の中のさまざまなことに影響を与えているのだが、性欲と短絡した死への衝動もそのひとつだ。

性は生物が命を継続していくためにある仕組みだから、本来は生きようとする衝動のはずなのだが、人間はあいにくネガの世界を持っていて生きようとする衝動と背中合わせに、死への衝動を抱えている。

なぜそうなのかを説明すると長くなるので、興味ある人はフロイトとかマルクーゼとか、精神分析関係の本を読んでください。

とにかく死への衝動が性欲と短絡すると、性的対象をいためつけることが快楽になる。対象が他人ならSになり、自分ならMになる。

よく、人間はSかMどちらかの素質を持っているという人がいるが、ぼく自身の経験から言うと、どちらになるのかは性的対象のベクトルの違いで、人間はどちらにもなりうる。事実ぼくはどちらでもあった。

そのへんの体験談をするつもりはない。
ただ、SMには単なる性的嗜好以上の問題が隠れている。

それを意識するようになったきっかけは自分の小説にSMがどんどん入り込んできたことだ。
中学生の頃はチャールズ・ディケンズとかヘンリー・フィールディングとか、ヴィクトル・ユーゴーとか、19世紀ヨーロッパのオーソドックスな小説のまねをしていたのだが、高校生になって作風がすっかり変わってしまった。

日本文学におけるSMの元祖ともいうべき谷崎潤一郎が好きだったことは事実だが、SM的要素はそこから来たのではなく、むしろ自分の中からわき出てきた。
感じやすい思春期の迷いだったのかもしれない。
キリスト教の学校で6年間過ごしたせいかもしれない。
キリスト教、とくにカトリックは性と生命にたいして抑圧的だ。それが感じやすい子供の心に亀裂を入れたのかもしれない。

しかし、そのうちSMがそういう個人的なこととは別の次元で重要だと気づいた。
人間社会にはSMが氾濫していると。
別に今みたいにSMが流行った訳じゃない。1970年代初頭、趣味的SMはかなり日陰の存在だった。
しかし、世の中の仕組みのあらゆるところにSMはひそんでいた。

生徒・学生の自由を弾圧する学校にも、従業員を酷使する会社にも、アメリカ軍に占領されていながら「日本はアメリカに守ってもらっている」と言い張る連中の脳みそにも。

性的な世界以外でSMを発見するきっかけになったのは、チャーリー・マンソン事件と連合赤軍事件だ。

マンソンはアメリカのヒッピーくずれで、数人の女性たちをへんちくりんな教義とセックスで支配して、「ファミリー」と呼ばれるカルトっぽい集団を形成し、カリフォルニアをうろついたあと、新進気鋭の映画監督だったロマン・ポランスキーの家を襲撃して、奥さんで女優だったシャロン・テートとその友人を虐殺した。当時妊娠中だったシャロン・テートの腹にフォークを突き立てるような残忍な殺し方だったが、手を下したのはファミリーのメンバーで、マンソン自身ではなかった。オウムのようにマインドコントロールされていたのだ。

赤軍は学生運動に行き詰まった左翼が銃で革命を起こすことをめざして結成した組織だ。国外に脱出したグループが日本赤軍として活動したのにたいし、日本に残ったグループは他の組織と合併して連合赤軍として、群馬県の榛名山、妙義山の山小屋で武装訓練を始めた。
しかし、まもなく警察に摘発され、メンバーのほとんどは次々と逮捕された。一番最後まで逃げた数人が軽井沢の会社に保養所に立てこもったのがいわゆる浅間山荘事件だ。

この「武装蜂起」の失敗自体はたいしてぼくの興味を引かなかったが、浅間山荘事件の後、榛名山・妙義山の小屋から連合赤軍メンバーたちの死体がごろごろ出てきたことはショックだった。
彼らは「思想的に甘い」とか「その考え方は反革命的だ」とかいう理由で仲間を次々と告発し、リンチで殺していったのだ。

連合赤軍だけでなく、学園紛争の現場ではよく政治思想的な議論がリンチや粛清にエスカレートすることはよくあった。
しかし、せいぜい縛り上げて殴って怪我をさせるくらいで、仲間内で殺し合うようなことは、ぼくが記憶しているかぎりなかった。
連合赤軍のリンチで気味が悪いのは、告発された方が意外におとなしく縛り上げられ、反省の言葉を言わされ、場合によっては本気で反省しながら殺されていったことだ。告発する側も、内心はいやでも「革命思想」を疑われたくないので、被告を縛ったりなぐったり、食料を与えず真冬の山の中に裸で放置したりした。

どうして人間は組織をつくり、その組織のなかで自分たちの願望とは正反対のことをしてしまうのか?
しばしばそれをいやがるどころか、進んでそういうことをしてしまうのはなぜなのか?

