イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

小説「ワイルドボーイズ」

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「ポルトガル人の目的は通商ですか? それとも征服?」
 私は一歩踏み込んだ質問をぶつけてみた。
 王直は意味ありげに笑った。
「両方と言うべきでしょうね。要するに自分たちが儲かるような商売をしたいということです。それができなければ武力を行使する」
「天竺や南蛮では武力を使い、明では言葉を使った?」
「いい表現ですね。インドでは友好的な交渉相手がいなかったし、インドシナ半島や周辺の島々には地域を代表する政権がなかった。彼らにとって武力制圧や社会・経済基盤の建設は負担が大きいから、できればやりたくない。現地をまとめてくれる相手がいれば、商売上の交渉だけで済みます」
「日本にはどうでしょう?」
「今のところ友好的ですね。平戸や岩見ではいたって平和に取り引きしているという話ですよ」
 当時、石見で大きな銀鉱脈が発見され、海外に銀が大量に輸出されていた。
「日本から買いたいのは銀ですか?」
「今のところは。しかしヨーロッパ人は二百年まえからジパングには腐るほど黄金があると信じているんです。都市の建物は金で造られ、道路の敷石も金でできているとか」
「そうだったらいいんですがね」私は演技ではなく本当に笑った。
 京には薄っぺらな金箔を貼った寺がひとつあるだけだと彼らが知ったらどんなにがっかりするだろう。その金箔も今はほとんど剥げ落ちてしまっている。
「売りたいのは何ですか?」と私はまた一歩踏み込んだ質問を投げてみた。
「まあ色々」と王直は言葉を濁した。
 そのあいまいさが、彼にとって触れられたくない部分が近いことを示していた。
「ポルトガルの鉄砲はすばらしいそうですね」私はそこをもう少し突いてみた。
「まだご覧になっていない?」王直はとぼけた表情で言った。
「彼らが九州や種子島の大名に売り込んだという話は聞いていますが」
 王直はいかにも愉快そうに笑った。
「でもあなたが今回連れてこられた鉄加工職人たちは、種子島に行ったことがある人たちですよね?」
 私は言葉に詰まった。
 どういう手を使ったのかわからないが、彼は芝辻と橘屋のことをしっかり調べていた。もしかしたら津田監物と芝辻清右衛門が種子島に渡ったことも、私が橘屋又三郎を派遣したことも、逐一つかんでいたのかも知れない。噂によると種子島に渡ったポルトガル人は、嵐で漂着したのではなく、王直の案内で鉄砲を売りに来たのだという。その後、彼はポルトガル人を連れて豊後の大友宗隣にも売り込みに行ったとも言われている。つまり一連の鉄砲伝来にまつわる騒動には、王直が一枚かんでいるのだ。とすれば、私が南蛮へ渡ろうとした目的が鉄砲にあることも知っているわけだ。もし、彼がポルトガル人と親密で、日本への鉄砲の売り込みにも一役買っているとしたら、私は敵に助けられ、その本拠地に捕らわれていることになる。
 勿体ぶって探り合いを続けるのは滑稽だと私は感じた。
「わからないのはポルトガル人が彼らの鉄砲を本当に日本に売りたがっているのかということです」
「もちろん原則的には」と王直はまたあいまいな言い方をした。
 つまりポルトガルの兵力を上回るほどたくさんの鉄砲は売りたくないが、許容範囲でなら売りたいということだ。もちろんかなりの高額で。
「それならどうしてあなたはその一方で明製の鉄砲を売ろうとするんです?」
 王直は明人らしい大げさな仕草と表情で、テーブルを叩いきながら笑った。
「あれは私だけが売っているわけじゃないですよ。明にはそういう連中がたくさんいます」
「それでは質問の答えになってませんね。私が聞きたいのはどうして両方の鉄砲を売ろうとするのかということです」
「高品質の高級品と少々性能が落ちる廉価版という品揃えがあるのは、そんなに奇妙なことですか?」王直は突然真顔になって聞き返した。「それより私が不思議でならないのは、なぜあなたが鉄砲の輸入だけで満足できずに、堺で鉄砲を造ろうとするのかですよ。輸入と販売で巨万の富を築いてきた堺の富豪が」
「我々にはものを売り買いするだけでなく、よりよいものを造る情熱があるんです」我ながら青臭い言い方だと思ったが、それでも口に出してみるとそれが本心のようにも思えた。
「それが困るのですよ」と王直は愉快そうに笑った。「絹も木綿も陶磁器も、あなたがたは何でも買うだけで満足しない。そしてやがてもっといいものを造ってしまう。それでは我々のよい友人にはなれません」
「あなたと協力していいものを創り出せば友人になれますか?」
 王直はしばらく黙っていた。何か思うところがあったのだろうか。それともただ態度を保留したかったのだろうか。
「とりあえずマラッカへお行きなさい。ちょうど我々の交易船も何隻か出ますから、航海の安全は保証できますよ」と王直は立ち上がって言った。会談終了というわけだ。「あなたのご活躍を楽しみに拝見しておりますよ」
 どこまでも明人らしい態度を貫く男だった。

