イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

美濃飛騨紀行2008夏

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高山の旧市街をあてもなくぐるぐる回っていると、
あちこちに小さな美しいものを目にする。

郡上八幡に負けないくらいきれいな水が流れる、町屋の前の溝、
手間をかけて育てているのが見た目にもわかる花々。

ところどころで見かける小さなほこらは伝統的なものなのか、
観光用の新しいものなのかわからないが、
人の頭くらいの高さに掲げられていて、
他ではあまり見かけないスタイルだ。

これは新しいものだろうが、
街並みの木の色にとけこんだ感じの彫刻も見ていて楽しい。

海外の都市の派手で明るい演出とはちがう、
日本独特の渋みのある楽しさがそこにある。

高山を全国的に有名にしたのは、
なんといっても春秋の高山祭りと、
飛騨の匠の技を凝縮した豪華絢爛の山車だろうが、
祭りのない時期でも、観光客を楽しませてくれる静かな演出がある。

ただ古い街並みが残っているだけでなく、
地元の人たちのそうしたもてなしの姿勢が、
日本人だけでなく、多くの外国人をこの町に引き寄せるのだろう。

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人気のない通りを歩いていたら、いくつか造り酒屋がある先に、
平田記念館という建物があった。

もともと鬢付け油やロウソクなど油脂関係の製造販売をしていた家らしい。
今は入場料を取って一般公開している。

広い土間が裏手まで続いているのは、奥の作業場で作ったものを運び出すためだろう。
その横に茶の間、客間などプライベートな空間が並んでいる。

商売と家族の生活が同居している空間、
たくさんの使用人がいる空間というのは、想像するだけでなんだかわくわくする。

小さい頃によく訪ねた母の実家は福島の果樹園で、
やはりたくさんの使用人が忙しそうに働いていた。
たぶん夏の収穫期だったからだろう、若い衆は倉庫のような建物で寝泊まりしていた。

食事時には広い部屋に何十人分ものお膳が並び、
まるでお祭り騒ぎのような楽しさだった。

昭和三十年代に祖父が亡くなり、農業をやめてしまうと、家はすっかりさみしくなった。
その後、サラリーマンだった伯父は半導体工場に土地を売り、住宅街に引っ越してしまった。
新しい家は東京の住宅と変わらない。
家とは人と商売によってにぎわうのだ。
商売と切り離された住居はさみしい。

平田家の茶の間にはまるで昭和三十年代のようなテレビが置いてあった。
江戸時代から続いてきた商売と家の共存は、そこで途切れたのだろう。

高度成長期は、多くの新しいものが生まれた時代でもあり、
同時に多くのものが死んだ時代でもあったのだ。

平田家の時間はそこで止まっている。

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テーマパークか時代劇のセットみたいな高山の人気ストリートを離れると、
急に観光客がほとんどいなくなった。

古い街並みはいたるところにあるし、骨董品屋などもあるのだが、
観光客が喜びそうな土産物屋がないからだろうか。

ただ古い家を眺めながらぼんやり歩きたいぼくとしては、これだけで十分だ。

何も考えず、町を眺め、きれいな水の流れを眺め、花を眺め、
ところどころにある高山祭りの山車の倉庫を眺める。

旧市街ではコンビニも古い街並みに合わせて焦げ茶色だ。

そうしているうちに少し高山という町が好きになってきた。

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昼過ぎ高山着。

大勢の外国人観光客が駅から散っていく。

若者たちはリュックサックを背負って歩き出し、
中高年の夫婦や家族連れは、大きな荷物をタクシーや、旅館の送迎車に積んで消えていく。

ぼくは猛暑の中を外国人バックパッカーのように荷物を背負って歩く気力も体力もないので、
荷物をコインロッカーに預けて、町をうろつくことにする。

たぶん飛び込みで泊まるとしたら、駅周辺のビジネスホテルか昔の商人宿みたいな民宿だろうし、
旧市街で運よく宿が見つかったら、もう一度戻ってくればいい。

10分ほど歩くと赤い橋があり、川を渡ると昔の京都みたいな街並みが見え始めた。
「小京都」と呼ばれる観光地を見るのは初めてかもしれない。

街並みは子供の頃1年暮らした京都によく似ている。
観光客であふれていて、なんだかテーマパークみたいに見えるところは、今の京都と似ている。

高山が観光地になったのはいつ頃だろう?

高校生の頃、たしか1970年に雑誌「アンアン」が創刊され、
猿まねが得意な集英社がすぐに「ノンノ」を出した頃、
おしゃれな服装に身を包んだモデルたちが高山や馬籠や津和野や尾道を訪ねるのが目玉企画だった。

そこから若い女の子たちの旅行ブームが生まれた。
今もこうした古い街並みがある町は若い人たちに人気の観光地だ。
たぶん観光地の方も、彼女たちの趣味に合わせて、お洒落に生まれ変わったのだろう。

あれから三十数年。
高山はお洒落な喫茶店やレストランのある、筋金入りの観光地になった。
高山祭のようなビッグイベントがない時期でも、こんなふうに観光客でにぎわうわけだ。

にぎわえばにぎわうほど、古い街並みが新しくこしらえたテーマパークの雰囲気を醸し出す。
このテーマパーク度の高さを見ると、
文化というものが、建物や家具調度といったモノよりも、
そこにいる人間によってリアルタイムで更新されていくものだということがよくわかる。

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美濃太田で特急に乗り換え、飛騨高山へ。
車内は外国人が多い。

美濃太田駅のホームで買った、名物の松茸弁当980円を食べる。
松茸がほんのアリバイ的に入ってるだけの、
釜飯仕立ての弁当だが、
旅行者にとって土地の名物は縁起物だ。
猛暑の夏に松茸というのも悪くない。

関西では料理屋などで、梅雨時からとれる早松茸(さまつたけ)というのを出すところがあるが、
京都などでは保存食として煮込んだ松茸を年中出す店もある。

季節外れに味わうことの値打ちというものもあるということか。

それにしても、このさくらんぼはないよなあ。

「出没アド街っく天国」の駅弁スペシャルで上位入賞したんだから、
もうちょっとセンスを磨こうよ。


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