イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

シチリア紀行2006

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さらに丘を登ると崖の上に大きな住居跡があり、そこから湾の東端にある岬が見えた。先端に巨大な岩がそそりたつ美しい岬は現代の一等地なのだろう。豊かな緑の中に美しいオレンジ色がかった屋根の屋敷が点在している。

どうもこの巨大な岩には見覚えがある。昨日シラクーサからのバスで内陸部から北側の海岸線に出たとき見えた美しい湾の先にこんな感じの岬があった。あのときぼくはソルントの丘も同時に眺めていたのだ。

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劇場の横を上がると、見晴らしのいい場所に別のモザイクの床があった。柱や壁が完全に消えているが、ここも眺めのいい一等地に建てられた金持ちの家だったのだろう。
モザイク模様はここも簡単な図案だが、海の眺めを楽しむにはそれで十分だ。

ソクラテスにまつわる有名な言葉「自分自身を知れ」をふと思い出した。これも有名なのに意味がよくわからない言葉だ。学校では「自分の無知を自覚するところから哲学は始まる」みたいな意味だと教わった。「それがどうした?」と中学時代のぼくは思ったものだ。

しかし今、この言葉の背景がちらっと見えたような気がした。
自分が何者なのかを知るということは、他人に別の考えがあることを認めることでもある。

ローマ人は歴史を読むかぎりかなり愚かなことをたくさんしているが、それでも古代では革命的だったフランチャイズ・システムで近隣諸国と同盟し、同盟しない国・民族は征服しながら、当時の国家とは次元を異にする帝国を築いた。それはローマ人が技術や軍事戦略で優れていたからというより、国家経営の視点が玉造の国家・民族より一段上だったからだ。

ローマには、他国・他民族の価値観を容認した上で、相手のメリットになる部分だけでもローマ式のシステムで共存共栄しようという姿勢、ビジョンがあった。ローマにも他国・他民族同様、古代の宗教があり、国家の制度があったが、ローマ人はその限界を知っていたし、他国・他民族との同盟によって経済圏を拡大することで得られるメリットを知っていた。

自分を知るとは自分の限界を知り、相手を理解し、その理解と協力の上に立って新しいシステムを創造することにつながる。ソクラテスが本の固定的な性格を嫌い、他者との議論を好んだのもそのためだ。

しかし、ソクラテスの革命的な創造性を理解できたのは、ほんの一握りのリベラルな知識人だけだった。古いタイプの学者や権力者たちは自分たちの殻に閉じこもり、他者と、ソクラテスと理解しあうことを拒んだ。自分の限界を知り、自分の殻を破壊して、価値観の異なる人々と理解しあえる新しい共通の空間を創りだすことがどれだけ素晴らしいことなのか、彼らには理解できなかったのだ。

彼らが感じたのは恐怖であり、憎悪だった。いつの時代でも最初に革命的なアイデアを提案するものは弾圧される。ソクラテスを待っていたのも、単なる思想的な非難ではなく、アテネという国家による処罰、それも極刑だった。

ソクラテスは毒を飲まされて殺された。当時のアテネの死刑は毒殺だったらしい。処刑の前夜、友人たちはソクラテスを逃がそうとしたが、彼はきっぱりと拒絶した。アテネという国を愛していたからだという。アテネ市民である以上、国が決めたことに従うのが義務だと考えたのかもしれない。ソクラテスは国民皆兵の都市国家で若い頃からアテネを守るため勇敢に戦った軍人でもあった。

しかし同時に、ソクラテスはアテネからの逃亡が無意味だと感じていたに違いない。地中海最高の先進国アテネで自分の提案が受け入れられなかったのだ。この先どこへ行けば理解されるだろうか? その時代の先端を走り、自分の愛する国や人々の意識を根底から覆そうとする人間にとって、理解されないならば残る道は死しかない。

自分を知り、他者を、他民族を理解するという思想は、ローマ帝国やイスラム教徒のサラセン帝国の全盛期に一度花開いたらしい。しかしその後は、排他的なキリスト教のおかげで忘れ去られてしまった。ルネッサンスやフランス革命前のヨーロッパ世界でどれだけそれに近い思想が復活したのかについてはあまりよく知らない。

ぼくが知っているのは、1960年代にクロード・レヴィ=ストロースの構造人類学や、ミシェル・フーコーなどが、意識されないまま自分を規定しているシステムについて、あるいは異なる価値観の比較考察について、様々な提案を行なったこと、この頃ヨーロッパの列強もついに旧植民地の独立を認めたこと、キリスト教や西欧のシステム以外にも世界には様々な民族それぞれに独自のシステムがあり、それを容認しあうことによってしかこれからの世界は成り立たないと気づくようになったこと等々だ。黒人差別など少数民族への迫害・偏見も改善された。

