イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

大和路紀行2008秋

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奥の講堂では何かイベントが行われているらしい。
さっきからしきりに派手な衣装の坊さんたちが出入りしている。

坊さんたちはちょっと和風のダライ・ラマのようにも見えるし、
作家で僧侶だった今東光のようにも見える。
清廉な信仰の徒なのか、階段を上り詰めた権力者なのか、ただの生臭坊主なのか、
いずれとも判断できない。
つまりいずれにも見える。

1400年も法隆寺を維持してきた原動力は何なのだろう?
仏教徒の信仰心か?
古代の聖人・スーパースター聖徳太子への畏敬の念か?
虐殺されたこのスーパースターの祟りへの恐れか?
そのいずれもだというのが真相に近いかもしれない。

信徒たちの寄進がなければ寺の財政は破綻する。
しかし、法隆寺が伏見稲荷みたいに現世利益の集金装置を持っているとも思えない。
各時代の権力者や政権によるサポートがなければ維持できなかっただろう。
明治以降は文化財として国の財政サポートがあるのだろうか?
法隆寺の会計資料が公開されているなら見てみたいものだ。

しかし、大切なのはカネだけではない。
どんな人や組織がこの寺を維持してきたのか。
そこには鎌倉信仏教とも天理教や創価学会とも違う、
信仰心や価値基準があるのだろうが、それがなかなか見えてこない。

それは高野山金剛峯寺や比叡山延暦寺のように、歴史と伝統の雲の中に隠れている。

講堂の中は真っ暗だったが、入り口近くの売店では数珠やらお札やらを売っていた。
暗闇の中に護摩のようなものが焚かれているのか、オレンジ色の明かりが見える。
阿弥陀仏みたいな巨大な仏像が三体、闇に浮かんで美しい。
お経は意外にも現代風の日本語だ。
飛鳥時代のお経の読み方が伝わっていたらすごいと思うのだが。
もしかして、それは一般の観光客には聞かせないということだったりして。

観光客たちがたむろして、そのお経を聞いている。
中の暗がりの写真をパチパチ撮っている女性がいるので、
ぼくも仏像の写真を1枚撮ろうとしたら、
「おい、こら」みたいな感じで、後ろから係のおじさんに止められた。

よく見ると、写真を撮っている女性は「法隆寺」の腕章を巻いている。
広報担当か何かなのだろう。

おじさんがほんとに「おい、こら」と言ったのか、
一瞬のことなので記憶がさだかでないが、
法隆寺のスタッフは大体みんな無愛想でえらそうな感じのおっさんだ。
坊さんというより、老舗企業の係長みたいに見える。
彼らもちゃんと修行を積んでいる僧侶なのか、
それとも役所に勤める感覚でお寺に勤めている地元民なのか、
見た目には判断が付かない。

そんなことはどうでもいいじゃないかと言われるかもしれないが、
どんな人たちが法隆寺を支えているのかはわりと大事なことじゃないかと思う。

彼らの原動力が伝統文化の義務的な維持でしかないとしたら、
法隆寺はただの文化財、遺跡でしかない。
もし我々部外者には理解できないような信仰心や情熱が存在するなら、
法隆寺には今でも生命が宿っていることになる。

えらそうなおじさんの顔を、何度も盗み見たが、結論は出なかった。

おじさんに信仰心や歴史・伝統を守る情熱やプライドがあるとしたら、
おびただしい観光客を受け入れなければならないことに苦々しい思いがあるだろうし、
ぼくみたいに不心得な観光客に対する軽蔑も感じているだろう。
それが「おい、こら」というえらそうな態度になって表れても不思議はない。

しかし、京都や奈良では神社でもお寺でも、店でも、交通機関でも、
いたるところでこういう無愛想な人に出くわす。
そこには伝統ある土地に暮らしている人の優越感のようなものはあるのかもしれないが、
人として意味のあるものを、何かしら感じさせてくれたりはしない。
少なくとも、人間や社会がどういうもので、どうすればよりよくなるかといったことについて、
ぼくみたいな一般人ほども考えてない気がする。

こういう人に出会うたびに、
「奈良は別におまえらのもんじゃないんだよ」と言ってやりたくなる。

出入り口の外には、白装束の男たちが立っていた。
中世の絵巻物に出てきそうな人たち。
そばには白い布が巻かれた棒が何本か立てかけられている。
彼らも今日のイベントで何か役割を果たすように、しきたりで決められているのだろう。
彼らの衣装も棒も、飛鳥時代そのままのデザインというより、
長い歴史の中で変化してきたのだろう。

あれこれ雑談している話の内容は聞き取れないが、
あまり神聖な儀式の最中という感じではない。
お寺の伝統文化の中では、こうした侍人たちの身分はかなり低いので、
別に儀式の神聖さに感情移入する義務はないのかもしれない。

お寺が広大な領地を持っていた昔は、こういう侍人たちを無数に囲っていることもできただろうが、
今はどうなんだろう?
彼らは宗教法人・法隆寺のスタッフなんだろうか?
それとも伝統に則って、イベントの時だけボランティアで参加する地元の人たちなんだろうか?

