イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

シチリア紀行2006

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これは帝政期ローマ時代の壁画の断片。
ポンペイやエルコラーノなどベスビオ火山の噴火で埋もれた遺跡と同時代のものだ。

派手な彩色と妙にリアルな描写に共通の退廃を感じる。

特にこの人物の落ちくぼんだ眼の隈には、
繁栄の絶頂で言いようのない不安を感じているローマ人の心理が表れている。

もちろん当時の彼らにはそんなものを表現しようという意図はなかったのだろうが。

こうして破片となった壁画の顔を見ていると、
カリギュラのように奇行に走って虐殺されたローマの権力者が
どんな顔で生き、どんな表情で死んでいったのかを思い浮かべることができる。

勝利・征服・繁栄がもたらしたローマ人の奢りや傲慢と、
衰退と崩壊の中で怯えるローマ人の不安と狂気が、この男の表情に同時に垣間見えるのだ。

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遺跡の出口は入り口の住居風の博物館よりは大きくてモダンな鉄筋コンクリートのビルになっていて、中にはローマ時代の出土品などが展示されていた。

紀元1〜2世紀、帝政期のものが多い。この頃になるとギリシャ人の勢力も衰え、地中海の覇者となったローマがソルントを支配するようになったのだという。

これは皇帝ネロの母親アグリッピーナの石像。どう見ても女神像なのだが、解説にはたしかにアグリッピーナとある。

たしか皇帝の後継者たちを陰謀の数々で葬って息子のネロを皇帝にし、その息子に殺されてしまったというローマ史で最も有名な悪女のひとりなのだが、どうしてこんな僻地で神格化されていたのかは謎だ。

もしかして別のアグリッピーナという皇族の女性がいたのか、あるいは元々アグリッピーナという女神がいるのか……。

不勉強なのでわからない。

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住居跡にぽつんと完全な姿の瓶が置かれていた。

家がこんなに崩れてしまっているのに、
中の焼き物がこんなふうに残ったとは考えられないから、
たぶん発掘している人たちの誰かが置いたのだろう。

こういういい加減さもマイナーな遺跡ならではかもしれない。
こうして瓶を置くことでどういう効果を狙ったのかは謎だ。

特に当時の人々の暮らしがそこから浮かび上がってくることもないが、
博物館に展示されているよりはましかもしれない。

もちろん博物館で当時の暮らしをイメージできるような絵を横に飾ってくれれば、
そのほうが空想の助けにはなるが。

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ここは最初に歩いたメインストリートの続きのはずだが、
なぜか石畳ではなく煉瓦色の材料で覆った舗装路になっている。

現代で言えばアスファルト舗装に近い。

どう見ても石畳よりこっちのほうが平坦で歩きやすいように見えるのだが、
なぜ舗装のしかたが違うのか説明はない。

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丘を登ったり降りたりしながら遺跡の都市を歩きまわる。どこに入り込もうととがめ立てするやつはいない。

丘を登る坂は狭くて、ちょっと蹴躓いたら海まで転がってしまいそうなくらい傾斜が急だ。脚の弱った年寄りはどうやって暮らしていたのだろう? 当時の年寄りはみんな脚が鍛えられていたから心配なかったのかもしれない。


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