喫茶店を出て、迷路のように入り組んだ道を歩く。
人一人がやっと通れるような細い曲がりくねった道や、
急な坂、階段がいたるところにある。
焼き物という産業で発展したなら、
平地に整然と区画整理をして工場を造った方が効率がいいと思うのだが、
あまりに古くから発展したから、
こういう丘陵地帯の山村みたいな町ができあがったのだろう。
そしてさすがにここでは効率が悪いと感じて、
焼き物業者は周辺の平地へ降りていったのだろう。
それがINAXの伊奈製陶ほかの近代陶磁器メーカーへと発展していったのかもしれない。
産業が廃れたわけではないから、
この伝統ある丘の旧市街は比較的きれいに保存されることになった。
おかげで我々は、古い時代の産業のありかたと、
懐かしい山里の雰囲気が融合したような独特の街並みを楽しむことができる。
それにしてもなぜ常滑は丘の上で発展したのだろう?
いい土がとれたからだとどこかの本に書いてあったが、
それなら土をとってきて平地の工場で陶器を造ればいい。
昔は山の傾斜を利用した登り窯が盛んだったから、
平地よりは丘陵地帯の方が窯業に向いていたのかもしれない。
それにしてもこの常滑がある知多半島や、
となりの渥美半島は不思議な土地だ。
伊勢湾と三河湾にまるで動物の角みたいに細長く突きだしている。
このふたつの湾には飛騨山地や木曽山脈からたくさんの川が注ぎ、
大量の土砂を運んでくる。
知多半島も渥美半島もこうした土砂の堆積で細長く伸びながら形成されたのだろう。
だからどちらもほとんど真っ平らだ。
しかし、ところどころにこの常滑みたいな丘がある。
この丘はもしかしたら元々は島だったのかもしれない。
川が運んできた土砂が、点在する島々の周辺にたまり、
半島を形成する核になっていったのだろうか?
そんなことを考えたのは、
常滑の土が良質の粘土だったというのが不思議だったからだ。
知多半島が川に運ばれた土砂で形成されたとしたら、
土はさらさらとしていて、焼き物には向かないんじゃないかと思うからだ。
常滑の中でもこの丘陵地帯はもっと古い時代に形成され、
地殻変動の影響を受けながら、粘土質の土を地表に近いところに露出させた。
それを古代の人が見つけてこの地で焼き物を始めた。
そんな遠い昔のことを想像してみると、
この廃墟のような町がとても美しく見えてくる。
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