イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

モロッコ紀行1997

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 9:00、ほとんど入れ違いにイギリス人女性のロナが若いやせっぽちの小柄な白人を連れてやってきた。
「あれ? ツアーはキャンセルじゃなかったの? ムハンマドが来てそう言ってたけど」
「そんなことじゃないかと思ってたわ。外国人がモロッコ人を車に乗せてると警察がうるさいから、今朝、通りで彼に会ったときに、今日は行けないって嘘をついたのよ。でも、ツアーは中止じゃないわよ。このジェイソンが行くことになったから、値段は800DH(10,400円)でいいわ」

 外国女が子の土地で違法の商売をしながら生きていくのはなかなか神経を使うことなのだろう。
「そうかい。それはよかった」とぼく。
「早くしないとムハンマドに見つかったらやっかいなことになるわ」とロナ。
「大丈夫さ。あいつは家に寝に行ったよ。朝まで飲んでへとへとなんだ」とぼく。

 9:30ティネリール出発。
 ロナの車は小さなフィアットUnoだ。イギリスからこの車でやってきたらしい。ここに住んでいるわけではなく、イギリスでパートタイムの看護婦として働いて小金を貯めてはモロッコに来て、ティネリール郊外の安いロッジに長期滞在しているらしい。

 ジェイソンは1カ月半ほどモロッコの各地を歩いて最近ティネリールにやってきたイギリス人で、ロナと同じロッジに滞在している。歳は24歳。ドレッドヘアで、のどの奥の方でフニャフニャしゃべる。いつもにこやかで物静かな弱々しい少年のような若者だ。

「モロッコはハシシュが安いんだ。どこに行ってもこの頭を見ると売人がすぐ寄ってきて、何キロ欲しい?ってきくんだ」と女のような声で言い、口の中で上品に笑う。わりと育ちのいい坊ちゃんで、きっと高学歴なのだろう。

 もしかしたら、ジェイソンは用心棒なのかもしれない。得体の知れない日本の中年男と2人きりで砂漠に行くのは危ないからと一緒に行ってくれとロナが頼んだのか、あるいはロッジの白人仲間でそういう話になって、自分からボランティアを買って出たのかもしれない。

 ロナはたしかゆうべ「何人でも1人1100DH」と言っていたのだが、厄介者のムハンマド抜きで行けるなら800DHでもいいやという気になったのだろうか。ぼくとしてもゆうべの1100が値切りもしないのに800に下がったのだから大歓迎だ。

(今回も写真なしです)

4月26日(土)

7:00まで待ってムスタファを起こし、別れを告げた。ムスタファはゆうべのジュラバ(長い民族衣装)を脱いで、白いTシャツにカーキ色のズボン姿で、床に敷いたマットの上にうつぶせで寝ていた。なんだか暴動で虐殺された南アフリカの黒人みたいだった。

目を覚ましたムスタファは、無表情のままぼくを戸口まで送り、「グッバイ・マイフレンド」と言った。
「また会おう」と言うと、
「インシアラー」と応えた。神の思し召しのままに。つまり、知ったことかというわけだ。

今日、彼は羊たちを連れて山へ帰る。ゆうべ怒り出す前は「君に鍵を渡しておくから、ここを自由に使ってくれ」と言っていたのだが、そんなことはおくびにも出さない。腹の底ではたぶん「このジャップ、とんだやっかい者だぜ」と、思っているだろう。

8:30ホテルのほこりっぽい部屋に戻り、シャワーを浴びて荷造りをした。結局この部屋には合計1時間もいなかったことになる。

広場に面したテラスのカフェで朝食をとっていると、ムハンマドがやってきた。ゆうべ、朝8:00にアヴニールで一緒に朝食をとろうと約束していたのだが、そのあとの成り行きから、できれば彼に会わずに砂漠に行きたかったのですっぽかしたのだ。

ムハンマドは真っ赤な眼をしていた。二日酔いなのだろう。ぼくにパタゴニアの帽子を返し(なぜかこの帽子が気に入ったらしく、やらないというのにずっとかぶっていたのだ)、ぼくを砂漠に連れて行ってくれるはずのイギリス人女性が来れなくなったという。
「免許証をなくしたらしいんだ。でも心配するな。おれが安いタクシーを手配してやるよ」
 やった! これでこのやっかい者と砂漠に行かなくて済む。

