イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

シチリア紀行2006

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南の湾に向かって石畳の道が一本延びていて、突端の小さな丘に十字架が立っていた。カルタゴ・ギリシャ文明の中に突然割って入ったキリスト教の印。どこにでも存在の証を立てておかないと気がすまないキリスト教徒の執拗さ。

なぜかこの一番眺めがいいはずの小さな丘の周辺には住居が建てられていない。何か忌まわしい場所だったのだろうか。それとも眺めのいい場所は何も建てずにとっておこうという美学がカルタゴ・ギリシャの人々にはあったのだろうか。

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どこの住居跡にもあるモザイクの床がここにもあった。ただしソルントのモザイクは抽象的な図柄だ。これがカルタゴ時代のものなのか、それともギリシャ人やローマ人の都市になってからのものなのかはわからない。

ローマ人ならもっと派手な図柄にしただろうという気がする。ギリシャ人の住居跡はセジェスタでもアグリジェントでもシラクーサでも、立ち入り禁止の柵の外から眺めただけなので、床がしっかり残っている住居は見ていない。

カルタゴ/フェニキア人の住居跡も、モツィアで動物の図柄の床を見ただけだから、抽象的な図案が彼らのものだという確証もない。

まあ、景色がこれだけきれいだと、日々眺めるに足るものがあるので、床を動植物で飾らなくてもよかったのかもしれない、とは思う。

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遺跡の丘から海を見下ろす。こんな美しい景色が眺められるのだから、丘の上に暮らすのも悪くないと古代の人は思っただろうか。

ローマと全面戦争して滅びたカルタゴ/フェニキア人と、ローマに屈しつつ生き延び、衰退していったギリシャ人、ギリシャ文明の違いをまたまた考える。

どうしてギリシャ人はギリシャの都市国家どうしで戦争し、カルタゴ/フェニキア人とも戦争/征服を繰り返していたのに、ローマとは戦わなかったのか。たしかナポリなど南イタリアのギリシャ都市は初期のローマと戦いはしたが、比較的すぐに同盟を結び、ローマ主導の軍事行動や道路などのインフラ整備を受け入れている。

それはギリシャ人/都市にとってメリットがあったからなのだろう。つまりローマの経済・国家経営モデルが優れていることをギリシャ人は理解していた。

その彼らがカルタゴとは戦争を繰り返したのだから面白い。ただ戦っただけではない。カルタゴがセリヌンテのようなギリシャ人の都市を攻撃するとき、同じギリシャ人の都市であるセジェスタはカルタゴに味方している。つまりローマ以前の地中海はそういう都市国家が群雄割拠する世界だったのだ。

ローマは独自のシステムでそうした群雄割拠の時代を終わらせた国だった。その新しさ、その値打ちをカルタゴ/フェニキア人は理解せず、ギリシャ人は理解したのだ。それが民族の命運を分けることになった。

今も地球には帝国のシステムが存在し、それとどのような関係を結ぶかが小国の運命を決めるという状態が存在する。

ソビエトの帝国が解体し、中国はまだ発展途上にある現在、帝国と呼べるのはアメリカのそれだけだ。日本はその周縁にあって、軍事的にはその支配下に置かれている。ユダヤ王国のように帝国に反旗を翻して滅亡しかけたことを思えば、経済的にそこそこの繁栄を享受している今の日本はそれほど悪い状態ではないと言えるかもしれない。

しかし、国際政治の力学は常に流動的だ。今の繁栄が後の不安定を生む原因になることも考えられる。歴史上の国家や民族の戦争や征服、滅亡が興味深いのは、未来を読むための参考になるからだ。

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このあたりは3階建ての商人の家で、1階は倉庫になっていたと解説にある。わざわざ物品をこの丘の上まで運び上げて保管していたというのがどうにも不思議だ。牛や馬しか動力がない古代にどうしてそんな手間をかけたのだろうか。

物品は港に運び込まれ、港から出ていっただろうから、港に倉庫を置いておけばよかったはずだ。街道を運ばれる物品も丘の下に倉庫を造って保管した方がはるかに効率的だ。

要するに古代はそれほど都市が危険にさらされていたということなのだろう。盗賊や隣国、異民族の攻撃から物品を守るには、こういう丘の上に都市を築くしかなかったのだ。

そういう危険は中世まで続いた。イタリアにシエナやサンジミニャーノ、モンテプルチアーノなど丘の上に栄えた都市が多いのは、都市が要塞を兼ねていたからだ。

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博物館を出ると、古代の道が丘の上へ続いていた。
遺跡の中は特に立ち入り禁止区域もなく、どこでも自由に歩き回れる。

観光客が極端に少ないせいだろうか。
あるいは国ではなく県が管理しているからだろうか。

セジェスタもモツィアもアグリジェントもシラクーサも、
観光客が入れる場所はごく限られていて、
特に街並みの遺跡はどこも立ち入り禁止だった。

それだけにこのソルントの自由は道の広さ、保存状態のよさ以上に感動ものだ。


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