イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

シチリア紀行2006

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新市街のバールのテラスでビールを飲みながら日記をつけ、8時の開店時間と同時にガイドブックに出ていた「レジーナ」というレストランに飛び込む。ちょっと気取った感じの店だが、給仕たちは日本人の1人客にもいやな顔ひとつせず、席を用意してくれた。

野菜が不足しているので、前菜はブッフェ式を選ぶ。赤パプリカやニンジンのサラダ、ナスやブロッコリなど野菜をたくさん食べると落ち着く。

パスタは穴がものすごく細いマカロニみたいな太いショートパスタのペスカトーレ。あさりとえびとマグロの細かい切り身が入っている。若い給仕が目の前でパスタを手際よく具とからめてくれる。雰囲気作りの演出でもあるのだろうが、魚介のエキスがパスタに馴染んで、大衆的な店とはまた違う上品なうまみが楽しめる。

メインに魚料理を勧められたが、何日もまともな肉を食べていないので肉料理をチョイス。牛肉でトマトとチーズを巻いたものと白ネギとオリーブの葉を交互にはさんだ串揚げのようなものだ。疲れていると肉がやたらと食べたくなる。

これも給仕係が目の前のワゴンで串を抜いてくれる。魚料理の場合は骨や頭をはずし、身だけを皿にのせて客に出す。

来たときがらんとしていた店内はいつのまにか満席になっている。客はいかにも常連らしい中小企業経営者やビジネスマンっぽい中年男とその妻あるいは愛人、エリートらしい上品な一家といった感じの人たちだ。

彼らはほとんどが魚屋みたいな氷の台に並んだ魚から一匹ずつ選んで、焼いたり蒸したり煮たり好みの料理法で料理してもらっている。魚料理が自慢の店なのだろう。というより、シチリアは牧畜が発達していないので、まともな料理店は基本的に魚料理を売り物にせざるを得ないのだ。

考えてみると、せっかくシチリアに来たのに魚を一匹選んで料理してもらうような楽しみ方を今回一度もしていない。肉にこだわる必要はなかったのではないかとちょっと後悔したが、さすがに胃が疲れていて、もう一皿魚料理を注文する元気はなかった。

それでもこの牛肉の串揚げもなかなかうまい。玉ねぎではなく白ネギを使うのは意外だが、たしかシチリアにはマグロとネギの串焼きみたいな料理があったはずだ。それの肉バージョンということで、料理法自体はかなり完成されている。

他の客たちを見ていると、上品なエリート一家をのぞいて、みんな食べ方はかなり乱暴だ。特に中小企業経営者的な感じのおっさんはズルズル音をたてながらスパゲッティを思いきりほおばり、口からはみ出した部分を歯で噛み切って皿の上にボロボロ落としている。

最後は皿に口をくっつけんばかりにして残ったパスタをかっこむ。そして一品食べ終わるたびに、いかにもまずそうに、あるいは「こんなもの食い飽きた」と言わんばかりにフォークをテーブルに投げ出す。

連れの女たちとはほとんど話さない。女たちもつまらなそうに食べている。給仕たちはいやな顔ひとつせず、神妙な顔つきで給仕をつづける。中小企業経営者もビジネスマンもちょっと粗暴でやくざっぽい。これが伝統的なシチリアのスタイルなのだろうか? 

ワゴンからデザートを選ぶとき、ベテランの給仕にシチリア伝統のお菓子を勧められたので試してみた。ちょっと固い円筒形のクッキーみたいものに、クリームでもカスタードでもない独特の白くどろっとしたソースがかかっているが、おそろしく甘い。客たちに負けないくらい粗暴なお菓子もまたいかにもシチリアらしい。

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まだパレルモではろくな食事をしていないので、
最後の2日はまともなレストランに入ろうと、新市街に出かける。

夕方5時を回っているのに、路地には衣料品の市が立っている。
食料の市は昼過ぎまでなのだが、衣服の市は逆に夕方から立つのだろうか。

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8日前に歩いたバロック様式の四つ角クアットロ・カンティを通ってホテルに戻る。

シャワーを浴びようとしたら、なんとこの安ホテルには石鹸もシャンプーも備えられていない。シラクーサのB&Bにもなかったが、「ホテル」と称するところに石鹸とシャンプーがないのは初めてだ。さすがは星なしホテル。

シャンプーは一昨年のトスカーナ旅行でためこんだホテルの小さなボトルがもうひとつ残っていたのでそれで間に合うが、石鹸は毎日洗濯に使うので、もう蓄えを使い果たしてしまった。もう旅も終盤でパレルモの最後の2泊は洗濯をしなくてもいいからと、シラクーサのB&Bの洗面台に残った石鹸の小さなかけらを置いてきたのが悔やまれる。

あきらめてお湯で汗を流そうとシャワー室に入ったら、目の位置より少し高いところにある石鹸置きの棚に小さな石鹸のかけらが乗っていた。前の客の使い残しだ。ありがたく使わせてもらう。ほんとに薄っぺらなかけらだが、大事に使えば2日はもつ。星なしホテルのずさんな掃除が、思いがけないところでプラスにはたらいたわけだ。

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ヌオーヴァ門をくぐり、ヴィットリオ・エマヌエーレ大通りを少し歩くと左手にパレルモの大聖堂が現れた。8日前には復活祭のミサで歩けなかった内部をゆっくり見物する。

外観がイスラムとビザンチンの折衷様式なのに対して、内部はバロック時代のようなちょっと新しい印象を受ける。かなり後から改修されたのだろうか。

大聖堂の一角にある王家の墓は入り口が別になっていた。一度外に出て、裏側から入場料を払って入るのだ。ノルマン王家の有名な4人の王の墓が並んでいる。

シチリアの複雑な民族構成を融和策でまとめ、独特の折衷文化を創りだした功労者のひとりフリードリッヒ二世の墓もあった。

彼は成人してから神聖ローマ帝国皇帝の位に就き、中東でキリスト教徒の十字軍とイスラム教徒の和平を実現した人でもある。ノルマン王家のイスラム融和策というイメージはたぶん彼個人の努力から生まれたものなのだろう。

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バスの終点インディペンデンツァ広場からヴィットリオ・エマヌエーレ大通りへ歩く。8日前に歩いた道を逆方向から都心に向かうのだ。

あのとき見た王宮のヌオーヴァ門を今日は逆側から眺める。柱にはターバンを巻いたイスラム教徒らしい男たちのレリーフが彫られている。ノルマン人に征服され、裸にされ、恥ずかしそうに胸を隠しながら泣いている。

こういうのがヨーロッパ人のいやらしいところだ。勝っても被征服民に寛大になれず、復讐されるのではないかという強迫観念に駆られながら、弱者を虐待しつづける。

アメリカ大陸を征服したスペイン人や、黒人奴隷を抱え込んだアメリカ人など、異民族を支配しようとするやつらは常に恐怖に怯えなければならない。イスラム教徒のテロに怯える今のアメリカ人のように。

シチリアのイスラム教徒を征服したノルマン人が寛大な民族融和策をとったというガイドブックの解説はたぶんでたらめなのだろう。征服者たちの偽善を真に受けてはいけない。イスラム寺院がひとつ残らず破壊されたのを見れば、キリスト教の残虐さ、心の狭さは明白だ。


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