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少しうとうとしたところへムスタファがひとりで戻ってきた。何やら怒っている。
「プロブレーム! ムハンマード! プロブレーム!」とぼくにくってかからんばかりの形相でわめき散らす。(ぼくらは片言の英語で話していたので、このわめきも英語だった)
「My friend , I don't like problem. That Muhammad took my money to buy another wine. That's too much. I am nomad. I am 38 years old. I'm not a child. I don't like such thing. I want to marry. I want to have family. But that fuckin' Muhammad took my money , made me pay for that fuckin' wine!……」
(友よ、おれは面倒はごめんだ。あのムハンマドのやつ、もう1本ワインを買うとか言って、おれの金を巻き上げやがったんだ。こんなのごめんだよ。おれはもう38歳だ。ガキじゃない。こんなことやってる場合じゃないんだ。結婚もしたいし、家族も持ちたい。なのにあのムハンマドのくそったれはおれの金をとりやがったんだ、くそみたいなワインを買うためにおれに払わしやがったんだ!……)
ムスタファの叫びは延々1時間以上続いた。もう明け方の4時だった。彼の話を要約すると、もっとワインを買おうとムハンマドに言われて、100DH(1,300円)払わされたらしい。そんなにいやなら出さなきゃいいのだが、たぶん口のうまいムハンマドに「今までの酒はおれとシュウジが払ったんだぞ。今度はおまえが出すのが筋ってもんじゃないか」とかなんとか、遊牧民のプライドを突かれて、つい出してしまったのだろう。
考えてみるとムハンマドはジンに50DHと、リモナードやソーセージ、水に20DH出しただけだ。女房持ちにとってはそれでも痛い出費だったのかもしれないが、ムスタファに100DH出せと強要する権利があるとは思えない。まあ、どこの国にもこういう調子のいいやつはいるのだが。
ワインを買った後、ムスタファはさらに女を買いに行こうと言い出したらしい。ムスタファはそこで怒って帰ってきたのだ。
「おれはノマドだ。自然の中に生きる。半年はイシミールの山のテントや洞穴で寝て家畜を飼う。おれはもう38歳だ。結婚もしたい。なのになんであんなくそワインに100も払わされて、おまけに女にまで金を使わなきゃいけないんだ!」
モロッコの僻地の遊牧民はすごく傷つきやすい男だった。きっと100DHは彼にとってものすごい大金なのだろう。この歳まで結婚もしないでこつこつ金を貯めているのは、ティネリールに家を持ち、半年は妻とここで暮らすためなのだ。
しかし、彼の叫ぶようなまくしたて方はまるでニューヨークのスラム街の黒人みたいだった。彼は仕事の合間に街の郵便局員を訪ねて少しずつ英語を覚えたのだという。どうして遊牧民に英語が必要なのかはわからない。素朴な牧畜の暮らしだけでは知的好奇心が満たされなかったのかもしれないし、いつかはモロッコを出て海外で暮らしてみたいと夢見たことがあったのかもしれない。
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