それはオウム真理教などのカルトだけでなく、アメリカ合衆帝国のベトナムやアフガニスタン、イラク侵略についても言える。

SMとは人間社会の隠れた原理であり、性的嗜好としてのSMはむしろその個人的世界への反映にすぎないのではないか?
20歳くらいからぼくはそんなふうに考え始め、意識的にそういう小説を書くようになった。

Mの満足、Sの神経症

イメージ 1

イケメン監禁王子の事件でM女性が話題にのぼることが多いので、掲示板サイトやM女さんのサイト、ブログをいくつかのぞいてみた。

感じたのはSMも恋愛の範囲内なんだなということだ。
普通に出会ったり別れたりがあるし、別に「ご主人様」が勝手に「奴隷」を拾ったり捨ててるわけではなく、「奴隷」の方が「このご主人様ちょっとちがう」と感じてお別れさせていただいたりもしている。

目からウロコだったのは、「ご主人様」が鬱病や神経症を病んでしまって別れたというM女さんがふたりいたことだ。ひとりは経済的にも破綻してしまったらしい。
くわしい話は書いていないので、あまりうかつなことは言えないのだが、「ご主人様」というのは意外と大変なんだなということがうかがわれる。

ぼく自身も若い頃SM的恋愛を何度かしたからわかるのだが、うまくいってるかぎりにおいてはM側の方が絶対に幸せだ。S側がM側の気持を汲み取り、外部の不安から守りながら、快楽に導いてくれる。逆に言えば、S側にその能力がないSMカップルはうまくいかない。
M側から別れを切り出せなくても、S側が耐えきれなくなって逃げ出してしまう。

ぼくの経験から言うと、M側は自分から「ああして、こうして」とは言えないものだ。それはMのマインドと矛盾する。言えば自分が分裂してしまう。だからなるべくSの命令・仕打ちはなんでも受け入れようとするのだが、よほどできたSでなければMの願望をうまく引き出しながらリードすることはできない。へたをすると思いやりと加虐願望の矛盾で自分が分裂しかねない。

たぶん神経を病んでしまった「ご主人様」たちは、若いのにかなり無理して「奴隷」を完全庇護/支配しようと努力したのだろう。もちろんそれにはけっこう金もいる。行き着く先は精神と経済の破綻だ。

なんとなく「男はつらいよ」という言葉を思い浮かべた。別に男がSとはかぎらないが、M女さんたちの日記、コメントを読んでいると、安心しきって昔型の亭主関白男についていこうとする昔型の女性のずるさ、したたかさのようなものを感じる。

以前あるSMバーで、あるM女さんが「MはマンゾクのM、SはサービスのSよ」と得意げに言うのを聞いたことがある。合法的なSMではそうなるのだろう。

M女を包み込めないガキがS願望を満たそうとすれば、犯罪までいくしかない。
監禁王子は自分の妄想のカプセルにひきこもったまま王子様になろうとしたのだろうが、ひきこもったままでは所詮ひとり芝居にすぎない。
最初はなんとかついていこうとしたM女たちも、そのうちこいつが自分の「ご主人様」ではなく、自分の密室に閉じこもっているひきこもり少年だということに気づいてしまう。

王子がひきこもり小僧でなく、彼女たちをしっかり庇護し(M女は元々精神に亀裂を抱えているのだ)、お互いにちゃんとつながった上で支配していれば、もっと別の展開がありえたかもしれない。
もちろんそんなに無理したら、ひよわな監禁王子は発狂してしまっただろうが。

密航者たち11

●食堂
テーブルの上にミシェルの死体。
ドレスを着て、きれいに化粧をしている。
窓の外に海が見える。
明るくなり始めている。
テーブルのまわりに立つラウラ、K、アンリ、ティエリー、ディディエ、ジャネット。
ティエリー(憔悴しきっている)「明るくなってきた!」
アンリ「朝だからな」
ティエリー「もう耐えられない。こんな馬鹿げたことで死ぬなんて!」
ラウラ「そういうことは撃たれてから言えば?」
ティエリー「僕は行くぞ。茶番はもうたくさんだ」
ティエリー、上着を着て、コートを羽織り、後ずさりながら戸口の方へ。
ティエリー「僕を撃てますか? 撃てませんよね。3人とも拳銃を持っていて、僕だけ丸腰だ。こんな無抵抗な男を撃てますか? 僕は行きます。安心してください。あなたたちのことは誰にも言わないから。僕は大統領府に勤める官僚だ。警察に駆け込んでよけいな面倒に巻き込まれるのは好ましくない。わかるでしょ?」
ラウラ「わかるわ」
ティエリー「よかった。それじゃ」
ラウラ「でも、フィアンセを殺されて警察に行かないというのは不自然よね」
ティエリー「僕はミシェルと喧嘩して先にパリに戻った。それから事件が起きた。それでいいでしょ?」
K「無駄口叩いてないで、さっさと行け」
ティエリー「ほんとに?」

●前庭
玄関から見送るラウラ、アンリ、K、ディディエ、ジャネット。
雨が降っている。
彼らを見つめながら後ろ向きに車の方へ歩いていくティエリー。
車に行き着き、ほっとする。
笑みがこぼれる。
ドアを開け、車に乗ろうとした瞬間、
アンリが拳銃を撃つ。
大きく目を見開いて彼らを見るティエリー。
ティエリー「だめだよ、そんなの。全然だめだ……」
崩れるように倒れる。

全1ページ

[1]


.
shu*i*ha*a
shu*i*ha*a
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事