 そこから先はまったく覚えていない。
 目を開けると、南宋や明の絵で見たことがあるような、美しい邸宅の一室に寝かされていた。部屋の大きな窓が海に向かって開かれていた。寝台に起き上がると、海を見下ろすなだらかな山の斜面に美しい庭園が広がり、木立の中にいくつもの建物が点在しているのが見えた。
 私が起き上がったのをどこかで見ていたみたいに、髯を生やした長身の男が下僕を連れて入ってきた。男は聞いたことのない言葉で何か言い、下僕がそれを通訳した。
「ゆっくり休まれましたか?」
「おかげさまで」と私は言い、下僕がそれを通訳しているあいだに、自分が船の上で首に縄をかけられて帆柱に吊され、死んだことを思い出した。私は本当に死んだのだろうか? とすると、ここはあの世なのか? 
「幸いなことに、あるいは残念なことに、あなたはまだ現世にいます」と、私の戸惑いを見透かしたように男は言った。「私の船がたまたま通りかかって、あなたが吊されているのを発見したのです。鉄砲の名手が綱を狙って撃ち、運よく弾が綱を切ったので、あなたは助かりました」
「私は津田助五郎といいます。あなたは?」
「王直です。天王寺屋が堺の豪商だということは、このあたりにも聞こえていますよ」
 私も王直という名前は知っていた。明の南岸から九州・朝鮮半島にかけて出没する倭寇の元締めとして。この頃の倭寇はほとんどが明人で、そこに南蛮各地や南朝鮮、九州・四国・紀伊半島あたりの倭人が加わって、多国籍軍を形成していた。
 私は王直の名前を聞いて身をこわばらせた。彼が海賊の大頭目だということは、最初に我々の船を襲った海賊も、彼の支配下にあるはずだからだ。
「我々の船はどうなりましたか?」と私は遠回しに探りを入れてみた。
「この下の港に停泊しています。ご心配なく。死者は手厚く葬りました。生存者はこの屋敷で休んでいますよ」
「日比屋の積み荷は?」
「もちろん無事です。日比屋了珪は我々の大事な仲間ですからね。ただ、積み荷の一部から銀を少し、海賊どもにやりました。我々のあいだではごく妥当な措置ですから、日比屋も了解してくれるでしょう。彼はマラッカにいます。使いを出しておきましたから、あなたがここにいることもまもなく彼に伝わるでしょう」
 それから私と王直は、静かな緊張を保ちながらいろんな話をした。
 倭寇は前の世代までは、近海貿易と並行して海賊や沿岸都市の侵略もかなりやっていたが、今は東南アジアと明・朝鮮・日本を結ぶ貿易に専念しているのだという。ポルトガル人がやってきて、遠い距離を結ぶ交易がいかに儲かるかを教えてくれたからだ。
「しかし、新しい時代に適応できない連中というのはどこにもいるもので、それがあなたを襲ったやつらです。あなたもご覧になったように、ごく短距離しか行き来できない小さな船で、近海の交易をやり、ときどき食い詰めると海賊を働いたりする。ポルトガル人はやつらを皆殺しにしろと言いますが、なにせ数が多いですからね。どれだけ村を焼き払って殺しても、すぐにどこからともなく湧いてきます」
 そう言って王直は笑った。
 やはりこいつは海賊の頭領なのだと私は思った。それは畿内の悪党と武将や大商人の関係と似ていた。表の社会で合法的な活動をしている連中というのは、裏の社会を取り締まりもするが、同時にそこから養分をもらっているのだ。
「ところで天王寺屋の跡取りがなぜ自らこんなところまで?」と王直はさぐりを入れてきた。
「日比屋を見習って、少し時代の動きを直接見てみたいと思いまして」と私は当たり障りのない答えをした。
 王直は大げさに感心したような表情を見せ、最近の南蛮と南明地域の変化について語った。ポルトガル人は30年ほど前から我々が天竺と呼んでいたインドの都市ゴアを武力で占領し、インド総督府を置いていた。翌年マラッカに進出し、東南アジア貿易の拠点とし、さらに北上して広州に対明貿易の拠点を設置していた。
 当時、スペインはまだアメリカ新大陸の開拓に重点を置いていて、アジアにはまだ進出していなかった。スペインが当時ルソンと呼ばれたフィリピンを侵略し植民地化するのは、約30年後のことになる。オランダやイギリスが進出してくるのは、そのさらに10年後のことだ。したがってその時点では、南蛮人つまりアジアに来ているヨーロッパ人と言えばポルトガル人のことだった。

