イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

大和路紀行2008秋

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夜都伎神社からさらに少し南下すると、重厚な瓦屋根の住居が密集する集落があった。

柿畑・ミカン畑と同じ山里にあるのだが、
農家というより、昔の市街地の旧家のような家々が密集している。

ガイドブックによれば、竹之内の環濠集落らしいのだが、
町の入り口に四角い溜池のようなものがあるだけで、
集落を囲む壕は見あたらない。

環濠集落とは、中世の動乱期に町を守るため、
住民が自主的に壕で囲んだ集落のことだ。

こんな丘の上の集落を壕で囲むのは大変だっただろうが、
それが溜池ひとつしか残っていないのは非常に残念だ。

残っていればさぞかし荘厳な眺めだっただろう。

戦乱が終わり、幕藩体制が整って、農村や商業都市を管理するようになった江戸時代に、
住民の自治を守る環濠は埋められてしまったのかもしれない。

あるいは自衛を必要としない平和な時代になって、
少しでも耕作地を増やすために埋められたとか?

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丘から見下ろす盆地に小さな赤い鳥居が見えた。
丘の上の鬱蒼とした木立の中に夜都伎神社という、
小さいがとても雰囲気のある神社があった。

山奥が似合いそうな、苔むした茅葺きの拝殿。
その奥に鮮やかな朱色の神殿が並んでいる。

大和は国のまほろばと言われるだけあって、
こういう小さな神社も、東京の神社とはオーラが違う。

神々が森の中に、ごく普通にいる気配がするのだ。

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山里に開かれた小さな田んぼは、すでに稲刈りを終えていて、
あちこちに脱穀したあとの藁や籾殻が干してある。

これを焼いているところもあって、
いたるところで美しい白煙がたなびいている。
焼いた藁や籾殻の灰は大切な肥料になるのだ。

大きな籾殻の山には犬だか猫だか、あるいは山の小動物だかの足跡。
日をたっぷり浴びた籾殻は見るからにあたたかそうだ。
思わず荷物を下ろして寝転がりたくなる。

法隆寺でも見た晩秋に咲く桜。
名前も知らない紫の花。
橙色と緑のコントラストが美しいミカン畑。
葉を落とした柿の木には、濃い色の柿の実。
柿畑には風雪にすり減った古いお地蔵さん。

山里を歩けば歩くほど、美しいものが次々と現れる。

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永久寺跡を過ぎると、しばらくは収穫の終わった柿畑を縫うように、山里の道が続く。

柿のようなカラスウリのようなオレンジ色の果実や、
クランベリーに似た真っ赤な木の実など、
山の植物の実があちこちに見られる。

動物にも観光客にも食べられずにいるところを見ると、
そんなにおいしいものじゃないのかもしれないが、
見た目にはものすごく美味そうに見える。

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永久寺跡には、若い頃の芭蕉が詠んだ句を紹介する石碑と解説の看板が立っていた。

 内山や とざましらずの 花ざかり

まだ江戸に出てプロの俳人になる前、伊賀の藤堂藩で藩主の側近として仕えていた頃の句だ。

藩主に仕えたといっても、お偉方・文人たちの集まりで句を詠んだりする、
文化人的な役割が主だったという。
若い頃から才能を認められていたのだろう。

伊賀の出身で、藩主の側近で、あちこち旅をしていたところから、
芭蕉=忍者説というのが生まれたようだが、
旅をして歌を読むのは平安時代の歌人からの伝統だし、
室町時代から俳諧連歌には全国的な連歌師のネットワークがあり、
あちこちでスターが集まって、グループで即興的に五七五の上の句と七七の下の句をつなげていく、
セッションみたいなイベントも行われていたから、
別にスパイ活動のためにあちこちうろついていたというわけではないと思われる。

俳句というのは、俳諧連歌から最初の五七五である発句を独立させた、
たぶん世界最小の定型詩だ。

この句が独立した句なのか、俳諧連歌の一部なのか、
この看板だけではわからないが、
ここに書いてある解説はどうもピンと来ない。

内山とは永久寺のあるこのあたりの地名だ。
この内山に来てみたら、桜の花盛りで、
土地の人はこの見事な桜の花盛りのことをよく知っているのだろうが、
とざま(外様=よそ者)はそんなことは知るよしもないのである、ではなんのことかわからない。

初めて内山に来て、見事な満開の桜を見て、
こんないいところがあるのかとびっくりしたというだけではなんの面白味もない。

あるいは、よそ者のことなど知らぬげに、
桜の花がにぎやかに咲いていたという意味で、
つまりよそ者としての自分が入り込めない疎外感を語ることで、
このエリアの花盛りの華やかなにぎわいを強調しているということなのだろうか。

ぼくには「とざましらずの花ざかり」から、
地元民もよそ者も関係なく、お祭りに引き込んで一緒に浮かれ騒ぐ様子が浮かんできたのだが。

その方がにぎわいが強調されて楽しげな感じがする。

まあ、俳諧とはちょっとひねくれたユーモアを楽しむものらしいので、
そんなにポジティブに楽しげであるより、
ちょっとよそ者の疎外感みたいなものを感じた方が深みがあるということなのかもしれないが。

もちろんそこで花見の酒盛りをしている群集をイメージしてもいいし、
桜だけがにぎやかに咲いているところだけをイメージしてもいいのだろう。

ぼくの脳裏には、まず桜の群生の花盛りが浮かび上がり、
次に、まだ寺があった頃の永久寺の境内かその周辺で、花見に浮かれている地元の人たちが浮かび、
さらに、参詣に来たよそ者を宴会に引っ張り込んで浮かれ騒ぐ様子が浮かび、
やがて、その人々が消えて、また桜だけになり、
最後に晩秋の、桜の木も見えない現実の内山、
柿畑だらけの光景が残った。

短い言葉の組み合わせから、様々なイメージが重層的に浮かび上がるのが俳諧の面白さなので、
どの解釈が正解というよりも、
解釈はある程度読み手の自由裁量に任せてもらってもいいのかもしれない。

芭蕉というと、侘びさび的な句が連想されるが、
こういう句に触れると、若い頃はけっこう華やかな句を詠んでいるんだなあという気がする。
まあ、晩年の連句にも、たしかわりと華やかな句もあったと記憶しているので、
そもそも芭蕉という人はただ侘びさびの人ではないのかもしれない。

ぼくが岩波文庫の「芭蕉七部集」を愛読していたのは、
高校から大学時代だから、もう30年以上前になる。
こういう句に出会うと、また芭蕉と付き合ってもいいかなという気がしてきた。


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