「いいよ、どうせおれは飲み過ぎと疲れで頭が痛いんだ。しばらくホテルで休んで勝手に行くから気にしないでくれ。ゆうべは酒やジュラバで金を使いすぎたから、バスで安上がりの旅をするよ」とぼく。
 それでもムハンマドはなんとか路線バスよりいい手はないかとあれこれ知恵を絞る。そのうち不意に席を立ったかと思うと、ゆうべ酒を飲んで絨毯を売りつけられそうになったハマドの家から、一緒に酒を飲んだマラケシュの商人を連れてきた。

「こいつがサハラに行きたいと言ってるから一緒に行くといい」とムハンマド。
 しかし、当のマラケシュ商人はあきらかに困った顔をしていて、ぼくに目でそれを訴えかけている。たぶんムハンマドはゆうべの口調で「おれの友達をほっておけないから頼む」と強引に口説いて連れてきたのだ。まったくどうしようもないやつだ。それでもこの男がただのいんちきガイドでないことがわかってちょっとうれしかった。

ムハンマドの顔は疲労でボロボロだ。一睡もしてないという。商売女のところで夜を明かしたんだろうか? 誰の金で? それとも、大人しく自宅に帰ったものの、久しぶりの酒と気ままに旅をする異邦人に触発された興奮(彼もかつて自由にあこがれてこの土地を離れ、ヨーロッパに渡ったのだ)で眠れなかっただけなのか?

「おまえの親切には感謝するよ。でも、ほんとにおれは疲れてるんだ。ゆっくり休んでから気ままに出かけるよ」とぼくは言い、昨日約束していた登山用のポロシャツをプレゼントした。ムハンマドはマラケシュの商人を解放してやり(どうして彼はこの商人にそんなに偉そうな態度をとることができるんだろう? やっぱりときどき人のいい観光客を引き合わせて、うまい商売をさせてやっているんだろうか?)、うれしそうに帰っていった。
「これから家でゆっくり寝るよ。ほんとに気をつけて、いい旅を続けてくれ」
 どこまでも陽気な男だ。

 怒りが鎮まったのか、5時過ぎにムスタファは眠りについた。すぐに明るくなってきて、ぼくは結局眠れなかった。夜更けに知り合ったばかりの男の家で、しかもそいつが金のことで怒っているときに、なかなか眠れるものじゃない。

 ムスタファの話によると、ムハンマドとは初めて酒を飲んだらしい。いつもは街でお茶を飲んで話をするだけの仲なのだ。真面目な男だけに、遊び人のムハンマドのペースに乗せられて、ついつい金を出してしまったのだろう。

しかもプライドがあるので怒りをムハンマドに見せることすらできない。だからぼくに当たり散らしたのだ。これもやはりプライドがあるので、ぼくがやっかいごとの原因だとは言わないものの、ムスタファがぼくにも腹を立てているのは明らかだ。

「サハラに女を連れて行くって? ポタシュ(商売女)じゃなくて、素人娘を? この国でそんなことしたら立派な犯罪だぞ」と寝る前にムスタファはぼくに警告した。

 こうなったら、明日の朝(すでに今日だが)は、やっかいもののムハンマドと会わないようにして、さっさと街を出なければならない。そう考えるとますます目が冴えて眠れなかった。

少しうとうとしたところへムスタファがひとりで戻ってきた。何やら怒っている。
「プロブレーム! ムハンマード! プロブレーム!」とぼくにくってかからんばかりの形相でわめき散らす。(ぼくらは片言の英語で話していたので、このわめきも英語だった)

「My friend , I don't like problem. That Muhammad took my money to buy another wine. That's too much. I am nomad. I am 38 years old. I'm not a child. I don't like such thing. I want to marry. I want to have family. But that fuckin' Muhammad took my money , made me pay for that fuckin' wine!……」

(友よ、おれは面倒はごめんだ。あのムハンマドのやつ、もう1本ワインを買うとか言って、おれの金を巻き上げやがったんだ。こんなのごめんだよ。おれはもう38歳だ。ガキじゃない。こんなことやってる場合じゃないんだ。結婚もしたいし、家族も持ちたい。なのにあのムハンマドのくそったれはおれの金をとりやがったんだ、くそみたいなワインを買うためにおれに払わしやがったんだ!……)

 ムスタファの叫びは延々1時間以上続いた。もう明け方の4時だった。彼の話を要約すると、もっとワインを買おうとムハンマドに言われて、100DH(1,300円)払わされたらしい。そんなにいやなら出さなきゃいいのだが、たぶん口のうまいムハンマドに「今までの酒はおれとシュウジが払ったんだぞ。今度はおまえが出すのが筋ってもんじゃないか」とかなんとか、遊牧民のプライドを突かれて、つい出してしまったのだろう。