 日比屋の船は順調に薩摩・琉球を過ぎた。
 私はこの航海で、それまで味わったことのない解放感に浸っていた。我々には先祖が朝鮮半島や沿海州から海を渡ってきたという伝承があるのだが、大きな波に揺られながら、私はこれがあながち作り話ではないのではないかと感じていた。死と隣り合わせの危険を冒して海を渡るという初めての行動の中に、私は先祖の記憶、先祖がかつてした経験、かつて見たものを感じていたのだ。
 百済が滅んだとき、朝鮮半島から負け犬として逃げ出す豪族たちに従って海を渡った先祖たち。あるいはもっと前、倭国を侵略する豪族に従って海を渡った先祖たち。金属の鉱脈探査や採掘、土木工事、金属加工など、無数の技術が彼らによって海を渡ったのだ。新羅征伐から戻った神功皇后の胎内にいたのは、応神天皇だけではなかった。無数の先進技術が同時に海を渡ったのだ。我々の中に武内宿禰を開祖とする部族がたくさんいるのは、たぶんそのときの記憶を伝えているのだろう。幼い応神天皇を抱えて大和に入れず、各地を転々とし、苦労の末に大和を平定した彼の事績には、我々の隠れた栄光が密かに語られているのだ。

 寧波に近づいた頃、突然水平線に小さな船の一団が現れ、こちらに近づいてきた。薄汚い半裸の男たちが、いかにも臭そうな魚の干物を持って何か叫んでいる。付近の漁師が干物を売りに来たのだと思って眺めていると、鉤のついた投げ縄が飛んできた。船の縁に鉤をひっかけると、彼らは縄を伝って信じられない速度で船に登ってきた。見回すと、四方から無数の縄が海面に伸び、虫のような男たちが次々と連なって登ってくる。
 戦闘が始まった。
 積んでいた鉄砲は役に立たなかった。火を起こして火縄に点火している暇がなかったのだ。私が連れてきたのも含めて船には十数人の武芸者が乗っていたが、海賊は数百人いた。たいした武器は持っていなかったので、次々と武芸者たちの刀で斬られた。たちまち甲板は血でぬるぬるしだした。そのうち海賊たちは一度に群れをなして一人ずつに襲いかかるようになり、武芸者たちは次々殺されていった。
 残ったのは私と芝辻、橘屋、そして水夫たちだった。
 たぶん私たちは人質として利用できると見たのだろう。水夫たちは大型船を操って本拠地に帰るのに必要だった。
 船が陸をめざして進んでいるあいだ、海賊たちは私たちを縛り上げ、目の前で見るからに穢らわしいやりかたで男同士交わった。衆道は私も嫌いではなかったが、我々が堺や京で好んだのはもっと美しい、気品に満ちたやりかただった。子供の頃私を荒々しく犯した武将たちでさえ、私の美意識を育むようなやりかたしかしなかったものだ。それに比べて彼らのは動物が何か自然の異変で狂ったときのような、化け物じみた交わり方だった。
 顔をそむけて見ないようにしていると、彼らは面白がって私の衣服を脱がし、彼らの動物じみたやりかたで私を代わる代わる犯し始めた。私が彼らのように興奮しないので、彼らは猿の鳴き声のような声で笑いながら、私を帆柱の下に立たせ、首に輪縄をかけ、ゆっくりと吊した。首に縄が食い込んでいくにつれて意識が薄れていった。しかしある時点で急に世界が明瞭に見渡せるようになり、それまで経験したことのない快感が体を貫くのを感じた。数百の船に囲まれた日比屋の大型船全体と、果てしない海が見えた。私の男根は激しく勃起し、大量の精液を噴出した。

