イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

大和路紀行2008秋

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念仏寺の先に小さな神社があった。
神殿の奥に中山大塚古墳という大きな前方後円墳大きな山がある。
つまり古墳をご神体として祀った神社ということだろうか。

あるいは古墳を造営する以前からこの奥の山を神として崇める原始信仰があって、
それが今でも残っているのだろうか。

神社の前にはたくさんの小さな石造りのお地蔵様。
これも念仏寺の墓地同様、無縁仏を祀ったもののようにも見える。

ひとつひとつに赤い布をかけているところを見ると、
村のお地蔵様として信仰されているのかもしれないが、
どこへ行ってもこうした石仏が今でも地元の人々によって大切にされているのを見ると、
大和はやはり文化レベルが高いなと感じる。

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萱生環濠集落から少し南下したところに大きな墓地があった。
あきらかに古墳らしい小山の山裾に墓地が広がっている。

墓地には現代の墓が多いが、
あきらかに中世・近世のものらしい、無縁仏的な墓石の集合体があちこちにある。

その先には念仏寺という寺があった。

京都の化野(あだしの)の念仏寺みたいに、行き倒れの人や疫病で死んだ人たちを葬る場所だったのだろうか。

大和版王家の谷には、古代の王族・豪族たちだけでなく、
貧しい人たちの無縁仏も眠っているわけだ。

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大和神社のお参りをすませて、山辺の道に戻る。

このあたり、やたらときれいな球形・台形の小山が目につく。
ガイドブックによると、どうもこれらはすべて古墳らしい。

フザギ塚古墳、波多子塚古墳、西山塚古墳、下池山古墳、西殿塚古墳、中山大塚古墳と、
ガイドブックの地図に出ているだけでも6つあるが、
それ以外のきれいなかたちをした小山も、実は古墳なのかもしれない。

台形をしている小山が、最初から台形の方墳だったのか、
あるいは前方後円墳の前半分だけ残ったのか、
もとは円墳だったのが、削られてしまったのか、
今ひとつはっきりしないのだが、
段々畑になっているところも多い。

全国的に古墳は昔から地元民の崇拝の対象で、
古墳の山自体を神として祀った神社も少なくないのだが、
こうしてきっぱり割り切って畑にしてしまっているのも悪くない。

このあたり、あんまり古墳が多いので、
いちいち神社を造ったり、崇拝の対象にしていては、
畑にする土地が足りなくなってしまうのだろう。

もしかしたらもともと大和盆地の住民は古墳を築いた外来の騎馬民族を、
ちっとも尊敬していなかったのかもしれない。

よそ者に滅ぼされた自分たちの神々を祭る神社は大切にする風習は残ったが、
よそ者の墓は、大和朝廷の威光が衰えた中世くらいになって、
新しい農耕地を開墾したときに、畑にしてしまったとか。

まあ、大和盆地の農民にも蒙古斑が出るとすれば、
騎馬民族の血は彼らの中にも入り込んでいるのだろうが。

山辺の道に戻ると、そこは萱生(かやう/かよう)の環濠集落だった。
ここの環濠もリング状ではなく、溜池のようなものが残っているだけ。

その溜池も、どうやら西山塚古墳の壕のなごりらしい。

古墳の壕を活用して、中世期に環濠を造ったということだろうか。

この土地では先史時代から中世、そして現在まで、
時間がつながっている。

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※訂正
 昨日「萱生の環濠集落」と紹介したところは竹之内の環濠集落で、
 今日紹介したこちらが本当の萱生の環濠集落でした。
 すみません。

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山辺の道を大きくはずれて平野の中に見える大鳥居をめざす。

大国魂大神ほかを祀る大和神社。

広大な敷地には訪れる人もないが、
ここにも神々がいることは空気が教えてくれる。

神々のいる空間の空気は密度が濃く、おいしいのだ。

大国魂大神とは大和朝廷の先祖に当たる天照大神系の神々よりも前に、
大和を治めていた民族の神だ。

天照大神系に国を譲って、自分は出雲の海に去っていったという、
大和朝廷に都合のいい神話が残っているが、
たぶん人間界では朝鮮半島経由でやってきた騎馬民族と先住民のあいだに、
なんらかの戦いと征服が行われたのだろう。

すでにこのブログで何度も触れているが、
征服は一度だけでなく、数世紀にわたって継続的に行われた可能性が高い。

征服者も1人の王とその部族ではなく、
朝鮮半島の各地を征服した騎馬民族の王族や豪族、
あるいはその影響下で武力/国力を蓄えた国の王族や豪族が、
継続的に日本各地に植民したと思われる。

そう考えると、日本の各地にたくさんの古墳があり、
日本語がウラルアルタイ語族に属する理由も理解できる。

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丘の上からは大和盆地がきれいに見える。
左手、つまり南の方には万葉集の歌にも詠まれた大和三山。

山辺の道は山と盆地の境界あたりに広がる田園地帯をくねくね曲がりながら続く。

萱生の環濠集落から山辺の道の正規ルートに戻ると、
お年寄りの大集団に出くわした。

歩き始めにも、添乗員に引率された高齢者ツアーに出くわしたので、
少し休憩してやりすごしたのだが、
また別のツアーがやってきたらしい。

お年寄りたちは環濠集落には何の興味もないらしく、
にぎやかにおしゃべりしながらひたすら歩く。
全員、トレッキングウエア/シューズで武装している。

静かな田園を楽しみたいぼくとしては、
この集団に埋もれて歩き続けるのは苦痛なので、
またまたコースからはずれて、今度は丘を下り、大和神社に向かった。

かなり離れた場所にあるので、相当時間を食うのだが、
まあ、高齢者団体に埋もれて歩くよりはいい。


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