しかし、今でも自分を知り、他者を知ることは容易ではない。アメリカ帝国皇帝は欧米による中東諸国の支配を正義と信じて疑わず、反抗するイスラム教徒をテロリストと断定し、自分が最大の大量破壊兵器保有国でありながら、新たな大量破壊兵器保有国の誕生を許さず、国連の意向を無視して中東を武力制圧して、数万の一般市民を殺している。

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アゴラ、貯水槽から丘の上を振り返るとなだらかな斜面が広がっている。これがギリシャ時代の劇場跡だという。よくよく見ると、階段状に石が並んでいたらしいことがわかる。しかし、シチリアで見た中では飛び抜けて保存状態の悪いギリシャ劇場だ。商人の住居跡がそこそこいい保存状態で残っているのに、どうして劇場がこんなに荒れてしまったのかはこれまた謎だ。

ふと霧ヶ峰の流鏑馬場を思い出した。信州の霧ヶ峰には、鎌倉時代の流鏑馬(やぶさめ:走っている馬から弓で矢を射る行事)の競技場跡が残っているが、階段状の客席は草に覆われて、言われなければ気づかないほど普通の丘になっている。たかだか600年ほど前の遺跡でさえそうなのだから、2000年以上前の遺跡がこれくらい残っているのはすごいことなのだろう。そう考えると、セジェスタやアグリジェント、シラクーサの遺跡の保存状態は奇跡と言ってもいい。

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アゴラの先に柱の基壇だけが並ぶ施設跡があった。
案内板によると、ここは貯水槽だったという。

普通、貯水槽は地下に造られるものだが、
この丘の上の遺跡ではアゴラと並んで設けられている。

なぜ地上にあるのかは謎だ。
地下を掘った方が、水がたくさん入るだろうに。

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十字架の丘には行かず、メインストリートを東に歩くとギリシャ人統治時代のアゴラ跡があった。市民が集まって議論したり投票したりする集会所だ。ソクラテスはアテネのアゴラでいろいろな思想家に論戦を挑み、ことごとく相手を論破した。

中学生時代から今までどうしてもわからないのが、なぜソクラテスは死刑になったのかだ。学校では「おかしな論戦を挑んで市民を惑わせた」からだと教わった。そのときはソクラテスが登場する本を読んでなかったので、なんとなく納得していたが、大学時代にあれこれ本を読んでみると、なんだかそんなことではないようなことが書いてあった。

ソクラテスは当時のアテネの人々の精神構造や政治に対する姿勢を否定したから、政府に危険人物と見なされた、あるいは反逆罪のようなものに問われたのだというようなことが書いてある本もあった。

はっきりしているのはソクラテスがただ言葉だけで罪に問われたということだ。当時のアテネは市民に言論の自由を保証していた。それでもなお許されない言説というのがあったのだ。だとすると彼はアテネの人々の相当痛いところを突いたのだろう。

それはもしかしたらキリストがユダヤ人に告発され、処刑されたような反逆だったのかもしれないと、ふと思った。

当時のギリシャはペルシャとの戦争に勝ち、政治的・経済的に絶頂期を迎えていた。アテネはその中心だった。ローマに比べて国家の規模は小さいが、アテネを支配していたのはもしかしたら後のローマに通じる軍事的・経済的な勝者の論理だったのかもしれない。

そこにソクラテスは哲学という新しい価値観、新しい視点を持ち込んだ。ソクラテスは、民族や国家として古代の神々を祭り、古代社会の規律に従って生きてきた古代人に、自分の意識で考え、生きなければならないと説いたのだ。それは当時のギリシャ人にとって不気味であり、忌まわしい思想だった。

しかもそこには真理があった。覇者となった国の国民は決まって大きな転換期を迎える。それまでめざしてきた国や民族としての目標が達成されることによって消え去り、自分たちで築き上げた社会でいかに生きるかという問題が突きつけられる。それは未知の問題であり、それだけ恐怖を引き起こす問題だった。

そのときのアテネ市民はソクラテスを抹殺することで、その恐ろしい問題に直面するのを避けたのだ。やがてそのツケはアテネの衰退というかたちで回ってくる。ソクラテスの弟子たちもそれを食い止めることはできなかった。ギリシャ都市国家の衰退にとどめを刺したのは、ソクラテスの弟子の流れに連なる哲学者アリストテレスに学んだアレキサンダーだった。

ソクラテスは「本なんてくだらない。何度読んでも同じことが書いてあるじゃないか。生きた考えは議論・対話からしか生まれない」と言ったらしい。ところがソクラテスの弟子たちはみんな本を書いた。おかげでわれわれはソクラテスの言葉を間接的ながら知ることができるのだが、残念なことにソクラテスの考え方の真髄は本で接することができるようなものではなかった。

キリストの考えが弟子たちや教会・教団によって伝わらなかったように、ソクラテスの哲学も残された言葉を頼りに推測するしかないのだ。


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