 畿内で商売をする女はめずらしくなかったが、せんは一風変わった美貌と知性のきらめきで広く知られていた。離縁したと聞いて、多くの武将や商人が側室に、あるいは嫁にほしがったが、彼女は首を縦に振らなかった。
「世の中、あほな男が多すぎる」と彼女はその頃私に言っていた。
 私が最初にせんと会ったのは商売を通じてだった。そのとき彼女は結婚していたのだが、彼女の方から積極的に私を呼び出し、二人きりで遊ぶ機会を設けてくれた。
「商売上の接待やから、勘違いせんといてな」と彼女は寝床の中で笑った。
 当時の一般的な美人の基準から言えば、眼鼻口が大きすぎるのだが、それがとても魅力的に見えた。先端的な茶人のあいだでは、製作途中の手違いでちょっといびつになった茶碗や色がおかしくなった茶碗がもてはやされていたから、たぶんその手の公家や武将、商人たちは誰でも崇拝に近い眼で彼女を見ていたはずだ。そして商売のためと称して彼女はその筋のいろんな男と寝ていた。
 しかし彼女が一番好んだのは、下賤な貧しい男たちだった。
 彼女は商用で常に堺と伏見、京を行き来していたが、たいていは護衛も連れず、輿にも馬にも乗らず、女中をひとり連れただけで身軽に歩いていた。戦乱の世の中だったから、道中の町には各地を治める武将の軍が駐屯していたり、戦のない時期には暇をもてあました足軽や下人たちが飲んだくれてうろついていた。町や村から離れた街道には野盗もいた。それでも当時の旅はあなた方が考えるよりはるかに安全で、女だけで歩いても物盗りや強姦などの被害に遭うことはまずなかった。武将が率いる軍にはそれなりの規律があり、理由もなく一般人に危害を加えれば厳罰が待っていた。彼らが乱暴狼藉をはたらいて許されるのは、敵地に攻め込んで、大将の許しが出たときだけなのだ。
 野盗は野盗でまた別の規律に縛られていた。彼らが襲うのはたとえばよそから攻めてきて敗れ傷ついた兵や、彼らが地盤とする地域の悪党となんらかの対立関係にある筋の連中だった。それ以外に理由もなく一般人を襲えば、やはり罰せられた。各地域には昔からそこの警察・消防・清掃などを請け負う一団がいた。彼らも大きな意味で悪党の一部を形成していたし、野盗もまた悪党の一分派だったから、武家社会とはまたちがうが、それなりに明快な規律が存在したのだ。
 だからこの時代の女たちは商用でも私用でも安全に旅をすることができた。 せんはよく片道一泊二日で堺と京・伏見を行き来していたが、途中交野か平野で宿を取り、下賤な男たちと酒を飲むのが好きだった。もちろん酒だけではなく、彼らと交わることも好きだった。私には「無理矢理犯されてん」と言っていたが、意味ありげな笑みを浮かべながら私の眼をのぞきこんでくるので、彼女がそれを楽しんでいることはあきらかだった。

