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(久しぶりのモロッコ紀行更新です。この旅行は1997年4月に行ったものですのであしからず。この夜は地元の若者にサハラ砂漠まで連れて行ってくれる長距離タクシーもしくはもぐりの業者を紹介してもらうために、ホテルに行って酒を奢り、酔っぱらって踊り、結局もぐり業者のイギリス人女性に砂漠に連れて行ってもらうことになりました。ちなみにカメラはもっていかなかったので、写真はありません。)
いろいろ世話をしてくれたお礼に、ムハンマドにビールをおごることにする。
「じゃあ、2kmほど離れたホテルに行こう。街中だといろいろ地元のやつらの目がうるさいからね」とムハンマド。
ムハンマドの知り合いの車に乗せてもらってそのホテルに行った。大きなプールがある豪華なホテルで、アメリカ人のツアー客が泊まっている。ラウンジでは酒が飲めるだけでなく、ベルベル人の音楽と女性ダンサー4人の民族舞踊をやっている。
女の子はシルクロードの少数民族みたいな白い布にカラフルな刺繍をほどこした衣装をつけている。金銀のアクセサリーを首や頭や腕などいたるところに付け、鈴のようにジャラジャラならし、4人揃って跳びはねながら踊る。
それを楽しみながらビールを飲む。250mlほどの小びんで20DH(260円)。それからワインを1本とる。96DH(1,248円)。酔いがまわってきて気が大きくなってきた。ムハンマドと下ネタ中心の冗談話で大笑いし、地元ガイドやタクシーの運転手たちと一緒にダンサーの娘たちと踊る。
酔っぱらってくると、なんだか自分がタジキスタンとかウズベキスタンの辺境にいるような気になってくる。
「ベルベル人は1万年前にシルクロードやインド・パキスタン北部からアフリカにやってきたという説もあるんだ」とムハンマド。そういえば彼の顔も、インドの少数民族にいそうな顔だ。
その合間に運転手たち数人と交渉。砂漠ツアーはやはり1,300〜1,400DHはするという。
「じゃあやめよう」とぼく。
「いや待て。イギリス人の女はもっと安く乗せてくれると思う」とムハンマド。
女? さっきはただ「ブリティッシュ・フレンド」と言ってたじゃないか。
「おれに任せとけ」とやはり酔っぱらっているらしいムハンマドが大声で手を振り回しながら言った。
「いずれにせよ、オフロードを通って、オアシスやカスバを見物して、砂漠に停まってエルフードまで送る。値段は1,100DH(14,300円)までにおさえる。それ以上ならやめだ。ゼーンゼーンダイジョーブヨ」と大阪人の旅行者から習ったという日本語を交えながらわめく。
いつのまにかエルアラシディアより手前で降ろされることになっているし、値段も100DH高くなっているが、まあこういう交渉ごとというのはそんなものだろう。
ロビーにイギリス人の女がやってきた。思ったより若い。アイルランドやスコットランドに多い眼が大きいタイプだ。こういう異国の僻地に住み着いて自由に生きながらいつのまにかくたびれてしまう白人をよく見かけるが、彼女は眼が澄んでいるし、表情にも生気があふれている。
着ているのは色あせたトレーナーにモロッコ風のスカート。フランネルみたいな薄い生地に鮮やかな細かい模様がいっぱい入っている。わずかにのぞいた足首が太くて毛深い。やや濃いブロンドの髪、鼻に小さなピアス。名前はロナ・ジェーガー。ムハンマドを交えて英語で交渉する。1,100DHでエルフード経由サハラ1泊、食事・宿泊は各自持ち。カスバ見物など適宜自由に……
「1,100じゃあんまりだけど、明日は別にすることもないからやるわ。でも地元のドライバーたちには言わないでよ。ここに住んでるんだから、もめごとは起こしたくないの。でも、もしほかに参加者がいれば連れてきて。人数が増えれば助かるから」とロナ。
「人数が増えても1人1,100DH?」とぼく。
「そうよ」
そりゃあんまりだと思ったが、もういい加減酔っぱらっているので、どうでもよくなってきた。ロナと明日の朝ホテルのカフェで落ち合うことにして別れる。
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