イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

奈良公園2008夏

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奈良公園の中を適当に歩いていると、東大寺方面に向かう道に出た。

興福寺がマニアックな中高年と外国人観光客しかいなくて静かだったのに対して、
東大寺はさすが団体旅行の必須ポイントだけあって、参道は人があふれている。

まずは南大門で金剛力士像を拝む。
平安末期の源平合戦のときに焼け、鎌倉時代に再建された門だ。
無骨・質素・豪壮。

運慶・快慶作の金剛力士像はとにかくでかい。
見るからに木造彫刻なのに、この筋肉美に引き込まれそうになる。

夢中になって角度を変えながら眺めていたら、鹿の糞を踏んでしまった。
そういえは門の下にもあたりまえのように鹿がいて、
あちこちに黒い丸薬をまき散らしている。

乾いていれば平気なのだが、踏んだ瞬間に柔らかい感触があったから、
たぶん新鮮な糞なのだろう。
靴底の凹凸にしっかり入り込んで、けっこう臭い。
参道のわきの熱く焼けた砂利にこすりつけながら乾かす。

平然とそこらをうろついている鹿を見ると腹が立つが、
神々の使いに腹を立てていては奈良公園を散策する資格はない。
もしかしたら神々はぼくがどれくらい真剣に奈良詣でをしているのか試しているのかもしれない。
つまりこれが奈良公園の洗礼なのだ。

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腹が減ったので、興福寺の裏手にある「柳茶屋」という和食屋に入った。

ぱっと見は普通の民家みたいに見えるが、
中をのぞくと、いかにも百戦錬磨という感じのおかみさんが出てきて、
広い茶室みたいな部屋に案内された。

客は誰もいない。
平日はこんなものなんだろうか。

それでも営業しているんだから、材料の仕入れもしているんだろう。
こんなにすいていてやっていけるんだろうかと心配になる。

たしかこの茶屋は江戸時代創業だか、かなり長い歴史を持つ店だ。
このくらい閑古鳥が鳴いてもびくともしないのかもしれない。

テーブルのない茶室でかなり長いこと待たされた後、
まずお茶と茶菓子をいただく。
お茶から始まる正統派の懐石料理の店らしい。
だから茶屋なのだ。

まあ、3000円くらいの略式懐石ランチだから、
あまりかしこまっていただくのもなんだか違うような気もするが、
それでも雰囲気を味わってもらおうということなのだろう。

お茶の後、またかなりの待ち時間。
その間、小さな庭を眺める。

鬼瓦やそばの挽き臼みたいなのや蛙の置物が妙な雰囲気を演出している。
丹誠込めたというより、なんだか歴史的な廃墟という感じの庭だ。

ランチは弁当形式で出てきた。
うまい!というより、ちょっとかしこまってしまう感じの料理。

刺身なんかもついているんだから、純粋な伝統料理ではなく、
現代のアレンジがなされた料理なのだが、
それでも歴史の気配を感じながらいただくと、
格別の味わいがある。

京都のように華美な嫌みったらしさがなく、
よそ者に対して付かず離れずの落ち着きがある。
そこがいかにも奈良らしい。

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興福寺の東金堂をのぞいたあと、
すぐ横の国宝館で奈良〜鎌倉期の彫像を見物。

これでもかこれでもかと国宝・重要文化財のオンパレード。

ここでも阿修羅像や高僧たちの、リアルな表情に驚かされる。

子供っぽいほど怒っている有名な阿修羅像には、
人を笑わせる力がある。
強がっている男の子のようでもあり、
本気で怒っている女の子のようでもある。
細いウエストがセクシーだ。

憧れの無着像は期間限定公開しかしていないらしく、
夏はお休みとのこと。

中学時代に日本史の教科書の写真で見て、
その気高さに魅了されて以来、
ずっと会いたいと思っているのだが、
なかなか会えない。

一生会えないかもという気もする。

残念ながら写真撮影禁止なので、絵葉書を買う。

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外国人観光客が鹿と戯れている中を、さっさと興福寺の境内へ進む。

元は藤原氏の寺として広大なスケールを誇ったらしいが、
今は中金堂・東金堂・五重塔を残すのみ。
しかも中金堂は修復中で、
がらんとした敷地に、東金堂と五重塔がぽつんと立っている。

それでも、建物には国家権力のオーラがある。

これは美濃・飛騨の素朴な街並みや合掌造りの村と対極をなす美だ。
そこには人々が暮らした日常の美はかけらもない。

あるのは国家という巨大な装置も美しいものでありえることを証明しようとする美だ。

金堂の中には本尊のなんとか如来像と、
それを守護する阿弥陀像やら、高僧像やら、十二神将像等々。

蛭子ヨシカズの漫画みたいな高僧の、
ちょっと怒っているような、困っているような顔がいい。

バリ島の神々みたいに目玉を飛び出させて、
今にも跳びかかってきそうな神将たちの、やたら戦闘的な態度も美しい。

脇役たちのリアルさは、ちょっと秦の始皇帝陵の兵馬俑に通じるものがある。

この好戦的な態度と困惑こそ、国家というものの本性なのだと感じさせてくれる。

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宝塚滞在の終盤、日帰りで奈良を訪ねた。

郡上八幡から高山、白川郷を訪ねて、
日本の日常の原風景を見てみると、
今度は国家としての日本の原風景を見てみたくなった。

日本の都といえは京都だが、
その源流は奈良にある。

「日本」という概念が生まれる前の日本や日本人はどのようなものだったのか。

農村が町になるプロセスは白川郷〜郡上八幡〜高山という順序で振り返ると、
なんとなく見えてくる。

しかし、国家とはそういう地方の視点からは見えてこない何かなのだ。

そんなことを考えながら奈良を見てみようと思ったのだが、
体力もまだ十分回復していないので、
とりあえず宝塚から日帰りで歩ける、
興福寺〜東大寺〜春日大社を歩いてみることにした。

小中学生の遠足の定番でもある初心者向けコース。

近鉄奈良駅から奈良公園へ歩いていくと、
早速鹿がいた。

鹿は羊や牛同様、いつ見ても何考えてるんだかわからない。
あきらかに犬や猫より頭が悪そうなのだが、
そこがまた神の使いとしての神秘性を感じさせる。

人に妙になつくこともなく、
鹿煎餅をくれる初対面の観光客に、
図々しく群がってくる無神経さがいい。

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