 夫を離縁して実家に戻ったせんが、どうして多くの求婚をしりぞけて私を選んだのか、本当のところはよくわからない。天王寺屋の跡取り息子だからと言えば世間は納得しただろうが、ほかの求婚者たちもみんなそれなりの家と権力と資産を持つ男だった。彼女は彼らを頭が悪いと馬鹿にしていたが、それなら私が彼らより頭がよかったかというと、どう客観的に見てもそうは言えない。
「あんたの弱々しいとこが好き」と彼女が言ったことがある。
「男にやられてるときの女みたいなあんたの顔が好き」と言ったことも。
 たしかに多くの男たちは私を多少乱暴に、嗜虐的に犯したし、私にそれを受け入れ、楽しむ傾向があったことも事実だが、一体彼女はそれをどこで見たのだろう? のぞき見た下男や下女たちの内緒話を伝え聞いただけなのかもしれない。彼女も私に馬乗りになって激しく交わるのが好きだった。しかし、その一方で、
「ほんまは男たちに荒々しく犯される方が好き」と言ってもいた。
「うち武家の娘に生まれたかった。城が攻め落とされるとき、人質になってる女子供が磔にされるやんか。あんなふうに晒し者になって殺されるのが夢」とも言った。
「あんたと二人並んで磔にされて、何万人もの人に見られながら刺し殺されたい」とも言った。
 女の心は謎が多い。

「あほか、おまえは」と父・宗達は言った。「危ないことは新参者がやってくれる。わしらの強みは苦労して築いた顧客と販路や。役割分担して儲けたらええだけの話やないか」
 危険なのはわかっていた。海には海賊もいれば嵐も来る。行方不明になった船や商人たちの話はいやというほど聞かされていた。しかし私は譲らなかった。
「いつからわしらは公家になったんや?」と私は父に言った。「公家の真似した武家がどんなことになったかさんざん見てきたやろ。わしらも悪党の根っこを忘れたらいずれ滅びるで」
 父は不機嫌な顔で黙ってしまった。悪党が何者で、それが我々商人にどれほどの力を与えているか、父は私以上に知っていた。今は武将や大商人に成り上がっている連中が、広大な地域に根を張る無数の悪党が命がけで築いてきた技術や機動力、財力の地下茎から地上に顔を出した茎や花にすぎないことも。
「おまえなんぞ、南蛮の海で死んでしまえ」と父は言った。「半人前のおまえ一人おらんようになっても、痛くもかゆくもないわ」
 私には弟たちがいたから、跡継ぎに困ることはなかったのだ。しかし、そんなことを言いながら、父は多額の費用を出してくれた。日比屋の船に乗るための費用や、芝辻・橘屋を長期間雇う費用、護衛として連れていく、根来や伊賀、甲賀、柳生の連中にかかる費用、南蛮で買い付けや交渉に使う金。父は博打のような商売はやらなかったが、可能性のある商売に先行投資は惜しまない商人だった。

 妻のせんもかなりの額の金をくれた。
「儲けたら利子をはずんでや」と言って彼女は笑った。
 妻は危険な冒険に出かける亭主を泣きながら見送るような種類の女ではなかった。屋敷の奥で芸事や子育てに励んだりするような女でもなかった。
「あんたが死んだら、天王寺屋はうちがもらうで」と言ったようなことを平気で言う女だった。
 私よりふたつ年上で、私と結婚する前から伏見で土倉つまり質屋兼金貸しの商売をしていた。父親も山城の国で有数の土倉だったからだ。
 せんは私と会う前に一度結婚していて、二人の子供がいた。相手は山城の大きな土倉兼問丸の息子だった。しかし、ちょっとした不手際から悪党とのあいだに騒動があり、三好元長が山城を制圧するときに起こした一揆のどさくさで打ち壊しにあい没落してしまった。せんの父親は類が自分の家に及ぶことを嫌って、悪党との騒動が起こった時点で娘を離縁させ、家に呼び戻したのだった。
 彼女にはたくさんの兄弟姉妹がいたが、その中で一番頭が切れ、度胸もあったので、父親は最初の結婚の前から彼女に資産を与えて土倉の商売をさせていた。彼女は公家や武将に多額の貸し付けをして、その商売をたちまち大きく発展させた。


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