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2009年9月27日 | 2009年9月29日
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金曜は久しぶりに1日取材だった。 昼はお茶の水で格安洋食ランチ690円。 ミニ煮込みハンバーグに、 一口カツと白身魚フライ。 以前とくらべると微妙にひとつずつが小さくなっている。 不況で値段は上げられないから、苦労してるんだろうな。 それでも洋食で三品盛り合わせというのは、 なんとなく満足感があるから不思議だ。 夕食は帰りがけに新宿駅のカウンター式のカレー屋で、 唐揚げ、ミートボール、ウインナー、 各種野菜をトッピングした季節限定メニュー650円。 チェーン店のカレーとしてはやや高めだが、 なかなか豪華だし、栄養的にもよく考えられている。 「CoCo壱番屋」のがんばりにあおられて、 駅のカレーショップもそれなりのものを出さないとやっていけないのかも。
岐阜城の天守閣に登る。 関ヶ原の戦いの後に建てられたものらしい。 道三・信長時代の城にはこういう天守閣はなかったとのこと。 日本の城というと天守閣が頭に浮かぶが、 天守閣というものが築かれるようになったのは、 1560年頃、つまり戦国時代の末期になってからだ。 最初の本格的な天守閣とされるのは、 ぼくの戦国小説でも登場する松永久秀が、 1560年奈良に築いた多聞山城とされるが、 その少し前から伊丹城など、 近畿の城に天守的なものが築かれ始めていたとも言われる。 多聞山城が注目されるのは、 信長がこの城から影響を受けて、 安土城のデザインを考えたと言われるからかもしれない。 この岐阜城のふもとにある壮麗な御殿も、 多聞山城の影響があるという。 天守閣の中はどの城も同じでがらんとしている。 道三から信長に宛てた美濃の「国譲り状」の写しや、 甲冑などが展示してあるだけ。 この国譲り状もなかなか不思議で興味深い。 これが本物なら、道三は息子の義龍ではなく、 娘婿の信長に美濃の国を譲ろうとしたということになる。 先に触れたように道三は義龍に跡目を譲って出家しながら、 (そもそも道三とは出家してからの名前だ) 義龍と対立して、 結局、義龍にも主立った家臣たちにも背かれて、 殺されてしまうのだが、 その背後には道三が美濃生え抜きではなく、 京の商人から成り上がった素性の怪しい男の息子で、 美濃生え抜きの豪族たちから嫌われていたという事情があったのだろう。 息子の義龍は道三の実子ではなく、 美濃の守護・土岐頼芸と側室のあいだにできた子供だったから、 豪族たちの支持を得ることができたのだ。 しかし、そうして追い詰められた道三が、 娘婿とはいえ、他国の信長に美濃を譲るというのはどうも不自然だ。 信長側が美濃を攻略するにあたって偽造したと考えた方がいいかもしれない。 ただ、道三と信長が、もっと深い裏社会のネットワークでつながっていたとしたらどうだろう? それがぼくの小説「ワイルドボーイズ」の尾張編のモチーフだ。 尾張の津島商人から出たのに、 美濃の道三に仕えた堀田道空や、 美濃の土豪で信長に仕え、 忍者でもあったと言われる森可成など、 美濃の道三と尾張の信秀・信長は、 奇妙な人脈でつながっている。 このあやしげな人脈は、 京の裏社会の支配者・松永久秀や、 堺の商人たち、 伊賀・甲賀の忍者たちにつながっている。
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