彼らの姿越しに見る法隆寺西院伽藍がとても美しいので、
そんなことを考えながら、何枚も写真を撮った。
誰も「おい、こら」とは言わなかった。

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中門の左手にある入り口で入場券を買い、回廊の中に入る。

東大寺でもそうだったが、正面の門から入れないことが、
観光客にちょっとしたコンプレックスを植え付ける。
「自分は本来招かれていないよそ者なのだ。だから正面から入れてもらえず、文化財保存のために入場料を払って、寺のお情けで入れてもらうのだ」という自覚。

本来の信仰とは違うメンタルな関係だが、
まあこれが今の観光客と有名寺院の関係を正直に反映していると言えるだろう。

このいじけた気持を払拭するために、まず中門の位置まで行って、
右手の金堂、左手の五重塔、中央奥の講堂を眺める。

そんなことをしたからといって、別に飛鳥人のメンタリティーが憑依するわけでもないのだが、
それでもなんとなく気持がしゃんとする。

それから五重塔・金堂のまわりを飽きるまでぐるぐるまわる。
建築学的なことは何もわからないので、ひたすら茫然と柱や壁や屋根を眺める。

後の時代に築かれた無数の仏教建築を何度となく見ている現代人としては、
これが日本の仏教建築の原点だということよりも、
この法隆寺や飛鳥寺が築かれた飛鳥時代には、
この大和盆地にどういう建物が並んでいたんだろうということが気になる。

公共建築や豪族の屋敷は伊勢神宮みたいな白木の高床式建築で、
一般人の住居は竪穴式住居で、
弥生時代の集落の復元ジオラマみたいな風景が広がっていたんだろうか?

だとすると、こうした中国・朝鮮渡来の寺院建築は、
一般人に異次元から唐突にやってきた
わけのわからない建物という印象を与えただろうなという気がする。

様式美の違いはさておくとしても、文化的なレベルの落差は圧倒的だ。
それをどれだけの人が素直に受け入れただろうか?
もちろん拒絶反応もあっただろう。

だから仏教派の蘇我氏と反仏教派の物部氏の内紛も起きたのだ。

いろんな軋轢を起こしながらも、異国の先端文化を受け入れていく。
それが日本という国の歴史なのだ。

ところで、今は高床式建築と、こういう仏教建築しか残っていないが、
ほかに建築様式はなかったんだろうか?

たとえば仏教派の蘇我氏や聖徳太子一族はどんな建物に住んでいたんだろう?
当時の中国・朝鮮文化導入に意欲的だった彼らのことだから、
住まいもそれなりの建築だったのではないだろうか?

もっと後の時代、藤原京や平城京の宮廷は中国的な宮廷建築だったらしいのだが、
それはこの時代にはなかったんだろうか?

飛鳥板葺宮なんて名前から推測すると、
どうも聖徳太子の宮殿はこういう瓦葺きではなかったようなのだが、
この時代はまだ無理をしてお寺だけ中国式にしていただけなのだろうか?

法隆寺から受ける印象が、奈良時代の東大寺や興福寺と違うのは、
この無理をしている初々しさ、けなげさから来るのかもしれない。

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中門に見とれてしばらく動けなかった。
美しさというものの概念を変えてしまうような力があるのだ。

フランスやイタリアやスペインでたくさん美しいものを見てきたが、
そのどれともちがう美の基準がここにある。

それは京都の寺とも、雪舟や長谷川等伯の絵とも違う。

別に自分の人生で初めて出会ったわけではない。
近いところでは今年の夏、興福寺の国宝館で眺めた仏像群にも、
東大寺の南大門にも、これに通じる美のコンセプトはあったのだが、
要は見る側の姿勢の問題なのだろう。

