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帰りは丘の下の町まで徒歩で坂を下る。途中、何度もモンレアーレを振り返った。そのたびにドゥオーモが少しずつ小さくなっていく。 |
シチリア紀行2006
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キリストについて考え事を続けながら中庭を出て、モンレアーレの町をうろつく。丘の上に細長く伸びた町は、イタリアやスペインの丘によくある城塞都市ではなく、ただ眺めがいいからという理由で建設された町のように見える。 |
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組織や教義を嫌うぼくの感覚には、たぶんぼくが物心ついた時代が反映されているのだろう。 |
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たぶん釈迦の慈悲や孔子の仁もイエスの愛と同じようなポリシーだったのだろう。どんな世界においても、そうしたポリシーは人間的であり、反社会的であり、ある種革命的ですらある。そして例外なく多くの共感者を生み、時代や国境を超えて伝播する。 |
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イエスがキリスト、神、救世主だったかどうかはどうでもいい。彼の生き方、考え方で最も刺激的なのは「右の頬を打たれたら左の頬を出す」ことであり、自分ではなく隣人を愛することだ。 |



