イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

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 私は父の津田宗達を説得して、天王寺屋の新しい商売として鉄砲の製造を始めた。父もそれなりに有名な茶人だったが、河内の悪党を先祖に持つ筋金入りの商人でもあったから、人殺しの道具で儲けることに何の抵抗も示さなかった。ほかの商売に忙しかったからかもしれない。あるいは鉄砲などうまくいくわけがないと思っていたのかもしれない。
 たしかに最初は失敗続きだった。
 堺の優れた鍛冶、鋳物師、木地師を手当たり次第に雇って改良を重ねたが、たいした成果はなかった。試射のときに暴発して、職人の腕が飛んでしまったこともある。
「若旦那、南蛮からちゃんとした職人連れてきて、造り方を教えてもらわな危のうてかなんで」と刀鍛冶に言われ、協力を拒否されては次の鍛冶を探した。
 牛頭天王社の祈祷師や巫女を連れてきて、鍛冶場で祈祷や口寄せをさせたこともある。さっきあなたがたがやったみたいに、巫女を薬で酔わせて神がかり状態にして、素戔嗚尊を呼び出すのだ。祈祷師に巫女と交わらせたり、我々が巫女と交わったりもした。そうすると巫女の霊媒能力が高まるのだ。
 素戔嗚尊は疫病の神様であると同時に鉄の神様でもある。我々鉄製品を扱う者は、職人にしろ商人にしろ、自分たちの先祖が海を越えてやってきた太古の時代から素戔嗚尊に守られて鉄を扱い、この島国で生き延びてきたと信じていた。だから何かいい知恵が授かるかと期待したのだが、当時はまだ聞いたこともなかった南蛮の地名や南蛮人の名前をあれこれ口走るだけで、たいした成果はなかった。
 今井彦右衛門は九州に行って、平戸や薩摩に寄港する倭寇たちから新しい鉄砲を仕入れた。もっとましなものはないかと期待したのだ。結果は玉石混淆というやつで、暴発せず、命中率が高いものもあったが、最初から暴発ばかりというのもたくさんつかまされた。
 その頃の倭寇の頭領は皆中国人だった。明の南岸や安南(のちのベトナム)、呂宗(のちのフィリピン・ルソン島)あたりに拠点を置いて南蛮交易をしたり、ときには海賊で稼いだりするやつらだ。九州の五島や薩摩、四国の土佐や紀伊の雑賀からも倭寇に加わる連中がいたから、言葉には困らなかったが、交渉は埒があかなかった。
 彼らはポルトガルの船からせしめた鉄砲を見本に、見よう見まねで鉄砲を複製し、各地に売り歩いているのだが、品質が悪いといった苦情にはまったく耳を貸さなかったし、改良しようという意欲もなかった。
「南蛮人わるいやつらね。鉄砲の造り方教えないね」と彼らは言い訳した。
 たまたま海賊として襲った船からせしめた純南蛮製(つまり今流に言えばヨーロッパ製ということだが)は貴重品なので彼らが自分たちで使い、模造した粗悪品をうりさばくというわけだ。
「あんたらも儲けたかったら高望みしないことね。安く造って高く売る、これ商売の基本ね」と倭寇の頭領たちはニタニタ笑いながら彦右衛門に言った。
 しかし、我々は堺の商人だ。倭寇みたいな連中とはちがう。腕が吹っ飛ぶようなものを売りつけていたら信用をなくしてしまう。商売の経路は無数に存在したが、どれもおそろしく繊細な人と人の信用でつながっていた。一度信用を失ったら継続的な商売がすべて死んでしまうのだ。
 我々は信用を維持するために、目利きの腕を磨き、たまにしか入荷しない極上品だけを仕入れ、大名や有力な豪族、寺院などに売っていた。
 わざと粗悪品を売ったこともあるが、それは悪意があってのことだ。
 たとえば細川晴元に呼ばれて京の屋敷に行ったときは、あらかじめ職人に粗悪品の筒尻を金槌で叩かせて尾栓をゆるめておいた。晴元が楽しみのために人を殺したがっていると聞いたからだ。
 彼は悪党の子孫を自認する我々から見ても、蛆虫のようなやつで、ゆがんだ性的嗜好を持っていた。たとえば家臣の落ち度を大げさに暴き立てて死罪にし、残虐な方法で処刑させて楽しむといったことだ。一度、京の警護に当たっていた三好元長の家臣を何かの罪に陥れて処刑するのを見たことがあるが、このときは男を全裸で街角に吊るし、のこぎりで少しずつ腕や脚、首を斬らせていた。黒山の人だかりの前でだ。晴元はそれをじっくり見物し、あとで屋敷にこもって処刑の光景を思い出しながら女房や小姓たちに男根をくわえさせるのだという。

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4年前に買ったポール・オースターの自伝的エッセー集「トゥルー・ストーリーズ」を読んだら、
今年の初めに買った小説「幻影の書」も読みたくなった。

飛行機事故で妻と子供をなくした学者/評論家が、
生きる気力を求めながら、ある無声映画時代の喜劇役者を研究する。

1920年代に1年間だけ活躍して、ある日忽然と姿を消してしまったその喜劇役者の物語が、
主人公の学者/評論家の1980年代の物語とと交互に語られ、
信じられないような偶然と、芸術家/表現者の執念が生み出した、
限りなく悲惨で感動的な人生が浮かび上がってくる。

この人の小説はいかにもアメリカの小説らしく、
「次はどうなるんだろう」という興味で読者を引っ張っていくのだが、
行きつく先はなんとも息苦しい、死臭漂う虚無の世界だ。

それが人間の本質だと言われると、なるほどそうですかと言うしかないが、
なんともやりきれない気持にさせる。

まるで殺人事件の真相を探るドキュメンタリー番組を見せられたような気分。

救いは文体というか、言葉の魅力かもしれない。
この人の文章を読んでいると、
世の中を、他人にどういう姿勢で接したらいいか、ヒントと励ましが見つかる。

村上春樹は2作目の「1973年のピンボール」から「羊をめぐる冒険」、
「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」あたりまで、
ポール・オースターから影響を受けたのではないかとぼくは前々から思っているのだが、
当人が挙げている影響を受けた作家の中に、たしかオースターは入っていない。

たしかにこの頃の作品は、カート・ヴォネガット調の構成や文体が目につく。
しかし、行きつく先に死と虚無の世界が待っているという世界観には、
とてもポール・オースター的なものが感じられるのだ。

まあ、この時代に世界とか人間とかを掘り下げようとすると、
多かれ少なかれ、そんなところに行きつくのかもしれないが。

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