 考えてみるとムハンマドはジンに50DHと、リモナードやソーセージ、水に20DH出しただけだ。女房持ちにとってはそれでも痛い出費だったのかもしれないが、ムスタファに100DH出せと強要する権利があるとは思えない。まあ、どこの国にもこういう調子のいいやつはいるのだが。
 ワインを買った後、ムスタファはさらに女を買いに行こうと言い出したらしい。ムスタファはそこで怒って帰ってきたのだ。
「おれはノマドだ。自然の中に生きる。半年はイシミールの山のテントや洞穴で寝て家畜を飼う。おれはもう38歳だ。結婚もしたい。なのになんであんなくそワインに100も払わされて、おまけに女にまで金を使わなきゃいけないんだ!」

 モロッコの僻地の遊牧民はすごく傷つきやすい男だった。きっと100DHは彼にとってものすごい大金なのだろう。この歳まで結婚もしないでこつこつ金を貯めているのは、ティネリールに家を持ち、半年は妻とここで暮らすためなのだ。

 しかし、彼の叫ぶようなまくしたて方はまるでニューヨークのスラム街の黒人みたいだった。彼は仕事の合間に街の郵便局員を訪ねて少しずつ英語を覚えたのだという。どうして遊牧民に英語が必要なのかはわからない。素朴な牧畜の暮らしだけでは知的好奇心が満たされなかったのかもしれないし、いつかはモロッコを出て海外で暮らしてみたいと夢見たことがあったのかもしれない。

(今回も酔っぱらった夜のつづきなので、写真なしです。)

 1:00過ぎにジンがなくなると、ムハンマドがホテルトドラ(ぼくが部屋をとった、広場のホテル)にワインを買いにいこうと言い出した。羊飼いのムスタファと3人でホテルに行くと、玄関のガラス戸だけでなくその外側の頑丈な木のドアも閉まっている。

ムハンマドがドンドンと力任せにドアを叩き続けると、黒人の男が出てきた。酔っぱらいの我々にどうやら腹を立てているらしいが、ムハンマドがしばらく交渉すると、結局80DH(1,040円)でワインを売ってくれた。

 ぼくはひどく眠いので、地面に寝ころんで寝たふりをした。ここらでムハンマドとおさらばして、ホテルの部屋でゆっくり寝たかったのだ。しかし、酔っぱらったムハンマドはそんなこととは知らず、真剣に心配してくれた。

「シュウジ、だいじょうぶか?」
「もうだめだ」
「わかった、君はもうホテルで寝た方がいいよ」

 しかし、ムハンマドが交渉しても、守衛はぼくの部屋のカギを渡そうとしない。地元の遊び人と酔っぱらってるアジア人が、ほんとに昼間ホテルにチェックインした客なのかどうかわからないからだ。

 結局ホテルで寝るのはあきらめて、羊飼いのムスタファの家に行った。白い一軒家の一階と二階に一世帯ずつ入っている借家だ。ムスタファの住まいは二階で、広い部屋がふたつとキッチンとトイレがある。居間にはテレビもビデオもあるが映らない。

 泥酔状態でワインを飲んでいると、ムハンマドがどこからともなく弟を連れてきた。フランスの大学に通っているという、まだ少年の面影がある21歳。足が不自由で松葉杖をついている。酒盛りに加わりたくないのだろうか、居間の戸口に座って部屋の中には入ろうとせず、知的な微笑を浮かべてぼくに挨拶する。

「一番年下で、一番頭のいい弟なんだ」とムハンマド。「ニースで法律の勉強をしてるんだけど、今は休みでこっちに来てるんだ。将来は弁護士か何かになるだろう。うちの一家の希望の星だよ。明日はこいつも砂漠に連れて行くよ」

 おいおい、そんな金どこにあるんだ? と言いたかったが、酔っぱらってだるいので、口をきくのもめんどうくさかった。ムハンマドはぼくにたかるつもりだろうか? 今日半日でぼくがそんな金を出さないだろうということはわかってるだろうに。まあ、ムハンマドも酔っぱらっていて正気じゃないのだ。

 ワインを飲み干すと、ムハンマドと弟とムスタファは出ていき、ぼくはムスタファが用意してくれたシュラフで寝た。


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