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シラクーサの出土品を見ようと博物館に行ってみたら、ちょうど閉館するところだった。午後はしめてしまうらしい。ギリシャ劇場やローマ闘技場に長時間居すぎた。まあ、そんなに考古学に興味があるわけでもないので、あっさりあきらめて帰ることにする。
近くにあるアルキメデスの墓もパス。ガイドブックによるとどうも何の根拠もない偽物らしい。
旧市街に戻る途中で場違いにモダンな塔に出くわした。昨日バスでシラクーサに入ったときに見かけた塔だ。島でジョギングをしているときにもはるか遠くに見えていた。
ガイドブックには「マドンナ・デッレ・ラクリメの聖所記念堂」で、高さ90m。1953年に起こった奇跡を記念して建立されたとある。中に入ってみると、新興宗教によくありそうながらんとした空間で、所々に小さな礼拝所みたいなものが設けられている。そのひとつの横に「1953年このマリア像から涙が流れ出した」といった説明が掲げられていた。
そんなことでこんな巨大な塔を建ててしまうのだから、イタリア人・ヨーロッパ人にとってローマカトリック教会はまだまだ一大勢力なのだろう。
三位一体説をとるカトリックが唯一正統な宗派と認定されたのは、324年コンスタンティヌスが招集したニケーアの公会議だ。キリストは神ではないとするアリウス派は異端とされた。
三位一体とは神と精霊とキリストを同一のものとする考え方だ。これに対してアリウス派はキリストも預言者・指導者のひとりであるとする。どっちでもいいじゃないかという気もするが、よくよく考えるとそこには面白いからくりが隠れている。
キリストも人であるということは、キリストの考え方を実践することでキリストのようになれるということだ。つまりアリウス派とはキリストの教えを実践する人たちだった。
それに対してカトリックはキリストの真似なんかしないで神として祈ることを強要する。信者は難しいことを考えずに教会に服従し、祈ればいいのだ。そこには思考停止がある。
コンスタンティヌスがカトリックを選んだのはそのためだ。思考停止して組織に服従するカトリックは、国民を帝国に服従させるのに便利だった。
面白いのはコンスタンティヌスの一家が、それまでアリウス派だったことだ。当時帝国内にはキリスト教の分派がたくさんあったが、アリウス派は最も大きな勢力だったという。
コンスタンティヌス自身が正式に洗礼を受けるのは死の直前だが、それは皇帝としての権力を行使するのに、信者という立場が邪魔だったからで、彼自身は母親など家族によって子どもの頃からアリウス派の教えに慣れ親しんでいた。
それをあえて捨てて、カトリックを帝国の公式システムに採用したのは、ひとえに帝国のためだった。
アリウス派とカトリックの違いというのは、キリスト教徒でないぼくにはあまりピンと来ないのだが、仏教に置き換えてみると多少わかりやすくなる。アリウス派とは仏教で言えば自分の努力で悟りを開き、仏になることをめざす小乗仏教であり、カトリックとは仏を拝んで救われようとする大乗仏教のようなものだ。
大乗仏教にもカトリックにも努力があり、修行もあるだろうが、教祖と同じ努力をして教祖と同じところへたどり着こうという意識は最初から放棄されている。教祖は神であり、神になろうとする努力は罪ですらある。
小乗仏教というと、タイの仏教のように信徒全員に出家を求める宗派のことを指すが、禅宗なども自分で悟りをめざすという意味では、アリウス派・小乗仏教の部類に入るだろう。
ぼくはイエス・キリストという人物が新約聖書の伝えるとおりに実在したかどうかにはあまり興味がないのだが、たぶんキリスト教の教祖のような人が弟子たちに説いたのは、どちらかといえばアリウス派に近い教えではなかったかと思う。
仏教でも儒教でも、組織が巨大化し、弟子から信徒への伝言ゲームが代を重ねるにつれて、教えは単純化され、思考停止して言われたことを守る、あるいは教祖を人間以上の存在にまつりあげて拝む傾向が強くなるのだが、同じことがキリスト教にも起きたのだろう。
もうひとつ、カトリックによって異端とされ、激しく弾劾されている宗派にグノーシス派というのがある。これにはいろいろな分派があって、一括りにするのは難しいのだが、共通しているのはアリウス派よりキリストを神秘的な存在ととらえ、それに近づくためには神秘的な秘技が必要だと考えることだ。仏教で言えば密教のようなものと言えるかもしれない。
グノーシス派はこの世界を動かしている隠れた真実・原理があると考える。ユダヤ教にもそういう神秘主義の一派があるから、その影響を受けて生まれたのかもしれない。
時代がぐっと下がって、ルネッサンス期から近代にかけて生まれた様々なキリスト教神秘主義の秘密結社はみんなこのグノーシス派を源流としている。少なくともそう主張している。
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