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大河内山荘で最後に抹茶をいただいて、竹林の小径に戻り、北へ歩く。
常寂光寺という寺があった。受付でくれるチラシによると、日蓮宗のお寺らしい。創立は1617年というから江戸時代の初め頃だ。大原に寂光院という天台宗の古い寺があるが、それとは関係ないらしい。
長い階段を登ると、眺望が一気に開ける。チラシには京都盆地のむこう側、比叡山や山科まで見えるように書いてあるが、今日はかすんで見えない。しかし、すぐ足元に広がる嵯峨野の集落の瓦屋根の連なりが美しい。中国の桃源郷を思わせる。日本にも昔はいたるところにこんな集落があったのだろう。
学生時代、明治初期に外国人の一家が東北を旅したときの日記を読んだことがあるが、山の中にいきなり桃源郷のような美しい村が現れ、礼儀正しい村人たちに親切にもてなされて感動したと書かれていた。
封建時代には重税にあえぐ貧しい農民というイメージがつきまとうが、たぶんそれは凶作・飢饉で苦しんだ地域のことなのだろう。近代化・欧米化によって、食糧事情や医療などは改善され、平均寿命はのび、戦後は車も普及して生活は豊かに便利になったが、ひきかえに失われたものも多い。全国どこへ行っても殺伐とした風景が広がり、奇跡的に残された伝統建築の町は観光地として客を集めているが、それは町のほんの一角で、探すのに苦労するほどだ。
工業化の時代を卒業した日本は、海外に工場を移し、荒廃の速度はゆるやかになりつつあるが、社会には仕事のない人、あっても派遣や請負という名の、まるで19世紀のような過酷な条件で働かされている人、そういう社会から逃げて親の世話になって暮らす人たちがあふれている。
不動産でも人の借金でも証券化して、ギャンブルのような投資の対象にするアメリカ型の金融ビジネスが迷走し、一握りの勝者だけが桁外れの金持ちになるという19世紀の資本主義みたいな経済が、今世界を支配している。
資本というシステムは、たしかに人やモノや知恵を集めて大きなことをやるには便利な仕組みだ。昔は宗教の幻想や権力者の武力でしかできなかった環境整備が合理的に、平和的にできるようになった。しかし資本が自分の膨張だけを目的に世界中を一人歩きする今の状態は異常だ。こうなってみると、社会主義は資本主義の暴走にたいするひとつの歯止めだったのだなとつくづく思う。しかし、資本主義が20世紀を通じて成長進化したのに対して、社会主義は20世紀という歴史の中で役割を終えてしまった。21世紀に資本主義の新しいチェック機能は生まれるだろうか?
最近ずっとレトロエコノミクスということを考えている。経済を後ろ向きに収縮しながら、近代化で失われた美しく健康で快適な生活環境を再生していくという考え方だ。
封建時代のように小さな町と周辺の田園地帯を社会の単位にして、食料や生活必需品をなるべく自給する。地域でとれた新鮮なものを市場や商店で売るので、包装用のプラスチックも、長距離輸送のトラックも物流センターも巨大スーパーもいらない。建物もなるべく木や紙など伝統的な材料を使う。地域で森を育て林業を復活させ、大工や家具職人など伝統的な職人を育てる。医療など先端技術や設備が不可欠なものをのぞいて、レトロエリア内ではなるべく前近代的な生活をする。
日本中が封建時代に逆戻りしたら、日本の大企業はつぶれるだろうし、そもそも大企業が作り出す製品をほしがる人もたくさんいるだろうから、大都市も工場も流通システムもショッピングモールもなくすことはできないだろうが、エリア的な住み分けで共存し、近代的な都市・経済の機能を縮小させることはできるかもしれない。
「バカを言うな。日本の企業は世界で必死に戦ってなんとか生き残っているんだ。そんな後ろ向きの経済で足を引っぱったら日本はつぶれてしまう」と言う人もいるだろう。
たぶん日本単体では無理なのだ。世界中が歩調を合わせて後退する必要がある。「後退」というとネガティブな感じがするが、今叫ばれている地球環境の危機も、成長を前提としている経済システムをそのままにしていては回避できない。人類全体が地球の危機、自分たちの生活環境の危機を直視して、暴走する経済のゲームをとめるべきなのだ。
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