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飲食店さがしをあきらめて、さっき通りかかった天ぷら屋に入る。
カウンターだけの小さな店だ。
大人しそうなご主人がひとりでヒマそうにしていた。
メニューは天丼が1480円(天ぷら定食はたしかもっと高かった)とけっこう高い。
このひっそりした町で天ぷら専門を貫いているだけあって、
出てきた天丼はなかなかうまかった。
海から遠い内陸だが、海老・魚の鮮度も質も問題なし。
流通が発達した現代では、
どんな山の中でも漁港からその日のうちに魚が届く仕組みができあがっているのだ。
そういえば昔、長野の山奥の白骨温泉でびっくりするくらいおいしい刺身が出てきたことがある。
その夜、風呂に入りに行くと、脱衣場で蝶ネクタイをはずして服を脱いでいるおじさんがいた。
風呂に浸かりながら話を聞いたところによると、魚の卸商だという。
その日の朝、富山の漁港であがった魚を車に積んで、
契約している旅館に順次魚を届けていき、最期の終点である白骨温泉に一泊して、翌日富山に戻るのだという。
こういうサービスをやる業者もいるので、やる気さえあれば、日本中どこでもいい魚を出すことは可能なのだ。
この天丼定食、魚介だけでなく、野菜もなかなか味があってうまい。
漬け物や味噌汁に入っている野菜まで、人をほっとさせるおいしさだ。
値段が高いのは、それだけ材料にこだわっているからなのだろう。
天丼をおいしくいただいたあと、天ぷら屋のご主人としばし雑談。
「このあたりはブラジル人多いですよ。日立とかソニーとか工場がたくさんあるからね」
そうか、岐阜市から特急で15分ほど走っただけだから、このあたりはまだまだ工業地帯らしい。
そういえば去年の暮れに取材した岐阜の大垣でも外国人をたくさん見かけた。
メーカーも利益を出すのに必死だから、少しでも安い労働力が必要なのだろうが、
海外に生産拠点を作ったり、安い派遣労働者や外国人労働者を雇ってコストを下げる努力ばかりしていると、日本国内の消費市場が貧困化して衰退し、やがて企業のビジネスを衰退させることになる。
海外の経済新興国もやがては同じ運命をたどるだろう。
社会主義が滅びていい気になっているアメリカ型経済の信者たちは、社会主義がいかに20世紀の資本主義の暴走を抑制し、健全な経済発展に寄与したかを理解していない。
社会主義の足かせから解放された今の資本主義経済は、もう一度20世紀初頭の暴走を始めている。
その暴走は大多数の人間の貧困化と社会不安を引き起こし、20世紀の世界大戦に代わる新たなカタストロフをもたらすだろう。
カネ・資本は人体における脂肪に似ている。
それは人体の健康に欠かせない役割を担っているが、それ自体が異常に増殖すると、逆に人体を滅ぼしてしまう。
資本が経済の道具であることをやめ、増殖を自己目的化したときから、病魔が生まれる。
「うちで使ってる野菜は、ほとんど私がうちの庭で作ってるんですよ」と天ぷら屋のご主人。
なるほど、天丼の野菜がおいしいのは、ご主人が自分でこだわって作っているからなのだ。
ご主人はデザートに西瓜のシャーベットを出してくれた。
この西瓜もご主人が育てたものだという。
西瓜の淡くて上品な甘さが口に広がる。
リチャード・ブローティガンの小説「西瓜糖の日々」を思い出した。
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