イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

戦国歴史紀行2009

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JR紀伊駅のすぐ南側には細い旧街道のような走っていた。

車にあおられながらこの道を少し走ると、道幅が突然広くなった。
幅が広くなったとたんに、なぜか車の通行量も減って走りやすくなった。

山桜が点々と咲く北側のなだらかな山稜や、
南側の紀ノ川沿いに広がる平野を眺めながらのんびりペダルをこぐ。

種子島から紀伊に鉄砲を持ち込んだとされる津田監物はたしかこのあたりにあった小倉荘の人だ。

津田家はもともと河内(今の大阪府東部)の北、交野の土豪で、
楠木正成を支援した一族でもあったという。

その子孫の一家系が南北朝時代に紀伊のこのあたりに移住した。
河内の土豪は武士というより武装した商工業集団のようなものだったらしい。

武士のように土地を奪い、支配するのではなく、
移住した先で商工業を営み、経済の活性化に貢献したので、
雑賀衆や根来寺など地元の勢力にも受け入れられたのかもしれない。

地図で見ると根来寺は小倉荘のすぐ北側の山にある。

近いからというわけでもないのだろうが、
津田家は根来寺に杉の坊という子院を設立した。

根来寺は平安時代に高野山から分かれた真義真言宗という密教系のお寺だ。
鎌倉時代までは厳しい修行をする小さな寺院だったが、
室町時代になると子院を急速に増やし、
様々なビジネスを展開して発展した。

寺には学侶(がくりょ)方という、仏教の修行をする部門と、
施設の整備や警備などを担当する行人(ぎょうにん)方という部門があるのだが、
室町時代には後者の行人方に属する子院が数百もできた。

紀伊を中心とした近畿エリアの有力者がビジネスのために、
次々とこうした子院を設立したという。
この時代の大寺院は様々な地域勢力の財力・技術力・ネットワークを活かした、
連合型の企業体だったのだ。

もともとビジネスの多くは商工業だったが、
僧兵を傭兵として各地にレンタルする軍事ビジネスもさかんになり、
やがてこれが根来寺の主要産業になっていく。

根来流忍者や根来衆の鉄砲隊が有名になったのは、
こうした軍事ビジネスを展開していたからだ。

津田監物は杉の坊を中核とした根来寺の鉄砲軍団を率いて、
あるときは潰れかけの足利将軍家、あるときは三好家、あるときは織田信長の傭兵として活躍した。

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お昼を食べ終わったら11:35。

紀三井寺から根来寺まで自転車で走ると、時間的にきついのではと心配になってきた。

距離にして20〜25kmくらいだろうが、持っている大雑把な地図を頼りに走るとなると、
車の多い幹線道路を行くしかない。
それでもいくつかややこしいポイントがある。

時間的にもきついが、トラックにあおられながら市街地の幹線道路を走るのは気持ち的にしんどい。

そこでケータイで電車の時間割を検索してみたら、
12:01にJR紀三井寺発の電車があることがわかった。

急いで支払をすませ、自転車を飛ばし、11:41紀三井寺駅着。
すばやく自転車をたたみ、11:50ホームへ。
西日本でもJR東日本のスイカが使えるようになったのでありがたい。

自転車のたたみ方に慣れてきたのか、急げばペダルはずしも含めて数分でできるようになった。

時間があまったので、ホームから紀三井寺の山を眺める。
のどかな春の山には山桜があちこち咲いている。

12:01紀勢本線の各駅停車に乗り、7分で和歌山着。
ここで阪和線紀州路快速に乗り換え、12:20紀伊着。

和歌山県と大阪府のあいだにあるなだらかな山地の麓の小さな駅だ。
昨日乗った南海本線は海側を走っているが、
JRはこの山地を越えて大阪府に入る。

ここから根来寺まで10km足らずだろうか。

平日なので小さな駅前広場は人が少ないが、
それでも日本文化か根来流忍者に興味を持つているらしい白人の若者たちが数人いる。

根来寺までタクシーで行くか、バスを待つか迷っているらしい。
タクシーで行けばあっというまだろうが、たぶんけっこうな料金をとられるだろう。
バスはかなり待たなければならないらしい。

こういうとき、自転車は便利だ。
気分よくサイクリングしながらタダで目的地まで行ける。

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猛烈に腹が減ったので、紀三井寺門前の食堂で昼食。

これから自転車で山を走ることを考えるとあまり重たい食事もできないので、
親子丼をチョイスした。

関西風の薄味つゆだくの親子丼。
青ネギの緑と玉子の黄色が美しい。

関東風の甘辛い親子丼もいいが、
あっさりした関西風もたまに食べると格別のおいしさだ。

丼飯をガツガツ食べるというより、
だし茶漬けをさらさらかき込む感じ。

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海岸沿いの平坦な道をほぼまっすぐ東へ走ると紀三井寺に着いた。
建物の感じからすると密教系のお寺なのだろう。

和歌山北部には高野山金剛峯寺や根来寺など巨大な密教寺院が集まっている。
たしか根来寺も紀三井寺も高野山の真言宗から分離独立した密教寺院だ。

門前の土産物屋はみかんだらけ。
さすがみかんの産地だ。

みかんのオレンジ色と、寺院の朱色・緑色が華やかで美しい。
京都や奈良のお寺にも朱色は使われているのだが、
和歌山の陽射しとみかんのせいだろうか、
日本の寺らしくない南国の明るさを感じる。

のんびりお参りしたいところだが、
今回は鉄砲の歴史探訪が目的なので、
残念ながらここはパス。

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坂を登り切ると、海の色が急に鮮やかなエメラルドグリーンに変わった。
宮古島で見たような、南国の海の色だ。

雑賀崎の番所跡でちょっと休憩。
ここは江戸末期に異国船の侵入を見張る目的で見張り所が設置された場所だという。

岩と草木の緑と海の碧が、絵のような美しいコントラストを描く。
別荘を建てたら気持ちよさそうな場所だ。

海沿いの幹線道路に戻って和歌浦へ走る。

海面から数百メートルの高さをほぼ平坦な道が続き、とても走りやすい。
普通、こういう海岸線はアップダウンがきついのだが、
道の切り方がうまいのだろう。

最後に坂を下ると和歌浦港だった。

そこそこの規模がある漁港のはずだが、
漁船があまりいないし、魚市場らしき施設が見あたらない。

もしかしたら、さっき山の上の道から見下ろした港が漁港の和歌浦港で、
こちらは普通の物資を扱う新港か何かだろうか。


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