イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

失われた時探訪

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常滑から名古屋に戻る途中、大野という駅で降りてみた。

このあいだテレビで紹介していた、
日本最古の海水浴場というのがあるらしい。

もともと日本には平安時代だか鎌倉時代から、
海水に浸かって病気を治す治療法があって、
大野海岸はその設備があるので有名なところだったらしい。

ヨーロッパにも似たような療法はあったようで、
明治時代に西洋医学が入ってきたとき、
この大野海岸は日本で最初に西洋式の海水浴療法ができる海岸として整備されたとのこと。

遠方からやってくる人も多かったのだろう。
東京を発つ前にネットで検索すると、
古い旅館が三軒営業しているのがわかった。

そのうちの一軒は素泊まり2500円、1泊2食で4200円と、
ビジネスホテルよりはるかに安い。
もう一軒は素泊まり4000円、1泊2食で6000円。
一番海に近い高級そうなところでも、素泊まり4000円、1泊2食6000円〜15000円。

現地に行ってみて雰囲気がよさそうなら、
名古屋に戻ってビジネスホテルに泊まるよりいいかなと思った。

しかし、駅を降りてみると、周辺はかなり殺伐としている。

激安旅館は車の往来が激しい街道沿いにぽつんと建っていて、
あまりに落ち着かない。

迷いながら海岸の方へ行ってみると、高級旅館ぽいのがあった。
お寺のとなりで、背後にはマンションがそびえている。

浜辺の方にまわってみると、海岸は完全に護岸工事がされていて、
旅館の部屋から浜や海をながめるという雰囲気ではない。

堤防沿いを北の方へ歩いていくと、砂浜があった。
平日の夕方だから人はほとんどいない。

きれいではあるが、護岸工事された海岸にはさまれていて、
なんとなくもの悲しい雰囲気だ。

対岸には風力発電の風車や石油コンビナートみたいなのが見える。

駐車場にこの海岸の由来・歴史を書いた看板が立っていた。

なるほど、やはり歴史はあるのね。

もっと早く、マンション建設や護岸工事の前に訪れるべきだったのかも。

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猛暑の中を歩きまわったのでぐったり。
歩きながら水は飲んだつもりなのだが、身体が脱水気味。
駅に戻り、喫茶店に入る。

水をがぶ飲み。

コーヒーが飲みたかったのだが、
メニューを見ているうちに、
なぜかつい抹茶フロートを頼んでしまった。

疲れているのか、甘いものがほしい。

抹茶ミルクも、上に浮いているアイスクリームも、
特別うまいわけではないのに、
なんだかものすごくおいしく感じる。

欲しているときがうまいとき。
飲食で大切なのはタイミングなのかも。

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商店街の途中に水琴窟があった。

陶器を地中に埋め、水を少しずつ流して、
水がしたたり落ちる音を陶器に反響させて楽しむ装置だ。

この水琴窟は陶器をアピールしたいからか、地面に置いてある。

備え付けの柄杓で水を注ぐと、
涼しげな音が聞こえてきた。

そういえば、登り窯の手前で休憩した公園にも水琴窟があった。

あのときは疲れていたので、水を注ぐ気力もなかったが、
こうして一度美しい音色を聴いてしまうと、
あっちの水琴窟の音も聴いてみたくなる。

そこでもう一度丘を登り、ちょっと道に迷いながら、登り窯跡へ。

公園の水琴窟は地面に埋め込んで、
小石を敷いて隠してある。

小石に水を打つと、どこからともなく水の調べが聞こえてくる仕掛けになっている。

ぼくが京都かどこかで最初に聴いた水琴窟も、こんな感じだった。

疲れた身体と心に、高く澄んだ音色が心地よい。

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商店の店頭に昔の常滑の写真がいくつも飾ってあった。

明治から大正、昭和にかけての、常滑のにぎわい。
ただにぎやかなだけでなく、そこには人の営みのぬくもりがある。

貧困は今よりずっと深刻だったろうし、
公害もあっただろうが、
それでもかつての社会、
ぼく自身がかすかに体験している昭和30年代までの社会には、
温かみのある人間関係や、平凡だけど楽しい日々があった。

それはどこから来ていたのだろう?

科学技術や金融や会計が世の中の重要な仕組みを形成していたことは、
今も昔も変わらない。

しかし、それとは別に地域共同体や親族のつながりがあり、
人の生活や人生の大部分は、計算や画一化とは別のところで営まれていた。

今、豊かになったと言われる我々の社会には、
企業の経営効率の追求から生まれたもので溢れている。
合成樹脂も自動車も生活用品も冷凍食品も、
市場のニーズに応えて生み出されたものだと言われているが、
かつてはあたりまえだった無農薬の新鮮な野菜は高価な贅沢品になってしまった。

何より高収入を得るために、人は神経をすりへらし、
家族を犠牲にして勉強し、働き続けなければならない。

戦争に負けて、資源もないこの国が復興・発展するには、
それしか道がなかったと言えばそれまでだが、
その過程で失われたものも大きい。

今や少子高齢化が進む中で、
大企業はどこも日本という市場を捨て、
海外で調達・生産・販売をおこなうビジネスに生き残りをかけなければならない。

80年代の円高不況の頃から言われていたことだが、
メーカーの製造拠点の海外移転によって、
日本の産業の空洞化は着実に進んでいる。

残されたのは国の800兆円もの累積赤字。
多国籍企業の正社員以外は皆貧乏で、
多くの若者が職に就けない格差社会。

目先の福祉政策でお茶を濁しても、
多数の高齢者を少数の壮年・青年層が養う社会構造は変わらない。
いずれ大増税に踏み切らなければ、
国は財政破綻するだろうが、
そんな重税に耐えられる国民がはたして何割いるだろう。

大企業で世界と戦い高収入を得る人たちがいるのはかまわないが、
そういう数字とは無関係のところで、
農作物を地産地消し、低コストで豊かに暮らす地域社会というのを再生できないだろうか?

仕事のない若者が増えているなら、
そういう人たちに農林水産業の職を提供し、
つぶれかけた地元の商店街を復興させてそれを売る。

まあ、素人が頭で考えても、
たいした知恵は浮かんでこないが、
グローバリゼーションに対応する経済のほかに、
地域の人と暮らしのための経済があってもいい。

イタリアなど、国の財政が破綻しているのに、
町や村は美しく、人が陽気に暮らしている国を見ると、
そういう経済の二重構造によるしたたかな生き残りの道があるような気がする。

今日本各地の自治体で叫ばれている「地方分権」は、
税金の分配や道路建設費を地方に引っ張ってくるといった、
単なる国と地方自治体のカネの分捕り合戦ではなく、
そうした地域社会再生あってほしいものだ。

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丘の北の端に戻り、今度は丘の下、東側を走る道に降りて、また南へ歩く。

車がビュンビュン通る広い通りを、丘の南端まで歩く。
このまま行けば、INAXライブミュージアムとか常滑陶芸研究所、
常滑市民俗資料館などがあるエリアがあるのだが、
地図を見ると「陶彫のある商店街」というのがすぐ近くにあるようなので、
交差点を右折してみた。

「陶彫」というのは陶器で作った彫刻みたいな作品のことらしい。
初めに見た猫の陶器も「陶彫」なのだろう。

漫画っぽいもの、抽象彫刻みたいなものなど、
いろんな陶彫が並んでいる。

商店街自体はかなりさびれていて、あいている店は少ない。
ここにも「失われた時」の気配がある。

商店街のはずれで川にぶつかった。
黒板壁の建物と水が涸れかかった泥の河。

ここにも「失われた時」がよどんでいる。


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