ちょうど奈良の美意識のジャブが効いてきて、
いいタイミングで法隆寺に来たというだけのことかもしれない。

世紀末の退廃とは無縁の、天真爛漫かつ生真面目なポジティブさ。

こうしたポジティブさを見せつけられると、
バブル崩壊やら世界金融危機やらで怯えたり萎縮してしまう現代人の弱さ、もろさ、甘さが、
どれほど馬鹿げたものであるかがわかる。

戦争で焼け野原になった国土から再出発してわずか60年ほど。
高度経済成長も平成大不況も、ほんの束の間のできごとにすぎない。

この扉がないのに通れない門を見ていると、
カーテンのむこうに見え隠れしている西院伽藍に、
何か特別な希望が待っているような気がしてくる。

両わきに立つ金剛力士像は天平時代の作で、
鎌倉時代に再建された東大寺南大門の金剛力士像よりかなり小さいが、
はるかに生命のフレッシュさを感じさせる。

真ん中がふくれたエンタシスの柱とか、雲形の肘木とか、
高校時代に学校で教わったポイントをあれこれ思い出したが、
美術や建築の素人なので、
エンタシスがはるばるギリシャから伝わったとか、
雲形肘木が中国のどこの影響があるといったことには、いまいち興味が湧いてこない。

シチリアのギリシャ遺跡で感じたのは、
そこで祈ったギリシャ人たちのマインドや、神々に演劇を捧げた彼らの本気度だったし、
広大な空には彼らが見た神々の気配があった。

悲しいことに同じ日本人でありながら、
この飛鳥時代の寺を造り、祈った人々のマインドや、彼らが見ていたものは、
それほどはっきり見えてこないのだが、
それはぼくがヨーロッパの方ばかり向いて生きてきたからだろうか?
あるいは日本の歴史の中に、意図的で決定的な断裂があるからだろうか?

たぶんどちらもなのだろう。

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さっさとそばを食べて、もう一度南大門をくぐり、
いよいよ飛鳥時代の建築が残る西院伽藍へ。

南大門だって室町時代に消失してすぐ再建された国宝建築だから、
なかなか貴重な文化遺産なのだが、
それより800年も古い飛鳥時代の建築がすぐ先にあるので、あっさりくぐってしまう。

変な贅沢感。

通路を北上すると五重塔が頭をのぞかせる西院伽藍が見える。
通路の左右にある桃山時代の客殿や室町時代の大湯屋(お風呂?)なども国宝らしいが、
やはり飛鳥時代の建築が気になって、さっさと通過。

ミーハーの贅沢。

さっき高校生が記念写真を撮っていた階段をあがって、
まず正面の中門を見る。

この中門を含む回廊の南三分の二くらいと、中の五重塔・金堂が飛鳥時代の建築らしい。

この中門、意外と和風に見えるから不思議だ。
先にくぐった南大門の方が、屋根の彎曲がきつくて、中国風な感じがする。

南大門は室町時代に再建したといっても、室町風のデザインに造りかえたのか、
それ以前のデザインを正確に再現したのか、知識がないのでよくわからない。

そもそも時代が古い方が中国風とはかぎらないのかもしれない。
室町時代も、中国貿易が活発化して、中国文化が多く流入した時代だった。

そんなことを考えていると、「和風」というのがなんなのか、ますますわからなくなってくる。

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※あとからお勉強したところによると、南大門は再建された室町時代の建築様式なんだそうです。
詳細な図面や技術が伝わってないからなんでしょうか、東大寺の大仏なんかも、元通りに復元するのではなく、焼け落ちるたびに違うデザインで建て直してますね。

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あんまり腹が減ったので、高校生の一団を追って西院伽藍に入るのはやめて参道へ出る。

鎌倉の若宮大路にも負けない、幅広い参道。
これは近代になって観光客が押し寄せるようになったから金をかけて整備したのか、
それとも昔から参詣者がたくさんいたので、こういう立派な参道ができたのか。

どちらにしろ、法隆寺という寺のスケールの大きさを改めて実感する。
聖徳太子という1人の先覚者が建てた寺というだけではおさまらない、国家規模のスケールなのだ。

法隆寺ってなんだろうとまたまた考えてしまう。

考えながらも空腹には勝てず、参道を散策する余裕もなく、
一番近いそば屋に飛び込んで天ぷらそばを食う。

小ぶりの海老のかき揚げが入った、なんだか立ち食いそば的な天ぷらそばが800円だか900円だかした。
観光名所の傲慢さ。
まあ、法隆寺の不思議さにくらべればたいしたことではないが。

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